42話 ゲイリー

空間が反転する。

あたりを見渡すと、石の壁から元の放送局の灰色の壁となっていた。結界を維持できなくなったのだ。

「あれが君の光の御子としての奥義かな?」

ゆっくりと足音が近づいてくる。西園寺だ。

「うん。僕の切り札だ。……けほっ…」

途端に視界がぐしゃりと回る。

「お、おい!」

慌てて西園寺が僕の体を受け止めた。

「すまない。これを使うと魔力の大部分を消費するからね。」

「そこも含めて、切り札か…。」

何やら思考に耽っているのか、彼は明後日の方向を向く。

「ただ……彼女の防御の魔術で威力が落ちるはずだから本当に倒せるか不安だったんだけどね…。」

事実、彼の小型のミサイルのようなものでは一切傷付かなかったのだ。それよりも、威力はある僕の【白炎疾刃】でも彼女への致命傷までになるとは思わなかった。でも、彼女が防御の魔方陣を展開しようとした時…彼女の腕が何かによって弾かれたのを目撃した。恐らく、遠くから見ていたリクが何かしたのだろう。

相変わらず、彼は気がきく。

守るはずの僕が守られることになるなんてね。

「…………ぁ……ぐっ」

かぼそく消えそうな蝋燭のような灯が、まだ残っていた。風のない空間で全て焼け焦げた服が揺れている。這うようにして瓦礫の中からニクスが出てきた。

「……まだ、息の根があるようだな。」

「そうだね。」

黒焦げの腕を僕へと伸ばす。

彼女の両目からぼろぼろと涙が溢れ出て行く。それは、死への恐怖というより、子供が親に叱られるのを恐れるようなものだった。

「まだ……よ。……貴様を…あ…らえる…ざまに……連れてぇ…。」

腕で体を引きずって僕の元へ。西園寺が僕を立たせると止めを指しに行くようだ。まぁ、先に彼女と戦ったのは彼らだしな。それにもう、眠い。



風を切る音がした。



「……ッッ!?」

何かに気づいた西園寺がその場から、僕を抱えて後ろに後退する。ニクスがいた場所を彼の背中越しから見ると大きな太刀が彼女を貫いていた。

あぁ、あの刀は知っている。

「誰だ……お前は………。」

目を見開いて、西園寺は降り立った誰かに問いただしていた。

漆黒の外套を纏い、鳥の嘴のような仮面をした男。

ジョン・ドゥ……名前の無いもの。

ゆっくりと振り返り、僕らへと一瞥すると興味を失ったように彼女に突き立てた太刀を抜き取った。

「これには、時間が掛かるんだろ?」

彼は誰かに言うと胸元のペンダントから淡い光が漏れた。

「えぇ、時間稼ぎは任せたわ。下僕。」

「わざと下僕を強調する必要あるか?」

突然、現れたのは銀髪の少女だった。確か、初めて彼を見た時にいた彼女だろう。

「ちょっと、貴方たちいきなり現れて横取り!?」

「やぁ、光の御子ら。我々の目的はカケラだ。手段は選ばん。それとも、俺のウォームアップに手伝うか?」

「勅使河原さん……よそう。彼は別に敵ではないんだ。わざわざ、敵対行動をするのは避けよう。」

そっと、勅使河原さんを宥める。彼の強さは身をもって知っている。寧ろ、今すぐ撤退したほうが良いのだろう。

「僕らの目標はほとんど終わった。彼らがするのは死体漁りのようなものだ。行こう。ここから先はそれこそあの人に頼もう。」

「分かったわ。ちょっと、そこの変態寺!ここから出るまで、こいつに肩貸してやんなさい。そこからは、転移するから。」

「あ、あのー、僕は西園…」

「うっさい、さっさと行く!」

「は、はい!」

「そうだ。リク…ッとまた電波が悪くなったのか?…悪いがここでお別れだ。今回、共に戦えたのは光栄に思うよ。」

「ちょっ!…仕方ないわね。」

そういうと勅使河原さんは僕に肩を貸してくれた。一方逃げるように西園寺は僕らの方向から外れて彼がいたであろう方向へと進んでいった。

「すまない。助かる。…僕らも、早く帰ろう。」

「えぇ、まさか、貴方と組んで最初の戦闘が幹部相手とか運があるんだか、ないんだか…。」

「ははっ、個人的に悪運は強い方だと思うよ。」

「……みたいね。でも、そんな危険な男に女は弱いって知ってる?」

「そうなの?」







戦闘になるのかなと思ったが、三人はさっさと撤退していった。随分と仲良かったなぁ〜。

コミュ力ある人間はこれだから。

それはともかく、誰だあの人。また、知らないうちに誰かたらし込んだのか…。ちょくちょく見かける湊を見る目が確実に堕ちている人間の目だったところを見ると…。

また、増えたのか。

彼らが確実にいなくなったのを確認するとレヴィの方へと向かった。

「それで…。カケラはどう?」

「順調よ。もう、取り出せるわ。」

そういうとゆっくりと小さな魔方陣を一つ展開しながら立ち上がると仰向けになって倒れるニクスの胸元から大きな金剛石のようなものが出現した。過去最大級の大きさだ。やはり、幹部レベルとなるとここまでになるのか…。

「素晴らしい。これで……ようやく。」

胸元のペンダントから、今まで集めてきたカケラがニクスから取り出したものへと集まっていき……一つの石板が現れた。

文字が書かれているようだが、読めるようなものではない。楔形文字とか象形文字というか、今までの人生の中で見たこともないような文字だった。

「これは?」

「カケラというのは、アズラエルが与えたものというのは話したかしら?」

「あぁ、能力を明け渡しているって話なら。……だが、それが合わさったら石板になるのは初めて知った。」

「そうね。まずは、彼の力の源の話をしなくちゃいけないわ。まず、初めに彼はこの世界の住人ではないの。」

「は?」

彼女の言葉にそんな声が漏れる。なんだその言い方は、それではまるで世界というものが何個もあるような言い方だった。だが、昔にラノベで読んだ知識で得ていた言葉が咄嗟に頭に浮かんだ。

「エヴェレットの多世界解釈ってやつか?」

「あら、それなら話は早いわ。彼は世界の壁を干渉してこの世界へと訪れたの。」

さらに訳が分からなくなった。もう、どうにもでもなれ。

「んで、それがこの石板とどんな因果関係が?」

「他世界の干渉にこの石板が八つに分かれたもの…魔書というの。」

「おい、ちょっと待て、話が違くないか?確か、アズラエルは魔書を探しているんじゃないのか?」

「そうね。確かに、その通り。でも、彼はそれを使ってこの世界へと侵入した際に魔書は彼の身体と融合してしまい、取り出せなくなったの。恐らく、魔書を使ったことによるアドバンテージだと思うわ。それを彼は、再び魔書として使用するためにその一部を部下やシャドウを作るために分け与えたの。そして、与えられたものは襲った人々の命と共に体内の中で時間をかけて生成されていき、やられた時にそのカケラが見つかるの。」

「聞くだけじゃ、真珠みたいな?」

「そうね。そんな感じだとわかりやすいかもね。そして、彼は定期的にシャドウが狩られるたびにそのカケラを光の御子に知られずに回収していた…。」

「なるほど……でも、どうやら。そろそろ、向こうの敵さんも怒ったかもしれないな…。」

「敵?」

「さぁ、光の御子が帰ってきただけかもな。」

「誠に残念なことながら…私は光の御子ではないですねぇ。」

その時、俺たちの背後にあった扉が勢いよく開かれた。足の裏がこちらを向いているところから扉を蹴り上げたに違いない。随分と品の悪いやつだ。現れたのは、細身で背が高い黒のスーツを見に纏う青年だった。その頭にはスーツには似合わぬ黒に緑の刺繍がなされたバンダナが巻かれていた。

「良かったぁ〜、まだ、いたいた。いやーもー、早いって光の御子がニクスちゃんぶっ倒すのぉー。」

俺たちを捉えると両手を擦りながら大きくため息を吐く。

「……工場以来ね。ゲイリー。」

レヴィが石板をペンダントへと直しつつ、ゲイリーと呼ぶ男を睨みつけた。工場って、こたぁ例の爆発事件の関係者って事か。

「えぇ、えぇ、その節では…世話になったな小娘。今日は彼ピもご一緒タァ。悲しい悲しいかな。君と僕は似たもの同士だと思っていたのに…。」

「汚らわしい。」

彼のヘラヘラとしたやる気のなく揶揄うような笑いがレヴィを不快にさせたのだろう。

「……何の用だ?」

「へぇ、声出せたんだ。……なる程、これは確かにこれまでにはいなかったな。さて、リセマラでバグでも起きたか?」

何やら、熱心に彼は独り言が始まった。

「いや、今は別にどうでもいいな……。んまぁ、今日来たのは別に敵対するために来たんじゃないので…。ちょーっと、上司からですね。お使い頼まれたのでね。」

すると、彼はゆっくりとした動作でこちらへと歩いてきた。何か、嫌な予感がして太刀を持つ手に力を入れる。

すると、彼はすでに俺の目の前で左手を掴んでいた。

「!?」

な、なんで!?

「それにしても、よく出来てる。もしかしたら、光の御子の鎧並かもな。あぁ、どうも私、アズラエルサマの忠実な忠臣ことゲイリーです。」

突然、小さな紙を取り出して腰を曲げて紙だけを突きつけてきた。その紙をみるとアズラエルコーポレーション副社長ゲイリーといういかにも手書きの名刺だった。

「え、あぁ、ご丁寧にども。」

「ちょっ!?何してるの貴方!!」

「え、あぁ、すまん。つい、丁寧にされたもんだから…。」

「よかったらですね。我が、アズラエルコーポレーションに興味が有れば…こちらのダイヤルの方を入れてもらってくださいね。えぇ、えぇ、とてもやりがいがあるお仕事で…、アットホームなところですよ。」

口の端をにぱぁっと開けて、深い笑みを浮かべたゲイリーは丁寧な言葉でブラック企業が言いそうな内容をつらつらの述べた。そして、彼は佇まいを直すと馴れ馴れしく彼の肩に膝を乗せた。途端にあたりが凍りつくような雰囲気が広がった。

「……ですが、もしこちらのダイヤルに連絡をしていない状態で僕らにであったらその時は……貴様を殺すからどうぞお覚えください。レイジくん。……じゃあな。」

「………」

最後に、手を振ると彼は影に飲まれるように消えていった。

ふと、上を見上げると戦闘の痕で天井がぽっかりと空いていた。そこから、覗くように満月がこちらの様子を眺めていた。








これは、序章だった。

だが、いつものスタートではなかった。どうやら、バグが混ざり込んだらしい。お陰で死ぬべきはずだった人物は死なず。

来るべきはずの人間が現れなかった。

さて、前回とは全く…いや、これまでとは全く違う結末を迎えることになるだろう。

どうしたものか…誰につくべきか、少なくともこれまでのエンディングではないのなら、願ったり叶ったりだ。

たまには、しょうもないバッドエンドも面白かろう。

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