59話 ぬるぐゑり

…………。

……………。

どこかで、じゃらりという金属の音がした。

「ぅ………んぅ。」

その音で目を覚ました私は、胡乱な頭であたりを見渡す。

「……こ、こは?」

どうやら、どこかの廃墟のような部屋だった。薄暗い。

次第に意識が鮮明になっていき、暗闇に目が慣れていくと部屋の全貌が露わになった。

「これ、全部私?」

部屋に至る場所に私の写真が張り巡らされてあった。全身に冷気が走る。

「なんなのよ……なッ!!痛ッ!?」

無理に起きあがろうとしたら、腕が後ろから強く引かれた。振り向くと自分は天井から伸びる鎖付きの手枷で両手を繋がれていて吊るされていた。両手を上げた状態で足元はギリギリ床に届くくらい。

(……確か、リクと別れてから…後ろから……。)

どうやら、気を失っている間にここへと連れてこられたらしい。

「………」

再び、落ちついた状態であたりを見渡すと随分と私に熱心な人が関わっているらしい。この学校に侵入したというシャドウばかりに気を取りすぎて普通の人の接近に気付かなかった。

だが、部屋からは極薄くであるがシャドウの気配が感じられる。恐らく、この部屋に結界のようなものでも貼られていたのだろう。

普通の人に襲われたということは、シャドウが人を使役でもしているとでもいうのか。それならば、私の後ろをとれたことに納得がいく。

それにしても、気色の悪い犯人は付いていない。

まさか、拉致をした相手が自分たちの天敵だなんて…。なにせ、私にとってこの程度はのだから……。




最後の打者を空振りに抑え、マウンドから降りる。

ふと、ベンチを一瞥すると抑えきれない苛立ちで、地団駄を踏む一ノ瀬。もう、4イニングの最終回。なんとか、思惑通り全て三振で抑えることができた。

流石は、皇の配球と言ったところだろうか。相手さんは投げる球すべてにおいてタイミングがとれていないし、軌道も読めてない。

投げた球がたどるであろう場所さえ、理解不能。まるで、バットを振った瞬間にボールの存在が消えてしまったかのように見えていることだろう。ここまで、キレのいい変化球が投げれるのかと自分に変な自信が湧きそうになるが、あくまでこれは操作する一ノ瀬があのベンチの角度からタイミングを合わせようとしているからだろう。

だが、まだ一点の差が俺たちにはある。最も、このままこの回逆転が出来なければ、俺の負けだ。

…だが、この回には湊が打者に回る。

この男をなんかしてくれるだろう。

いや、……避けられるだろうな。俺ならそうする。あんな爆弾は相手にするだけ無駄だ。それに、今のところ西園寺から打っているのは西園寺のみ。

「さて、俺の出番がくるなぁ。」

スポーツドリンクをがぶ飲みする皇が嫌そうに呟く。なんで、これから打って走るやつがそんなに飲んでんだ。

「まずは、ランナー出てもらわないと…。」

「だよなぁ。」

「そもそも、罪はまだ一つ残ってるの忘れんなよ。」

「うわぁ。それ、今言う?」

「今言うも何も、事実だろ?ほら、さっきみたいなフリでもいいから…なんなら、自ら当たってでも塁に出ろよ。」

「あのなぁ。150キロの球当たって怪我したら大会出られないかもしれねぇーだろ!?」

「知らんわ。野球選んだお前が悪い。」

「くそがよぉ…。まぁ、攻略法は見出したから安心しろ。」

「攻略法?」

いつのまにか見出していたのか、ベンチに深く座って続けろと促す。

「西園寺は、ストレートを投げる時は二回グラブにボールを叩くんだ。多分しっかりボールを握りたいんかな。ポンッポンッって、それ以外は全て、変化球だ。」

………もしかして、この子結構すごい子なのでは?よく気づいたな…。まだ、数回しかピッチング見てないぞ!?

「でも、塁に出たところで湊は敬遠。…つまりは、お前が頼みの綱だ。」

突然、まじめに声を低くしてそう告げた。

「………わかってるよ。」

皇から目を逸らしてバットを振って準備をしていた湊へと向ける。

「ん?どうしたの?」

不思議なものを見る目を向けてきた。今更、目を逸らしたところで時すでに遅い。

「いや、なんというかお前とまた、野球することになるとは思わんかったからな。」

「……そうだね。どう?今からでも部活やらない?」

屈託のない笑顔を溢れんばかりに作り出して、手を差し出す。

こいつは、変わらない。

恐ろしいくらいの量をこなしているというのに彼は笑顔が絶えることがない。

まず、野球部の一年生エースであったり、勉強もそれほど良くはないもののきっちりしてる。

そして、なにより光の御子としてシャドウから人々を救う仕事を行なっている。

この前のやつなんて、こいつは死にかけそうになっていた。一体どんなメンタルでその調子を維持しているのやら。

正直言って、化け物だ。

化け物なのに……決して驕ることはない。

こいつを見ていると自分が如何に嫌なやつかを痛感させられる。

俺が野球を辞めた理由は、面倒なことから逃げるためだ。

だが、今は他にやらないといけないことがある。

「悪いが断る。……まぁ、偶には練習に付き合うよ。」

「え?」

「ほら、皇の野郎はストレート狙ってタイミングミスってどん詰まったぞ。次、さっさと行け。」

目を見開く湊の背中を強引に押し込んで、バッターボックスへと向かわせる。

まぁ、いうて練習相手にもならないがなんだかむず痒い。

この試合は、俺の意地でどうにかするとして…。

『彼が言っていた女は、腐っても光の御子でも相当の実力者よ。心配するだけ、そんというものよ。』

レヴィの言っていることは、わかってはいる。

例の駅で彼女と相対して、そう簡単にやられる様なものではないことは知っている。

だが、どうも気になってしょうがない。そもそも、敵は人を操る力を持っている。

つまりは、西園寺達が椎名を襲ったという可能性がある。

そいつが椎名を助けてとメッセージを送ったということは、倒されたからなのでは無いのか?

「…………」

いや、まずは目の前のことをなんとかしよう。さっさとこの試合を終わらせて一ノ瀬に問い詰めれば答えがわかる。

上を見上げて、大きく息を吸って落ち着かせる。

「フォアボール!!」

コールと共にため息でどっとあたりの空気が重くなった。遅れて、逃げるなーやら最低とかの野次が飛んでくる。ここにいる皆さんはどうやら、湊くんを見るためだけに観戦に来ているのかもしれません。何人か、バレーボールがやっている体育館へと向かって行ってるし。

まぁ、いつもの地味な俺の出番でもある。

予想通り、湊は敬遠。俺と後ろのやつで勝負。視界の中で湊が代走で違うこと変わる。確か、野球部は監督から変に怪我させたくないからといって湊には代走を出してくれと言っていたのを思い出した。少し、過保護しすぎやしないかと感じるがしたくなるくらいの才能があるということだろうか。

よくやく、ゲームが再開した。

まずは、皇の話が本当か確認のためにグラブに注目する。

2回叩いた……ストレート。

アウトコースの低めに糸を引くような直球が差し込んだ。

「ストライク!!」

球速が衰えているかなと心の奥底で思っていたが、どうもそれが願望だったらしい。

もう、西園寺からのモールス信号もなかった。テンポ良く、投げ込む。

二球目…今度は一回だけグラブを叩いて、変化球が高めに言ってボール。

……これで皇の予想が本物であることを再確認することができた。

……あとは、当たるだけ。

だが、俺で決めないといけない。

つまりは、勝つためには、ホームランだけだ。

俺の後ろのやつが打ってくれるなら軽打で済むのだが、それは不可能に近い。

だが、幸運なことに狭い。

角度さえつけば…。

あとは、煽るか…。

そっと、打席から離れて相手のベンチを覗きこむ。その瞬間、一ノ瀬と目があった。

逃げんなよと釘を打つように鼻で笑ってやった。

彼は、初めて怯んだ様に体をひいたがこちらに目を合わせてくると睨み返してきた。これでストレートの数が増える。抑え切れない笑みをなんとか堪えて、バットを強く握る。

三球目

高めのストレートが…ゾーンからあからさまに離れていてボール。

力入れすぎだ。

四球目

アウトコースのストレート……ファールで粘る。

五球目

どこ投げとんねん。頭の上を越えた。お陰で一塁にいた子は二塁へと進む。

これは単純に無理。

これでフルカウント

俺ならば、ここで変化球で空振りか直球をインコースで見逃し三振を取るけど…。

後者がいいなあ。

今のところ、俺の煽りに気づいたのか全球ストレートで一歩も弾く様子はない。

次の一球で、全てを決める。そう自分に言い聞かせて、体重移動し始める前の西園寺のグラブを見る。


2回……。


柔軟な右の鞭のようにしなる肘と共に唸る様なストレートがシュート回転でインコースから入ってきた。

空を切るように突き進むその球は、大砲の様な勢いは少しづつ確実に弱くなっていく。


………来た。

これを待ったいた。

思わず笑みが溢れる。だが、ここで皇の二の舞になるわけには、行かない。しっかりと引きつけて、引きつけて、引きつけて………風を切るスイングでバットを振った…瞬間、確信した。

ドガっという爆音が遅れて聴こえる。

「………ふぅ。…最高。」






歓声で全てを理解する。

さぁ、みんな刮目しろ!!

これが神室陸だ。

彼なら、やってくれると信じていた。

自分がやったわけではないが、湧き上がるような喜びを感じる。

視界をすぐさまベンチへと向けると一ノ瀬がその場から逃げ出すように走り出す。向かう先は、校舎の裏方向だ。

校舎の上の勅使河原さんと目を合わせて、ついてくるようジェスチャーすると察して降り始める。

僕は、一ノ瀬の跡をつける。

クラスマッチだが、雨が降る予想であるということもありグラウンドでサヨナラホームランに沸く生徒に関心を持った人たちの波を逆流するようにして掻き分ける。

一ノ瀬は、焦っているのだろうか早歩きで別棟へと向かう。そこは、この学校の生徒があまり行かない場所であった。

「……部室棟?」

すでに使われていない旧部室棟だ。その付近へと足を踏み入れた瞬間膜を通った。

「結界!?」

「だ、だれだ!?ッッ湊海!?!?まさか、てめぇ、みてやがったのか!?クソッ……だがまだ、見ちゃったもんはしかたないよな。そうだ、仕方ない。あの場面見られてたってことはもう、取り繕ったって意味ないんだし。」

突然、口早に言うと彼は本に何かを記し始めるとゾッとするような歪んだ笑みを向ける。

「何をしようとしている。」

「何って…なんだような。俺もわかんねぇんだ。ただ、よう本の後ろにこう書いてあるんだ。この本を持つものよ、どうしても助けてほしい時はこの文を書きなさいってなあ。【ぬるぐゑり、ふるしゃるとおんしょ、りじすをゐ】ってな。」



途端、彼の体が爆散した。

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