十三をさがせ その1

 晴れるのか降るのか、まるではっきりしない天気の下、舗装道を行くマイクロバスが一台。車体の腹に横書きされた「東洋テレビ」の黒文字も厳めしく、かなりスピードを出している。そのすぐ後ろには、グレーの普通車が続く。

「なかなかいいな」

 ディレクターの月谷つきたには、満足そうにうなずいていた。ガラス越しにバスの窓から外を眺めていたらしい。

「いいって、景色が、ですか?」

 今度の番組のレポーター役にかり出された松田貴恵まつだたかえは台本から顔を上げると、くりっとした目を月谷へと向けた。

「景色ももちろんだが、この曇天。いいじゃない。いかにも怪事件を追うっていう雰囲気で。もっと、暗雲たれ込める感じになってくれたら、最高だがな」

 薄い眼鏡越しの目が笑っている月谷。番組制作の最高責任者とも言える彼が上機嫌だからか、車内の空気は和やかだ。

「こうやって見てると、ありふれた登山コースのある、ありふれた山にしか思えませんねえ」

 助手席の根室ねむろが、楽しげに言った。本人が登山気分になっているらしい。

 その隣、ハンドルを握る本庄は、黒サングラスをかけた顔を少し動かす。鼻歌をやめると、長髪をかき上げながら、多少、重々しく言った。

「とても、猟奇的な連続殺人があったとは信じられない……ですか」

 唇の端を歪めて笑う本庄ほんじょうは、どこか芝居くさい。古い映画の影響を、もろに受けている感じだ。

「ほんと、信じられないなあ。連続殺人が二度も起こったなんて」

 バンダナの青年が言った。スタッフの中では松田についで若い遠藤えんどうだが、言葉遣いはいささか粗野である。

「そのおかげで、こうやって番組になるんだ」

 月谷は相変わらず楽しそうに続けた。

「明確に記録に残っているのは、二度に渡る連続殺人。犠牲者は合わせて十八人。誰もが残酷な方法で殺害された上、首を切断されている。ただ一人、片腕を失いながらも唯一生き残った者がいるが、精神に変調を来したと診断された。警察の捜査が行われたものの、有力な物証はほとんど見付かっていない。そんな事件の極悪犯の正体が不明ときたら、そりゃあ世間は興味を持つわな。特番『ジュウザをさがせ!』を作るってのは、自然な成り行きだよ」

 当の番組を企画をした月谷は、目の付け所を誇りたくてたまらない風だ。

「生き残った方の証言、あてにしていいのでしょうか?」

 一行の中に二人いる女性の二人目、白木しらきが慎重な物言いをする。

「現場に『JUZA――十三』と縫い取りされた布きれが遺っていたから、殺人犯の名をジュウザと呼ぶのは分かりますが」

 途中、彼女は台本のとある箇所を指差した。

「体格とか風貌とかは、警察は積極的には採用していませんわ」

「入ってきた情報は使う。それが俺のポリシーなの。それに考えてもみたまえ、警察が女性の証言を認めていないからこそ、犯人を捕まえられないのかもしれんじゃないか」

 今さらどうこう騒いでも始まらんだろう、とでも言いたげな態度になる月谷。

 そこへ松田が口を差し挟む。機嫌を損ねさせたくないと判断したらしい。

「いいじゃないですか。ここまで来たからには、いい番組を作る。私達にできることはそれだけですよ」

 女性同士ということもあってか、白木は松田の言葉に従い、引き下がった。

「いい番組ねえ」

 それまでほとんど喋っていなかったカメラマンの渡部わたべが、ぽつりとつぶやく。それは他の誰にも聞こえなかったらしく、月谷らはにぎやかに話し続けていた。

 渡部は、後方の大きな車窓へ髭面を向けた。後方の普通車は、丁寧な運転で走っていた。

 そちらの車体を繰っているのは、湯川ゆかわというやはりテレビ局の撮影スタッフで、ビデオエンジニアを担当する。大げさな名称だが、要は撮影機器の整備やそのスイッチの入り切り等がメインの仕事である。

 彼が別の車に乗っているのは、番組のゲストを運ぶためだ。

「前はにぎやかなようだね」

「にぎやかな方がよろしいですか?」

 慣れぬ接待役を命じられた形の湯川は、言葉遣いも運転も普段より丁寧だ。

「いや。私は静かなのが好きだね」

 ゲストの木林憲太郎きむらけんたろうは、先ほどからよく頭を動かしている。眼鏡越しに、前後左右の景色を、順繰りに満喫している様子だ。運転免許を持たない彼は、こういう機会ぐらいしかドライブを楽しめない。

「それではラジオも切りましょうか」

 カーラジオのスイッチへ腕を伸ばしかける湯川。

「いや、それぐらいはいい。ついでに聞かせてもらいたいことがあるんだが、いいだろうか」

「自分に答えられるものなら」

 道が坂になった。車で登れるところまで進み、そこにある小屋を拠点にして、惨劇のあった場へ取材に行く方針だ。

「ディレクターの月谷さんの名前、どこかで聞いたなと思っていたんだが、ようやく思い出したよ。何年前か忘れたが、テレビ局のスタッフ達が、ロケ先で殺人事件に巻き込まれたニュースがあった。曖昧だが、月谷さんのグループだったと記憶しているんだ」

「……はい」

 一九〇センチと長身の湯川の声が、小さくなった。

「自分もそのときの取材スタッフの一人です」

「やはり、そうか。都合がいい。話を聞きたいものだねえ、犯罪研究家としては」

 かっかっかと、声を上げて笑う木林。彼は最近、犯罪研究家の肩書きでテレビ番組によく出演している。要するに、異常な犯罪や大きな犯罪が起きればスタジオに呼ばれ、コメントする。それだけのことだ。

 湯川はぽつりぽつりと、昔のことを話して聞かせた。

「なるほど」

 満足そうにうなずく木林。いかにもデスクワークばかりしてきましたと告白しているかの青白い手で、顎をなでた。その手の人差し指を立て、

「もう一つ。そのときのスタッフと今回のスタッフ、どのぐらい重なっているのかな?」

 と尋ねる。

「ほとんど一緒ですね。……えーっと、カメラの渡部さん、音声の白木女史、松田アナウンサーの三人以外は、同じメンバーです」

「なるほど、事件がらみの人間が五人いる訳だ。今度の取材は大丈夫かねえ」

「まさか。何かあっては困りますよ」

「いや、分からないよ。何しろ、相手は正体不明の殺人鬼だ」

「あのう、木林先生は、緋野山で起こった二つの連続猟奇殺人の犯人は、同一だとお考えで?」

「そういうことは番組用にコメントするんじゃなかったのかい? はは、まあいい。私も残念ながら、まだ判断を下せていないんだ。情報が少なすぎる。少なくとも、最初の事件の方は『JUZA』という、なかなか長身の人物が起こしたらしいと言えなくもないが」

 語尾を濁す犯罪研究家。

「ま、この事件について、少しでも明らかにすべく、今度の番組に協力させてもらおうと思ったんだ。全ては取材中に分かってくるだろう」

 木林が言い切ったとき、車が止まった。中腹よりやや下に位置する平らかなその場所には、真新しい山小屋があった。比較的大きく、ちょっとした別荘に見えなくもない。

「この先、少し上に行ったところにある小屋で、一つ目の事件があった……」

 車から降り立つと、木林はまるで感激したかのように言葉を漏らした。

 頂上へと続く道に、今日は人影はない。取材は火曜から木曜までの三日間を予定している。

「今日明日と、こちらで一つ目の事件を追っかける。明日の昼から翌日にかけて、二つ目の事件現場に向かう」

 皆を集め、大まかな段取りの確認をする月谷。

「収録を決めている絵は、台本にある通りだ。惨劇の舞台となり、焼け落ちた小屋跡。遺体が発見された現場各所も回る。登山者がいれば、いくらかコメントを求めることにしよう。できれば、若者の軽薄なコメントがいいな。ただ、平日だけに、定年退職したような人ならともかく、若い連中はほとんどいないと思うが。ま、登山者のコメントはほしいから、あとで土曜か日曜にまたやって来て、そのとき収録したらいい。……いや、それじゃあ二度手間だな」

「いつものをやりますか」

 根室が口を差し挟んだ。AD――アシスタントディレクターとして、ずっと月谷と組んでいる彼は、よく心得ていた。

 月谷の方は、気を悪くした風でもなく、大きくうなずいた。

「スタッフの一人を登山者に仕立てる。それっぽい服を着てる奴、心の準備をしておくように」

 月谷のその言葉に、オーディオ係の本庄と照明の遠藤が、互いに顔を見合わせ苦笑している。

「またやるんですかあ?」

 遠藤が、形ばかりの不満の声を上げた。

「やるぞ。視聴者が見たがっている映像を提供するんだ。多少の演出はやむを得まい。さあ、とにかく、みんな荷物を降ろすんだ。現場まで運ぶぞ」

 月谷は部下に命令を出してから、ゲストの木林へ近寄っていった。

 荷物を運び出していた一人が、不意に声を上げた。

「な、何ですか、これは?」

 湯川だった。彼の足元には、銀色に輝く斧が転がっている。

「ああ、それな」

 にやりとする月谷。

「ジュウザが使った凶器だよ。いい感じだろう」

「凶器って、偽物でしょう?」

「そりゃ、事件に使われた凶器は未発見だがな。斧そのものは本物だぜ。よく斬れるんだな、これがまた」

「……こんなもん、どうするんです?」

「決まってる。番組のクライマックスに、ジュウザの影を見たっていうシーンがいるだろうが。そのための用意」

「……誰かがジュウザの役をやると?」

「そう。体格的に言って、おまえが適役だと考えてるんだがなあ」

 一層、にやにや笑いを深くする月谷。

「じょ、冗談ですよね?」

 大きな身体をしながら、湯川は飼い主からはぐれた子犬のように不安そうだ。

「俺が冗談を言うと思ってるのかい、湯川クン? 何でもやるぞ、俺は」

 口をぽかんと開け、呆気に取られた様子の湯川に対し、吠え続ける月谷。

「何だってやるさ。あの事件以来、恐いものなしなんだからな、俺は!」

 月谷が言った事件とは、先ほど、車中で湯川が木林に話した事件のことを指す。当時、月谷はプロデューサーの地位、つまりは重役に手が届きかけていた。その最後の一押しとなるような決め手の番組を、という腹積もりで企画した番組の取材中に殺人事件が発生した訳である。

 当然、責任者たる月谷は様々な方面から叩かれ、プロデューサーの地位を手にするどころか、今のディレクター職さえも失いかねないぐらいピンチに立たされていた。月谷は、あんな番組を企画したことを呪い、己の不運を呪った。

 ところが、皮肉にも月谷は、その番組に救われることになる。番組自体は当初の目論見から大きく外れたにも関わらず、一種のワイドショー的興味を持って、視聴者に受け入れられたのだ。平たく言えば、数字――視聴率がよかった。芸能人が殺されたというだけで、充分に数字を稼げるという訳だ。

 この高視聴率により、月谷の首はつながった。プラスマイナスゼロと見なされ、おとがめなしとなった月谷は、それでもよく自分を取り巻く状況の把握に務めたと言えよう。出世コースから外れかけたという、悪いイメージができたのは間違いない。それを払拭するには、視聴率のいい番組を多く作るのみ。

 割り切った月谷は、演出――いわゆる「やらせ」を多用する傾向が出てきた。それまでも全く使わなかった訳ではない。しかし、やらせをやった方が、手っ取り早く番組を面白くできる。経費も浮かせられる。

 月谷にとって、やらせは麻薬のような作用を果たしているのかもしれない。

「木林先生は承知しているのですか?」

 湯川の声が小さくなった。犯罪評論家に聞こえないよう気遣っているらしい。

「承知って、演出を、か?」

 やらせという言葉を使わない月谷。

「そうです」

「知ってるだろうさ」

「だろうさって……」

「木林さんはよくテレビに出ている。ある程度、裏事情も分かってくれてるさ」

 平気な顔で、そのまま木林の側へ戻る月谷。

 呆れ顔のままの湯川を残し、他のメンバーもぞろぞろと移動を始めた。

 湯川はバッテリー等の荷物と例の斧を担ぎ、慌てたように早足で歩き出した。

「あー、念のために言っておきますが」

 ADの根室が、皆に聞かせるためか、くるりと振り返り、立ち止まる。

「この辺り、熊が出ることがあるそうです」

 途端に、えー、熊?等という騒がしい声。そのほとんどは、松田貴恵が出したものだった。

 自分の言葉に対する期待通りの反応に、根室は満足したらしく、うんうんと首を縦に振る。

「そう。それも、かなり大きいらしい。まあ、滅多に出ないそうだけど。それでも、ジュウザよりも熊に気をつけるってのが、現実的でしょうねえ」

「死んだふりすればいいんですよね?」

 松田は真剣な表情。最前の大騒ぎは、わざとでもなかったらしい。

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