54話 甘いものは、やはり良くない。
スプーンで掬うと、そらは氷などというものでは無かった。ここは、北海道か!と思いたくなるほどのふわふわ。
もはや、雪である。
イヌイットの言葉を借りるとプカク。
それをようやく、口に含むと息と口内の温度だけで雪が溶け、巨峰の甘みがいっぱいに広がっていった。
「うみゃい。巨峰のかき氷……ヤバみ。」
目の前には、巨峰のかき氷の大盛り。
まさか、屋台のかき氷のレベルがここまで来るとは思わなかった。バクバクと口の中に放り込む俺氏。語彙力よ、さらば。
「まるで、掃除機ね。……そんなに食べると頭痛くなるわよ?」
「あ、甘いもの好きなんですね。」
俺の様子に佐倉と深田は目を丸くしていた。そんな彼女らをよそに俺はスプーンを止めて、氷の文字が記されたポスターがある出店を見た。
「それにしても、なんでこんな場所にかき氷屋?体育祭とかなら、保護者とか来てるから売ってるの見たことあるけど…クラスマッチに出店とかする?」
「え?あー、それは…ね。ほら、今日クラスマッチで学食が使えないから学校側が少しは良いんじゃないのかってオーケー出したんじゃないのかな?」
「へぇー。」
あからさまに動揺する湊。そして、再びかき氷の屋台を見る。
そこには、笑顔で皿に盛った氷にシロップをぶっかけている杉山とかいったやつの姿があった。
「そういえば、リク。最近、変なこと無かったかい?」
これが俺を呼んだ理由か。
特戦にいる彼なら何某かの情報を握っているのかもしれないと思っているのだろうか。本来ならば西園寺と話したいところだが、彼とはそこまで交流がない。変に警戒されると厄介だしな。その点、俺は都合の良いというわけだ。
「変なこと?いや、特に……ないよ。いつも通りだ。そういえば、リーファさん達はバレーの試合大丈夫なの?」
「うーん、そうね。確かに、そろそろ呼ばれる時間かも…。」
「だったら、早めに行った方がいいよ。ゴミとかは僕らがやっておくから。」
流石、ハーレム野郎そこらへんの気遣いだけが完璧だ。もう少し、彼女らの個人的な気遣いができればもっと良いのだろうが…。
「そう?じゃあ、お願い!きっきょん、つぼみん!!いこ!!」
素早く残ったものを三人は放り込んむと飲み込まずに体育館へと走り去っていく。リクは、彼女らの背中を眺めたのちにとある人に目を合わせた。
「………んで、あなたは?」
「私は、面白そうだから応援に来た湊の友達よ。勅使河原文香、よろしくね?」
そう言うとこの場にて唯一体操着を着ていない少女は、片目を瞑った。
彼女は、あのコンビニであった時よりもずっと凛々しい姿。癖っ毛が一本だけぴょんっと飛んでいる。
「……クラスマッチでわざわざ他校の子が来るなんて、珍しいな。学校は?もしかしてサボタージュ?」
「えぇ。」
「左様か。んじゃ、俺も用ができたから後でリーファさんに奢ってくれてありがとうって伝えといて。」
もう、話すことはないだろう。立ち上がって、かき氷の容器を掴む。
「今日はありがとう。付き合ってくれて。」
「気にすんな。俺は…かき氷が食べたかっただけだ。」
◇
それだけ言い残して、足早にどこかへと向かっていった。校舎に用があるようだ。
だが、何かを思い出したように彼はその動きを止めて振り向いた。
「一つ聞いて良いか?勅使河原の『てし』って束って字と力って字が横にくっついたのと使うの『つか』って字か?」
「?そうだけど…。それが?」
「いや、珍しい苗字だなって…。すまない。時間をとった。それじゃ。」
「彼かい?例の君の幼馴染で特戦にいたっていう。」
「あの放送局で的確に指示していたような人間には見えないわね。でも、私をみて小学生として認識せず、ちゃんと同い年として見てくれるあたり、非常にいい人なのは分かるわ。」
いつの間中に、杉山さんがテーブルに座って僕と同じように彼の背中を眺める。
昨日の夜のことである。
突然、リーファが再び僕らとコンビを組むことになったということと新たなシャドウの反応というとんでもない情報が一度にやってきた。
リーファの奴、相当にアビゲイル様に僕と相棒で居たいと懇願を受けたらしい。それも、なんとなく分かる気がする。自分も、無論勅使河原さんと戦ってはいるがそれでもお互いがぎこちないシーンが所々浮き出てきた。
それは、僕がリーファとのコンビネーションが多かったことによる。それで、何度か彼女の足枷になった。
だが、それに至っては一つの懸念があった。彼女だからこそ任せていた佐倉と深田のことである。彼女達は初めて光の御子となった僕の時のようにしっかりと経験を積ませたかった。
でも、杉山さんが僕と勅使河原ならばある程度のシャドウが来たとしても新人の二人を守ることができるだろうとお墨付きをもらって、アビゲイル様にリーファだけでなく佐倉、深田の帯同を認めてくれた。
そして、次に話されたのはこの高校にてシャドウの反応があったというものだ。
驚きはしない。
なんなら、シャドウはどんな場所にも存在し、さまざまな被害を出している。
そこで、僕らの出番というわけだ。今回は、椎名と友禅も警戒している。
零が三人もいるんだ。一名だけ気に食わないが、安心だ。
「はい。僕なんかよりもずっと凄い人ですよ。」
「そうかい。なら、これからの彼の行動も監視しなくちゃいけないね。僕はここでシャドウの動向を探る。勅使河原くんは彼の監視をお願いするよ。湊くんらは今日はクラスマッチ。シャドウに気を配りながら楽しみなさい。青春が光の御子の活動で潰れるなんて勿体無いからね。」
◇
『光の御子…計6名に囲まれて流石に焦ったわ。』
振り向いて、後方に誰かの一人がいないか確認する。恐らく、あの小さな子があの時筆を武器にしていた光の御子。そして、かき氷の屋台の店主が杉山というやつだろう。
彼がいるってことはシャドウ関連だろうか。
正直、その可能性が高いだろう。
だとすると、一番怪しいのがやはり西園寺と椎名ファンクラブの奴らだ。あの様子からして、何かあったと思ったが…。
でも、まずは桐生先輩と合流するのが先だな。
「あ!いたいた!」
突然呼び止められて、振り向くと皇が走ってきた。
「どうした?まだ、決勝までは時間あるだろ?」
「いや、ちげぇーよ。一緒にバレーの方応援しに行こうと思ったら、いねーから探したよ。ほら、さっさと行こうぜ?」
なんだそんなことだと、呆れてため息ができた。すまないが、そんなことをしている暇はない。早く断って、桐生先輩を探しに行かなくてはならない。
「いや、今、ちょっと忙し「キャラメルポップコーンいる?」行こー!!」
それならば、無碍には扱えない。力尽くで、皇の手元にあったサッカーボールくらいのキャラメルポップコーンを掴む。何故か、皇に変な顔をされたが貰ったものは貰っておくのが礼儀って奴だ。
『…………アホなの?』
何故か、レヴィにバカにされたような気がしたが、気のせいだろう。自分、アホじゃないから。
俺は、皇と二人で体育館へと駆け抜けていた。
キャラメルポップコーンはこのタイミングとして最高だ。ちょうど、お腹が冷えているから出来立てでとてもヨイ。
体育館へとたどり着くと熱気がすごかった。まず、2階のギャラリーが満員で見渡せば異常な熱量である。
特に男どもの怒号にも似た応援は、響く響く。
基本的に男子は男子の応援、女子は女子の応援と言うことになってはいるのだが、自分たちをはじめとした異性の試合を観戦する生徒は多い。何より、バレーには人気者達がごろごろ集まっている。
椎名にリーファ。
正直、この場にいる男子生徒達はこの二人を見に来たと言っても過言ではない。
なんなら、
思い出す、第一回戦で相手の打者が一つの黄色い声援を受けていたことを…。そして、皇と目くばせして報復の死球を喰らわせたこと…。無論、カーブだから痛くも痒くもないはずだ。
80キロ近かったけど…。ちゃんと、太ももだし。うん、大丈夫さ。
突然、人々の応援の声が更にグレードアップした。その中心にいるのは、もちろん彼女だ。
美しいストロークから、矢のようなスパイク。
稲妻のようなボールが床に叩きつけられた音が遅れて耳に届く。
椎名だ。
着地した彼女は、クラスメイト達とタッチで喜び合う。
相変わらず、佐倉とはしないが…。
始まったばかりであろうに、既に点差は六点ほど入っていた。そして、相手は一点も入れ切れていない。
「……えぐ。」
「な。やばいわ。もう、俺たちの女子がバレー勝ったでしょ。サッカー男子も見習って欲しいわ。」
「ん?負けたの?」
「初戦敗退。」
「あぁ…。」
「おやおや、スルメくんじゃん?」
「あ?」
振り向くとやつれたような顔の一ノ瀬の姿。
両手を体操着のポケットに入れて、猫背になっていた。数日で、変わりすぎた。
「俺は、スルメじゃねぇ。スメラギだ。噛んでも噛んでも構ってくれるからって…良い加減覚えろ。」
「あぁ?そんな名前だったか?まぁ、いいや。前回は、お世話になったからね。今度の決勝でお世話仕返してあげたいから…それを伝えにな。」
「そりゃ、ご丁寧にどうも。」
何か、秘策でもあるのか笑顔でその場から去っていく。確かに、西園寺の球は早いが所詮は素人。野球部が二人も、しかも、どちらもレギュラーだ。一人は、怪物である俺たちのクラスにそこまでの余裕ができるはずがないはずだが…。
「へっ、ノーヒットノーランしてやろうぜ。リク!」
「そんな簡単にできるか?」
「本気を出して、全力投球ならいけるっしょ。」
随分と楽観しすぎやしないか?
だが、確かに彼のスピードと球威なら打つものも打てないか…。
「…ポップコーン食べて喉渇いたわ。飲みもん買ってくる。」
「オッケー。」
体育館の外に出て、すぐに自動販売機がある。いつもは、売り切れなんてないのだがクラスマッチということもありほとんどの飲み物が売り切れていた。
気分的には、レモンの炭酸が飲みたいが…。仕方がない、おしるこの炭酸にしよう。
「あ。」
そこに、背後から音楽の音色のような声がした。恐らく、俺と同じく飲み物を欲していたのだろう。そこには、椎名がいた。
「おう。お疲れ。」
「う、うん。ありがとう。」
「………」
「………」
おかしい。椎名とは、少しづつであるが話すような仲に戻りつつあると思っていたのだがあの現場というか光の御子としての姿を見て内心恐れている。下手なこと言ったら、氷の刃が首筋をなぞりそうだ。
「来てたんだ。」
「おう。皇とな。」
「…………聞いたけど、湊とかき氷食べてたみたいね。」
「はい?」
突然、冷気が首筋をなぞった。あれ、なんで魔力を感じるのでしょうか?
「食べてたみたいね。」
2回言った。
「はい。その、美味しかったです。」
「私とは、あれ以来食べに行かないのに湊とばっかり行って……。」
ボソッと何か彼女は不満気に頬を膨らませる。なんで拗ねるようなことになるのか…。
はっ!?
仲間外れにされたと思っているのか!
そうだよな。みんな、光の御子揃ってたのに君だけいなかったもんな。でも、その、君は友禅がいる……そういや、新聞部かなんかでどっかに駆り出されてたのか…。
なるほど、確かにあの時彼女は一人だったわけだ。だが、俺に文句を言うのは違くないか?
「えっと、その、まぁ、うん。すまん。埋め合わせはしよう。」
「ッッ!?本当?」
髪が生き物みたいに跳ね上がるくらいの喜びようだった。相当、寂しかったのか…。
意外な彼女を見た。
だが、思ったよりも顔がちかくなったので直ぐに視線を他へと向かす。
変に鼓動がうるさい。
「するする。」
「それ……じゃ、クラスマッチ終わったら…図書館に来て…。」
「今日?」
「今日。」
「分かった。終わったら、行く。あ、そうだ。椎名さ、桐生先輩って知ってる?」
そういえば、彼女は生徒会と話をしているところを見たことがある。彼女ならば、桐生先輩がどこかにいるのを知っているかもしれない。
「知ってるわよ。……どうして?」
「あぁ、今、どうしても彼女に伝えなければ、いけないことがあるんだ。」
「…………リク。」
「ん?」
突然、喜んでいた椎名の目のハイライトが消えた気がする。どうしたのだろうか、何か変なこと言ったか?
いや、それよりも西園寺が俺に残したメッセージの意味を解読が必要だ。しかも、光の御子が集結しているのが気がかりだ。
「確か、茶道部が茶室で和菓子を配っているって話よ。しかも、どら焼き。」
「まじか!!行ってクルァぅぅ!!!」
まったく、クラスマッチは最高だぜ!!
どら焼き!どら焼き!!
『……………』
◇
本当に彼が……。
あんな彼女の顔を私は見たことがない。
なんだあの腑抜けた顔は……それは僕だけに見せてくれるものだ。何故、貴様なんかが…。
【へへ、まぁ、そう慌てなさんな。ニィちゃん。そうやすやすと恨まない恨まない。それに、今がチャンスだぜ?】
は?何を言っている。今なら、あの男を殺せッ
【おいおい、君の目的はなんだ?人殺しか?愛しのフィアンセにアクセサリーを与えるんだろ?そのために幻惑の手稿をやったんだろ?】
………そうだ。声のいう通りだ。
分かったよ。じゃあ、まずもっと人のいないところに呼び出さないと…。
【そうだ。分かってわじゃねぇーか。……だか、その前にこの学校にいる羽虫を何人か除去しなくちゃな。特に、校門付近にいるやつとかな。】
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