65話 椎名天の本気

邪悪な炎の熱波がアーマー越しに感じられた。

半壊した校舎の上から、見下ろされる目は彼を昔から知る俺からしたらあり得ない者だった。いつだって謙虚で賢いが、どこか抜けている。

そんな、湊海らしからぬ態度。


「なるほど、あのアズラエルの幹部が彼を暴走させたと…」

「はい、実際に何をしたのかは分りません」


そして、背後からでは椎名と勅使河原が情報を情報を共有していた。断片的に聞こえてくる内容は恐らくなにがしかの妨害が働いているのだろう。

椎名は数時間の間あの旧部室棟に閉じ込められそこでシャドウと戦っていたらしい。レヴィから崩壊した部室棟からシャドウの残滓を感じ取ったらしい。今まで、結界によって感じ取れなかったが椎名が全部をぶっ壊したということだろう。

いつから彼女は、武闘派になったのか。


「君!」


話がまとまったのか、椎名が俺の隣で魔力を高め、不可視の流れが彼女のもとに集中して行っていくのを感じる。一度、彼女と戦ったことがあるがその時よりもずっと存在感が溢れ少し、戦慄する。

正直、目の前にいる湊と同レベル。

いや、それ以上なのかもしれない。


「ここから先は、私たちに任せてあなたは今すぐに引きなさい。」

「そうしたいのも山々だけど、あの燃えてんのは俺が狙いらしいが?」


ゲイリーは確か、魔力が暴走した湊はほぼ無意識で行動しているといった。そして、彼が付け狙うのは心の奥底でよく思っている人物であると。

故に、初めにリーファが攻撃をされた。そして、なぜが俺が狙われることとなった。いや、俺が狙われるくらいだ。椎名もある程度は狙われる対象だろう。

そっと、横目に見ると瓦礫の隙間より触手が出現して次第に足元が盛り上がっていった。恐らく、真下に何がいるのだろう。

横に立つ椎名を向くとそちらも気づいていたのか、ため息をこぼしていた。


「………私が彼の相手をするから問題ないわ。それと、一つ変更。下のやつ…頼めるかしら?」

「了解した。」


その刹那、俺たちはそれぞれ互い違いの方向へと跳躍する。椎名は、校舎から見下ろすように立つ湊へ、そして、俺は飛んでいる途中で体を捻ってさっきまで立っていた場所へとミサイルのようなものを向ける。

湊は、椎名に任せよう。

丁度、体が完全に向き直った所で真下から現れたのはゆらゆらと蠢く柱だった。

次第に、その数は瞬きの間に増えていきおびただしい量が地上を埋め尽くさんばかりに広がっていった。

「うわ…キモい。」

抑えきれない嫌悪で思わず顔を顰め、誰にともなく声が出た。

離れた場所に降り立つと、大きく踏み込んで衝撃を耐える体勢にしたところで腕に組み込まれた小型ミサイルを一斉射出した。

数にして、右腕左腕にそれぞれ五発で計十発。

互いが触れ合わないように全ての方向が別々に真上へと飛び立っていき、一定の高度を取ると突然壁にぶち当たったかのように動きが急変してシャドウへとその矛先を向けた。

意思があるかのようなミサイルの動き。

シャドウが光に包まれた。

遅れて、鼓膜を響く爆音。

「………やった?」

「それフラグ…てか、あっちに行かなくていいの?」

横から、筆を構えた勅使河原が降り立った。

先ほどまで、椎名を姉様などと言っていて一緒に戦っているものと思っていたが…。

「お姉様から、民間人を一人も見捨てないって貴方が守りなさいと命令を受けたの。」

「なるほど、お優しいことで……。」

正直、ありがたい。いつ、このアーマーがエネルギー切れするか分かったものではなかったしな。だが、問題はどう倒しからかということだ。

砂煙が収まっていくと、その奥でやはり黒煙が現れた。

元気いっぱいである。

「やっぱり、光の御子の攻撃が一番いいわね。そこの人。時間稼げるかしら?」

「具体的にどれくらいだ?」

「そうね。十分は見積もってくれたら…。」

十分か、残り残量を確認する。


32%


待つか持たないかのギリギリかもしれない。

「一つ聞くけど、その攻撃で確実に倒せるか?」

「えぇ、十分も取るもの当たり前よ。」

「………了解した。ただ、このアーマーのエネルギー切れがあるかもだから、危うかったら撤退する。このことは、考慮していてくれ。」

「分かったわ。それじゃ、いくよ!!」

彼女の声と共に俺はシャドウの裏へとエネルギー体を放ち俺に意識を持たせつつ回り込む。

「うぉっ!?」

その途中、大地を割って噴き上がるように黒い触手が駆けてきた。それを避けつつ剣で元から斬りつける。正直、変身してヒヒイロカネで全てシャドウを丸刈りにしてやりたい。

同時に、本当に十分保てるか不安になってきた。

「やべっ!?」

なんて、弱気になっていると血を這うようにして現れた触手がいくつか重なり合うと一つの獣の顔を模っていき、顎となり牙を立てた。

だが、それは真横から放たれたクナイのようなもので迎撃された。

横目に見ると大きな巻物を構える勅使河原の姿。そして、すぐに巨大な筆を振るって攻撃を仕掛けていた。

攻撃の準備はどうした?

思わず、眉を顰めた。てっきり、後ろに下がって放送局の時の湊のようなとんでも無いものを放他と思っていた。

俺を助けてくれたことは嬉しいがそれで準備が遅れたらどうするつもりなのだろうか、身を屈んで迫っていた触手を避け、一息に切り裂く。

着地を待たずに、ブースターで飛んでさらに追いかけてきた触手へと足の剣を出して落下の勢いそのままに蹴りを叩き込む。

「あ?」

その際だ。

上からシャドウの姿を捉えようとすると真下に不思議な模様が出来つつあった。

「なるほど。あれの準備ってことか…」


大体わかった。






「吹き飛べ。」

私が地を撫でると共に、氷の槍が生成されてあのバカ…湊へと放つ。まずは、出来るだけ彼をこの場から遠ざけるのが最優先だ。

恐らく、彼は昔の私のように力が暴走して理性がなくなっている状態。

あの時は、アビゲイル様によって救われたけれども外との通信が全く取れない今の状態では私しかいないだろう。正直、麻里もいて欲しかったけれど今は体育館から離れられないだろうし。かと言って、下手に他の子にさせると返り討ちに遭ってしまう。

陸は、勅使河原に任せた。あの子は、どちらかといえば支援タイプだから彼の助けになるはずだ。

どちらかと言うと、私が彼と一緒に戦いたかったけど、事態が事態だ。

「ぁ……アアァァァァァァァァァ!?!?!?」

咆哮と共に、氷の槍が一瞬にして溶けてただの水と変わり果てた。

「やっぱり、並のやつじゃ聞かないか。」

眼前に見下ろす彼は、禍々しい炎を纏い私を見下ろし何かぶつぶつと呟いている。


【邪魔だ……害虫。君には、用はない。僕は彼に用があるんだ。】


虚な目で、彼は恐らくリクがいる方向を眺めていた。

「悪いけど、今のあなたを彼に近づけるわけには行かないわ。それに、あなたは今日いっぱい彼と過ごしたんだから。今度は、私が独占する番だもん。」


【いやだ。彼は、僕のだ。君みたいなのに、渡すものか!!】


ようやく、彼は私へと顔を向いた。同時に、火炎の爆音を漏らし、その合間から怨嗟染みた声を轟かせて、巨大で禍々しい黒紫色をした燃ゆる球体を形成する。

場に存在する魔力が悉くその球体へと収束していく。

そのエネルギーは、多分。

零の中に一人いるか、いないくらいだ。

相変わらず、湊海は才能だけは理不尽に腐るほど持っているだけはある。

その才能で、何度、私とリクを離れ離れにしたのか彼は知りもしないだろう。そして、私たちはその才能によって何度リクを傷つけて、絶望へといざなかったのだろう。

形成された魔力の塊じみたものを湊は、私めがけて放とうと狙いを定めている。

私は、足元に左手を添えて氷の柱を突き立てて彼の上を取った。

さぁ、さっさと放て愚者。

氷の柱の一部から、彼女は短刀を取り出した。

彼女が触れると魔法陣が浮かび上がってきて、複雑で幾何学模様が現れた。

「【属性付与光、属性付与氷。】」

私の言葉に応じて、剣身から光が溢れ、無数の八角形が目の前に形成されていく。

「さて、どこまで耐えられるかしら?」

半分、楽しみでもあった。ここ最近のシャドウでは試すことができないほどのエネルギーだ。


【消えてなくなれぇッッ!!!」


魔力の塊を目一杯力をいれて、湊は投げ込んだ。

だが、あんなものをそのまま防ごうなんて馬鹿げたことはしない。障壁を微妙にずらして受け流す。

受け流した魔力の塊は、流されるようにしてこの学校全体を張っている結界へと衝突した。

「あら、手間が省けたわね。」

たまたま、結界がほころびかけていた場所だったのか、或いはあの強力な結界がアレに耐えられなかったのかヒビが次第に入っていき、そのまま貫通した。

恐らく、山が吹き飛ぶだろうがこの周囲の異変に恐らくアビゲイル様も気づいているだろうから、何とかするでしょう。

遅れて、轟音。

私は、すぐさま氷の盾を真横に形成する。周囲一帯が、冷気と熱気に包まれた。

炎と氷片が入り混じった風が私の頬をなぞる。

前方の氷光の盾越しに、次の炎を形成しつつあった湊を見下ろした。


「こんなものじゃないでしょう?」









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