学園ハーレムのモブ役は必死で主人公達を支える

58話 苛立ち

一塁で痛がっているふりをする皇を冷めた目で見る。

中々、いい性格を持っていると以前から思ってはいたが、ここまでとは思わなんだ。だが、これでランナーが出た。

バッターボックスには、湊の姿があり中学の頃から変わない、オープンスタンスで西園寺の球を狩りをする獣のように待っていた。

西園寺の球のタイミングを取るためにじっくりと見る。

「にしても、速いなぁ。」

これが初心者というのだから、本当に世の中は理不尽である。

だが、理不尽の塊である湊が凡退とか無い。

サークルの中でバットを縦にゆっくりと弧を描くように振る。

本気で振るのも何年かぶりだが、レヴィが言ったように俺は体の使い方を理解している。自分は、体が硬いタイプであるが肩甲骨の可動域が広がった感覚がある。

そんな事をしていると快音が背後から聞こえた。

思わず顔が緩む。

音で全てを察した。周りの観客たちが一層、どっとざわめき、一瞬にして歓声に変わる。

振り向くと丁度、確信歩きをしてバットをそっと置く湊の姿。

まぁ、彼ならこんなものだろう。というか、彼にソフトボールのグラウンドの広さでは狭すぎる。あの人だけ、甲子園並みに広げた方が良い。

ふと、視界の中で動くのがいるのを感じて校舎の屋上を見ると勅使河原の姿があった。

俺の監視をしているのだろうと思っていたが単純に観戦しているだけだったのだろうか…。アイドルのコンサートのように湊の名前が記されたうちわを振りまくっていた。

『あの子、何をしているのかしら？』

訝しむレヴィの声。

『湊の応援じゃねぇーか？よくわかんねぇーけど。』

『わたしには、分かりかねないわね。わざわざ、競争率の激しい異性の事を好きになるなんて…。生命の繁殖的には、強い雄に惹かれるのは分かるけれども、この国の人間は、一夫多妻制度じゃないのに……』

『………』

中々にとんでもないことを言うレヴィに言葉が詰まる。

そんなこんなでダイヤモンドを一周した湊と皇が帰ってきた。手を挙げると皇が馬鹿みたいな勢いで叩いてきて、思わず顔を顰める。

「いったいなぁ。」

「はっはっは、これで俺の罪が二つ消えた。」

「罪て…。」

まぁ、たしかにこれで一点差である。これで、次の回また、湊がホームランならばもう、彼がMVPな気がしてきた。

「んじゃ、行ってきますかね。」

まだ試合が終わったわけではない。なんなら、まだ初回の裏である。

のっそりとバッターボックスに立つと捕手と西園寺を見やった。やはり、相変わらず表情が窺えない。

バットを構えて、西園寺の投球を待った。

先程の投球を見て、ある程度の把握は完了した。シュート気味のストレートとチェンジアップ……。ストレートに絞って狙い撃ちといきたいところだが無闇矢鱈に打ったところで詰まりそうだ。

さて、まずは見逃そう。

西園寺はワインドアップをするとそのまま投げた。

………打てるわ。

打席に立って、湊がホームランを打てた理由が何となくわかった。キャッチャーのグラブを見ながら投げているのでボールの出どころがわかりやすい。

そこら辺はやはり、初心者だ。

俺は、バットを握る手を緩めて、その軌道を流し目で確認する。

「ボーール！！」

………先生、ゾーン入ってますけど。ジト目で審判を見る。この人高めのストライクゾーンわかってないようだ。後で、皇に言っておこう。

ラッキーと思いつつ、バットを再び構える。西園寺は、なぜかボールを握った手を太ももに何度か打ち付けて待っていた。

そして、俺をじっと見つめていた。

「………」

彼の目は、なんというか抑えてやろうなどという射るような鋭いものではなかった。寧ろ、逆で分かってくれという訴えかけるようなものだ。

何かの暗号だと、推測した。でも、何の？

ボールを叩くのが何に繋がる。

叩く。

太ももにくっつけて、一瞬止まると直ぐに離す。

叩く。

頭の中で、その言葉を何度も繰り返す。

ふと、彼が言いそうな事を浮かばせることにした。彼は、まず、ヒエログリフを学ぼうとする奴の思考を考える。墓暴きと歴史と厨二で……。

厨二か………。

これ、モールス信号じゃね？

ふと、小説などでありきたりのパターンのやつを頭に思い浮かんだ。だとすると、ボールと太ももが接触している時が長い時と短い時の理由が合う。

「…………」

『レヴィ……。モールス信号って分かったりする？』

『それくらいなら、前に学んだことがあるわ。それがどうしたの？』

『今投げてるやつの、太ももを見てほしい。ボールを太腿にこんこんと不規則に叩いているのわかるか？』

『えぇ、たしかにモールス信号に見えなくもないわ。でも、結構長めね。…動きを止めたわ。』

いうや否や、西園寺はボールをグラブの中に収めるとそのまま投げ込んでくる。レヴィとの会話で完全に準備ができていなかったこれはゾーンに入ってきた球を見逃した。

「ストライク！！」

先生のコールが遅れて聞こえる。

「おい！！ど真ん中だぞ！！」

ベンチから皇のうざったらしい声がする。その声を聞くたびに加速的に苛立ちがフルスロットしそうだったが、直ぐに冷静さを取り戻すために一度バッターボックスから離れる。西園寺を見ると先程と同じく太腿にボールをトントンと叩く。

『レヴィ。』

『任せなさい。』

彼は右投げ。そして、俺たちのベンチは一塁側だ。このバッターボックスからしか西園寺の信号を確認することができない。

西園寺の目を見て、頷く。

瞬間、目が輝いたように思えた。

これは、俺の推測が当たったということなのだろうか。未だに、探り探りに思考をするがそんな中でも、西園寺は投球を続ける。

そして、そのたびに何度もボールを太腿にトントンと叩く。

彼が何かを伝えようとしているのは、投げたボールが返球されて十数秒しかない。

これが恐らく限度だろう。

『取りあえず、全く同じような信号が来るまでメモをするからそれまでなんとかしなさい。分かったら、報告するわ。』

『御意にッッ。』

抜いたボールが来て、タイミングを外される。

だが、バットのヘッドを走らせないように手首を返さずその球を打ちファールを打ち込む。

ワン、ツー。

正直、ボール球な気がするがこの審判は下が甘い。無難にファールで時間を稼ぐとしよう。

◇

瞳に写るのは、バットを縦に振るリク。

先ほどから、連続でファールで粘っている。

「………何企んでんだ。リクの奴。わざとヘッドを走らせなかったな。さっきのど真ん中見逃したり…。」

訝しんだ目で皇が眉を顰めていた。

「………。」

たしかに、妙だ。彼がど真ん中の球を見逃すのもおかしいし、何より先ほどから続けているカット。

球数制限は、この試合には、ないはずだ。

理由がわからない。

いや、相手は特戦の西園寺だ。

何か、そうしなくてはならない理由でもあるか。

そういえば、彼…いや、彼らは随分と雰囲気が一変した。

様々な憶測が僕の頭の中を駆け巡る。しかし、これといった最適格は見受けられない。

時間稼ぎということならば、西園寺が投球間隔を長めに取ればいい。

その瞬間、ふと皇の話を思い出した。

「おぉ、見逃した。これでツーツー。」

「なぁ、皇くん。」

「どうした？」

「昨日さ、ハット帽の男の話したの覚えてる？」

「確か、あれだろ？ハット帽を被った人が出会ったしまった人によからぬ物を渡すっていう。」

皇の話から検索して、例のサイトで目撃した。

そこには、願い事を叶えられるという言葉があったのを思い出す。

「その良からぬものについて、知ってたりする？」

「それについては、記事に載ってなかったんだけど……確か、投稿者がSNSでこんなこと言ってたな…。本を貰うんだとよ。これは、ガチ勢だけが知ってるんだぜ。ドャァ」

興奮気味に鼻息を荒げる彼の自慢に満ちた顔に苦笑で答えて再び思考に戻る。

話からして、今までのシャドウの案件とは違っている。

まず、与えるという事を行なっている。シャドウとは、常に欲望のタガが外れた人の悪が暴走したもの。

それらは、常に襲う。

まず、その点ハット帽は害を与えているようには聞こえない。理性のあるシャドウならば、幹部ということになるのか。

「…………本か。」

願い事を叶える本ということだろうか、そんなもの存在するのか？

「ストライク！！！アウトチェンジ！！！」

先生のコールがその思考を途切れさせる。顔を見上げるとリクが下がってきていた。

「おい、おい、あれだけ粘って最後は見逃しかよ。たしかに、ギリギリだけどさぁ。」

「…………悪い。」

「お、おい。」

リクは、皇の言葉を軽くいなす。様子がまるで変だ。怒っているのか、その動きは乱雑だ。

怪しい判定でアウトになったことに対して、怒るような性格ではない。なんなら、寧ろそれを知って臨機応変に対応するような人物だ。

向こう捕手から、煽られでもしたのか？

「リク？何かあったのか？」

思わず問いかける。彼の目は鋭かった。思わず、後退りする。

「………なんでもない。あぁ、それとあの先生可変ストライクゾーンだから追い詰められたら俺みたいに見逃すとアウトになるから気をつけろよ。」

そういうと、学校が用意したスポーツドリンクを口につける。

「そ、そうか。」

「あと、皇……ちょっとこい。」

「ん？」

リクが捕手の防具を着用し始めた皇を手招きし、ひそひそとマウンドへと向かいながら話を始めた。

その様子を離れたところから、眺める。

このまま、シャドウなんて出現しなければ良いのだが…。

「ストライク！」

先生のコールは、実に気持ちの良いものだった。審判になるのが夢であったと言ってもおかしくないくらい気合いが入っている。

それにしても、一ノ瀬くんはバットを構えているけど力が入っていない。打つ気がないのだろうか。今までの生徒は、全員タイミングを合わせきれていたが彼はそれが全くない。

程なくして、アウトのコールが響く。

そのまま、彼はのっそりとベンチへと帰っていく。

「？」

どこからか、何かを取り出したのが見えた。

本だ。

分厚い本だ。

「まさかな。」

皇の話がよぎる。

バッターボックスには、次の打者が立ちリクが初球を投げ込む。打者が振るとボールの下を叩きそのまま大きなフライになった。

守備の真上。

「………」

瞬間、俺は一ノ瀬の顔を見た。

してやったらと言わんばかりにニヤリと笑みを浮かべていた。

なるほど。

彼か………。

◇

「……」

フライになったボールを眺めていた。イジーなフライ。湊のお陰で、様になる守備は出来るので心配はしていないがそれでも心配にはなる。

俺の球は、遅いし球威というものがないので当たると馬鹿みたいに飛ぶ。

落下地点までライトが来ると右手を添えてグローブを構える。

これなら、取れるだろうと目を切ろうとした途端に彼は突然グローブの構える位置をずらした。

「は？」

ずらす前にところにボールが落ちる。それを見て、アウトで足を緩めていた打者が加速する。落とした子は、焦ってはいたがすぐさまボールを握りセカンドへと送球する。その間に打者は二塁で止まった。

風に煽られるというほど、強くはない。

すぐさま、ベンチに座る一ノ瀬に目を向ける。

「………なるほど、視界内の人だったらある程度は干渉できるのかな。」

気に食わない。

先程のカットで粘ったおかげで、西園寺が俺に伝えてくれたメッセージの解読をレヴィが行ってくれた。

渡されたのは、言葉ではなく単語の羅列。

シャドウ　一ノ瀬　操る。

それともう一つ、彼が唯一言葉にしたものがあった。

視線の先には、ゲスのような顔を作る一ノ瀬の顔に身体中が熱が走る。冷静にならなければ、ならないと警鐘をならすもどうもおさまりそうではない。

稲妻が走るように目の奥、いや、頭部の奥でチカチカと痛む。頭蓋にヒビでも入っているかと言わんばかりの激しい痛み。

今から、その痛みに逃げるように駆け出したい。そして、その衝動を抑えるたびに痛みが走る。

帰ってきたボールをグラブに収めても、それは消えそうにない。

もう、構うものか。

膝を曲げ、腕を振る。

もう、当ててゴロで打ち取るのは愚策ということがはっきりわかった。

振り込んで、バットにすら当てさせないようにしなければならない。

【椎名さんを助けて】

投げる瞬間に、西園寺の最後の言葉が浮かび振り払うように投げ込む。

バッターから一度もボールに掠りさせることもなく振り遅れて三振を奪った。

この試合が終わったら、拷問タイムだ。