55話 初球先頭打者ホームラン

「………なんで、怒ってんだ?そこまで、女子バレーの決勝が見れないことが悲しいのか?」

「茶道部でお菓子をタダで配ってるって聞いたから行ったのに、まさか既に売り切れているだなんて…。」

「違ったわ。寧ろ、平常運転だったわ。しっかり頼むぜ、捕手は女房役なんだからよ。」

ジト目を向けつつ、靴紐を結ぶ皇はしたり顔で言った。だが、突然の雨の予報もありクラスマッチの予定がぎちぎちになったのは少し残念ではある。お昼が終わってからの決勝だったのにお昼前ということになった。アナウンスされた時は、お菓子を貰えなくて沈んでいた時だったので余計にやる気が湧かなかったがチームスポーツである以上へんに迷惑をかけるわけには行かないと思い足を運んだ。

「けっ、やなこった。お前は、ストライクゾーンに投げ込んだらそれでいいだけだろ?」

「ふっふっ、先生たちが悪いんだ。野球部のポジションじゃなかったらどこでもいいっていうルールを作ったもんだから…。」

ニヤリと笑う顔から、そのルールに一枚噛んでいそうだ。本気で、MVPを取るつもりみたいだな。

そこまでにして、二次元のキャラに上げたいと思うのか。別段、自分も二次元の少女に可愛いとか付き合ってみたいとか思わないと言えば嘘になるが……キャラクターにアクセサリーを渡すというほどまでにはなりきらないなぁ。

「おーい、試合前の挨拶しないといけないからー早く。」

グラウンドには、クラスメイトが既に真っ直ぐに並んで西園寺達のクラスも一列に並んでいた。

「んじゃま、MVPとりに行っちゃいますか?」

「はいはい。」

やはり、こいつとは波長ってやつが合うのだろうか。もしかしたら、中学の野球部に彼がいたならなんて、ことを考えてしまう。

そしたら、三人ではなく四人なら…と想像する。まぁ、それもそれで悪くはなかったかもしれない。

真ん中に先生がやってきた。

「はい、両者……礼!!」

「「「よろしくお願いします」」」

クラスマッチの決勝戦の火蓋が切られた。






「うーん。まさか、雨が降り初めそうだとは…。」

スマホの雨雲レーダーを見て、雲の状況を確認すると数時間後には大雨との文字があった。そして、屋台を眺める。

「こりゃ、勅使河原ちゃん残しとくべきだったかね。」

彼女は、学校内で神室くんという少年の監視をしているはずだ。それに、そもそもクラスマッチすら怪しい。

だけど、まずは屋台を閉めないとな。

パチンッと指を鳴らして、屋台を転移で飛ばす。一応、あたりには見られていない。

「あら、残念。かき氷を食べようと思ったんだけど……もう、戸締りですか?」

人がいないはずの場所で耳元を囁かれた。

瞬時に、転移。

僕の背後には、黒いスーツの男。ジョン・ドゥ……ではない。彼よりも、細身で背が少し高いかもしれない。そして、特徴的なのは真っ黒なハット帽であった。

見知らぬ人物であるが、記憶の奥底に似た姿を思い出す。湊くんが持ってきた話の人物に酷似していた。まさか、本当にサイトの人物がシャドウなのか?

正直、偶然が重なっただけだと思ったのだが……。いくらなんでも重なりすぎだ。

「あらあら、全く光の御子はその超人的な力をそうそう他人に…一般人にみせちゃーいけないんじゃ無いんでしたっけ?」

口角を釣り上げて、話す彼は大人しそうな人相であるのにどうも不愉快極まりない。

「ん……。むぅぅ?……黙りですか?嫌だなぁ、また無視されるんですかボク。悲しいなぁ。」

やれやれと言わんばかりに両手をあげて、肩を落とす。

「………君は誰だい?」

眉を顰めて、睨むように彼を見る。なんだか、存在するだけで気に食わない。ここまでして、他人を嫌うのはそうそう無い。

魔力を流す。

半分無意識だ。だが、身体中が警戒のサイレンを鳴らしている。

「人の名を尋ねるのには、先ずは自分の名前を提示するのが礼儀だ。だが、今回はその非礼は許そう。改めまして、【雷電】。いや、【女神の剣】…の方が良い?僕は、ゲイリー。」

どうやら、その名を知っているからしてシャドウらしい。

しかも、計りされない魔力を肌に感じる。

幹部クラスだろう。

刀を呼ぶ。

「おぉ、やはり、君レベルになったらそれほどの魔刃か…。」

「魔刃?」

「いや、こっちの話だ。……軍神とは厄介だ。」

何かぶつぶつとつぶやく彼をよそに僕は抜刀する。

纏うは、白金の鎧。

幹部クラスは、僕も本気を出さなければやり合えない。それに、彼はあのニクスなんかよりも桁が違いの魔力量を要している。

工場で戦った。あの、シャドウと同等かそれ以上。これは、アビゲイル様に増援してもらった方が良いかなぁ。

「あぁ、そうだ雷電。一つ、残念なお知らせがある。」

「む?」

両手をポケットに突っ込んだ彼は革靴で地面を突く。

同時に現れたのは、彼を中心とした半径数メートルほどの円環。それを自分は良く知っていた。

あれは、光の御子が一般人を巻き込まないために使っていたものだ。

「まずい!?」

その結界の用途が頭に浮かんで、すぐさま転移で彼へとは迫る。もしかしたら…希望も込めた刃を彼の首筋に触れかけた。

「おっと、先手必勝か?」

だが、聞こえてきたのは金属音。

「なッッ!?」

何も無い空間から、鎖が現れて彼を包むようにして守った。すぐさま、距離を取るために後ろに跳ぶ。

これで、不意打ちを失敗したのは2回目だ。

「おいおい、逃げんなよ。【女神の剣】!!」

人が変わったような荒声でゲイリーは両手を前へと押し出した。途端に、彼を守っていた鎖が一直線に俺へと向かう。

「む!?」

急いで、刀でそれを弾き、叩きつける。返す刀で、地を蹴って再び転移を使って彼の背後に廻ると袈裟斬りに捉える。

が、裂いたのは彼ではなく彼のハット帽。

視線を下に落とすと足を180度開脚していた。

「柔らかいね。もしかして、新体操やってた?」

「いんやぁ、カポエラやってた。」

「なるほど、ケイシャーダか…。」

「正解。」

「グッ!?」

ガラ空きになった僕の腹に、彼が体をひねると、後ろ回し蹴り。一応、鎧は着ているものの尋常ならざるほどの衝撃。

確実にあばらをやった。

「あ?」

だが、膝をつくことはなく体勢を半ば感情で耐える。

「痒い痒い。」

「なんだ?大脳皮質やられてんのか?」

しっかりと足を掴んだ僕は刀を片手で斬りあげた。

間に鎖が入り、浅いだろうが胸部を斜めに切って、血が流れた。

「………痒いなぁ。」

「大脳皮質……機能してる?」

「へ、んだよ。ノリいいじゃねぇーか。だが、結界は完成。そして、ここから俺の役目は中のやつが仕事をこなすまでお前を入れないこと。」

「鎖といい、その動き……。貴様、工場にいたシャドウか……。」

「へっ、やっぱバレるか。」

思い出した。突撃していった若い光の御子を容赦なく貫き、散らした鎖使いがいたことを思い出す。

柔らかい物腰だったから、全然わからなかった。

結界は彼のいう通り、どうすることも出来無いな。彼が結界の内部に入っていないということはシャドウが中にいるのか?

心配だ。

今の湊くんはシャドウの幹部を倒したことで気が緩んでいる。別にすぐにやられるわけないと思っているが……。椎名と友禅に任せるしか無い。

「君の目的は?」

「魔書のため。それと、更なる試練を与えるだよ。なにぶん、バグが混ざってるからな。心配な面があるが…。」

「バグ?」

「あぁ、スラトムーンめ。そこまでして、予知書を捻じ曲げたいか…。」







「プレイボール。」

審判(先生)の呼び声の元、試合がスタート。

「よろしく。」

「…………」

一番バッターの西園寺。挨拶をしても全く返してこない。聞こえないことはないだろう。

やはり、おかしい。

……そういえば、なにか忘れているような気がする。

ふと、相手のベンチを見る。足癖の悪い一ノ瀬以外は何やらノートらしきものにメモをしている。その顔は嬉々としており、悪寒を覚えるほどだ。全員ずどんと淀んだ空気。息をするだけでまいりそう。

そんなんで、良く決勝まで来たものだ。

キャッチャーの防具姿の俺は野球の基本であるアウトローへと構えた。

それに皇も頷くと大きく振りかぶって、投げた。

良いストレート……ではない。シュート回転で甘めに入ってきてはいる。だが、威力はあるし西園寺と言えど140に迫る球だ。

そうやすやすと打ち返せるわけが……。

凄まじい音がした。

ボールを叩いているというより割ったような破裂音を掻き鳴らし、鋭い槍のような打球がそのままイージーホームラン。

今回のルールでソフトボールと同じくらいの広さでやってはいるが湊が飛ばした距離は確実に甲子園の右中間が入るくらい飛ばしている。

遅れて、決勝に出られなかった生徒たちの歓声が轟いた。

「え?」

愕然とただ突っ立った。皇なんて、投げた状態から固まっている。

湊は、ベンチから豆鉄砲を喰らった鳩のように目を丸くしていた。

そんなことをしているうちに西園寺はダイヤモンドを一周しており、俺の横を歩き去った。

彼からは、喜びの声も出さずそのままベンチへと帰っていく。

所謂、初球先頭打者ホームラン。

………マジか。

だが、これで試合が決定するということはないし悲観することはない。なんなら、始まってまだ一分も経っていない。

座り込んで、落ち着こう。

確かに、初球をストレートと最初っから張っていたら、あれくらいは西園寺でも飛ばすか…。思い出すのは、放送局での彼の俊敏な動きと判断。

つまるところ、彼を単打で抑えられたらこっちのものである。

取り敢えず、アウトを一つでも取っておきたい。次に打席に立ったのは二岡。確か、文学部の子だった気がするしストレートはシュート回転で怪しいから変化球を投げさせるか。

スライダーの合図を出す。皇は、頷き投げ込む。

甘くもないし、厳しくもない外角の下。

初球に変化球は、初心者に可哀想ではあるもののッッ

西園寺の音よりかは、軽い聞こえた。だが、ボールはギリギリフェンスを超えた。

二者連続ホームランである。

「…………」

「…………」

周りの歓声がさらに轟いた。

意外だ。パワーあるんだな。

だが、多分あれだ。事故だ。そもそもだ、皇が甘い球を投げるのが悪い。もし、ちゃんとコースに投げ分けていたら飛ばされない。

切り替え切り替え。

さぁ、流石に三打席とかないから…。インコースに構える。

そして、聞き慣れた音と共に球がフェンスの上を超えた。

三打席連続ホームランです。

センターにいた子の背中がなんと悲しいことか…。

マウンドにいる皇がゆっくりと俺の方に近づいてきた。

「燃え尽きたぜ。投手交代………。」

アウトひとつも取れてないぞ?




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