十三をさがせ その6
時間がいくらか経った。影は、安全を確認できたとばかり、力強い一歩を踏み出した。
「――ジュウザが迫って参りました」
突然、松田は口を動かした。右手を胸の前に持って行き、実況中継でもしているかのようだ。
「確かに、殺人鬼は実在していました。視聴者の皆さん、ご覧になれるでしょうか? あの強靭そうな肉体。神話の英雄、ヘラクレスを想像させます。腕の筋肉などは、横綱やプロレスラーもかなわないかもしれません。ああ、どんどん近づいてきています。あ、今、確認できました。唯一の生き残った方の証言通り、メタルっぽいサングラスをかけています。ですから、目の表情は読み取れません。一体、どんな恐ろしい目をしていることでしょう? 血走っているのでしょう。いえ、平気で人を殺すんです。首を跳ねるんです。きっと、あはは、クールで切れ長な」
影は松田の髪を鷲掴みにすると、一気に引っ張り上げた。髪がちぎれることもなく、宙ぶらりんになる松田。
「つ、つつかまってしまいました。こんな、凄い、凄いです。凄い力です。見てください。私の身体が軽々と……体重はお教えできませんが、とにかく、怪力です。――頭、痛い! こ、こんなの……約束にないよぅ」
松田はぶら下げられたまま、ぼろぼろと泣いた。一瞬の内に正気に戻ったのか。いや、そうではなく、彼女はまだテレビの実況の途中なのだ。最初に聞かされていた話と違う目に遭わされ、抗議しているのだ……。
影は、ついに斧を奮った。手始めにという風情で、松田の右手首から先を切り落とす。吹き出した血が辺りの土を汚していった。転がった手首は、マネキンのそれに見えないこともない。なかなかきれいな肌をしていた。
にも関わらず、彼女の方は、マイクをかまえた格好を崩していない。痛みのあまり、反応が逆に鈍っていた。
松田の反応が気に入らなかったのか、影は苛立たしげに斧を彼女の胸に叩き込んだ。その一撃はしかし、力一杯のものではないようだ。右手を空けるため、斧を引っかけた。そんな感じである。
「ぐっ、う!」
それでも強烈な一撃には違いない。松田の喋りがストップした。胸板を割られた結果の血が気管支を逆流し、喉を嫌でも満たしていく。ごほごほ、ごぼごぼと喉が鳴った。
影は右手の人差し指と中指を揃えて伸ばすと、松田の右目に押し込んできた。
があ、という「悲鳴」が、松田から上がった。口からは、ぼたぼたと血がこぼれる。
蒸した栗の中身をスプーンで繰り出す手つきにも似て、影はその指先を動かした。あっけないほど易々と転がり出た眼球。
それを手に、影は一時、思案――この丸い物をどうするか?――したようだったが、すぐに結論を出した。影は、松田の口中へ彼女の右眼球を押し込んだ。
既にうめき声しか上げなくなっていた松田は、ぽっかり空いた右の眼窟とうつろな光を宿す左目とで、ぼんやりと影を眺め上げた。
そんなことにはかまわない態度で、影はさも当然のごとく、指先を松田の左目へと向けた。
目に小さなごみが入っただけで、気になって仕方がないものだ。コンタクトレンズのような薄く小さな物でさえ、痛くてたまらないときがある。では、人間の指を二本、ぐいぐいと差し込まれたら、どんな激痛になるのか。やられたことのない者には計り知れない。
視界を失った松田は、再び、口を無理矢理こじ開けられるのを感じた。そして押し込まれた丸く、生暖かい物。
(ああ……左の目ね)
軽く舌で転がそうとしたが、逆流してきた血でべちゃべちゃの上、二つも眼球を押し込まれたのだ。とてもうまく行くはずがなかった。
(……そうか、分かったわ)
痛覚が麻痺しかけていた松田は、遠くなる意識の中、納得した。
(私、喋りすぎたのね。だからジュウザ『さん』、怒っちゃって、目玉をくり抜いたんだわ。これじゃあ、実況のしようがないものね)
影が斧に手をかけた。そのまま、まっすぐ、下方向へ切り裂く。
甲高い声。松田の叫び声は、もはやどうにも聞き取れなくなっている。
腹を比較的深く切り裂いたためか、内臓の一部が出かかっていた。人間の、さして大きくないお腹に詰め込まれた内臓は、もしも出口が開けばいっぺんに飛び出してしまう。その一歩手前で、かろうじて踏みとどまっている段階だ。
内臓の臭気はお気に召さないのか、腹の傷をそれ以上広げようとしない影。
もう飽きた。そんな感じで、影は改めて斧を横にかまえた。ちょうど、松田の首を狙える高さ。無論、目を失った松田に、影の動きが見えるべくもないが。
そして斧が振り抜かれた。
げえ、という奇妙な音と共に、松田の身体は喉仏を支点に折れ曲がった。細長いゴム消しゴムを、手でぐにゃりと曲げるような具合だ。
ここまで来て不運にも、松田の首は一度で跳ねられなかった。三分の二ほどを切られ、止まっている。
影はそれを面白く感じたらしい。斧を、今度は松田の左肩、肩甲骨の付近にぶち込むと、両手で松田の髪の毛を掴み直した。そしておもむろに、手を上下に振った。当然、松田の身体は揺さぶられる。
びじ、びじ、と嫌な音が続けて起こった。中途半端に切り開かれた松田の喉から、血しぶきが飛び散る。そしてその傷口は、どんどん広がっている。
最後の一振りとばかり、影は大きく手を上下させた。
どん。
松田の肉体は首から上と下に分かれ、影の手元にはざんばら髪の頭が残った。眼球をなくした暗い穴が、不気味さを際立たせていた。
白木は恐る恐る目を開き、顔を覆った手のすき間から覗き見た。
「終わったの……?」
声が震えていた。
「終わりました」
平然とした口調が返ってきた。
「でも、まだ見ちゃだめですよ。死体を片づけていないから」
「ほんとに……殺したの? ねえ、湯川君……」
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