57話 ここから…
「頼む!陸!!俺もう投げたくない。どこ投げても打たれるかしかしねぇ。」
「そんなこと言われてもなぁ。」
タイムをとった皇は両手を合わせて、そう懇願した。だが、懇願されたとしてもなかなか、うんとは頷けそうもない。
俺は中学生の頃までやっていたとは言え二年間のブランクはある。そもそも、今の状態で投げたところでストライクゾーンに入る気がしない。
「お前まだ3球しか投げてないだろ?まだ、試合も終わったわけじゃないし…。」
「いや、無理。打たれる気しかしない。」
なんとか、続投させるように説得を試みるが音速並みに首を振って応じる気がさらさらない。確かに、怖いくらいに皇の球とタイミングが合っている。
いくら、ホームランが出やすいように狭くなってはいるものの…まるで、ゲーム感覚でホームランを打たれているし、彼らは野球部ですらないとなると皇にとってみれば、中々メンタルを削るようなものか。
「というかよ、周りの目が凄いの……。」
そういうと皇がげんなりした顔をする。こんな顔をする彼を見るのは初めてだ。
ふと、周りの奴らを見ると確かに目が凄い。ホームランを打たれたと言うことより湊が優勝することを願っている故の失望した目である。
挙げ句の果てに、湊に投げさせろよなんてことを言うやからの声も混ざっている。
野球をしていた身からしたら、投手もやりたい気持ちも少なくはあるが…なにぶん、この視線である。
かと言って、群衆の言うように湊を投げさせることもルール上不可能である。他にしてくれるやつもいない。どうしたものかと頭を掻く。
初めは、耳の上を掻いていたが次第に下に下がっていく最終的に頸に辿り着くととある言葉が頭に浮かぶ。
『誰かの目なんて関係ない。自分がしたいことをすれば良い。』
ここで、きっちり抑えたら………
なんて事を思った。
大きくため息を吐く。
やらないとか、ほざいといて……。
自分の馬鹿さ加減に呆れる。
「………分かった。だけど、正直…前みたいに投げれる自信はないってことだけ言っとく。」
「おぉ、ありがテェ。んじゃ、俺捕手するわ。」
そういうと選手交代を先生に告げに動いた。その言葉に思わず声が出る。
「待て、野球部はレギュラーの自分のポジションに入っちゃいけないんじゃ?」
「捕手は誰であろうと結果は変わらんでしょって先生が言ってたからセーフ。」
わざとらしく審判並みに水平に腕を伸ばす。その動作に苛立つが無視をする。しかし、捕手が試合を左右すると言っても過言じゃないのに。まぁ、クラスマッチのレベルじゃ確かに変わらんか。
「あっそ、んじゃ。」
俺は、来ていた防具を脱ぎ捨てて皇へと投げ込んだ。投手をすると言っても、キャッチャーグローブでやるわけにはいかない。
「……皇、グローブよこしやがれ。」
「ふんッッ!!」
という、数分前の出来事を思い出しながら、勢いよく投げたのは、ストレートで高めのボール球。先ほどから、外角低めばかりに集中して投げていたから思わず打者はバットを振って三振。
「ストライク!バッターアウト……チェンジ!!」
先生のコールでようやく俺はマウンドから降りる。結局、誰一人もボールを前に飛ばすことは出来なかった。
三者連続三振。
最高に気持ちが良い。だが正味な話、喜びよりも恐怖の方が勝る。
『レヴィ…なんか、俺に何かした?』
思わず、レヴィに聞く。異常だった。
野球をするのが、ほぼ二年ぶりの俺があんなキレのいいものを投げられるはずがない。なんなら、あの時よりも球速が上がっているまである。光の御子となった時に、さらに磨きがかかった湊や椎名のことを思い出す。彼らは、光の御子としての超人的な力が少し漏れているのだと思っているが…まさか、あのスーツに変なものを仕込んだのでは無いか?
『何もしてないわよ。ただ、シャドウとの戦いで自分の身体の動かしかたがわかっただけよ。』
理由としては、理解できる。だが、ここまで変わるものなのか?その時、捕手を務めていた皇が隣にやってきた。
「湊から、聞いては居たけどお前…スピードは速くないけどコントロール良すぎじゃね?俺、今まで色んな人とバッテリー組んだけど、ほとんどミット動かさなかったの初めてだぞ!?スピード出てなかったけど。」
「なぁ、喧嘩売ってんのか?」
わざわざ、スピードが無いということを言うので思わず皇の頬を掴んで潰しにかかる。痛い痛いと言う声がしてきたが、問答無用と力を強めた。
「ごめん、ごめんって…。」
「さっさと戻れよ。お前三番打者だろ?防具外せよ。」
「はいはい。」
ベンチへと戻ろうとすると何故か、湊の隣に座って微笑む副生徒会長の姿があった。そして、自分へと手を振って招いている。
「桐生先輩?………はっ!?」
彼女を見た途端にヒエログリフのことを思い出した。しかし、あれほど探していた人物が自らやってくるとは先程の俺の努力は如何に?
「凄いわね。かっとぼーる…だっけ?」
「なんでそれを…。って、湊か…。」
何故自分の決め球のことを知っているのかと思ったが、話の途中で合点がいく。彼が勝手に解説したのだろう。元はと言えば、動画サイトの投げ方講座でやっていたもののパクっただけにすぎない。
今日は、偶々指の感覚が良かっただけだ。だが、その話より彼女には西園寺のことを説明しておいた方がいいだろう。
「ちょうど、先輩に用がありましたので…。」
「あら、そう。湊くん。彼の出番が来るまで少しだけ借りるわ。」
くいっと顎でこっちへ来いと呼ばれて、少し外すと湊に伝えた。実際、自分の打順は五番目だし、少しの時間はある。
ちょうど、グラウンドから少し離れた鉄棒のある場所まで来ると彼女は背を鉄棒に委ねた。ここは、観客は溜まっていない。
「それで、私に用って?もしかして、MVPになるともらえるペンダント私にくれるの?」
俺の顔を覗き込むように上目遣いで揶揄う彼女に目を逸らす。
「いや、ない。それはない。」
そんなことをすれば、目の敵にあうのが見え見えである。そんな命知らずな事をするわけが無い。
「むー。ノリ悪いわね。そこは、イエス麗しの姫…くらい言って欲しかったわね。」
「………これです。」
このままでは、埒があかなそうだったので強引に言って、ヒエログリフの紙を手渡した。だが、桐生先輩はそれに一切動揺はしなかった。むしろ、知っているとも言いたげである。
思わず怪訝な顔になる。
「……分かります?」
「分かるわけないでしょ。考古学学んでるわけじゃないんだし。でも、彼がわざわざ象形文字にして渡してきたということは何某かの意味と事情があるはず。例えば、脅迫されている。監視されている。……操られているなどして自由でない。」
彼女の言う通りだ。
だが、そうなれば余計にこのヒエログリフを解かなければならない…。
西園寺のやつ、もっと他にあるだろう。
ふと、審判のストライクの声が聞こえて振り向くと西園寺がもう、投げ込んでいた。同時に生徒たちがどよめく。
「はっや、なんなんあれ。」
「それ、さっきのやつよりか俄然早いじゃん。」
「聞いた話じゃ、150キロ出てるってよ。」
「あの人、野球部じゃないよね。」
「絶対無理じゃん。……あ、でも湊がいるしなぁ。」
こそこそと何やら、盛り上がっているようだ。確かに、150キロなんてそうそう崇めるものではないだろう。
それに比べて俺の球の速さときたら…。
別に羨ましくない。羨ましくない。
「このままじゃ、埒があかないわ。取り敢えず、なんとか西園寺と接触しないとはじまらない。戻りましょう。」
◇
「………速いな。」
「だな…。」
ネクストバッターズサークルでバットを縦に振りつつ皇は西園寺の球を総評した。確かに速い、だが、幸運にもこの速さのボールには彼は慣れている。なにせ、湊の球を受けているし紅白戦とか有れば否が応でもあの速さの球と争わなければならない。
「まぁ、当たることは出来るとして…どうするかだよな。ストライクゾーンはバラバラだからコースで張るのは悪手かな?基本球種張って振るかな。」
ヤンキー座りで金属バットを肩に担ぐ皇はそう自分に言い聞かせるように対策を練る。元々、皇は来た球をどうこうというより来る球を予測して打つというタイプであるのだろう。
「フォーシーム以外で何があんの?あいつ。」
「見た感じ、スライダーとシュート気味のフォークかな。よく曲がる曲がる。一番の子全部振り遅れて三振だったよ。」
まぁ、仕方ない。初心者に150キロの荒れ球なんぞ打てたらセンスの塊か偶然でしかない。
アウトのコールが聞こえる。二番手のやつも三振に斬られたようだ。
「まぁ、なんとかするんだろ?」
「あぁ、なんとか塁に出るでるさ……見てろよ陸……これがこの俺、皇のやり方だ。」
なにやら、カッコつけてバッターボックスへと向かっていく。彼が打席に立つと言うことは次にこのサークルの中に入ってくるのは彼だ。
「おつかれ。流石のピッチングだったね。さっきは、副会長のところに行っちゃったからいえなかったけど…。」
「おう。んじゃ、俺はベンチにでも下がっておくよ。」
「………すぐに出番が来ると思うよ。」
その言葉に俺は、歩みを止める。
「自信満々だな。」
「あぁ、久々に攻略しがいのある投手だ。ストレート…粉砕するよ。」
そういうとニヤリと笑みをこぼした。
「詰まるなよ?」
「分かってるさ。」
なんだか、懐かしさに鼻がくすぐる。久々にあの…まるで猛禽類のような笑い方をする湊を見た気がする。ベンチに戻って俺はゆっくりと皇を見る。
さて、お手並み拝見だ。
「いったぁぁぁッッ!??!!!?!」
デットボールであった。
投げた球がどうやら肘に擦ったらしい。数秒ほど、蹲って痛みに耐えているようだった。心配になって、前に出た瞬間、苦笑いをする湊に止められる。
「多分、大丈夫だよ……。」
その言葉はほぼ呆れているようだった。
訳がわからず、再び皇に目を向けると立ち上がって一塁へと向かう。
「うわ……あいつ………やりやがった。」
一塁へと向かう皇の顔は、とてつもないほど悪い顔をしていた。
「あの野郎当たったふりしやがったよ……。」
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