53話 開幕
スポーツ日和という日にぴったりの心地の良い空だ。その空を眺めるもとてもじゃないが気分になれない。
「なんというか、湊がルールぶち破ってMVPとるような気がしてきたわ。」
「……………ノーコメントで。」
雲ひとつない透き通るような青空と同じくらい青ざめた皇が暗くなっている。
そして、俺たちはネクストバッターサークルにて、ダイアモンドを一周している湊の姿を確認する。
クラスマッチの野球の日程としては、午前に八クラスによる四イニング制のトーナメントが行われる。その勝ち数が多い方が優勝。
そして、これは2試合目でありこれに勝てば2連勝。次勝つことができれば優勝である。
皇がきっちり抑えて、この二試合での失点は4。その全てはエラーやら当たり損ねのヒットである。悪くはない。
まぁ、素人に140キロに迫る球速である。十二分に早すぎる。ファールするのがやっとだ。皇は容赦なくそれをストライクゾーンにぶち込む。
もはや、配球なんてものを考える必要ない。取り敢えず、ストライクゾーンに入れば抑えられるのだ。
そして、この二試合で湊海は2試合連続2打席連続ホームランをかました。どうやら、彼はここをバッティングセンターだと思っている。
少しは、控えて欲しい。
そのおかげで、野球の応援に来ていた午後に競技があるやつでパリピどもがわーわー騒いでいる。まぁ、それが単純に見に来て応援するのならば別に構わん。
だが、湊以外のクラスメイトが三振したり凡退して、湊に打席が回らないととんでもないほどのヤジがやってくる。
怖い。単純に怖い、クラスマッチであれほど汚いヤジを聞くハメになるとは思わなんだ。どこかの虎の選手やメジャーリーガーのメンタルの図太さに感動すら覚える。
幸いなことに自分は彼の後の5番だから別にもう観客が興味を失っているために変なヤジも飛ばず楽々して打てる。今日ばかりは自分の存在の薄さというものに感謝するしかない。
だが、全然無いわけではない。
昨日慰めたリーファが元気を取り戻したようすで謎に男子の学生服を着用して応援団を勝って出ていた。その応援団から、自分の名前が呼ばれると同時に高い笛の音が響く響く。
そう、彼女はちゃんと一人一人応援してくれていた。なお、湊以外が打席に立つと声のボリュームが数段階くらい下がるのだがないよりは他のクラスメイトのモチベーションは上がるだろう。
んで………その中に何故か、声が出ていないけどキレッキレの動きで応援している椎名がいるのだが…見間違えだろうか。
あぁ、あれあの選手の応援の手の動きだ。
ともかく、次の試合で最後だ。
気楽に行こう。
もう、試合も決まったことだしゴロでも打って試合終わらせるか…。
終わったら、決勝相手でも見に行きますか。
◇
「………コールドってないの?」
「ないない。でも、ある程度になったら先生も動いて流石に変わるんじゃない?」
あの後の結果は、初球を真上にかち上げてキャッチャーフライ。そして、裏で皇が抑えて4-2で勝利。
無事2連勝で、決勝だ。
次の試合も勝てば、優勝だ。
そして現在、西園寺のクラスが繰り広げているゲームを敵上視察も含めて観戦中である。この試合に勝ったものが、決勝の相手になる。
すっと、目をスコアボードに向けるとそこには、10-0が表示されていた。もちろん、大量得点をとっているクラスが西園寺のクラスである。
西園寺は、恵まれた才能でコースに早い球と縦に落ちる球を絶妙なテンポで投げきれていて相手の打者がクルクルと三振の山を築き、そして、打席に立つとどこを投げてもバットの芯に当てて左右に打ち分けていた。
「強いね。」
横から、湊が西園寺達のクラスをそう評価した。それは、彼がよく言う他者の成長のために褒めるようなものではなく。
野球部湊海の言葉であることはなんとなくだが、分かる。
「だよな。あれ、ほんとに野球経験者ゼロか?」
その通りである。俺たちのクラスは野球部が二人いるおかげでほとんど二人だけで勝っているような試合を行っていたが見る限り西園寺達のクラスは全員がヒットを打って点を入れていた。
「それにしても、全然喜ばないよな。あいつら。」
違和感を感じた皇がボソリとつぶやいた。その通りだ。西園寺を含め、リーダー格である一ノ瀬などそのナイン達に笑顔がない。負けていたとしても元来スポーツは楽しむものだ。
彼らはなんというか、単純にバットを振って点を取るマシーンだ。まるで、何かに操られているようにも見えなくはない。
何より、自分に色々絡んでくる西園寺が今日だけ一切絡んで来ないという一番の異変がある。
「…………」
ふと、校舎の三階の窓にある生徒会というプラカードがある教室に目が入った。もしかしたら、彼女なら知っているかもしれない。幸いにも決勝は、サッカーとバレーの予選が終わるまで始まらない。もっとも、その間までに桐生先輩をみつけだせればいいのだが…。視界に生徒会の腕章の生徒を見かけてその顔を覗く。
「っても、まぁ、見回りしてるよなぁ」
生徒会は、このクラスマッチの運営を手伝っている。本部にいてくれたらいいのだが…。
彼女は、じっとしていると落ち着かない性分なのか常にいろんなところを歩き回り何かしらの問題を解決している。望みは、薄いな。
「おい、どけよ。」
背後から、随分と威勢のいい声。振り向けば、椎名ファンクラブの方々……そして、西園寺の姿もあった。どうやら、試合はコールドで終わったらしい。それもそうだ攻撃だけに時間を費やしたら帰りが遅くなってしまう。一ノ瀬以外は、やはり目が死んでいるというか皆顔を伏せていて気分が優れないように見える。それにしても、避ければいいだろうにわざわざ自分が偉いかのような振る舞いに思わず瞬間だけ顔を顰める。
単純に精神的優位性を保ちたいだけの行動だ。
「失礼。」
だが、面倒ごとはごめんだし、いちいち構ってられない。
すぐに、道を開ける。それを確認すると一ノ瀬が乱雑な足取りで進む。他のメンバー達もひよこの行進のようについていった。
その際である。ポケットに重みを感じた。西園寺が俺のポケットの中に腕をつっこんだのだ。一ノ瀬達が完全に去るのを待って、物陰に隠れてポケットを弄ると一枚の何重にも折り畳んだメモがあった。それを広げて書いてあった文字を確認した。
「…………なんでヒエログリフ。」
メモに記されていたのは、6つの絵であった。確か、西園寺がエジプトの本を読んでいたのを思い出す。
一つ目は、横に長く縦に細い長方形。
二つ目は、柄のないナイフが四本。
三つ目は、猛禽類で四つ目は、横から見た手だ。五つ目は、縄のようなもので最後は猛禽類ではない……これは雛か?
そこからは、似たような絵がずらりと描いてある。頭がパンクしそうだ。読めない文字ほど、ストレスが溜まるものはない。
何にしても、ヒエログリフの解読なんて考古学専攻の大学生ではあるまいし、できようがない。スマホを使いたいが…、残念ながらクラスマッチでは禁止で施錠された教室の中にある。
最悪だ。
そもそも、なんでこの状況下でそんな解読不能に近いものに…。だが、どちらにしろ。桐生先輩と合流しなくてはならなくなった。西園寺のことだ。緊急事態に違いない。
いや、ワンチャンあるか?
『レヴィ?』
『言っておくけど、わたしにもわからないわよ。』
考えていたことがバレていたらしい。レヴィでもダメとなるともう無理だ。
すぐさま、桐生先輩にこのメモを知らせないとッッ駆け出し、まずは運営本部へと向かおう。
「あ、いたいた。」
その矢先、元気溌剌な少女が目の前に現れた。リーファだ。
昨日の何か、憂いていた顔はどこへやら。あれ、バレーはまだ始まったないの?
「何のよう?てか、バレーは?」
「うん、試合が速攻で終わったから時間が空いたの。凄いでしょ。」
「今、少し忙しいんだけど。」
「その…昨日のお礼してなかったから。……ありがとう。おかげで自分のすべきことが見つかった。」
「そうか……なら良かった。別に何もしていないのだが。」
「ううん。ある意味カムロンの言葉がトドメになったよ。」
「その日本語の使い方、違くね?」
「それでね。お礼に……」
「悪い、今本当にいそが…。」
「さっき、かき氷屋の屋台が来てたから奢らせてよ…って思っ「オッケーわかった。見返りは貰うぜベイビー。」あ、はい。」
運動後には、糖分に限る。筋肉を回復してくれるしな。決勝のこともあるし(多分、活躍するのは湊くらいだし)、大事だよね!!
それに、お礼を無碍に出来ないし。
なんか、しなくちゃいけないことあったけど…何だったっけ?
……。
……………。
ま、いっか。
「じゃ、じゃあ、みんな待ってるし。校門のところにいきましょう!」
リーファに連れられるがままに走っていく。
さて、何の味にするとしよう。王道の苺にすべきか、それとも限定味があるのなら挑戦してみてもいいかもしれない。ブルーハワイだって捨てがたい。
ん?
みんなが待っている?
唐突に、リーファが言った言葉が頭に残った。嫌な、予感。湊がいるのか…となると佐倉と深田もいそうだ。だとしたら、やっぱりやめておきたい。
「なぁ、みんなって具体的にはいつもの四人か?」
「ん?そうよ。あ、あと他の学校の子が一人いるから五人ね。」
「あぁ、なら俺「そういえば、巨峰のシロップがあるんだって」行きます。行かせていただきます。」
◇
リクは、僕の暗号に気づいてくれただろうか…。それにしても、自分が恥ずかしい。油断していた。まさか、こんなに身近にシャドウが潜んでいるだなんて。
だけど、なんとか意識化には自我がある。でも、体が金縛りにあったように思うように動かせない。
全て、奴の本に書かれた行動しか取れない。あのメモも僕が唯一動かせた時に記したものだ。無論、バレたら即捨てられる為に付け刃のヒエログリフで読めないようにしてある。だが、彼ならリクならわかってくれる筈だ。
なんたって、彼は僕が今までに見たことがないほど勘が鋭いシャーロック・ホームズのような人だ。
解読して、助けに来てくれる筈だ。幸い、アーマーは教室にある。それに、この学校には桐生がいる。
残念だったなシャドウめ、君たちが訪れたのは獲物のいる場所ではなく。狩人達がいる場所だったのだよ。
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