十三の夏 その8(終)

 やっと起きたことを理解したアキ。自然に涙があふれてくる。

 助かった……。もうあいつはいない。天罰が下ったんだ。

 心の中、次々と言葉を浮かべていたアキ。その彼女の脳裏に、ふと、一つの疑問が沸き起こった。それはあまりに意外だったので、彼女は思わず口に出して言った。

「どうして……」

 倒れたままの影を見つめるアキ。

「どうして、あいつが私の名前を呼んだの? 何で知っていたのよ!」

 分からなくなって声を張り上げるアキ。そんな彼女の肩に、手がかけられた。びくりとして振り向くアキ。

 彼女は肩越しに見た。あいつが――巨体を持つ、メタリックなアイマスクのようなサングラスをした「影」がいるのを。

「え!」

 アキの悲鳴は長くは続かなかった。影は両手でアキの頭部を包み込むと、ぐしゃぐしゃと力を込めてきた。そして片手でアキを持ち上げ、背中から斧を取り出した。

 斧はアキの小さくしぼんだ顔を、その身体から見事に切断した。


 燃え上がる小屋を横に、影はかたを着けることができて、内心、ほっとしていた。煙を見て消火作業にやって来る者がいるはず。その前に皆殺しにせねばならぬと焦っていたのだ。

 最後の一人を探して、また登山道を探していたのだが、見つからなかった。そうしていると、反対側の小屋の方から、ざわめきが聞こえてきた。見ていると、一人の少女が走ってくる。その背後に、斧を手にした血塗れの男がいた。

 少女は男を「俺」と勘違いしたようだな。影は薄く笑った。

 落雷を受け男が倒れたので、少女は安心していたのだろう。泣きじゃくっていた。そいつの後ろから手をかけ、姿を見せてやったとき。少女の表情ったらなかった。あの恐怖に満ちた顔を見ただけで、影は満足し、少女をすぐに殺すことを決めたのだ。

 そして今、影は雷に倒れた男の方に近付いていった。影は、少しの間、上から黒こげの男を眺めていた。そしていきなり、大きな足で男の腹を蹴り上げ、仰向けの状態にさせる。

 顔の皮膚も焦げていた。それに頭部は原形をとどめていないほど潰されていた。が、その顔は確かに鮫島雅志のものであった。

 影はこの男が生きていたことに驚いていた。が、逆に感謝もした。この男が蘇生し、少女――多分、この男の娘だろう――を見つけて抱きしめようとしたことで、影は探していた少女を発見できたのだから。それに男の舌を引き抜いていたことが幸いした。もし男が喋ることができたら、娘もすぐに気付いたであろう。しかし、舌を失った男の必死の叫びは、娘に届かなかったのだ。

 影はまた笑ってから、儀式に取りかかった。両手で斧を大きくふるい、完全に息の止まった鮫島雅志の首を、薪でも作ってみせるかのように切り落とした。

 それから、まだ儀式を行っていない遺体の方へ目を向ける。若い女からだ。影は倒れたままの藤本利香の横に立つ。もっと残虐なやり方で命を奪ってやりたかったな。影は少し後悔してから、先ほどと同様に斧で首を切断した。

 ついで、影はもう一つの遺体を探した。腕を切り落とし、額を割っただけで放り出しておいた女の遺体を。

 しかし、それは中断せざるを得なくなった。登山道の方が、かすかであるが騒がしくなっている。悪天候のこの深夜に消火に来たのか、そうでなくても様子を見に来た連中がいる。

 影は舌打ちをした。身を隠すしかないな。自分だけが知っている住処へ……。



<緋野山で大量殺人

 二十日深夜、Q県L郡の緋野山中腹にある小屋の一つから、火の手が上がっているのが発見、報告された。深夜と悪天候のため、迅速な消火活動が取れず、先発隊として地元警察署から数人の警察官が現場へと向かい、同日午前二時過ぎ、現場へ到着。近くの雑木林の中で、意識を失っていた鮫島晶子さん(三八)を保護した。晶子さんは額と片腕に重傷を負っていたが、生命に別状はない模様。晶子さんは家族や友人と共に前日の昼から同山に登り、当夜は小屋で一泊の予定だった。

 意識を取り戻した晶子さんの話によると、登山に参加していたのは自分達ともう一つのグループで、合わせて十二人。その内、彼女自身を除く十一人が巨大な「影」に殺されたと言う。ただし、彼女は精神的・肉体的に衰弱しており、証言は要領を得ず、警察では彼女の回復を待って、詳しい証言を求めると共に、現場付近一帯の捜索に力を入れる方針である。

 晶子さんの証言以前に、警察は小屋の内部や周辺を調べ、全焼した小屋の中から一体、その前庭に四体、遺体を発見しており、晶子さんの証言を裏付けるものと見なしている。なお、五人の遺体は全て頭部を切断されていた。

 鮫島晶子さんの証言によると、彼女自身は夫の雅志さん(四二)が「影」に襲われているのを小屋から目撃、玄関から出ようとしたところを襲われた。最初に腕、次に額を斧のような物で殴られ、意識を失ってしまった。気が付くと辺りに誰も居なくなっていたが、その場から逃げ出そうと思った。しかし、腕の激痛に耐えかね、雑木林に入ったところで気絶してしまったと言う……>


<全遺体、発見される

 二十二日、警察は緋野山で十九日から二十日の夜にかけて起こったと見られる大量殺人の犠牲者十一人全ての遺体を発見したと発表した。

 先日見つかった方と合わせ、亡くなったのは次の方々である。

小屋の前庭にて発見……鮫島雅志 鮫島亜紀あき 宮田優一 藤本利香

小屋の中にて発見……大沢倫

小屋より下の登山道脇にて発見……大沢留美

小屋より上の登山道脇にて発見……栗山陽介 寺坂友恵

小屋周辺の探索道にて発見……安川佐知代 錦野博樹 錦野安彦


 事件の関係者の略歴は次の通りである。

鮫島晶子 (三八) 雅志さんの妻。事件の生存者

鮫島雅志 (四二) **銀行勤務。晶子さんとは再婚

鮫島亜紀 (一三) **中学一年。雅志さんの前妻の娘

大沢留美 (一三) **中学一年。亜紀さんの同級生

大沢倫  (一六) **高校一年。留美さんの兄

藤本利香 (二〇) **大学二回生。同大学ワンダーフォーゲル部所属

安川佐知代(一九) **大学二回生。藤本さんの友人

栗山陽介 (二九) フリーのコンピュータプログラマー

寺坂友恵 (二八) ソフト工房**勤務。栗山さんの友人

錦野博樹 (二一) **大学三回生。同大学空手部所属

錦野安彦 (二一) 総合商社**勤務。博樹さんの双子の弟

宮田優一 (三〇) 空手教室師範(自営)。錦野博樹さんの先輩にあたる


 晶子さんが証言した「影」についても徹底的な捜索が行われているが、今なお、見つかっていない。

 また、現場付近の草むらに「JUZA――十三」と縫い取りのある青い切れ端が落ちていたのが見つかっている。これが晶子さんの言う「影」と関係している物かどうか、警察は調査中である>


           *             *


(倫君……)

 過度の恐怖とストレスなどにより精神が平常でない、不安定であると見なされ、病院に収容されている晶子。彼女は心の中、つぶやきを繰り返す。

(倫君、留美ちゃん、そして亜紀……。ごめんなさい……大人の私が見捨てて逃げてしまった……許して……)


――第一部.終わり

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