51話 混沌を呼ぶ夜に月は嗤う
生徒がすっかり帰宅した放課後。
何人かの生徒達が屯って帰るとこのを旧部室棟の屋上から眺めていた。
この時間帯は、ここは閑散としていて一人で考えるのにちょうど良い場所だった。闇が全てを飲み込んでくれる。
そして、自分を照らすのは薄く暗い雲で覆われた朧月。
「僕たちのせいで、椎名さんに迷惑が掛かっている……」
ぼそりと呟く。
自分たちは、クラスマッチのMVPに渡されるペンダントを手に入れて椎名さんに渡す輩から守るという決断に至った。これは、僕らファンクラブの古株5人がきめたことだった。
だが、それには強い壁がある。
湊海だ。
憎たらしくも、椎名さんの幼馴染にして顔が良くモテる。美少女を3人も侍る謂わば、男の敵だ。
だが、それだけ魅力なやつであることも事実だ。
運動神経は、抜群で一年生で野球部を引っ張っていて先輩達との付き合いも良くてこの学校ほぼ全員に好かれている。
彼が恐らく、このクラスマッチでMVPを取るだろう。野球部がクラスマッチの野球でMVPを取ることはほとんどない。だが、彼にはこれをなし得てしまうという絶対的な何かがある。
そして、その期待にいつだって応えていた。
そう考えて、俺たちは彼らが活躍できないようにするためにいろいろな工作を行った。
彼がピッチャーにならないことを知っていたので、生徒会の人間にお願いをして、MVPの選考基準で投手の優先度を高くした。そして、運動神経の良い新たな同志である西園寺未来に投手を任せることで彼をMVPを取らせようと考えたのだ。
彼は、実に扱いやすい人間だ。
簡単に人を信じやすい。いや、椎名さんのことになったら頭が空っぽになるのだろう。
他にも、練習場所の妨害を行った。
だが、その時である湊の連れである人間から椎名の邪魔をしている僕らというものを聞かされた。
邪魔?
僕らは、椎名さんのことを一眼見た時に堕ちた。そして、彼女のために尽くそうと思ったのだ。まして、邪魔になることなど…ありえない。
迷惑をかけている?
僕らは椎名さんのことを思って行動していたのに?
どうして…邪魔になるんだ?
考えても、考えても自分たちが邪魔者である理由が分からない。だが、あの人がキレていた。
つまり、怒って吐いた言葉だ。
いや、待て、そもそも理性を失って怒る人間の言葉に何をここまで深く考えていたのだろう。
理性のない言葉など、戯言だ。
恐らく、僕らの工作に苛立ったからそんなことを言ったのだろう。
うん、そうだ。
きっと、そうに違いない。
寧ろ、奴らこそが迷惑極まりないじゃないか。いくら、怒ったとしても椎名さんの名前を盾にするだなんて…確かに、結果僕は椎名さんという名前を出されて怖気付いてしまった。
許せない。
許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。
「ふふふ」
彼女を利用されたことでこんなに怒るなんて……僕は本当に椎名さんのことが好きなんだなと思わず笑みが溢れた。
そっと、学生証を取り出してコレクションを取り出す。更衣室で、着替えている姿だ。いつも、髪を伸ばしているからこういう体育などで髪を紐で止めている姿は特に美しい。
彼女は、バレーでクラスマッチに出ているらしい。
あぁ、愛おしい。
愛おしい愛おしい愛おしい愛おしい愛おしい愛おしい愛おしい愛おしいイトオシイイトオシイイトオシイ。
法悦にも似た笑みが溢れてしまった。
はしたない。ハシタナイ。
【いいねぇ。クックっヒッ、捻じ曲がり具合が俺好みだ。】
「へぇ?」
突然、背後から声が聞こえて慌てて後ろを振り向いた。
そこには、ハット帽子を被った青年があぐらをかいて座り込んでいた。
いつからそこに居たのかは分からない。だが、頭は緊急事態のサイレンがなっていた。
何故か分からない。
逃げろという命令が鳴り響く。
すぐさま、立ち上がりその場から離れようとした。
「なッッ!?」
左足に突然、ブレーキがかかった。確実に駆け出すよう脳に伝達したはずなのにだ。暗い足元を見ると何か淡く光る円環から鎖が現れて僕の左足をがっしりと掴んでいた。
何故、鎖がこんなところに。
何故、空中に円が浮かんで光っているのか!?
頭が混乱して、思考がまとまらない。
挙げ句の果てに、これは夢だと何度も頬を叩いた。
だが、痛みだけしか感じない。視界が歪むことはないし、眠くもならない。
現実であった。
「おいおい、君ぃ。目があった途端に逃げ出すだなんて失礼なんじゃないですか?まるで、私が幽霊みたいだ。安心なさい、私はちゃんと足がありますよ。」
ゆっくりと自分との距離を詰める誰か。
「誰だ。」
震える声で闇にハット帽を被る者に問う。
「怖がってる。足がおぼつかないくらい震えている。先程の気色悪いのはどこに行った?まぁ、いい。いや、すまない。君の問いに答えていなかったね。私は、ゲイリーというものだ。初めまして、闇の素質があるものよ。そして、歓迎しよう。君は選ばれた。」
わざとらしく両手を天に広げて、まるで、神父のように神のお告げでも僕に伝えるように穏やかに微笑む。先程の厭らしい笑みはどこかへと行ってしまった。
「な、なんなんだ。」
「安心して……」
そっと、優しく撫でるようにゲイリーと名乗る男は僕を包むように頭を撫でられた。即座にその手から逃れようとしたがどうも体が動かない。手のひらから、淡い光を感じとった。
何をしているのだろう。
だが、なんだか変に頭がふわふわする。
足取りが軽くなった気がした。左足を引っ張る鎖はどこかへ消えしまった。
足が勝手に動く。あれほど、いつでもそこにいたいと思っていた部室棟の屋上を降りていく。
衝動的に学校を出て行った。
目的地を知ぬまま、ひたすらに突き進む。雨の湿気と下がらない気温のために背中にぐっしょりと汗で不快だった。
でも、歩く。
人通りが少ない表通りから、外れた裏通りの古びた駄菓子屋のような場所に着いた。
ここだと言わんばかりに、誰もいないはずの店の扉が突然、開いた。
再び、先ほど聞こえた言葉がすらすらと頭に入ってくる。
「私はね。君をスカウトしに来たんだ。分かるかい?君は選ばれたのだ。選ばれしものだ。ふーむ、おや、おや、椎名さんって人がこの学校にいるのかい。」
はい。
とても、力強く凛々しく。
全生徒の鏡のような人。
闇に滑り込むようにして、僕は足取りを早めた。そこにいたのは、ハット帽を被った不気味な男。先程は暗くて帽子しか分からなかったがコートを着ていたようだ。
体はコートで大きく見えていただけで細身で長身。
「ほう。ほう。君は、彼女のことが好きなのかい?劣情は抱いているのかい?」
うんと頷く。
なんだか、夢の中にいるようだった。
「残念。これは夢の中ではないよ。現実だとも。そして、何度も言うが君は選ばれた。」
選ばれた?何に?
「君の願望を一つ……叶えてやろう。」
チチチ。
どこかから、黒いものが辺りを音を立てて蠢いていた。どこか不快を呼び起こすそれはひどく耳障りだった。
「願い?」
「君が一番、願っていることだ。金もいいだろう。知識を欲するのもよかろう。それ以外であれば、女を犯したいか?復讐したい人間はいるか?」
チチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチ
音が大きくなる。
いや、いくつもの小さな音が重なり合った。
そして、それは僕の願いと共に一斉に穴という穴から入り込んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます