44話 修練と監獄と

「どりぁっ!」

怒号の叫びと供に迫り来る灼熱の光線。

それを軽く振り払う様に杉山さんは撃ち返した。放った出力よりも増加していた。

「うそでしょ!?」

即座にシールドを展開してそれをいなす様にして勢いの向きを変えさせる。跳ね返された煉獄は壁に衝突すると花火の様に爆散していった。

「おーやるね〜。それで、彼女か…。」

その様子に感心感心と賞賛の言葉を捧げられる。嬉しい気持ちもあるが、それはこの試合が終わった後でいいだろう。

「勅使河原さん!」

背後で、筆走らせて準備していた勅使河原さんの名を叫ぶ。刀の振り終わりは、流石の杉山さんでも隙があるはずだ。

そこへ、彼女が描いた虎を使役させて僕の影から杉山さんへと突撃する。

「けど、残念。」

一瞬驚いたように眉が動いたが、刀を納めていた鞘に魔術を付与するとそれを一瞬で叩きのめした。周りに墨が舞い散った。

ここは、アビゲイル様の場にある訓練場。

事の発端は杉山さんが自分を敵と想定して、僕と勅使河原お互いの技量を見せ合おうという流れで始まった。

確かに、僕らはお互いのことがわからない状態で放送局にて手を取り合って戦ったがお互いの能力についてよくわかっていなかった。

「なんかあの人だけ別格だよね。流石、光の御子最強の名前を持っているだけはあるわ。」

「そうだね。結構頑張ってやってたつもりだけど……彼の足元が全然見えないよ。」

冷静に観察しながら服が少し汚れていた勅使河原さんは堪え切れないため息がこれでもかと吐き出す。

彼女が今までどんな訓練を積んでいたか知らないが死に物狂いでやっていたと思っている身としては嘲るような彼の圧倒的な力に嫉妬すら覚えるのも無理はない。なんなら、自分も嫉妬する一人だ。あれほどの力があればもっと、リーファや佐倉、深田…僕の大切な親友たちを守ることができるというのに…。

「ふっふっふー。生まれつきから違うんだよ。でも、今の作戦は良かった。並のシャドウなら、もう、砂となっていただろうネ。」

「嫌味ですか?」

「ま、まぁまぁ。」

少し青筋を浮かべて、ジト目を向ける勅使河原さん。身長も相まって、拗ねる小学生みを感じるがそれを言えば怒られるので心の中でしまっておこう。

確かに、わざわざ並のシャドウという発言は、相変わらず意地悪だなぁ。もっとも、彼は普通自分を基準としている。つまり、彼のいう並のシャドウというのは上級の様な強い連中だ。

「それにしても、椎名も零なら、杉山さんと張り合うレベルなのかな?」

「うーん。そうでもないよ。実際、僕との訓練では、一度も彼女は勝てたことがないからね。もっとも、本気は出さざるを得ないけど」

「…そう…ですか。」

彼女は、僕が光の御子になるずっと前から戦っていて光の御子として特に強いシャドウと戦う零の一員だ。だから、彼女も彼レベルと思っていたがどうやら彼が異常だったようだ。それでも、杉山さんが本気を出すレベルだとは思わなかったけど。

「それじゃあ、今日はここいらで終わりにしますか…。そろそろ、アビゲイル様の寂しい寂しいお茶会が始まるからね。」

そう言い残すと、両手を頭の後頭部で組んで歩き出していく。

「……今日も、勝てなかったわね。」

「うん。でも、連携は良くなってきていると思うよ。さっきのだって、杉山さんが褒めたの初めてじゃないか?」

「……言われてみれば…そうかも。」





「ふー。」

尿意を感じて、教えてもらった訓練場から出て左の部屋のトイレですませた。

何度も行っているがこの世界のトイレの清潔度は高くてとても助かる。新しいショッピングモールのトイレ並みにピカピカだ。

(しっかし、ここ牢獄なのに人いないのかな。)

ふと、杉山さんに言われた事を思い出す。初めて、この場所にリーファと共に杉山さんに連れられてアヒルの子のようにについて行った時のことだ。

『ここの訓練場は牢獄と合体しているんだ。だから、何を言われても勝手に人を解放したりとかしちゃいけないんだ。そこは、約束してくれるかい?』

『めっちゃ、あぶないところじゃない?それ!』

『そ、その割には、随分と楽しそうだね。』

訝しむように言う僕にリーファは、笑顔で返した。

『やっぱり、監獄って響きいいじゃない?それで、それで、スギヤマさん。ここには、どんな悪い奴がいるの?』

『うん、別に放しているわけじゃないからな。まぁ、変なことしなければ大丈夫だよ。ここにいる悪い奴はねぇ〜やべぇ〜やつさ。詳しくは、僕もわかってない。アビゲイル様しか知らない。…いや、龍の子なら知ってるかもしれんが、あの人全然帰ってこないしね。』

どうして、その時のことを今思い出したのかは分からない。

トイレを済ませるとなんだか一直線に修練場へと戻る気にならなかった。少し、遠回りしてみようか…。

思い立ったら、吉日とばかりにくるっと方向転換。修練場の奥へと進む。初めて気付いたが、殆どの扉が強く施錠されている。探検しようと思っていたが、どうもただの見学になりそうだ。

すると、一つの扉に目がいった。

何故、一つのドアに目が向いたのかというとこの施設に入ってその部屋のドアだけが強固な鉄製だったということとそのドアに少しの隙間があったからだ。

『変な事をしないでほしい』と言う言葉をまた思い出したが自制よりも好奇心が打ち勝ちドアノブに手を出した。

扉の先は闇が広がっていた。陽の光が一切感じられない。また、気色の悪い風が吹いていて更に嫌悪感を募らせる。

「誰だ?」

そこへ、低い声が響いた。僕は驚きで息が止まった。もしかしたら、自分はとんでもないことをしてしまったかもしれない。急いで、ドアを閉めようと思った。

「レイジか?」

「いえ、その違います。僕は、湊です。」

「誰だよ。」

「いや、あなたこそだれ?」

「おれか?俺は、オスカールという。……よし、ミナトくんだったか、何の用だ。時間的に夕飯ではあるまい。」

闇の奥から聞こえる声はどうやら人間らしい。こんなところに入れられているとしたら超極悪人なのだろうがどうも普通の人のように感じられる。ドアを閉めようと動いていた体は、何故か止まった。引き込まれる様に…前のめりになる。

「すいません。部屋を間違えたみたいで…」

「そうかい。おや、魔刃か…。いや、そういや光の御子って奴は、全員持っているのか…」

「え?」

突然、声の主が魔刃という単語を使ったのを耳にして目を開く。

「これのことですか…」

暗闇の奥に行くのを躊躇わずにガツガツと突き進んで牢屋の前に立ってようやく彼の姿をはっきりとした。

両腕を天井からぶら下がった鉄の鎖で吊るされた状態であぐらをかいて座っていた。

上半身は何も見に纏わず布切れで下半身を隠していただけだ。顔は紙袋で見ることはできない。でも、僕のこの剣を見るあたり少し隙間があるのかもしれない。

「あぁ、勿論。それで君のは“誰だ”?」

まるで魔刃を人かのように言う男に眉をひそめた。

「誰?どういう事ですか?」

「なんだ。あんた、しらねぇーのかい?」

男は目を丸くしているのか驚いたような口調だった。

「何をですか?」

「魔刃ってのはなぁ、人の魂の依代なんだよ。」

不気味な笑みを浮かべながら男は顎で僕の剣を指した。

「人の魂?」

改めて自分の剣を見定めるかのように眺める。

「あぁ、銘を見れば分かる。銘こそがその刃の正体ってやつだ。」

彼の言っていることの訳がわからない頭の中にはハテナが浮かぶのみ。

「まぁ、そのうち分かるよ。」

「この剣は、アビゲイル様からシャドウを狩るための道具としか僕らは知らない。それを魔刃と呼称する…。貴方は何者なんですか?」

もしかして、光の御子という存在について何か知っているのか?

「ありゃ?こりゃー、踏み込み過ぎたかね。気をつけな。疑うことは、人生において非常に重要なことだ。」

「は?」

「まぁ、捕まった時に殆どの記憶が飛んでいてね。私が知っているのは、自分の名前とその武器についてだけだ。」

顔を俯けてすまないなぁと告げる。

「いえ、こちらもなんか詰問してすみません。でも、銘ってどういうわけですか?」

「あぁ、魔刃というのは持ち主が言うには世界の英雄の魂が魔刃を依代にしていると言った。まぁ、英雄の力を使えるというわけなのだと思う。例えば逸話とかかな。詳しくは、しらないがね。」

「世界の英雄。」

気になった事を反芻する。

それはつまり、自分たちの世界の英雄の力ということではないのか。再び、剣を取って何度もまじまじと見る。

(炎属性……。情報が少な過ぎるか……)

深い溜息をこぼすと腰に差し直す。

「なんだ?分かったのか?」

「いや、全然。」

「おおーい。湊くーん。どこーー。」

部屋の外から、勅使河原さんの声がする。足早に剣を片手に部屋から出て行った。オスカールは僕が出て行ったのを最後まで確認すると意味深に笑みを浮かべた。

「そうか……。まぁ、そのうち。」

「僕そんなセンチメンタルな物持ってませんよ。」

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