50話 クラスマッチ前日 その2

勉強の手を止めて、窓を見上げると空がどんよりと曇っていた。

(降るかも……。)

やってしまったなと眉を寄せる。そういえば、今朝の天気予報で雨が降る可能性が高いと言っていた。すっかり、勉強に夢中で忘れてしまっていた。だが、空模様とは裏腹に私はとても機嫌が良かった。ここ最近、リクとの会話の数が格段に増えた。一緒にご飯も食べたし(そのあと、シャドウに邪魔されたけど)、料理を作った(変なのが3人くらいひっついてきたが)。

毎日、おはようと声をかけてくれる。

つまるところ、私はこれ以上ないほど浮かれている。なんなら、あともう少しでデ、デートまで秒読みである。

「降りそうだね。なのに随分と楽しそう〜」

突然やってきた声に眉間に皺を寄せる。

「居たの?」

ひょっこり、現れたのは真莉だった。写真部をまた抜け出したのだろう。

「居たのって、わたし君の親友。それで、それで?なーに考えたたのかな?」

一気に距離を詰めて、隣に滑り込んできた。暑苦しい。嫌がる素振りを見せつけてやるが、何が面白いのか彼女はケラケラと笑って楽しそうである。

「貴女には、関係ありません。」

ぷいっとそっぽを向く。自分でも幼稚で恥ずかしい気分だが、今私の最大限の抵抗はこれしかない。今ごろ、頬が真っ赤になっているに違いない。

「まぁ、いじりはここまでにして…。クラスマッチの話聞いた?ペンダントのジンクス。」

「らしいわね。でも、所詮は言い伝えでしょ?」

確かに、クラスメイトがこぞって噂する話だ。私でも、聞いたことがある。

クラスマッチで活躍した人に渡されるMVP賞としてペンダントを学校の楠で好きな人にプレゼントすると恋が実るとかなんとか…。

湊のぐるり達が何やら騒いでいたのをリク越しに横から聞こえていた。

恐らく、彼女らが本気を出して獲得しにいくのだろう。ご苦労なことだ。

そんなもので人の心が揺れ動くのであれば、色々と苦労はしない。

「いやー、それがね。結構、確率高いらしいよ。私が調べた限り100%。」

「そんなに?」

彼女は、絶対とか確実などというものはなかなか言わない性格だ。いつだって、確証を持たないものは曖昧に濁す。そんな彼女が100%ということは何かしら確証があるのだろうか…。

「おや、やっぱり気になった?」

ニンマリと真莉が笑みを浮かべる。憎たらしい。だが、聞くには越したことはないだろう。だが、だと言ってすぐに譲歩はしない。ギリギリを攻めなくては…。

「いいえ、全然気になりません。そんなものにうつつを抜かす訳にはいかないもの。それより私は、リクが野球やってる姿の方が見たいし…。」

「それなんだけどさ、神室ってさ地味に他の女子に人気なんだよね。」

「え?」

驚いて、私はマリの顔を見た。

すると、得意げに笑みを浮かべている。恐らく、私が反応したことを楽しんでいるのだ。

だが、先程の言葉は聞きずてならない。

まさか、いや、リクは……。

確かに、彼は知らないところで意外と誰かを助けることは多い。そして、本人は大体恥ずかしがって直ぐにどっかへいってしまう。敵を倒したら、さっさと帰ってしまうヒーローみたいに。それで何人か堕ちたのか…?

「何人か、気づき始めたって言った方がいいかな?考えても見れば、神室くんってポテンシャル高いのよね。勉強もできるし、顔も悪くはないって一部では最優物件なのではって盛り上がってるわよ。もしかしたら、その中の子がクラスマッチのMVPを取って、ペンダントを神室くんに渡すのかもね。」

考えてみれば、その通りだ。

リクが存在があり得ないくらいに薄いことを理由にリクのことをよく知っている私以外の他の子に狙われないだろうとたかを括っていた。

失念していた。

このような茶番に付き合うつもりはなかったのだが、だとしてもリクにペンダントを渡そうとする連中からなんとしてでも、阻止しなくてはいけない。

いや、別に私が渡したいわけではないけど変な虫だった場合かもしれないし私は幼馴染だからそこら辺ちゃんと把握しておかないといけないから。




そのような出来事があって、私はクラスマッチにてMVPを取るために全力を上げるつもりだ。なんだというようだが、私がリクにペンダントを渡したい訳ではない。

彼にたかるような奴らを排除するためだ。

過去の傾向を調べて、どのポジション何点くらいとった人が選ばれたのかと副生徒会長にもお願いして過去のデータを貸してもらったりもした。

だが、クラスマッチ当日になってとんでもない障壁が現れることになった。

「あなた、邪魔しないでもらえる?」

最後の練習試合が終わって、解散すると私は一人水道の蛇口のある場所で顔を洗っている佐倉桔梗へと吐き捨てるように侮蔑を含ませて見下す。

彼女は、私の声が聞こえているにも関わらずに顔を洗い続けるとようやくこちらに顔をあげる。

随分と幼稚で反抗的な目だ。

彼女が私のことをよく思っていないことはなんとなく気付いていた。恐らく、湊との事だろう。彼女から見れば、湊は正義の味方で優しくて、誰かの為に頑張れるという偶像があるのだろう。そんな正義の味方たる湊海を嫌っている椎名天は悪党である。

可哀想に湊の本質に気づかず上辺だけのものを好きになる雌犬。

「は?貴方が邪魔してるんでしょう?」

「…………」

「…………」

「えっと、あのぅ。その〜仲良くしません?」

むくっと間に深田さんが割り込んできた。佐倉は流石に彼女には強く出れないのか…それとも彼女とは争いたくはないのかそっぽを向くと教室へと帰っていく。

クラスマッチの前日は午前中に解散となっている。個人的には、リクの野球をしているところに行きたかったがバレーに来ていたあたりもうあっちはあっちで解散していたのだろう。

リクが野球やっているところ見たかった。

最も、マリに野球の方は録画をするよう脅迫をしているから何もかも終わってからゆっくりと鑑賞しよう。

そういえば、湊だけカットしてもらうの忘れていた。後で、編集を頼もう。

「あの〜、佐倉さんはその…」

深田さんは何やら、あたふたとしていた。彼女は、見かけ通りの優しさを持っている。

少しは、彼女の優しさに佐倉も感化されたらいいのにと思ってしまう。

いや、直ぐに戻っていくあたり優しさはあるのだろう。実際、彼女はあの時の連中のように別に湊の害になるようなことをしていないリクに言いがかりをつけるようなことはしていない。ちゃんと、私が湊に拒否行動に対してのあの態度だ。それに、彼に料理を教わっていた辺り彼に対しては辺なことはしないだろう。それは、深田さんにも同じことだ。

「大丈夫ですよ、つぼみさん。あれくらいで彼女と喧嘩するわけないじゃないですか。」

「そ、そうですか……その悪い人じゃないんです。でも、その、あの、湊くんの話なんですけど…。」

「深田さん、ごめんなさいね。あの男とは、二度と連むつもりはないわ。でも、あなた達二人には何もするつもりはないから。」

それだけ、言い残すと深田さんを残して、教室へと戻る。


二度とあの男湊海と仲良くするものですか。リクを苦しめた連中と未だに仲良くするようなクズと…。

そして、一度だけ虐めの一つが現れた時に真っ先にそいつらを庇ったような奴がリクとまた、仲良くしようとしているだなんて…。

強く、奥歯を噛み締めた。

そして、覚悟を決めて空を見上げて誰にも聞こえないくらいの声で呟く。

「絶対に、リクを幸せにしないと……。」

「相変わらず、神室くんのこと大好きですね。ソラさん。」

「ぴゃぇ!?」

背中をなぞる指に思わず背筋が伸びて、変な声が出た。急いで振り向くと、副会長がいた。

「な、なんなんですか!?」

「いや、あまりにも無防備だったからついね。あ、後さっきの呟きは私にしか聞こえていないから安心しな。」

そんな!?誰にも聞こえないくらいに抑えたのに!?

焦る内心をなんとか落ち着かせて要件を確認する。彼女が意味もなく私に話しかけることはあまりない。

彼女と私は同じ学校の生徒同士という関係だけでなく光の御子と特戦群という関係同士でもある。

「私に神室くんが心配だからって言って私を無理に西園寺と同じ部隊にいるようにお願いしたのは君だろ?大変だったんだよ。桐生家だからって何でもかんでもできるわけじゃないんだから。」

桐生家は長らく、光の御子と協力関係だった家だ。光の御子がいつから、存在していたのかは定かではないがとりあえず、アズラエルとアビゲイルとの争いは江戸時代からあったとか、なかったとか…。

そして、桐生家は国の中枢的な存在であった。そのため、彼らが光の御子を国の力でサポートし続けてくれた。

「その件については、ありがとう。貴女が一緒にいるのならば、安心できるわ。」

「ま、私は君を…君たちを戦場に送り出しているアビゲイルと同じ薄情ものだからね。これくらいのサービスはするよ。それより、気になることがあった。」

「何?」

「この学校で微弱ながら、シャドウの気配があった。何か、アビゲイルから聞いてはいないかな?それとも、逃したかい?」






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