52話 リーファの決断

「ふー疲れたぁ。……?」

学校は明日のクラスマッチが故に午前で終了した。今はもう、家でゆったりと過ごしている。野球は昔やっていたといっても結構していない期間が長すぎたし、捕手とポジションはずっと腰を下ろしたりあげたりと屈伸運動が多く主に膝や股関節が悲鳴を上げている。

これを毎日している皇に対して、初めて凄いなと感心した。そんなわけでぐったりと手足を伸ばしている。明日のクラスマッチに支障をきたさないか、気が気でない。無論、クラスマッチはお祭りのようなもので勝つことが正義とかいうつもりはないのだが、皇が随分と狙っているのでそれを手伝うつもりだ。

そんなこんなでゴロゴロとしていると、シャワー室から水音が耳に入ってきた。

家には現在家族はいない。母は締切を控えているとかで未だに缶詰である。だのにシャワー室に人の気配がある。

誰かは明白。

レヴィである。

「下僕ー出たわよー。次入る?」

やがて、すぐに水音が止まったかと思うと、大きめのシャツを着ただけの姿で出てきた。

というか、自分のシャツである。

………はい?

一瞬、思考が停止した。

「あの……レヴィさん?その服…。」

「ん?あぁ、借りたわ。これくらいのだぼだぼの方が好きだから。」

「いや、そうじゃ……やっぱなんでもない。」

シャツはレヴィの腿上半分に届くか届かないかの丈しかない。

当然、彼女の美しい素足がむき出しになっている。しかも、白いシャツだからか仄かに上半身の肌の色が透けていた。今なら、視神経に全集中したら何か見てることができるかもしれない。

「なによ。……ふふ、もしかして…照れているの?下僕。」

ころころと見下したように笑う彼女は随分と楽しそうである。自分を現代ファンタジーの世界に誘った彼女のことをやばい奴とばかり思っている…が、それでも、容姿端麗で所謂美少女の部類にある存在であることは自分でもわかる。

そのような女性がシャツ一枚なのだ。

これで、まともにいられるのは湊くらいしかいないんじゃ無いか!?

さりとて、照れてましたというとなんだか負けたような気分になるし、男としてみっともない。

「な!照れてねぇーよ。むしろ、美少女に俺の服を着せるという背徳感に愉悦すら覚えるわ!?」

「な!?」

いかん、必死に足掻いたつもりだったけど、自分でも何言ってるか分からない状況に陥りつつある。しかも、レヴィがいつもの涼しい顔が仄かに赤くなる。

これはあれだセクハラで訴えられるやつだ。それ以前に女性に殺されるやつだ。まずい。

そもそも、彼女が来た俺のシャツはどうなってしまうのだろうか。そのまま、彼女のものになるのだろうか、それとも一回洗濯した後に俺が着ることになるのだろうか。

いや、着ることになるだろう。

なんたって、制服のシャツだもの。2着しかないもの彼女が来ているのは明日に着る用のシャツだったもの。

もう、どうあがいても翌朝俺はレヴィが脱いシャツを着ざる終えない。

良いのか、俺。

大丈夫なのか、理性。いや、自分はレヴィに感謝こそあれ異性としてはいや、見ていないことは無いが…。そもそも、あの人俺のこと使い勝手の良い下僕って扱いだしなー。あれ、そもそも何を俺は焦っているのんだ。今思えば、今更な気がする。

彼女が俺の家に居候をしてからだいぶ経っているし別に俺の服を着ても良いじゃ無いか。

うん、精神統一をしよう。

「どこ行くの?」

「…………………明日の願掛けに神社寄ってくる。」








心頭滅却、心頭滅却、心頭滅却。

心の中で呟きながら、家を後にした俺は近くにある桜山腕公園を過ぎた先にある神社へと向かう。

小屋くらいの簡素な神社で普通の狛犬とは違うへんな感じの石像が建てられている。

だが、そこへと向かう道中に見知った顔を見かけた。

ベンチに座っていて、落ち込んでいるようだった。学校では一時的だけ、元気がない様子だったのだが、翌日からは普通どうりだったはずだ。それでも、湊と一緒におらず他の子や佐倉や深田などといた。

あれはどうやらから元気であったらしい。よほど、湊とのコンビが外れてショックだったのだろう。

ずっと一緒にいるはずであった人物が自分よりひとつ上のステージへと先に進んでしまう。それは、なかなかに堪えること。

ふと、湊が自分よりもえげつない投球をしていた姿を思い出す。あの時、自分のプライドというものが崩れ落ち……嫉妬した。

そして、恥ずかしくも意地を張った。

結果として、あの日まであいつと会話することが減り変なやつに絡まれ…。

だが、俺にはどうでも良い話だ。

いちいち、構っている必要はない。時間の無駄である。

急に喉が乾き、自動販売機があるのを思い出す。

ぴっと気づけば何故か二つ分の飲み物を買っていた。

(あ、………何やってんだよ俺。)

自分の馬鹿さ加減に呆れる。

自分でどうでも良いといっておいて何をしているのだか…。

「はぁ。」

深く息を吐いて、落ち込むリーファの元へと向かう。

「よう。」

「あ、カムロン。」

「ほれ」

「えっ?」

買った缶をリーファへと投げる。咄嗟であったが、直ぐに彼女は落とさずキャッチした。流石は光の御子というべきかそもそもの身体能力でも取れているか…。

どっちでも良い。

「あ、ありが………」

渡した缶を見て、突然固まるリーファ。

「……た、炭酸のおしるこ?」

目を疑うような顔をしている。何をそんな顔をする美味しいだろ…炭酸のおしるこ。

突然、顔を上げて俺の持っている缶を覗き始める。そんなにいっぱい炭酸のおしるこ飲みたいのか?やらんぞと俺の炭酸のおしるこを開けて飲む。

「………お、美味しいの?」

「甘い。甘いのは良いぞ。多福感っていう幸せな気分にさせるんだ。そして、その幸せは他人への優しさにもつながる。どっかの大学でこんな実験があった甘いものを食べたグループと苦いものを食べたグループでその人の近くでわざと物を落とすと甘いものを食べた人間の方が多く拾ってくれた。それほど、人に余裕ってやつをもたらすんだわ。」

「………おしるこにわざわざ炭酸にする必要は?」

「ストレスを抱えていると血糖値が下がってしまう。それによって精神に支障をきたすんだ。その血糖値を上げるために甘いおしること炭酸の刺激によってアドレナリンを出すことが必要。つまりは、炭酸おしるこってのは疲れてる人間に最適な飲み物であるのだ。」

ドヤ顔で炭酸おしるこを飲み干ながら、爽快に答える。そして、乱雑に彼女の隣に座った。

「妙に正しそうなのがなんだか癪ね…。でも、ありがとう。」

プルタブを開けて、恐る恐る口にしていた。

「……………甘い。クソ甘い。」

苦虫を噛み潰したような顔をしている。おかしい、甘いという発言の割に随分と苦そうな顔をしている。観察していると数滴の涙が溢れていた。

どうやら、幸せの成分がカンストしたのか。

「泣くほど甘かったか?」

「え?」

驚いてようにすぐに頬に顔を当てて涙の存在に気づいた。よほど溜め込んでいたらしい。

これだから、無理に元気を振りかざすやつは怖いんだ。崩れそうなのに、さも崩れないふりをして最終的に取り返しのつかないところまで落っこちる。

「どうせ、湊のことだろ?」

「湊は関係ないわよ。悪いのは、私なんだから。」

「こういう時は、素直に全部ぶちまけた方が楽だと思うがな。何があったかは知らんが……」

全部なんとなくは察しているつもりだが、変に知ったような口をすれば流石に違和感を持たれるだろう。

適切な距離感を忘れないようにしなければならない。めんどくさいったら、ありゃしない。

でも、ちょっとくらいは良いかな?

「どうせ、自分は湊と同じ土俵に立てられないんだとか…思ってんだろ?」

「ッッ!?」

びくっと目の端でリーファが動く。

「な、なんで分かるのよ。」

「俺も似たような経験をした。」

「あっ……ごめんなさい…その。」

「なんでお前が謝る?」

「いや、違うの…その、私と同じ経験って聞いたから、自分と同じくらい心が痛いのかなって思って…。」

心が痛いね。

そう考えれば、同じような経験ってのは間違えだな。俺の場合は嫉妬とかいう穢れた感情だ。

これで同じというものなら彼女への侮蔑ではないか。

思わず、自分に目顰める。

「……んで、何があった?」

「…………」

リーファは口を開かない。

いや、言いたいことはあるのだろう。だとしても、何せ光の御子の彼と彼女の関係の話だ。

言えるはずもない…か。ましてや、俺のことを特戦群の人間だと思っている。敵対はしていないが、かと言って完全に味方ではない。

「あのさ。」

「ん?」

すると、彼女がようやく口を開いた。

「今まで、ずっと一緒にチームを組んでいた人がさ…新しい仲間が増えた途端に他のチームに向かわせられたら…どう思うの?」

いい具合に濁せている。しかし、しまったな。想像していたよりも随分と簡単じゃないか。てっきり、戦力外になったと思っていたから。

「んだよ、心配して損した。別にその人に信頼されてるだけじゃないか?」

これならば、炭酸おしるこ代を返して欲しい。さっさと家に帰るか…。

「ちょっ、待って!どういう意味?」

彼女が腰を上げて帰ろうとする俺の袖を引っ張って説明を求めていた。その様子にあからさまに深く息を吐く。

新たな仲間ってのは、佐倉と深田のことだろう。

湊のことだ。

彼は身内というか自分と仲良くする人間にはクソという甘い。それは、もう保育園の先生並みに甘く接するし、モンスターペアレント並みに過保護になる。

そんな彼が自分の身内である人を守るのを放棄することは絶対にない。

絶対だ。

そして、彼は自分以外のものを信じない。他人に任せるという無責任な行動が出来ないというめんどくさい性格をしている。

例えばだ、もし彼が掃除当番をしているとしてその時に先生に呼ばれたとする。その時、一人の生徒がその間掃除をしておくよと言われたら彼は初めこそわかったよと頷くが用が済んだ後全員が登下校するのを確認するともう一度一から掃除を始めるのだ。

つまり、彼は佐倉と深田をリーファに任せられるくらいに深く信頼しているということ。

「湊海は、絶対に他人に責任を負わせるようなことは絶対にしない。それをするのは恐らくリーファが自分の責任を背負わせるくらいに信頼してるんだと思うよ。」

「え?」

「君は、湊の行動原理っていうのは分かるか?」

「えっと、節介焼きで、弱い人は強い人が守らないといけないっていう感じ?」

「あぁ、大体合ってる。んで、これ付け加えとけ『自分は、選ばれた人間だからみんなを救わなければならない』っていう傲慢なやつさ。」

「………海はそんなに傲慢なやつじゃない!」

傲慢という言葉が気に食わなかったのか、リーファは俺の袖を先ほどよりも強く握る。

「ふん、勝手に言ってろ。だがな、俺からしたらそんな奴が新人をお世話をしない選択肢をするのが違和感でしかない。何がなんでも断るはずだ。それほど、あいつは君のこと信頼してる。……君にできることはその信頼に応えて、新人さんを導くことなんじゃないか?俺の知ったことではないがな。んじゃ、帰る。じゃーな。」

リーファの腕を振り払って、歩き出す。途中でゴミ箱に缶を投げ入れた。



さーてと、爆ぜろ湊。


俺になんか、主人公の親友ポジみたいな仕事させやがって…。






遠ざかっていく、カムロン。

『信頼に応える。』

『素直になる』

カムロンとソラちゃんの言葉が私の頭の中を走り回る。

わからない。確かに、カムロンの話が本当ならば私はミオりんとつぼみんのことを任せられたと言ってもいい。とても嬉しいことだ。

彼の信頼に応えたい気持ちもあるし、二人のことを守りたい気持ちはもちろんある。だって、親友でライバルだもの。

でも、それでも私は湊と一緒にいたい。戦いたい。

決断して、立ち上がる。

カムロンが完全に公園を出て行ったのを確認すると私はペンダントを取り出した。

「素直になって、湊の信頼に応える!!」

どっちもすれば良い。

わざわざ一つに絞る必要もない。なんなら、カムロンの言うこと実践したら確実に私は他の光の御子の子に湊を取られるし、ソラちゃんの言うことを実践したら私はもしかしたら湊に嫌われる。そんなのどっちもやだ!!!

もう、何も迷うことはない。ゲートを開いて、アビゲイル様のいる空間へと接続する。

こうなったら、直談判だ。

どっちのメンバーにもなれば、それで解決!!

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