61話 理の外のモノ
「あれ、何?」
二塁ベース上で、俺は懐中時計へ一言口にした。
ホームランを放ち、ダイヤモンドを一周していた時にそれは、現れた。
『………なんて、言ったら良いのかしらね。光の御子ならば、シャドウと割り切るだろうけど…。』
レヴィにしては、歯切れの悪い口調。
どうやら、只者ではないらしい。実際、やつが現れた途端に人が倒れた。
ふと、横見るとセカンドを守っていた生徒が倒れ込んでいる。息苦しく、悶えていてまるで毒ガスでも吸っているかのようだ。
他の生徒もそうだ。野球をしていた人も、それを観戦していた人も。なんなら、グラウンドから体育館へと向かっていた人たちも。
レヴィからは、ただ魔力に当てられたことによって身体が拒絶反応を見せているのだと命には別状はないとだけ説明されているものの人が苦しんでいるのに何も感じないほど、冷酷な性格ではない。
苛立ちが募る。
「ちがうのか?ってことは、使い魔ってやつか?」
『いや、違うわ。強いて言うならば、理の外の化け物といったところかしら。』
なんだそれは、そんなもの存在して良いのか?
再び、俺はソレへと向けた。
浮かぶ、唇。
それを他人に説明するには、一番わかりやすいものだ。
そのままだ。人の唇だ。
厚く、太く、肉付きの良く。涎が垂れてきそうな唇はその閉じた隙間から何か得体の知れない泥が見え隠れし蠢いている。
マウンドから数十センチほどの僅かな高さで浮いているそれは、何故か得体の知れぬ恐怖を纏わせているその唇が堂々と俺を待ち構えている。すぐに首飾りに手を取ってあの姿へと変身しようとするが刺すように俺を制止する。
『……だめよ。結界の中にいる以上、下手に変身したらこの学校にジョン・ドゥがいることになってしまう。』
「は!?今、そんなこと言ってるッ!?」
場合だ。
もし、この結界がアズラエルの幹部のものならば下手したらこの学校の生徒の誰かが正体探しで犠牲になるかも知れない。
「だったら…、あいつらは!?」
そうだ。ということは、姿を隠している湊と椎名はどうするんだ。
『恐らく、分かった上での幹部の行動と見るべきよ。これは、命令よ。変身は、しちゃだめ!』
クソ!!
レヴィの命令に思わず舌打ちをする。
じゃぁ、どうする?
逃げるか?
まて、ここで倒れている生徒はどうすんだ。いくら、命に別状はないとはいえ放置は危険すぎる。あの唇が何をしてくるか分かったもんじゃない。
戦うか?
ふざけんな。スーツ着ない俺は、ただの一般人だ。殺されるのが見え見えだ。
西園寺の野郎は、同じく倒れて動けない。
しかも、援軍は結界が張られているから無理そう。
何をしているのやら、光の御子も現れない。
湊のやつ、どこをほっつき歩いてるのか。
【左へ】
突然、天から雑音の混ざった言葉が体を駆け巡ると共に重力が左から訪れた。
「なん…にッ!?」
驚愕による硬直で俺は引き攣った声で俺は真横へと落ちていく。完全に引っ張られるように俺は二塁ベースから近くの野球部の倉庫の側面に叩き落とされた。
「うぐッッッッあぁぁ。」
クソ痛い。
濁った悲鳴にも似た音が喉を震わせる。這いつくばっていると今度は縦に…いつもの重力で下に叩き落とされた。
「なんだってんだ……。」
【上へ】
再び、天の声。
今度は、真上へと逆バンジーだ。胃が浮き上がって吐き気を催す。その感覚を必死に抑えていると一瞬、俺は体重を失った。
「不味い…。」
下を見ると十数メートルの高さに俺はいた。
死んだわ。
状況を飲み込めないのに何故かそんなことが頭に浮かぶ。体重を失ったのは、コンマ数秒すぐさま体重を取り戻して俺は落下した。
さっきは、自分でも驚くほど受け身をが上手かっただけだが、今回ばかりはどうしようもない。レヴィには、悪いが今度こそ首飾りに手をかけた時、風が俺を包んだ。
「え?」
『………降りたら、すぐにあの唇の直線上から隠れなさい。』
レヴィの風だ。
上昇気流で俺の落下スピードを軽減してくれたようで、なんとか階段の十個ぐらいから飛び降りた程度の衝撃が膝を襲うだけで済んだ。
そして、すぐさまレヴィの指示通り目の前にあった。倉庫の裏に隠れる。
「なんなんだよ。あれ!?」
『重力を自在に操るようね。厄介だわ。」
「さも、ゲームのボスの特徴みたいに言うな。てか、重力操れるとかチートじゃん。」
荒々しく酸素を肺にぶち込みながら、ため息一つ。
だめだ、整いそうにない。
あの天の声のようなものが、重力の向きを決定しているのだろう。そして、重力が変わった際に俺だけが横へ上へと落ちたのは、あの唇が指定したプラスその対象だけ…と言うことなのだろうな。
倒すのどころか、ここから逃げることも無理そうである。
せめて、武器は欲しい。それさえあれば、注意を逸らしてなんとか学校の校舎へと迎えるのだが…。そもそも、何故光の御子が来ない。
レヴィと同様渋っているのか…、いや、椎名はともかく湊ともあろう者がそんなことをするはずがない。
「おや、お困りかな?」
「ふぁ!?」
何故か、真横から声がして情けない声と共に振り向くと桐生先輩がニコニコと満面の笑顔を貼り付けていた。
「な、なんでここに。」
「なんでって私は、特戦の人だからです。……で、どうする?アレ。」
顎で倉庫の先にある唇を指す。
「なんとかしたいですけど、どうも奴の視界?…あいつの目どこだ?まぁ、いいや。にはいると奴の指示通りの方向に飛ばされる。」
「えぇ、貴方が飛ばされるの確認しました。楽しそうでしたね。」
空いた口が塞がらない。何を言っているのだと俺は今さっき死にかけてましたけれどもと彼女を見る。
あ、この人。あれだ。
一見、まともそうに見えるけど狂ってる人だ。
「………でも、困りましたね。私も早く他のサイトの確認をしたいのですが…。これでも、私は国民を守る役割を担っていますし。…めんどくさいですけど。」
なんで、こう…椎名といい俺の周りの人っておっかない女の子が多いのだろうか。
「ところで、神室さん。西園寺は?」
「あの唇の近くでノビてますよ。」
「そうですか、では、今回は使い物になりませんね。それじゃぁ、これどうぞ。」
「ちょっ、は?」
言うや否や桐生先輩は、俺に銀色に輝くスーツケースを押し付けてきた。これは、いつも西園寺が持っていた奴と全く同じモノであった。
「これって」
「ええ、西園寺専用のアーマーです。」
「これを西園寺に届けろと?」
「何言ってるんですか?貴方が着るんですよ。ほら、早く。」
パンパンと叩いて、先輩は急かす。まるで、俺のことを犬とでも思っているのだろうか。
「えぇ、先輩は戦わないんすか?」
「戦うけど、そんな西園寺が着たもの着るなんて、なんかばっちぃじゃない?」
貴方何言ってるのと言わんばかりの目を向ける。じゃあ、俺には良いと。
納得がいかないところがあるが、しかしレヴィにあのスーツを着なければならない以上助かったと思う。このままでは、身一つでなんとかしないといけないところだった。
「分かりました。わかりましたよ。でも、どう倒すんですか?近づける自信ないですよ?」
乱雑にスーツケースを地面へと投げ捨てるとスーツケースの側面から赤い光。
燃え上がるような花弁…グロリオサだろうか…が浮かび上がった。
いつも、西園寺が変身するときは真横からかシャドウばかり目視していたからこんなものがあるとは知らなかった。
俺は、西園寺がいつもしていたようにスーツケースの持ち手の部分を蹴りつける。
同時に、人一人が入れるくらいの金属のアーチが形成されていく。
「えぇ、分かっているわ。でも、そのスーツは結構頑丈よ。」
「いや、答えになってないですよ。」
アーチへと手を伸ばして、持ち手を強く掴む。両手を掴み終えるとアーチから金属が吸い付くように俺を包み込むように抱きしめてきた。
あのジョン・ドゥの時のようなフィットするような感じはない。どちらかと言うと締め付けるようだ。着心地は、確実にあっちの方だな。
「でも、今この場にいるときは一切の攻撃はない。……つまりは、隙はいくらかあるだろう。」
「唇の直線上とは、思ってるんですけどね。」
「どこか察知するものがあると考えてるわ。それが何かわからないけど…。何にせよ。どこまでの範囲で奴が人を飛ばすかの実験をしましょう。」
「え?」
思わず、先輩の目を見る。
その目は、ひとえに言うとまるで工作をする男の子のような無邪気な瞳だった。
(だ、だれか!!誰か、まともな人来てくれ!?)
◇
「………誰をグラウンドに行かすの?」
海との通信が終わると両手を腰を当てて体を伸ばすまりりんが尋ねてきた。
「私よ。」
「なにゆえ?」
「貴方は、結界の維持と次のシャドウのウェーブから生徒たちを守る必要があるわ。それに、籠城戦では遠距離タイプが貴重。その時点で、貴方とつぼみはこの体育館で待機が確定。桔梗は、ウェーブ時に抜けた穴を塞ぐためよ。貴方達三人なら守り切れる。」
私は、三人に答えながら父の話を思い出していた。
私の父は、合衆国の兵士だ。
あまり、仕事に関して…特に戦争とか銃とかの単語は、私に全く話さなかったが、一度だけ歴史の映像を見ていた時に饒舌に話していた。
『リーファ。籠城戦で必要なのはな。戦力の分担がきっちり行われているかだ。そうすれば、十の戦力に一の戦力で立ち向かうことが可能なんだ。でも、その分担ができていなかったら一瞬で相手に飲み込まれてしまう。これはな。勉強にも活かせるんだぞ?ちゃんと効率よくしたら、何十時間も紙に書きまくって覚えるよりも数分で覚えることができるんだ。』
それは、いつもの勉強へと誘う為の言葉であったが、その前口上だけは不思議にも私の頭の中に残っていた。
『分担』。
それが、曖昧だと判断が遅れる。
だから、私は彼女らに全ての役割を話した。
「なるほど、確かにリーファは二丁拳銃。それに、近距離の立ち回りも悪くない。どっちつかずだから居たら、我々にとって負担が軽くなるがいなくなったからと言って、絶望的になるわけでもない…と言うことね。」
「えぇ。その通り。」
「まぁ、私も近距離も得意だけど…流石に新人さん達に全てを任せるなんて無責任なことはできないからね。分かったわ。」
私の考えを理解してくれたまりりんは、握りこぶしを胸に叩きつける。
そんな中、何故か口をあんぐりと開けた二人がこちらを見ていた。
「………何よ。」
「り、リーファがなんか賢く見える。」
「う、うん。なんだが、その、やり手の女社長みたい。」
「し、失礼ね!わ、私だって、偶には真面目にするわよ!……まぁ、ちょっと柄じゃない感じは感じなくもないけど。」
海に全てを任されているとカムロンから教えてもらった。それからと言うものなんだが常にしっかりしないとという自覚が芽生えた。
それに、ちゃんとつぼみんときっきょんを新人を卒業させた時に海と再びコンビを組むことがあったら、その時までには、彼に相応しい…なんなら、彼より上をゆく光の御子になって見せたいもの。
「それじゃ…、グラウンドの人達が心配だから私行くね。」
駆け抜けるように私は、体育館を飛び出した。
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