十三と黄金郷 その1

 アパートの外は雨だった。

 部屋の主は今や、息を引き取る寸前であった。

「……のやま」

「どこだって?」

 床に伏す若い男に、ひげ面の男が詰め寄った。

 頬のこけた若者は、何か言おうとして、大きくせき込んだ。

 唾に顔を背けるひげ面の男。

「きったねえな。おいおい。このまま死ぬんじゃねえぞ」

蝶野ちょうの。おまえのやり方が乱暴すぎる」

 座っていたもう一人の男が、ゆっくりとした動作で立ち上がった。色の薄いサングラスの位置を直している。

「しっかしねえ、ここでこいつにくたばられちまったら、何もかもぱあ、ってやつですよ」

「おい、剛」

 サングラスの男は瀕死の若者――つよしに声をかけた。

「妹のこと、気にならないか?」

「――」

「逝く前に、あの子のことをすっきりさせとかなきゃな。俺達が面倒を見てやるから、安心しな。――ただし。あれの置き場所を言ってくれないとな。先立つ物がなければ、俺達もどうしようもない」

 口元だけで笑うサングラスの男。

 彼の言葉は効果を持っていたようだ。剛は、最後の力を振り絞った。

「緋野山、にある」

「緋野山? その山のどこだ?」

「……中腹、洞穴、あった……」

「洞穴だあ? もっと詳しく!」

 髭の方――蝶野が剛の肩を掴んだ。

 が、それまでだった。

「死んだ、か」

「中途半端なところで死にやがって」

 手を放す蝶野。

「まあ、いいさ。これだけ分かれば探し出せる」

 言って、男はサングラスをまた直した。

 そして彼は、ひび割れの目立つ壁を見回した。

 窓を叩く雨音が強くなった。


             *           *


 私はただ、話の成り行きを見守っていた。

「宝探しぃ?」

 遊亀理恵ゆうきりえが頓狂な声を上げる。まるで恥ずかしそうにしていない。

「部長、それって」

「当然、名目上」

 ウィンクしたのは鱶島新一郎ふかじましんいちろう。自分の席を見つけて落ち着くと、続きを話し始めた。

「こうでも言っとかないと、探険部として格好が付かないからな。『あの』緋

野山見物なんて申請じゃ、大学から金が出ない」

「宝探しってのも、何だぜ」

 両肘をつき、苦笑している鰐淵宏わにぶちひろし。刈り込んだ髪のすき間から汗がにじみ、額を伝いかけている。暑さにうんざりしている様子。

「いったい緋野山のどこに、お宝があるんだ?」

「あるじゃないか。『十三』を見つけたら、凄いことになる」

「本気で言ってんのか?」

「冗談だよ。いいじゃないか。みんな、行ってみたいと言ったろ」

「そりゃあな」

「あなたが別荘を持ってるって言うから、どんなのか見たいと思ったのよ」

 鰐淵に続いて、千馬冴子せんまさえこが一応の同意を示した。

「テレビに出て来るみたいな超金持ちの別荘を想像してたら、がっくりするぜ。山小屋程度と思ってくれよ」

「そこは承知してるつもりだけど、本当に大丈夫なのかしら。あの緋野山よ」

「平気平気。正確に言うと、俺ん家の別荘があるのは、緋野山そのものじゃない。そのお隣の朱寿山にあるんだよ。殺人鬼も緋野山を下りて、また朱寿山に登るなんて面倒はしないさ」

 鱶島は声を立てて笑った。

「緋野山に、何かいるのは間違いないんだよね」

 遊亀が言った。好奇心をまき散らしている。

「過去に大量殺人が何度かあったんだから、殺人鬼がいてもおかしくないよな」

 鰐淵は固い口調で言った。それから彼は、私の方を向いた。

「たまちゃんは、どう思う?」

「本当にいるとしたら、行きたくないけど。それよか、その呼び方、やめてって言ってるでしょうが。私は猫田ねこたたまお。たまだなんて、略さないで」

「はいはい、猫田さん」

 にやにやしている鰐淵。

 やり取りに呆れたように、部長の鱶島が机に手をついた。

「あのなあ。ここまで話を進めておいて、ドタキャンはなしだぜ。ただでさえ部員数が少ないのに、ここでまた抜けられたらつまらない。夏合宿、朱寿山で二泊三日。いいよなっ?」

 部長以外の全員がうなずいた。


「こんなところまで連れて来たのぉ?」

 呆れたように、遊亀が言った。袖のないシャツから見える肩は、すでに黒く日焼けしている。

「いいじゃない。好きなんだから」

「たまおが猫好きなのは分かってたけど……合宿にまで連れて来るなんて」

「ミィクは特別よ。大人しいから、いいじゃない」

「別にだめとは……。ほんと、ちっとも鳴かないね」

 ごまかすように笑い、彼女は手を伸ばしてきた。

「いい子、いい子」

「頭をなですぎると、ミィク、寝ちゃう」

「そうなんだ? 気持ちいいのかしら」

 他の部員も手を出してきた。やめてほしい。

 目の前にワゴン車が停まった。サングラスをかけた鱶島が、運転席で白い歯を見せ、にやけている。

「待たせたか? 乗ってくれ。あっと、全員揃ってる?」

「揃っています。黒猫までもね」

 千馬冴子。彼女は比較的、動物嫌いみたいだ。動物そのものは嫌いじゃなくて、世話が面倒だから嫌というタイプ。

「猫田さんはじゃあ、後ろだな。助手席にいて、万が一、猫が暴れ出したら、運転に支障が出る」

「分かってます」

 結局、助手席には鰐淵が座ることに。私達女は後部のハッチを開け、がやがやと乗り込んだ。後部座席は清掃はしてあるものの、何やかやと雑多な荷物が置かれて、狭苦しい印象。

「何か買い忘れた物、ない? なければ直で行くけど」

「別に……。氷は向こうで作れるんだろ?」

 鰐淵の質問に無言でうなずく鱶島。

「またお酒?」

 遊亀が呆れたように前を見やった。

「かき氷でも作ってやろうか?」

 振り返って鰐淵が軽い調子で言った。

「じゃあ、買い忘れがあるわ」

「え?」

 千馬の言葉にみんなが声を上げた。

「イチゴ、メロン、レモン……シロップを買わないとね。それにあずきとコンデンスミルクも」

 千馬は真面目な口調で言った。

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