60話 末路と…

ゲイリーの手元より放たれた凶器を刀で一薙で払う。

そして、その間に彼は意志のあるような鎖は背後へと回って…

身体を貫かんと直進するが、電撃の柱でそれを跳ね返す。

かれこれ、長い間こう着状態が続いている。彼が距離を取っての攻撃。

こちらも積極的に攻めたいところだが、相手の情報が鎖とナイフしかない状態では無闇に前に出るのは悪手だ。

「んー、なかなか切り崩せない。」

「あ?切り崩そうとしないの間違いだろ?そもそも、時間稼ぎなど何が狙いだ。」

「いや、いや、本気で戦ってこれだから…。」

大仰に顔の前で腕を振る彼は、まるで道化師だ。

常に貼り付けた嘲り笑みを浮かばせて、心の奥底では何を考えているのだか…。

「まぁ。」

優男にも見えるゲイリーは突然雰囲気が変わった。

「女神の駄犬にしては偉く慎重的なのは、気に食わないがな?」

優男の微笑みはどこへやら、ナイフを弄びながら不敵に頬を吊り上げて煽るように顎を上げる。ほら、かかってこいよと言わんばかり。

無論、罠である。

舐めているのか、それともおちょくっているのか地面には強力な魔力…というか鎖が張り巡らされていて下手に近づけば体を貫かれかねない。

転移で彼の背後に突きたいが、彼の半径二メートルに極細の硬糸が確認できた。

完全に俺を対策したコーティング。

「こないの?んじゃ、また、俺のターンってね。」

魔力を増幅させ、鎖がツボから飛び出した蛇のように隙を窺う。

だが、突然その動きは止まった。同時に、異様な魔力を感じ取る。

「あーあ、やっちゃったなぁ。あの子。」

ゲイリーは攻撃の手を止め校舎を眺めた。その顔は、やっちゃったというやらかしたというより寧ろ目標を達成したと言わんばかりに悦に浸っていてどうも背筋が凍る。

「なんの話だ?」

鋭い口調で問いただす。しかし、それに動じることはなくゲイリーはにやにやと和やかに僕へと視線を移した。

「いやね。結界の中の協力者が……暴走するかもだから残念だなぁと…。まぁ、これくらい経てば十分でしょう。それでは、また会おう【女神の剣】……ps、これから面白いことになるから頑張ってー。」

それだけ残すと、彼はひらひらと手を振ってその場から消えた。

………次会った時は、フル装備で殺す。

「………」





「はぁ………はぁ……はぁ。」

グラウンドを真っ直ぐに彼女がいる場所へと獣のような息遣いのまま突き進む。

「クソッくそ!!」

心の奥底から溢れ出るのは、どす黒い何か。

「くそ……あの回を抑えればいいだけだったのに……。なんだよ…くそ」

中庭へとたどり着いた時に、異様に生えてきていた雑草に触れる。その感触は非常に癪に触る。片腕でそれを振り払って蹴り上げる。

そもそも……問題は、これにある。

抱きしめるように持つ、よく分からないものからもらった本。オカルトの話を信じないはずであった自分に真実を教えてくれたもの。

だが、これはやはり使えないゴミであった。

「こんな……ものッッ!!」

真ん中のページを破り捨て、散らす。

散らす、散らす。

環境破壊など知るものか。

「ははっ…。…あ?」

全てを破り捨てようと咳き込みながら笑っていると最後のページまで辿り着いていた。

そのページさえも手をかけようとした時、突然文字が浮かび上がる。



【了承するか?】



まるで、同意書のような一文。ほんの一瞬、俺は手を止めかけたが直ぐにそんな理性は吹き飛んでいた。勢いのまま、それを破り捨てる。


【唱え給え、ぬるぐゑり、ふるしゃるとおんしょ、りじすをゐ……唱えよ、唱えよ。さすれば、道が出来る。】


すべてのページがなくなった本の表紙にその文字が現れた。

「結界!?」

現れていた文字を見つめていると鋭い声。

「だ、だれだ!?ッッ湊海!?!?まさか、てめぇ、みてやがったのか!?クソッ……だがまだ、見ちゃったもんはしかたないよな。そうだ、仕方ない。あの場面見られてたってことはもう、取り繕ったって意味ないんだし。」

「何をしようとしている。」

「何って…なんだような。俺もわかんねぇんだ。ただ、よう本の後ろにこう書いてあるんだ。この本を持つものよ、どうしても助けてほしい時はこの文を書きなさいってなあ。【ぬるぐゑり、ふるしゃるとおんしょ、りじすをゐ】ってな。」

表紙にあった通りの言葉を口にする。


痛い。


「な、なんだよ…これ。」

突然、俺の腕が弾け飛んだ。

何が起きたのか分かっていないのか目を見開いて硬直する。

その断面から、溢れ出る血がバクバクと泡ができ始めると同時に肉が隆起し始めた。

「な……。」

僕はその様子をただ見ていた。

どちらかといえば、細身な彼の体格が腕の断面からメキメキと異様なほど不自然に膨れ始める。肉が爛れているのか、間違って鍋の握り手を触れてしまったほどの熱さが永遠に続く。

痛みと熱で朦朧とする。

視界の先の湊が悍ましいものを見たかのように俺を見る。

「なんだよ……なんなんだよ。た、助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテ」

手を伸ばして、助けを乞う。

だが、湊は後退りして俺へと構えた。

「ハ……ハハハ」

今度は、突然笑みが止まらくなった。あれ、どうしてだろう痛みが和らいだ。痛いことには変わりかはないがそれでも、我慢することができる痛みだ。

笑えば、愉快だ。

痛みでさえも面白い。

爛れた肉も面白い。

哀れな目で僕を見る湊も面白い。

面白い…おも白い……おもしろい。

だけど、……それよりもっとおもしろいことをおもいついた。

そうだ。

「しいなにあいにいこう。」

かのじょは、こんなぼくをどうとらえてみてくれるだろう。

きっと、すっごくおもしろいかおをしてくれるはずだ。

ずっと、こうかくがあがりっぱなしだ。

そうだ。でも、そのまえに…。


お前は邪魔だ。





「うおッッ!?」

突如、笑いながら一ノ瀬だったものは爛れた肉体の中から豪速の触手が横殴りに襲いかかる。その触手の太さは、丸太ぐらいの大きさはありかすれでもしたら一撃で瀕死へと誘うに違いない。

それを瞬時に脳が理解したというのに、僕は初動に遅れてしまった。

避けられない。

一か八かで変身しようとした瞬間、漆黒の壁が現れた。

「セーフッッ!!」

「助かった!……変身!!」

朱色の鎧を見に纏う。

同時に壁は失せて、肉塊が現れる。もはや、一ノ瀬の面影はない。

質量保存のそれから外れて、湧き水のように肉が蠢く。ゆっくりと離れていく。

「……あれが、この学校に住み込んでたシャドウかしら?」

「どうだろう。……杉山さんは?」

「連絡が取れないわ。それに、知らぬ間に校舎に結界が張られていた。」

何体かいると考えた方が良さそうだ。少し癪だが、椎名がいることは感謝だ。何かあれば、彼女なら動いてくれるはず。

早速僕は、肉塊との間合いを読みつつ恐らく体育館にいるであろうリーファ達と連絡を取るために宝石を取り出した。

遠隔通信の魔導具だ。使用できるのは、一回きりの使い捨て。

杉山さんと連絡を取れないのは恐らく結界によるものだろう。だが、結界ない同士ならば繋がるはずだ。

魔力を流し、金属の共鳴の音がする。

「ちょうどよかった!!今、私からもかけようとしていたところ!」

遅れて、彼女の声がした。

だが、彼女の方も何かがあったのか焦った様子であった。

「どうしたの?」

『突然、生徒がみんな糸が切れたように倒れたかと思ったらシャドウが出現して暴れ始めたの!!』

「なッッ!?」

いや、自分が迂闊だった。さっき、シャドウは何体かいることはわかっていただろう。視界の先の肉塊が次の触手を高く掲げ始めていた。2度目の攻撃の準備だ。

「みんなは無事?」

『うん。とりあえず、えっーと、まりりんが何とかみんなを体育館で寝かせてる。あと、シャドウは』

「そうか……まりりんって?」

『友禅ちゃん』

「なるほど。」

ほっと安堵する。

よかった。

本当に彼女たちがいてよかった。

「あれ…椎名は?」

彼女の話から、一切ないのが気になって彼女の名前を口に出す。

『それが試合前にも来なくて…そっちも知らないの?というか、何してるの?グラウンドの子たちは大丈夫?』

どういうことだ?

まさか、他のシャドウのところに行ったのか?でも、友禅はリーファたちといる。

「今、僕らは元凶……らしきものと対峙してる。場所は、中庭の先にある旧部室棟だ。」

「じゃあ、もしかしたらグランウドにいる生徒は倒れたままなの!?シャドウに襲われるじゃん!」

「あぁ、すまない。僕と勅使河原は多分目の前の奴を倒すまで動けそうにない。そっちは?」

『…………一人だけなら、行けるわ。』

長い沈黙の後、リーファは押し切るようにそう告げた。これが彼女が考え抜いた向かわせられる人の数なのだろう。

少なすぎるといいたいが、生徒を守らなければならないということを考えれば妥当だ。

「わかった。みんなを任せた。」

『……うん!私、なんたって、海の相棒だもの!!』

いつものようなリーファの溌剌な声が宝石越しに聞こえた。そこで、魔力が切れたのか何も聞こえなくなる。

同時に、肉塊が掲げた触手が僕めがけて飛んでくる。それを焔の剣で振り払うように切り裂き、輪切りにした。

「終わった?」

「あぁ、速攻で肩を付けよう。」

「りょうかい!」



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