魂の呵責

東雲昼間

 

 街には金属が固いアスファルトを何度も打ち付ける甲高い、乾いた音で溢れかえっていた。金属の加工をするような工場が立ち並ぶ工業地帯でもなければ、近くで何らかの工事をしているわけでもない。

 数年前のこと、世界的に殺人ウイルスが蔓延していた。このウイルスに人間の力では太刀打ちする術がなかった。感染してしまうと一週間以内に確実に命を落としていた。

 そんな中、科学者と医学者による団体が、世界中の人間を震撼させるようなことを発表したのだ。それは人間の意識だけをロボットに移植して、生身の身体を捨てようということだった。身体がロボットになるということは朽ちぬ肉体も意味していた。不老不死。

 人道に反するその発表に多くの人間が異を唱えた。だが不老不死に釣られて各国のトップが協議を行い、その結果、強制執行したのだった。従わない者には禁固刑や罰金等ではなく粛清と称して命を奪った。

 結果、普段は人々の足音と話声で賑わいを見せている街中は、温かみのない無機質な金属音で溢れかえっていった。

 私は最近思うところがある。人が人らしく生きていくというのは、誰かと関わりを持ち、その肌に触れた時、皮膚の下を這いまわる血液の微弱な熱の放出を指先から身体全体、そして心の奥深くまで感じ取ることなのではないかと。

 そう思い始めたのには理由があった。私には妻と小学生の娘がいるのだが、とりわけ仲が良いともなく悪くもなく、ごく普通の家族だった。それが機械の身体になって半年後のことだ、会話が無くなり、何事にも合理性と効率を重視するようになった。

 なぜそうなったのかは明白だった。会話をしても抑揚のない機械音で感情が読み取れない。肌に触れても何も感じない。次第に他人と関わることに意義を見出せなくなっていったのだ。

 そうして、そのうち自分が血の通った人間だったことを忘れていき、感情は無くなり同じ動作をするだけの本物の機械のようになっていった。次第に過去の記憶がじわりじわりと音もなく消え失せていく。それはまるで流れ落ちる砂時計のように。

 私も、もう少しすると完全に記憶も感情も無くなるだろう。

 そう、悲観に囚われ、諦めの最中にあった私は、不意に電気が脳裏に走ったような感覚に襲われ、あることを思い出した。

 それは、ロボットに赤ん坊の意識を移すことが出来ず、地下深くに建設された無菌シェルターに集められたという話だ。

「人間に戻りたい……」

聞こえてくる音の調子とは裏腹に心の中では嗚咽を漏らしながら呟いた。

……ロボットに人間の意識を移せるのなら、もしかすると逆もまた然り。人間に私の記憶を移すこともできるのかもしれない。

 藁にもすがる思いで自分をそう納得させ、地下シェルターを目指して旅に出ることにした。

記憶が薄まる前に……。

感情がまだ残っているうちに……。

 それから半年がすぎ、地下シェルターに到着した。普通なら喜びに満ち溢れているだろう、だがそのころにはもう感情が希薄になっていた。特に何も感じられなかった。唯一感じられたのは、たしか、達成感とか言ったか覚えていないがそんなものだった。

 中に入るには二十四時間の滅菌作業が必要だった。何種類もの液体と怪しげな光を浴び二十四時間後中に入ることが出来た。

 私が通されたのは染み一つない真っ白な壁と床に覆われた四畳ほどの応接室だった。係の話だと数分後に責任者が来るということだ。

中央に置かれた真っ白な椅子に座り待っていると、細身で背の高い中年くらいの男が部屋に入ってきた。

「どうも、今回はどのような用件で」

男は、子供と会話するような優しい語り口で問いかける。

「人間に戻りたい、人間の意識をロボットに移植することが可能なら、ロボットの意識を人間に移すことも可能なのではないか」

テンプレートを読み上げる様に発した。

「それは出来ません、意識というのは魂。一つの肉体につき一つの魂なのです。」

「多重人格はどう解釈する」

「多重人格というのは、簡単に言えばつらい出来事から自分を守るための防衛反応なのですよ。言わば自分です。自分を何人増やそうが結局は自分なのです。魂は一つなのです。もし、仮にあなたの望みを叶えたとします、そうした場合……」

「わかりました、失礼します」

これ以上話しても時間の無駄で効率的ではないから話しを遮り施設を出ていった。

「先生今の人……」

係員がそう言いながら部屋に入ってきた。

「もう、人ではない、感情も記憶もないだろう、あれはロボットだ」

 街には金属が固いアスファルトを何度も打ち付ける、甲高い乾いた音で溢れかえっていた。

私も甲高い、乾いたその足音を鳴らし、効率的かつ迅速に今日も作業を完遂する。

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魂の呵責 東雲昼間 @sinonomehiruma

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