クラスマッチ

43話 しばいた

「………ねぇ、皇くん…本当に彼が野球を選んだのかい?」

放送局での戦いから二日経ったこの日、僕はクラスマッチ実行員の一員として自分たちのクラスの名簿表を確認していた。目の前にいるのは、同じ野球部でこの高校でバッテリーを組んでいる皇くん。彼は、クラスマッチの野球のメンバーを集めてくれていた。

そして、彼が持ってきた名簿の中に神室陸の名前を見て飛び上がりそうになった。

「うん。本人はバレーとドッチボール、サッカーはしたくねぇって言ってたからな。消去法で選んでたぜ。正直、ドッチボールですぐに当たったフリしてサボるもんだと思ってたけど…。」

「そうか。…彼が野球をするなんてもう、3年ぶりじゃないか?」

「そうだなぁ。いきなり野球やめたのが中学の一年の終わりぐらいだからそのくらいだと思うよ。」

最近、彼は僕を避けなくなった気がする。

彼の閉ざしていた何かがなくなったのかもしれない。そして、その理由に西園寺が関わっているのだろう。ふと、違うクラスの名簿を見てみると野球の項目に西園寺の文字があった。

もしかしたら、彼が野球を選んだ理由の一因なのかもしれない。

無論、わざわざメンバーを集めさせる役割を皇くんにしたというのもあるのだろう。

「ともかく、うちのクラスは野球部の一年生レギュラーが二人もいて経験者が一人という最強のメンバーだな。」

「投げるのは出来ないけどね。」

今回のクラスマッチでは、フェアを保つために選んだ競技と同じ部活動に入っている生徒は同じポジションを選ぶことができないようになっている。つまり、ピッチャーである僕は投げられないのだ。

「俺が投げるよ。」

「ノーコンなのに?」

「何とかなるでしょ。…最悪、元投手の神室にでも投げさせればいいし。」

「投げてくれるかなぁ」

確かに、それならば勝てそうな気がしなくもない。

「それにしても、この学校は県大会がそろそろ控えてるってのにクラスマッチは強制参加って変わってるというか…なんというか…。」

「確かにね。あまり、疲労は溜めたくは無いな。」

「他の部活動に関しては、クラスマッチが終わって二日後に大会とか言ってたしな。かわいそうとしかいいようがないよな。」

確かに、部活の大会を優先するのが普通だ。校長先生が掲げてる目標に戮力協心というものがありそれが強く影響しているとは言っていたが…。

「メンバーを集めてくれてありがとう。早速、先生に提出するよ。」

「おう!………ところで聞くが…。」

そっと、あたりを見渡してから誰かがいないことを確認してこっそり耳元に近づいてきた。

「リーファさんと何があったの?」

「あぁ……そのこと…。」

確かに、気になるだろうなと苦笑いを浮かべるが自分にも理由が分からない。放送局での戦闘の後、無事に放送局の外で杉山さんとばったり会ってそのまま転移で僕らの家に送ってくれた。勅使河原さんには、悪いと思ったけど、リーファが一目散に駆けつけて手伝ってくれるまで肩を貸してくれた。そして、その後リクも自衛隊の車だろうか大型車から出てきて家に帰って行くのを見届けた。

でも、そこからというものリーファはどうにも気力が見えなかった。毎日僕のベットに潜り込んでいたのにここ二日はそのようなこともなかった。それは、学校でもそうでいつもの快活な様子とは違い元気がなく。彼だけでなく、他の生徒にも彼女について同様の質問を受けた。

「あれだけ、アプローチに積極的だった彼女があそこまで消極的になるのは気になるじゃん?」

「そうだね。何かしたつもりはないんだけど…。」

「お前がいうとどうにも信用できないな。」

傾げる僕に皇は、なんだろう…心底呆れたように目を細めてため息をつく。

ひどく傷つく。

僕がそんなにやらかすような人物にみれるだろうか…。

「な、なんでだよ。」

「なんでもない。んじゃ、俺はさっさと部活に行くから……それと、たまにはお願いを聞いてやるのも大切なんだぜ。」

それだけ言い残すと学生鞄と部活動用の鞄をからって教室を後にした。

「お願い…か……。ん!?」

ぼーっと皇くんの後ろ姿を見ていたら、通信が入った。急いで宝玉を出した。すると、杉山さんの声が聞こえた。

『やぁ、二日ぶりだね。今日から、修行が始まるけど何か体調面で問題はないかな?』

「はい、お陰様で大丈夫です。」

『おーけー。それじゃ、いつもの場所でね。』







「はぁ。」

柄にもないため息を吐く。

これで何度目だろう。

授業はすでに終わって、皆が部活動に励んでいるだろう時間に図書館の長い机に張り付くように座っていた。

「…あのね。私は何回、あなたの溜息を聞かせられないといけないの?というか、野球部のマネージャーは?」

読んでいた本をしまって、私の目の前にいる天ちゃんジト目でこちらを見てくる。

「休んだ。」

ウミが知らない女性の光の御子の子と帰ってきてから、自分でも信じられないくらいに胸が痛い感覚がずっと続いた。自分がここまで嫉妬深い人間だったとは、思わなかった。アビゲイル様は、色々な光の御子との関わりを持たせることでお互いに良い影響を与えるために正規の二人組ではないチームを作ったりしてシャドウを倒して経験を積ませている。だから、ウミが他の子と組んでも別によくあることで気にすることでもない。なぜなら、正規の相棒は私だという自信があった。

でも、新しくウミと組んだ子は私とウミでは力を合わせても力に及ばないと感じていた幹部のニクスを倒してしまったのだという。

「ねぇ、天ちゃん。」

「……何?」

天ちゃんは、組んでる相手と釣り合わないって思ったことはある?…その質問をしようとしたらどうしようもない恐怖感を覚えた。

「そういえば、神室くんって湊と貴方の幼馴染だったんでしょ。」

「そうね。幼稚園から今の高校までずっと同じ学校だし、常に一緒だったわ。……中学まではね。」

「……なんでか、聞いても良いの?」

恐る恐る、尋ねてみる。すると、彼女は少し躊躇ったが背筋を伸ばすと話を始めた。

「私は、その……情けない話だけど、真莉から聞くまでは知らなかったんだけど。陰湿ないじめを受けてたそうなのよ。私たちのせいで。」

いじめ。

うすうす、感じなくもなかった。湊は、あれだけ仲良くしたがって、手を差し出しているのに一切それに掴もうとしない。それは、どこか彼の手を掴むことを恐れているようだった。初めは、彼のことを嫌っているのだと思っていたが携帯の電話には出るし、この前の料理教室だって開いてくれた。

だから、彼と深く仲が良くなることに躊躇いを持つ理由がある。

それが、いじめなのだ。でも、自衛官に紛れて下級のシャドウを倒すような強い人がどうしていじめなんかで…。

「彼が湊よりも運動神経が劣っていて…私よりも学力が劣っていたからよ。」

首を傾げていたわたしに、教えるように天ちゃんは続けた。

「え?」

「私達の隣にいることが認められなかったのよ。自分で言うのもあれだけど…私と湊は人気者だったの。」

おぉ、言い切りましたね。でも、確かに彼女と彼がいたらそれはそれは目立つだろう。

「だから、そんな人気者と幼馴染で一緒に帰って一緒に遊ぶ神室陸というのは、まるで人気者に付き纏っている人と言うふうに周りから思われていたの。」

「リーファは、アメリカの出身なの?」

「うん。」

「そう。なら、貴方が思っているいじめと少し差異があるかも。貴方にとってのいじめって言葉の攻撃とか暴力を受けるってことでしょ?それに、グループが気の弱い特定の誰かを執拗にする。」

「う、うん。日本は、違うの?」

「そういうのも、ないとは言わないけど彼が受けたいじめは陰湿だったの。」

「靴底に画鋲が入れられたり、彼の教科書を焼却炉で燃やしり、そして、靴箱に脅迫の手紙を入れられていたり……ね。」

内容に息を呑んだ。そんな、誰か分からないようにするなんて……悪趣味すぎる。

「そんなこと…。学校は対応しなかったの?」

「……この事に先に気づいてくれたのは、真莉だけだった。すぐに、彼に聞いたらしいけれど『最近、いじめが発覚した学校で部活動が全部休止になって大会が悉く棄権になったらしい。馬鹿のやる事に目鯨立てて、今頑張ってるやつの目標を潰したくないから…気にするな。俺が、二人から離れれば解決だ』ってさ。呆れるわよね。そして、真莉にこのことは私たちには内緒にしてくれって……頭下げたのよ。私がそれを知ったのは三年の夏の終わりくらい。結局、彼は誰にもいわなかったけど…。それまで、彼に対して付き合いが悪いなって拗ねてた私たちは、馬鹿みたいよね」

最後の言葉は小さく、自虐的に呟いた。そして、夕日が照りつけるグラウンドをじっと眺めていた。

「その生徒どこにいるの?」

彼女の話で、熱くなった私は詰めるように立ち上がった。まだいるなら、正式に彼の元で謝らせないと!

「安心なさい。もう、。」

「え?」

「そのままの意味よ。」

彼女から、魔力が少し溢れているのを感じた。

「唐突だけど、…聞いて良い?貴方が光の御子になった日っていつなの?」

「本当に唐突ね。中学の2年生のときよ。いろいろあって…」

……まさか、使ったのだろうか。いや、使ったとしても使ってしかるべきだとおもうし、それならば、二度と彼にが関わってこないだろう。出来れば、自分も加わりたいくらいだ。その時、ふと思い浮かんだ。

「このことは、湊は?」

「知らないと思うわよ。なんなら、その主犯格と湊は友達だったしね。お陰で、クラスメイトがこの古宮高校に行かせないように工作するのに手間取ったわ。」

「お、おぉ。」

この人すごい。

「彼には、中学の三年間を高校生活で取り戻してほしいからね。そして、あのすぐに人のために自分を犠牲にする性格を治してやるの!そのためには、素直にさせないとね。」

「素直に……。」

「えぇ、素直に。……でも、彼を目立たせて有名人に仕立て上げようとしているのだけど毎度のこと失敗するのよね。成績の上位にいるのだけど何故かみんなの目が行かないし……話しかけているのに話題にならないし…この前、勇気を出して一緒に…羽虫がついてきたけど…学校へ行ったと言うのにみんな私たちしか見ないし…。」

確かに、彼はなんというか影が薄い。いや、存在自体が行方不明になることもある。何というか、物理的にはあり得ないんだけど消えている。そんな感じだ。

まるで、いや、彼はあの時学校にいたのだからあり得ないか。

「あの〜具体的にどうしばいたの?」

「え、それは、全員のクラスメイトの進学先を調べ上げて昔いじめをしていたことがあるというレッテルを貼らせたくらいよ。」

「wow」

エゲツナイ。



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