十三の夏 その3
「どうせ、外にいる誰かだろ」
つまらないことにかまってられないといった様子の倫。
「でも、どうして裏に回るのかしら。ずっと火の側にいればいいのに」
「ああ、なるほど」
倫は分かったような声を出した。
「何よ、兄貴。気味悪い」
「おまえ達にはまだ早いんだなあ」
「もったいぶるな、この」
殴る真似をするルミ。そんなことされなくても、倫は最初から話すつもりだったようだ。
「あの大学生達とかさ、栗山さんや寺坂さんとかのこと。適当にくっついて、どこか静かなところに散ったんだよ」
「え、それって」
「アキちゃんの考えている通り」
意味ありげに口元をつり上げてから、笑い出す倫。
「もう、兄貴。何を考えてるのよ。ケーベツされるぞ、そんなことを女の子の前でやると」
「おまえらはまだ半人前。ケーベツされようがどうされようが、一向に気にかけません」
そして倫は、手元のカードから一枚を捨てた。
そのとき、鮫島雅志と宮田が戻って来たらしい。入り口のドアの方がにぎやかになった。
「若いのは元気がいいな」
そんなことを口にしながら。
「うふふ」
寺坂友恵はわざとらしい、媚びた笑みを浮かべた。
「こういうのは初めてだな」
栗山はベルトの止め金を外し、ズボンを下ろした。屹立した彼のものが現れた。慣れ親しんだ女の裸であったが、状況や過程が違えば、また一段と興奮できるものらしい。
「いきなりは嫌よ」
「分かってるさ」
また笑いながら、二人は互いに密着した。男は下半身のみ裸、女は全裸だ。
栗山の手が寺坂の頬をなで、その直後、唇が近付いていく。すぐに二つの唇は吸い付きあった。栗山の表情も寺坂の表情も、先ほど子供達と一緒にいたときとは全く違う。
「っ、はぁ」
唇が離れると、どちらからも息が漏れた。ゆっくりと身体を横にする男と女。
次に栗山は右手を相手の左乳房にやった。いつからかは忘れたが、これで始まるのが決まりのようになっている。そしてそんな右と左の組み合わせがもう一つできあがる。
しばらく続けた後、栗山は仰向けの寺坂に乗る。
「そろそろ」
「え、ええ」
初めてのシチュエーションのためか、また暗いせいもあってであろう、栗山は一度、位置を確認しておこうと身体を離した。しっかりと目標を定め、いよいよ入れようとした。そのとき――。
「?」
栗山は腰の辺りに鋭い痛みを感じた。
そして痛みは腹の奥底を突き抜けるかのような感覚となり、ついには彼のものの先にまで達した。
「いっ!」
声にもならぬ音を出し、彼は自分のものを見つめる。先が裂けている。裂けた先から細い何かが出てきている。月明かりに乏しいので分かりにくいが、液体にまみれているのは間違いない。
ついに、耐え切れぬ痛みが彼を襲った。
「ぐお」
尿道が張り裂けそうな痛み。いや、張り裂けそうなのではない。事実、張り裂けているのだ。
彼のものを貫いたその細長い物は、そのまま一直線に下にいる寺坂のそれ――ついさっき、栗山が目標として定めたそれへと入っていく。
「あ、ああ」
寺坂の口から声が出た。目を閉じている彼女は、快楽を得ているらしい。
しかし、栗山はそれどころではなかった。
「お、俺のじゃない!」
痛みをこらえながら、彼は何とも間の抜けた台詞を口走った。
「な何だよ、これはぁ」
息を荒くしつつ、栗山は自分のものを両手で押さえる。こうしておかないと、はちきれてしまいそうだ。が、もう遅かった。彼の手の中で、彼のものはぐちゃぐちゃと音を立てながら、へたりと垂れ下がった。
「おおおお」
痛みの根源を探ろうと、振り返る栗山。腰から痛みは始まったのだ。
そこに彼は見た。己の腰に何かが深々と突き刺さっているのを。
「あががががが……。何なんだ!」
いくらわめいても、下の寺坂は異変に気が付いていないようだ。
腰に刺さる棒の向こうに、黒い影があった。その両手はしっかりと棒を握っている。
「きさま?」
もう痛みでどうしようもないくらいであったが、栗山は声を絞り出した。
瞬間、激痛が走った。影が棒をさらに押し込んでいる。
栗山はたまらず前を向き、自分を貫く棒の先を見た。寺坂の内部へと消えている棒は、かなりの早さでさらに彼女の身体へ入っていく。
「ああ!」
絶頂の声。
栗山は見た。寺坂の腰の下辺りに、赤黒い液体が広がっていくのを。棒の尖った先が寺坂の身体をも貫いたに違いない。しかし、寺坂はその痛みを快楽の一つとして感じているようなのだ。
そして何よりも、栗山は自分の腹を中心としたしびれるような激痛に、もはや耐えられなくなっていた。
「……何でだよ」
どうにか理にかなった解釈をしようとする栗山だったが、ゲームプログラミングのようにはうまくいかなかった。
何とか手がかりを得ようと再び振り向いた彼を、最大級の衝撃が襲った。
「ぐげお」
影はまだ他に武器を持っていた。何か重たく鋭い物――栗山には分からなかったがそれは斧だった――が、栗山の顔面左を襲った。上顎と下顎のちょうど間をとらえた斧は、左から右へ一気に通過する。
栗山の頭、上から三分の二ほどが吹っ飛んだ。草しげる地面に落ちたそれは一回転し、まるで地球をかみ砕こうとしているかのような格好で止まった。
わずかの間もなく、栗山の下顎が血を噴き出した。勢いのなかなか衰えない血は、下顎を受け皿としてたまり、すぐにあふれ出た。
さっきから続く栗山の妙な声。それに加えて、おなかの辺りにふりかかる生暖かな液体で、寺坂はようやく様子がおかしいと思った。
「どうしたの、上向いちゃって」
目を開けて、寺坂は栗山へ笑いかけた。返事はない。何かしら、液体を顎からあふれ出している。
「あら、あなた、そんなに離れていて、どうして」
こんな感触があるの、と続けようとしたところで、彼女は今感じている痛みが普通でないと分かった。
「痛い! やめてよ」
叫んでから男の身体を突き飛ばそうとしたが、手が届かない。必死に起きあがり、どんと胸を突いた。
栗山の身体は、そのまま後ろにどすんと倒れた。
「え?」
その反動で、寺坂の体が軽く浮き上がる。
彼女は自分と栗山とをつなぐ、奇妙な物体に気付いた。
「痛い! 痛い!」
何だか知らないが、とにかくこれを抜かなくては、抜けばこの痛みは消える。寺坂はそう考え、両手でその棒をつかんだ。
力を込めて引っ張るものの、どうしても抜けない。痛みは増すばかりだ。とうとう力を入れすぎて、身体ごとひっくり返ってしまった。寺坂は栗山の隣りに寝ころぶ格好になる。
「痛いよぅ!」
訴えるように言って、栗山の顔をにらみつけてやろうと思った。が、そこに栗山の顔はない――。
「ひぃゃあああ!」
叫ぶ寺坂。だが、声は誰にも届かなかった。すぐ側にいるあの影以外には。
「誰か……助けて」
腰が抜けてしまったかのような動きで、寺坂はまた仰向けになる。そのとき、目の前に人の影が現れた。寺坂は右手を伸ばした。
「た、助けて」
このときの彼女は、その影が栗山を殺したなどという考えには、及びもつかなかった。とにかく助けてもらいたい一心であった。
その期待に応えるかのように、影は寺坂の手を取った。だが、それは彼女の予想以上に力強い。
「あ」
そんな声を上げた次の瞬間、彼女の右手首は消えていた。
「あああっ! あっ、あっ」
叫んだ直後に猛烈な痛みが、かつて手首があったところから伝わってきた。
「あっ……な、何をするのよ!」
影を見れば、そいつは右手に斧、左手に切り取ったばかりの手首を持っていた。手首の方をしきりにぶらんぶらんとさせている。
「わ、私の手! 私のよ!」
寺坂は混乱しながらも、自分の手首を取り返そうとした。今なら間に合う、今手首をこの傷口にあてがえば引っ付くんだ。そう信じている。
が、身体を起こすことができない。何故なら、影の奴が棒の端を握り、強く押し込んできたのだ。痛みと共に、寺坂の身体は地面に固定されてしまった。
「い、嫌……」
髪を振り乱して寺坂は言った。
そんな彼女の様子を見て、楽しんでいるかのように影はのろのろと近付いてきた。そして寺坂の真上に立つと、斧を両手で持ち、構えた。
「嫌っ、嫌!」
必死で逃れようともがく寺坂。だが、棒はその細い外見とは裏腹に、しっかりと彼女を捕まえている。
「嫌――」
声が途切れた。斧は寺坂の首に真横からくい込み、すぐに突き抜けた。
ごろごろと転がった寺坂の首は、栗山の股の間で止まった。
「この辺でいいでしょ」
左横顔を向けながら、安川は言った。彼女自身、こちらから見られるのが、一番効果的だと自覚しているに違いない。
その通り、相手の錦野安彦はことの成り行きのスムーズさに最初は呆気にとられていたが、すぐに理解を示した。
「葉っぱで切れるかもしれないぜ」
草の葉を手に取り、安彦はそんなことを言った。
「大丈夫よ。それより、お互い、擦り切れないようにしなくちゃ」
「違いないね」
二人は低い笑い声を立てながら、自然に半身の体勢となった。
「いいか」
「いつでも」
知り合ったばかりということもあってか、そんな短い会話からことは始められた。すぐにいささか獣じみた二種類の声が、夜の暗がりに聞こえてきた。
二人は周囲のことなど目に入っていなかったに違いない。二種類の声が三種類に増えても、まるで気付かず行為を続けていたのだから。
いよいよという段になり、錦野安彦は状態を起こし、両膝をつく格好になる。そしてズボンを下ろそうとするが、うまく下りない。軽く舌打ちして、彼は完全に立ち上がった。
がくん。
そんな衝撃が、彼の右膝を襲った。よく小学校の頃に流行ったいたずら――膝の後ろを押されてかくんとなるあれを、極端に強くした感じだ。
己の右膝を見ようとした途端、引き裂かれるような痛みが右の太股に走った。と同時に、安彦の身体は右に傾いていく。
「あ、あ、地震?」
そんな言葉を発しながら、安彦は地面に突っ伏した。
安川のどうしたのという声を聞き流しながら、彼は右膝を見た。そして悲鳴を上げた。
「ぎゃっ」
右足の膝から下が、ない。見えないのではなく、ないのだ。痛みは「引き裂かれるような」ではなく、本当に引き裂かれた痛みであった。
右足の膝からした――すねは、安川の足下に、まるでおもちゃのように突っ立っていた。
自分の足を発見した錦野安彦は、狂いそうになった。
「あぎゃぎゃ……」
仰向けになったところに、第二の衝撃が襲ってきた。今度は左膝に、さっきと似たような鈍痛が。
「ぎゃあああ」
今度の叫びは間延びしたものになった。それもそのはず、左足の方はすぱっと切断されずに中途半端なところで残っている。皮一枚残してぶら下がる大根かにんじんのようだ。
「や、やめてくれえ」
安彦は懇願の叫びを続けた。
彼を襲った影は、斧を片手に一つ、満足そうにうなずいた。
これでこいつは逃げられない。
影はそう判断した。そして、もう片方の獲物に視線をやる。異常事態に気付いた女が、腰を抜かしたようになりながらも這って後ずさりしている。
こいつから先に片付けよう。
影は錦野安彦の左すねから斧を引き抜くと、じわじわと安川に近付いていった。
「ひ、ひ」
半裸のまま腰を落としたまま後ずさる安川。あの影に気付かれぬよう、声を出さないようにしたいのだが、恐怖で勝手に声が出てしまう。
影がこちらを見た。手には斧。
「やめて。来ないでよ!」
安川は叫んだ。
「あんたが用があるのはそっちでしょ!」
動けなくなってうめいている錦野安彦を震える指で差しながら、安川は言った。何の根拠もない、そして身勝手な言葉であるが、無理もない。
「わ、私は関係ないんだから……」
そのとき、彼女の背中に固い物が触れた。木だ。木の肌にぶつかったのだ。
そうしている間にも、影はゆっくりと近付いてくる。
「来ないでったら!」
失禁して動けなくなった安川は、土くれを手に掴み、影めがけて投げつけた。それは相手の顔面めがけて飛んでいく。
が、影はあっさりとかわした。それまでのゆっくりとした動作からは想像もできない素早さだ。
「ひいい」
悲鳴を上げ続けながら、安川は同じ攻撃を繰り返した。しかし、せいぜい影の胴の辺りに当たるだけで、何の効果ももたらしていない。
「やめてったら!」
最後とばかりに声を振り絞ったとき、影の斧が斜め上に構えられた。安川は反射的に、両手を顔の前にかざした。
びゅん。
空気が裂かれるような音と共に、彼女の視界が開けた。親指を除く八本の指が吹き飛ばされたためだ。
自分の手から吹き出る血を大量に浴びながら、安川はわめいた。目に血が入り、また視界は悪くなっていく。
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