49話 クラスマッチ前日 その1
「ふんッッ!!」
振り切ったバットから、放たれたのは美しい放物線であった。
「流石というか、なんというか…。」
俺はキャッチャーヘルメットを外しながらボールの行方を見送る。
横を見ると既に確信していた湊がボールには目を切って、一塁ベースへと向かっていた。
ホームランである。
現在、俺たちのクラスは皇と俺バッテリー対湊率いるクラスメイトの最後の打撃練習中だ。
明日からは、クラスマッチが控えている。
クラスメイト一人一人に皇が投げる。他のクラスのピッチャーが誰なのか、そもそもまともな人がいるのか知らないが野球部の人間の投げる球で練習ができるのであればそれが一番練習にいいと言い出したのは湊である。
ちなみに、彼が打席に立つまで全てのクラスメイトは皇によって三振とゴロのあたりである。
いや、一人だけフライがいたがどうもたまたま臭い。
初めに言っておくが、捕手というのは人生で初めてである。
だが、それは言い訳にはならない。
彼が打ったのは、初球のアウトローを逆方向である。
単純に彼が化け物なだけだ。
「ねぇ、シュート回転してた?」
マウンドから、皇の確認。彼自身、打たれるとは言っても、ホームランにはならないと思っていたのだろう。
だが、彼には現実を突きつけなければならない。
コースに投げてのこの結果であることを…。
「まぁ、してないことはないけど…コース完璧だったと思うんだけどなぁ。ストレートアウトローをホームラン……。なんか、俺プロでそんなことしてる人二人知ってる。」
「あの人だけ、やっぱ木製にしない?」
「俺に言われても困る」
だが、それくらいのハンデはつけた方がいい気がしてきた。
プロから目をつけられているとは聞いていたがここまで凄いとは思わなかった。
光の御子として、戦っていると身体能力爆上がりなのだろうか…。椎名もあれほど運動が苦手だったはずだが、少し前に西園寺を投げ飛ばすほどの力持ちになっていたし…。
何がしかの因果関係がありそうだ。
でも、だいたい力って普通隠さないの?
何、ありありと力見せつけてるんですかね。
「でも、これでお前がピッチャーとしてクラスマッチで抑えたら十分にMVP狙えるんじゃねぇか?」
「まぁ、あいつが味方ってだけで嬉しいんだけど。どうも……あいつがMVP取りそう。」
心配になる気持ちも分からなくもない。
というか、彼ならルールを破るくらいの活躍はしそうである。
皇と話している間にどうやら、湊が本塁に帰ってきていた。そのままくるりと回ると俺たちの元へとやってくる。
「良い投球だった!」
「はいはい。ホームラン打たれた後だと、煽りに聞こえるけどな……ナイスバッティング。」
「そうかい?完璧なアウトローだったと思うんだけど…。」
普通、ファールになるか前に飛ばないはずだけどな。
「まぁ、取り敢えず事故はあったけど、皇は問題なし。変化球は微妙に曲がるスライダーだけど普通の高校生相手なら構わんでしょ。」
「うん。野球部以外なら問題はないと思うよ。なんとしてでも、クラスマッチで優勝しなくちゃね!」
笑顔で快活に笑う。
何をそんなにクラスマッチでマジになるのやら…。
「それに…僕はリクに良い格好を見せたいしね。」
「ん?」
「なんでもないよ。」
ボソッと湊が何かをいう声がしたが湊は首を振った。
「なら良いけど……。そういえば、また、隣のクラスから何か来た?」
「あぁ、一ノ瀬くんだっけ?うん、来てないよ。ちゃんと、他の場所で練習してるみたいだ。でも、どうも変なんだよね。」
湊が顎に手を当てて、うぅんと唸った。その様子に疑問を抱く。
「何が?」
「なんというか、別人みたいだったって言うか何というか…。僕らに難癖をつけてきた人とはまるで違ったんだ。」
ほう。性格がまるで違う。
皇の説教が効いて、目が覚めたというのならばそれはそれで良いことだ。
椎名への迷惑行為が減っていく。
「なんか、不気味だな。」
「そうかな?間違えを認めて、良いことだとは思うけど…。」
「いや、そうか?人がいきなり人格が変わるってそれはそれで恐ろしいんだぜ?……ってネットにあった。」
「ソースは?」
「いつもの。」
「左様か……。」
いつもの…とは、例のオカルトサイトだろう。
となると、今までの経験上彼が話すそのサイトにはシャドウが絡んでいるのかもしれない。後で詳しく、聞こうか…。
「いつものって、もしかして、例のオカルトサイト?」
ん?
湊が神妙そうな顔で皇へと問いただした。
光の御子である彼も皇のオカルトサイトに興味を持っていたらしい。
確かに、あれほどシャドウに関わりのある記事ばかり出てくるのだ。気にならない訳がない。
実際、俺も定期的に記事を読むことが多い。
だが、さまざまな人が投稿しているためどうにも全てがシャドウと関わり合っているわけではなかった。
内容的には、ただの妄想を語るものもあればただの気象をオカルト化しているものも見受けられた。つまりは、有象無象が多いのだ。
だが、皇は運がいいのか悪いのか、どうも、それを掻い潜ってシャドウ案件のものを見つけ出していた。
だが、単純に皇の嘘の記事を見抜くのが得意なのかもしれない。
「なんだ、なんだ、湊。今になって、オカルトに興味が湧いたのか?だとしたら、歓迎だそうぅ。」
鼻の穴を膨らませて、明らかに喜ぶ皇くん。
少し、それを抑えられたら趣味の勧誘とかうまくいくのだろうけれど過度な情報は返って相手を引かせる。
「なくはないけど、それで、どんなだったんだい?」
「えぇっとなぁ。いや、前に見た記事だから。どんなだったっけ…。確か、ハット帽の男っていうタイトルだった気がするんだけど…」
覚えが浅いのか、両手を頭に当ててぼそぼそと呟くように記事の内容を話す。
「ハット帽……か。」
「どうした?なんかさっきから、めちゃくちゃ真剣な顔してるけど」
「いや、なんでもないよ。少し、考え方をしていたんだ。あーごめん。ちょっと、用事を思い出したから…僕は先に帰るね。」
そういうと、グラウンドからさっさと何処かへと行ってしまった。恐らく、光の御子の主人の場所か、リーファか佐倉、深田あたりへと向かったのだろう。
「あー、行っちゃった…。まぁ、あいつに関しては練習もクソもないしな。それに、練習もこれくらいでいいだろう?」
「そうだな。」
皇の提案を受け入れると彼は、クラスメイトたちの元へと解散を告げに行った。
「…………。」
俺はというと、湊が去っていった方を眺めていた。そこは、学校の校舎の方ではなく。校門への道だ。
『どうしたの?』
『いや、てっきりリーファ達の元へ行くのかなと思ってたんだけど、どうも学校の外に行くらしい。』
『あの時にいた、他の光の御子と連絡しているのかもよ。光の御子は、常に二人以上で行動するのだけど、時折そのメンバーが入れ替わることだってあるから。』
そんな事があるのか、やっぱり戦闘だから相方との相性とか考えて編成させられているのか。
だとしたら、湊とリーファ達は相性が悪いと判断されたということになる。
「あー。それでか…。」
合点が入った。
だから、リーファが落ち込んでいたのか…。
今日の彼女は尋常ではないほど、抜け殻のように落ち込んでいた。
確かに、落ち込むだろうな。二人で一緒に戦ってきて、且つ、恋心を抱く相手が実は戦闘の相性が悪くて編成を変えられて今では他の少女と組んでいる。
これ以上ないほど、屈辱だろう。
湊の奴は、リーファに対して埋め合わせとかはしているだろうか…。彼は、こういう場面ではあり得ないほど勘が鈍い。
故に、ただひたすらに女を堕としているマシーンだ。そして、堕としてからの補助は大体ない。
あの人達も大変だ。
「ん?なんの話?」
振り向くといつの間に皇がやってきていた。どうやら、解散したらしい。そして、どうやら今のを口にしてしまっていたらしい。
「こっちの話。んで、何用?」
「ちょっとさ、女子達のとこいかねぇーか?バレーの方。」
「なんでだよ。」
「………そりゃ、お前夏の体操服だぜ」
何故か、白い歯を見せつけて、親指を立てる皇の姿があった。
◇
「ふんッッ!」
バネのある跳躍と共に腕のしなりによって放たれたボールは豪速で体育館の床に叩きつけられた。同時に着地するのは椎名天。
長い髪を一つに束ね、鋭い眼光。
さながら、点を取るハンター。
うーん、この狩るような動きは光の御子によるものなのか、それとも彼女の本質がアレなのか。
「飛ぶたびにダブダブの体操服の上から、たわわな果実が震えている。なんなら、袖の隙間から見える脇とスポブラは最高である。ここで一句、体操着 えっちだね あぁ、えっちだねぇ。(本能の俳句)」
「なんで、こう、あいつらは化け物なのだろうか…………」
何故か横で筆をとる皇を無視して、コートを眺める。
……自由律俳句だな。
「だな……。もう、相手の子戦意喪失してるよ。怖がってるし…。さすが女王陛下。」
バレーボールをやっている体育館へとやってきた俺たちは目の前の光景を見て他のクラスの人間に同情した。
恐らく、練習試合を行っていたのだろう。スコアは、圧倒的だ。15ポイント制だと皇に聞いていたが14対6である。
いたたまれない。すごく、いたたまれない。
「やぁやぁ、神室くん。来てたのね。」
「おい、友禅。お前、バレーじゃねぇーのか?」
横から、カメラを携えた友禅が現れた。
「いんや〜。新聞部だからね。クラスマッチの写真を撮っておかないといけないんだ。一応、親御さんのためにカメラマンを学校雇ってるけどそれは試合当日。練習の風景は撮れないからね。」
「なるほど。忙しいんだな。」
「うんうん。ところで、椎名は見た?」
「あぁ、あの人どうしたの?」
「なんか、張り切っちゃっ出るみたいでね。なんでも、例のペンダント狙いみたいだよ…うふふ。」
友禅が話の途中で耐え切らないように吹いていた。恐らく、彼女が椎名に何か入れ知恵を働いたのだろう。
愉快犯にも程がある。おかげで、泣く生徒が多発しても知らんぞ。
「あれ、んじゃ、椎名さんペンダント渡したい相手でもいるの?」
話を聞いていた皇がそんなことをこぼす。
「いや、そんな俗物的なものでは彼女は動かないからちょっと工作をね。」
「どんな?」
「それは、秘密〜。それじゃ、野球組も頑張ってねぇ。」
それだけ言い残すと、彼女はさっさと違う場所へと向かっていった。
「………来てたの?」
「お、おう。」
友禅に代わるようにいつの間中に試合を終わらせていた。まさか、話しかけられるとは思っていなかったので変に身構える。
「その…どうだった?」
「どうって…カッコ良かったと思うぞ。」
だめだ。
それしか、言葉が出てこん。
語彙力よ、どこにいった。
「そっか。……ふふ。」
だが、それに満足していただけたのか椎名さんはルンルンとスキップ気味に休憩中の他のクラスメイト達の元へと向かう。
「な、なんなんだ。」
「ナンナンダロウネー。」
何故か、皇がジト目でこちらを見てくる。
「どうした?」
「なんでもねぇーよ。」
訳がわからない。
そっぽを向く皇に多少の不満を感じながら、あたりを見渡す。皇が言ったように何人かの男子が応援に来ていた。というか、目線が女性陣の顔より下に向けられていた。
あれ、それにしても椎名のファンクラブの奴らが見当たらないな。西園寺とかきてそうだけど…。
彼らは、椎名のいるところに欠かさず訪れそうだが…。皇の剣幕の効果だろうか。何にしても、距離感は大事だしね。
「それにしても、リーファちゃんは凄いなぁ。流石、ハーフと言ったところだろうなぁ。凄く、動いていると思います。今日も朝から少し元気がなさげでしたが、運動となると思う存分暴れていますね。解説の神室さんどう見ますか?」
バレーの次の練習試合が始まったらしいが、何故か、実況を開始した皇。そして、解説者となっている自分。
「何してんだ?」
「おっと、佐倉さんも…………深田さんも運動神経が他人より劣ってはいますが中々に頑張っておりますぅ。どう見ますか、神室さん。」
「もしかして、俺がノルまでずっとやるつもり?」
それよりも、何故佐倉が途中ですっぱ抜かれたかつっこみそうになったが、生死に関わるかもしれないのでやめておこう。
改めて、見るとうちのクラスの女子バレーは最強の布陣とも言える。
椎名、リーファ、佐倉という光の御子かつ、運動神経が良い化け物がいる。バレーは6人でやっているそうなので半分は化け物という相手さんには可哀想だ。ただ、ハンデがあるとしたら彼女達がバレーボール部ではないということくらい。
大体、リーファがボールを上げてクラスメイトの誰かがトス……そして、椎名か佐倉がスパイク。
だが、時折二人がぶつかって点が取れない場面があった。
お互いゴミを見るような目で見合っている。
そういえば、お料理教室の時に椎名の名前で表情を変えていたなと思い出した。
何があったかは、知らないが何がしかの因縁があるのだろう。
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