64話 燃ゆる海

「さて、この結界どうしたものか…。」


別段、学校の校門というそれ以外何の変哲もない景色を相手に呟いているとちゅんちゅんと小鳥の囀りが聞こえ…バチンッッという感電に似た爆音がそれを遮った。

天空から目の前に真っ黒に染まった塊が落下してきた。

遅れて、薫る香ばしい匂い。

脳が勘違いして、口の中に味が広がって唾液が多く分泌された。これだから、脳くんは…。

再び、校門の景色を眺める。

五メートル先には、あのアズラエルの幹部ゲイリーと名乗る男が設置した結界が張り巡らされている。それは、先程の小鳥よろしく触れれば丸焦げになってしまう。

周囲には、人避けの術を施していて誰一人も来ることはないためそこの心配はしていないのだが結界の中にいる仲間が若干の不安がある。

無論、信頼のおける零の一員もいることだから過保護に思えなくもないが…。

虚空より、刀が現れこれを掴み鞘から抜き出す。


紫電が舞う。

やれることは、やっておきたい。

そして、我が主人の指示を仰ごう。


「………アビゲイル。聞こえてるか?」

『ええ、見ています。』


虚空から、甘美な声が降り注ぐ。


「中の様子は?」

『強力な結界による妨害で…』


声色から、疲れが読み取れる。やれるだけのことをやったのだろう。全く、無理は禁物だといつも言い聞かせているつもりなのだが…。


「そうですか…。」

『…一応、零を数名召集しました。』

「なるほど、分かりました。その間に結界の解除を試みます。」

『わかりました。それでは、ご武運を…。』


「さてと、何とかしまッッ。……結界が消えた?」


まるで、アビゲイル様の声が消えたと共に目の前の結界が一瞬にして崩壊したのだ。




 

「…なっ!」

「何よ……あれ!?」


なんなんだという問いを口にする前に俺の声を遮って、リーファが俺に尋ねた。

知ったことか。

無事、目らしきもの攻撃範囲から抜け出し十分に注意しつつ校舎の廊下を突き進み。俺たちは、遂に旧部室棟が見えるところまできたのだが、その際に青い炎の柱が見て取れた。

廊下が、炎の光によって真っ白に染まった。

放送局で見たあの白い炎とは、全く違う。

蒼い炎。


「……海。」

「お、おい!」


彼女は俺が隣にいると言うのにも関わらず彼の名を口にする。もう、それどころじゃ無いのだろう。咄嗟にリーファは前に出て彼女は旧部室棟へと駆け出す。

それに慌てて俺も彼女の跡を追った。

異常事態が起きているのは、明白だった。

だとしても、冷静に行動を行わなくてはならない。


エネルギー残量は45%。


一戦もつだろうか。

しかし、恐らく何人かの光の御子がいることが分かっている点ギリギリまで敵を削るくらいのことは出来るはずだ。

だが、旧部室棟の方がどうなっているのかが全くわからないという不安もある。来る道中、リーファより大型のシャドウという情報。


『安心なさい。………私がサポートするわ。最悪、隠れつつ変身することも頭に入れておきなさい。』


そんな俺の不安を取り除くように、胸元の懐中時計に住まう少女の声が聞こえた。

思わず、柄じゃ無いだろうと吹き出しそうになったが耐えてリーファには聞こえないくらいの大きさの声で囁く。


「信頼してるぜ。」


これで、伸び伸びとやれるってものだ。


「バレット!!」

「何!?」

「ショートカットする。左に避けろ!!」

「ふぇ!?……ッッてええええ!?」


俺の怒号とほぼ同時に彼女は、廊下の左へと跳ぶ。それを確認した俺は右腕を突き出して最後の小型のミサイルを教室の壁めがけてぶっ放した。


「ちょ!?いいの!?」

「どうせ、政府の人直すからいいのいいの!それに、お急ぎだ。直線の方がいいだろ?」

「………そうね!」


大分、俺もこのファンタジーに毒された自覚はある。だが、リーファの方も大概だ。

じゃ、遠慮なくと纏う力をぶっ放して宙に浮いている。なんなら、俺が開けた穴が小さいと思ったのか両手に持つ双銃でさらに広げているぐらいである。


「まぁ、責任は最悪あっちに出来るな。」


どんどん小さくなる姿を追いかけるとリーファはその歩みを止めて、こちらへと振り向いた。

言葉がでないと言いたげに、まるで目の前の光景が信じられないような顔を浮かべていて、それには、俺にも確認してほしいという願いも含まれていた。俺は直ぐに駆け寄ると彼女と恐らく同じ顔をした……と思う。


「なんだよ……あれ。」



青い炎に包まれた空間にポツリと一人が突っ立っていた。


それは、背中から禍々しい…まるでドス黒い血のような色をした炎の翼が生えていた。足元には、まるで蛇の下のようなものがうじゃうじゃと蠢いている。

そして、何よりその人のような化け物の姿は間違いなく光の御子の鎧を着た湊であった。

明るい光沢のある赤ではなく、紫。

他にも、俺が知っている彼の姿からかけ離れたものだ。


「うみ…?」


リーファが漏れるように呟くとその湊らしきモノはゆっくりと機械仕掛けのように振り向く。間違いない、湊だ。

だが、俺がそれを認識出来たのは一瞬だった。


「へ?」


遅れて聞こえてくるのは、衝撃音。

バラバラと背中に破片がぶつかった感覚。

真横に剣を振りかぶった湊がいた。

さらに、奥へと振り向くとぐったりと壁にめり込むリーファの姿。


「おい、だいじょッッ」


途中、真横の湊からの返す剣で振り払われ、

半分、無意識だった。

すぐさま、アーマーに装着されていた剣を出現させて斬撃から守った。やってきた衝撃はアーマー越しに身体中を傷みつけ、一瞬意識を落としかけた。

剣で守った勢い、そのまま従うように背後へと下がってそのまま校舎から飛び降りた。

天を仰げば、湊がこちらを蔑むようにこちらを見下ろしていた。


「……何がどうなってんだ。」

「なぁに、ちょっと、溜まったストレスを発散させただけさ。」


急に、背後からの足音に眼を見張り振り向いた。 

そこには、白馬の騎士がいた。粗野な動きで馬に鞭打ち、こちらへとやってくる。 

余裕があるその動きを奇妙に感じた。


『ゲイリー…。』


頭の中でレヴィの怒気が混じった声が響く。

その名を聞いた途端、こいつだったかという認識の差異があった。確か、彼はスーツ姿だったはずだ。これが本来の姿とかいうやつだろうか。


「…………」

「おぉ、怖い怖い。そんなに睨まないでくれる?それにしても、君はあの光の御子に随分と関心を持たれているらしい。」

「あ?」

「彼は、今魔力が暴走しているんだ。まぁ、僕が解放してあげたんだけど…。魔力が暴走した人間は破壊衝動に駆られてしまうんだ。君も見たろ?でもな、いくら理性が飛んでしまっても深層心理に置いている人を必然的に付け狙うんだと…。」


天を仰ぐようにゲイリーは校舎から見える漆黒の翼を持つ湊を見つめる。俺も釣られるようにそれを辿った。

湊は、一直線に俺を見ていた。


「ね?」

「ストーカーされる覚えは無いんだけどな…。」

「はっはっは。君、意外と男にモテるかもよ。」


笑えねぇーよ。

湊は、剣を高々と振り上げ黒の炎を纏わせ、瞬間、世界が黒に包まれた。

ブースターを最大出力で飛ばす。

最初の爆発は、俺が数秒先にいた場所だ。高々と火柱が立ち上がりもし避けきれなかったら、炎によって拘束されていただろう。そうなれば、いくらアーマーを身にまとっていたとしても焼死体間違えなしだ。

後ろへと撤退しつつ、迫り来る炎を避ける。二度目の爆発が真横で発生した。旧部室棟の一角を吹き飛ばし瓦礫の山へと変える。

砕けた壁が砂塵となって崩れ落ちていく中、片腕を広げて次の攻撃の準備をする紫の鎧の湊は俺へと迫る。

彼の周りから、巨大な炎の槍を包むように無数に作り出していた。


「あぁ、あれは無理かなぁ。」


思わず、弱気になる。


「そこにいる人…、これから何があっても動かないで!!!」


すると、背後から感じたのは極寒だった。

顔を焦がす火の粉と背後に刺すような寒さに困惑したが、直ぐにその正体を思い出した。

同時に、良かったと安堵を覚える。

空気を焼く音は、一瞬のうちに打ち消されたのだ。

轟音を連れてやってきたパルテノン神殿並みに太い氷の柱によってだ。

いささか、湊の炎の槍に対してオーバー過ぎるが、湊は動じることもなくその飛んできた柱を焔を纏った剣で振り払う。


「……流石はアビゲイルから、潜在能力だけなら零にも引けを取らないって言われてただけはあるわね。」


瓦礫同然となった旧部室棟から、現れたのは青を基調とした服をきた少女。

椎名だった。

彼女は俺の隣に立つとぎこちなくこちらを見た。


「助かった。」

「そう、それはよかった。状況って説明できる?」

「俺も、来たらこれだったからなんとも言えねぇ。ただ、なんかゲイリーってやつが…あの光の御子を暴走させたとか。他の光の御子はあいつに倒された。もう一人いるはずなんだけど…、見当たらん。」

「暴走…?なるほど、それなら、納得。それに、大体理解したわ。えっと、……貴方は?」

「神室だ。」


知り合いに自分を紹介するというなんとも奇妙な感じだ。それに対して椎名も少しぎこちなさそうにしていた。しかし、リーファと違ってボロが出ないようにしている辺り、やはり結構ベテランなのかもしれない。


「そう、か、か、神室…くん。あとは、全部私がやるから。民間人は、撤退しな「いたーー!!」なによもう!」


椎名の声にかぶさるように甲高い少女の声。どこかで聞いたことのあった声だ。確か、勅使河原と言ったか…。

例のテレビのエンドロールにあった名前と同じ人物。


「良かった。ご無事でお姉さま。」

「貴方も無事で何よりよ。状況を説明できるかしら?」

「はいもちろんです。」






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