十三と黄金郷 その4
* *
蝶野はワゴンの車体に手をついた。足の怪我は、竜崎の肩を借りずとも、どうにか歩けるまで回復していた。
「念のため、鍵は返しておきますよ」
竜崎は鱶島に、車のキーを手渡した。
「季節が夏でよかった」
「何か必要な物があったら、遠慮なく、言いに来てください」
「心遣いは無用。車の中で寝るのには慣れているよ。ま、ひょっとしたら便所ぐらいは借りたくなるかもしれないが」
冗談のつもりか、竜崎は鱶島に笑みをよこしていた。
鱶島の方は笑ってよいものかどうか、躊躇している風に見受けられる。
「それじゃ、また明日」
「ああ。よろしく頼むよ」
鱶島が別荘へと消えたのを確認して、蝶野は竜崎に話しかけた。
「これでいいんですかい?」
「非常に好都合だ。あの連中、よほど物好きだな。山について、よく調べたらしい。緋野山の洞穴について聞いたら、心当たりがあると言っていた」
煙草を取り出すと、ライターで着火する竜崎。車内灯もない薄闇に、赤い光がぽつっと浮かぶ。
天気は快晴。窓は開け放してあった。
「しかし……あんなガキ共に金を出さなくても」
「物を言わせるべきときは惜しみなく突っ込むもんだ。『あれ』さえ首尾よく手に入れれば、たんまりとお釣りが来て余りある。だいたい、おまえがどじを踏まなきゃ、簡単に済んでいたかもしれない」
「すんません」
足をさする蝶野。
「過ぎたことはいい。前を見るだけだ」
「はあ」
「そうだ、蝶野。おまえ、銃を見られないように注意しろ。連中の目に俺達が堅気に映っているとは俺も思ってないが、銃を見られちゃあ、完全にアウトだからな」
「ああ、それなら……」
脇の下のホルダーに手をやる蝶野。
顔から血の気が引いた。
手応えがない。
「どうした?」
「……落としました」
「……」
竜崎もしばし沈黙した。
「すっ転んだときか? どじの上塗りだな」
「すんません!」
「やかましいから、黙ってろ。……」
竜崎はゆっくりと煙を吐いた。
蝶野は言われるがまま、口をつぐんだ。冷や汗が額を伝うが、拭う気も起こらない。
「……あんな場所に入り込む物好きが、そう何人もいるはずない。ま、大丈夫だろ。だが蝶野よ。おまえはしばらく、銃なしだな」
「分かってます」
頭を下げた蝶野。
「どのみち、この怪我じゃあ、まともに撃てやしません」
「そういうことを言ってるんじゃねえんだがなあ。ま、いい。ともかく今は、お宝が一番だ。明日はせいぜい、うまくやるんだな」
それだけ言うと竜崎はシートを倒し、さっさと横になった。いつの間にか煙草はもみ消されていた。
蝶野は、やっと人心地つけた気分に浸れた。緊張感が解けたせいか、足の痛みが多少ぶり返した気がする。
* *
朝をパン食で簡単に済ませ、私達と招かざる客二人はワゴン車に乗り込んだ。
「行きますか」
「よろしく」
鱶島と竜崎の間で短い会話が交わされ、そして出発。
昨日とは逆に、ぐるぐる回って、下って行く。大方、朱寿山を下りたところで橋を渡り、緋野山側に入る。
天気は相変わらずよく、この分だと暑さもかなり来そう。
今度は緋野山を登り始める。こちらは車では、中腹の手前ぐらいまでしか行けないらしい。そこにあるペンション風の山小屋を拠点にして、登山を楽しむということだけれども……夏休みだっていうのに、登山客の姿は全くなかった。
「さすが緋野山」
窓から顔を覗かせていた鰐淵が、口笛を吹いた。
「ジュウザのおかげで、がらがらだ」
「ずっと前から気になってたんだが」
助手席の蝶野が皆に聞く。
「緋野山には何やら、ジェイソンみたいな人殺し野郎がいるそうだけど、まじなのかい?」
「知らないんですかあ?」
遊亀が驚いた風に声を高くする。本人に悪気はないのだろうけど、小馬鹿にしたような響きをちょっと含んでいて、今みたいな状況では、周りの者は気が気でない。
「たっくさん、死んでますよー。しかも、みんな首を切られて」
「正確を期すと、頭部を切断されて、だね」
駐車場の入口にさしかかる直前、鱶島が言い添えた。
それを引き継いで、千馬。
「これまでジュウザの仕業と思える事件は三つあって、はっきりしているだけで二十人ぐらい殺されてるのかな」
「誰か助かった人はいるのかい?」
竜崎が合いの手のように聞いてきた。今朝の彼は、運転手の鱶島と同様、サングラスをかけている。
「いないと言っていいと思います。実際は一人いるんですけど、片腕を失った上、精神病院に入っているという噂ですから……」
「へえ」
げんなりした表情になった蝶野。
「何でまた、そんな奴がいるかもしれないところに、好きこのんで出かけるんだい、君らは?」
「一時は本当に観光名所になりかけたんですよ」
鱶島が言った。停車していた。
「一つ目の事件のあとは。だけど、二つ目が起こって、さすがに足が遠退いた。三つ目の事件は、緋野山の殺人鬼を取材に来たテレビクルー達が襲われたんです。で、こうして、ほとんど誰も訪れないような山になって、だからこそ、僕らは来てみたくなったんですけどね」
全員、ワゴンを降りた。
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