十三をさがせ その4
斜面を少し登った位置で、難しい顔の白木は腕を組んでいた。
「見つからないぜ!」
カメラを置いて湯川探索に加わっていた渡部が、声を張り上げる。
「滑っただけなら、こんなに見つからないはずないわ」
つぶやいた白木は、ADの根室を見つけようと、頭を動かした。
月谷がこの場を去ってから、根室はすっかり責任者――一番『偉い人』――気取りで、ただずっと見ているだけであった。
「根室さんっ」
白木の言葉は勢い、きつくなった。
「どうした?」
「これだけ探して見つからないなんて、異常事態かもしれません」
「おいおい、滅多なことを口にするもんじゃないよ」
ありがちな反応をよこす根室。煙草を吹かしていれば、事態は好転すると決めてかかっているようだ。
「大方、転んで頭を打って、意識を失っているんだろう」
「だったら、その場から動きはしないんだから、すぐに見つかるはずです。でも、現実は違います」
「……」
迫力に気圧されたか、黙った根室は煙草を木の根に当てて、もみ消した。
白木は苛立ち紛れに頭を振った。
「湯川君が自分で姿を消すなんて考えられないから、何かアクシデントがあった。そう考えてしかるべきと思いますけど」
「……どんなアクシデントがあると言うんだね?」
「分かりません。ですが、ここは緋野山ですわ」
『緋野山』に強調を置いた白木。
「ジュウザが現れたのかもしれません」
「まさか」
一笑に付す根室。その台詞が強がりから出たものとも受け取れそうな、無意味な笑みがあとに続く。
「いるはずない」
「私達の番組のタイトルは何ですか?」
白木は改まった口調で、根室に尋ねる。
「あ、ああ」
答えずに、曖昧にうなずく根室。
「し、しかしだねえ、分かるでしょ。洒落みたいなもんじゃないか、えぇ? 違いますか。そりゃあさあ、ジュウザが見つかってくれたら、視聴率を稼げるどころか、表彰もんだけど」
「番組の成否の話をしたい気分じゃありませんの。この山がかつて、惨劇の舞台であったという現実。忘れないでください」
皮肉っぽい口調から真面目な口調へ。白木は使い分けしながら、根室に詰め寄った。
「警察へ届けましょう」
「それは……俺の一任じゃ、どうにもならない。月谷さんに」
「分かりました。湯川君を捜すのは一旦、打ち切って、全員で月谷さんへ話に行く、これでいいですね?」
「そんなことやっても無駄だろうなあ」
第三の声が割って入ってきた。そちらを振り返ると、本庄がしきりに髪をかき上げながら、立っていた。
理由を白木が聞く。
「どうして」
「月谷さん、面倒を嫌うから。特に警察なんて、ただでさえ毛嫌いするところへ、前のトラブルがあったからさ。言いに行っても、絶対に、撮影続行!だよ」
「私も同感ね」
あっさり認める白木。
「けど、このままにもしておけないでしょうが。報告だけしておいて、それをどう処理するかは、あの人の責任よ」
気がつけば、いつの間に集まったのか、スタッフ全員が揃っていた。
「結構、白木さんも無責任な発言をするね」
カメラマンの渡部が、からかい口調で言った。
その言葉を意に介さず、白木は口を開いた。
「警察に行かないってんなら、私は捜索を続けるわよ。何かあったとき、責任を取らされるのはごめんだわ。それだけね」
「誰が知らせに行きます?」
松田貴恵が、不安げな声を発した。
「俺、パスね」
渡部が真っ先に言った。
「カメラで収めろって言われたからな。今は録ってないが、形だけでも仕事していることにしとかないと」
「じゃあ、僕もですね」
うれしそうにする照明の遠藤。
「そんなこと言い出したら、きりがないでしょうが。私が行くわ。それから念のために……本庄君、来て」
「自分ですかあ」
露骨に嫌そうな声を上げると、本庄は長髪を仕切りとかき上げた。
「ボディガードよ。映画観て、憧れていたじゃない」
「それとこれとは……。ジュウザが出たらすぐに逃げますよ」
冗談めかす本庄。結局、渋々といった態度ではあるが、白木についていくことになった。
直面する問題がうっとうしく、別段、話題もなかったので、二人は車を置いた場所を静かに目指した。その途中――。
「いないぜ」
マイクロバスを覗き込み、首を振る本庄。
「こっちも」
普通乗用車の方に回っていた白木は、異変を感じていた。
「バスのエンジン、かけっ放しなの?」
「そうですよ」
「二人とも、どこに行ったのかしら。コテージに向かった訳じゃなし……」
「まさか湯川を探しに行ったとは思えないし、小便でしょ」
「そうかもしれないけど……何かおかしい。携帯電話、使える?」
「ありますけど、山の中じゃ使えないから、こうして歩いてんじゃないすか」
「違うわよ。警察に電話。やってみて」
「ええ? 大げさな。いなくなったのは、湯川一人……」
「それだけで充分よ。それに、月谷さんと木林さんもいないじゃない」
「白木さん、それは性急すぎる。そういうことは、せめて五分ほど探してみてから言ってくださいよ」
本庄のその言葉を待っていた白木は、笑みを浮かべた。
「だったら、探しましょう。一人になるのは危険だから、一緒にね」
「……いいですよ」
うまく乗せられたと気づいたか、本庄はため息をついた。
そして……月谷らを探し始めて、ものの二分と経たない内に、白木達は惨状の発見に至った。
串刺しにされた遺体は、月谷の服装を身に着けていた。それを目の前に、言葉をなくした白木と本庄は、まさに転がるようにその場を立ち去ろうとした。
「き、木林先生はどうしたのかしら」
「知りませんよ! やられちまってるって。早く逃げましょう。ここにいたら、やばいっすよ!」
「え、ええ、そうね。――あ、待って」
息を切らしかけた白木は、あることを思い出して、立ち止まった。
「な、何ですか、白木さん! いいい急がないと」
本庄の態度は、仲間の心配をする以上に、自分の安全を考えるように受け取れなくもない。
「で、電話よ。警察に、電話、してみてっ」
はっとした顔つきになって、本庄は携帯電話を取り出した。取材の過程で、地元警察の電話は、スタッフ全員の知るところになっていた。
「あー、だめ。だめだ。つながらない」
「それ、それじゃ、仕方ない……わ。急ぎましょ」
二人は再び、夜道を走り始めた。
四人――根室、渡部、遠藤、松田――は、湯川の捜索もやめ、手持ちぶさたにしていた。捜索を中断(打ち切り?)したのは、照明をいつまでも点けていたらバッテリーがもったいないという、根室の一言で決まったことだ。
「遅いなあ」
バンダナをもてあそんでいた遠藤は、辛抱できなくなったらしく、その場で立ち上がった。そのまま歩き始める。
「どこへ行く?」
渡部が聞いた。彼の足下に、三つ目の吸い殻が落とされたところだった。
「さあ」
いい加減な返事をする遠藤。
「あんまり暇なんで、散歩でもしようかと」
「懐中電灯、持ってないじゃないか。危ないぜ」
「おや? 渡部さんまで、殺人鬼が出たと思っているんですかあ?」
ほとんどの人が気に障るであろう、嫌なアクセントの語尾だ。
「そんなんじゃねえ。忘れたか? 熊が出るかもよ」
「ああ、熊ですか。あいつらはですねえ、よほど腹を空かしてない限り、人間を襲いやしません……って、テレビで聞いたことがあります」
「信用できそうな番組だったか?」
「さて」
番組制作に携わる者として、遠藤は複雑な表情を見せた。
「ま、いいじゃないすか。そこらをぶらつくだけ。うまくしたら、何か番組に役立つ物に当たるかもしれないし」
「止めやしないさ。むろさんも、同感でしょうが?」
根室に話を振る渡部。
「あ、ああ」
話を聞いていたのかいなかったのか、根室からの返事ははなはだ頼りない。
しかし、遠藤はそれを承諾の意に受け取ったらしい。すたすたと歩いて、暗がりへと溶けるように入って行った。
「本当に大丈夫でしょうか……」
一人、松田だけが、か細い声で不安を口にした。
(トラブル続きだな)
皆から離れ、遠藤は我が身の不運を呪いたい気分になっていた。細い林道を、だらだらと行く。何度か分かれ道に出くわし、適当に曲がっていたから、自分のいる位置がよく分からない。戻るときはただ、上へ上へと行けばいいのだが。
(前だって、ディレクターはいい目を見たかもしんないけどよ。下っ端にはなかったぜ、何も。あれ以来、完全に『月谷組』扱いだし。俺、他のとこでも働いてみたいのに、これじゃあいつまで経っても照明係。嫌になっちまう)
などと心中で愚痴をこぼしていたところ、いきなり何かに蹴躓き、見事なまでにうつぶせに転倒してしまった。
「い……てててて」
じーんとしびれている身体前面。収まるのを待ちきれず、遠藤は膝を立てた。
「っきしょー! 何だよ、えー?」
呪詛の言葉を吐き、後方を振り返る。何に躓いたのか、見極めるためだ。
木の根っこのような太さの物があった。
「くそっ」
無意味だと分かっていながら、蹴りを入れずにはおられない。遠藤は木の根らしき物へ近づいた。
「くそっ、これでも――」
力一杯に蹴飛ばそうという段になって、様子がおかしいとに気づく。
「根……じゃねえ」
目を凝らすと、彼を転ばせたそいつは、赤みがかっていた。赤色をした根っこの存在を、彼は耳にした覚えがない。
さらにその先端は楓の葉のごとく、五つに割れている。他に枝分かれはない。
「……手だ」
ようやくそれが人間の腕だと認識できた。手の平を上にして、だらんと横たわっている。だが、何故、こんな地面に人の腕があるのかまでは、依然として理解できない。脇の方へと視線を移す。
肩から向こうはなかった。
「何だ、作り物か」
遠藤は驚きかけた自分を恥じるように、薄笑いを浮かべた。そして、誰か見ている訳でもないのに、自分が平気であることを示そうと、腕を拾い上げた。
重いじゃないか! それが真っ先に受けた印象であり、驚きだった。同時に、手にぬっとり、濡れた感覚が起こっている。
「ま、まま、まさか」
腕を放り出し、自分の手の平を見つめる。赤い物が付着していた。
(血……だぜ)
すぐに匂いを嗅ぐことをやめた。腕の切断面を見る勇気も、とうに失せてしまっていた。息を殺し、少し離れた位置に転がる腕を、じっと見つめるだけだ。
しばらくして、遠藤は自分が落ち着いてきたと思った。
(誰の手なんだ?)
まず、そんな疑問が浮かんだ。皆に知らせようとか、近くに犯人がいるかもなどとは、微塵も考えなかった。
「へへ。俺は勇気があるんだぜ」
そう口にすることに効果があったかどうか。ともかく、再び腕に触れた遠藤。
(男の腕には間違いないが……湯川か?)
暗いのと、記憶が定かでないのとで、断定しかねる。
(湯川の腕であってもなくても、緋野山の殺人鬼が現れたとしか……)
やっと、その可能性にたどり着いた。途端に、身体に震えが来た。
「じょ、冗談!」
足腰を奮い立たせ、この場を立ち去ろうとする。足下のでこぼこも意に介さず、一刻も早く合流せねば。その考えで頭が一杯になる。息が早くも乱れてきた。少しだけスピードを落としたその途端、右肩に痛撃を感じた遠藤。
「がっ!」
短くうめいて、その場に、今度はあおむけに転ばされる。
熱さを感じて、右肩に手を持って行く。ぬるぬるしていた。
「ジュウザだ!」
叫んだつもりの遠藤だったが、実際に喉から発された声は、かすれていた。
しかし、それに呼応するように、茂みの葉をかさかさ鳴らし、巨体の持ち主が現れた。巨大な影。倒れたままの遠藤の正面に仁王立ちすると、何の前触れもなしに手を振り上げる。
「げ」
遠藤は見た。相手の右手に斧が握られているのを。
「助け――」
斧が落とされた。しかし、狙いが狂ったのか、その刃は遠藤の側頭部に命中するにとどまった。ちょうど、左耳をそぎ落とそうとする形である。
「い」
痛いと叫ぼうとした遠藤の口に、拳が真正面から飛んで来た。むやみやたらと、しかしテンポよく殴りつけてくる。
最初は抵抗を試みた遠藤だが、下になっている不利もあって、絶え間ないパンチの雨に、首をがくんと後方に傾けざるを得なくなる。無論、声は、うめくのがやっとになってしまった。
いつの間にか、相手の巨体が馬乗りになっていた。影は遠藤の身体の上で、じっくりと狙いを定めるかのように、斧をかまえた。
「死んでくれ!」
朦朧とする意識の中、遠藤はそんな声を耳にしたような気がした。
どこかで聞いた覚えが……。斧が振り下ろされてくるのを、『何となく』意識しつつ、彼はそんな気がしてならなかった。
――今度の一撃は、遠藤の頭頂部を直撃した。ぼろ切れのように引っかかっていた遠藤のバンダナが、何故か切断されることなく、その持ち主の頭の中へと消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます