34話 ドギマギ料理教室開幕 その2

「んで…すり身に木綿豆腐、炒めた刻んだ人参と玉葱をぶち込んでこの分量のパン粉を入れて、塩、胡椒を少々…。それを粘り気が出てくるまで手で混ざるんだ……」

リクは少し楽しげにホワイトボードを活用して料理の説明をしている。

ふふ、楽しそう。

彼は興奮すると鼻の穴が0.5ミリだけ上下する。

彼の笑顔を見ると私もなんだが楽しくなる。

(………それにしても)

少し彼へと向ける視線をあの三人組に向けるとどうやら頭に入っていないのか…はてまて考え事をしているのか…ちゃんとリクの話を聞きなさいよ。

「よし。取り敢えず、ここまでで分からないところはあるか?」

「ないわ!それじゃあ、レッツゴー。」

「………そうか。……そうか?」

張り切るリーファさんを訝しむようにリクは傾げるも、まぁ良いかと台所は向かい既に用意された材料を持ってきた。

彼がホワイトボードに書いていた食材。恐らく、私たちの為に買っていたみたいだ。

お金…渡してないわよね?

「あ、あの神室さん。その食材のお金っていくらくらいですか?」

すると、椿ちゃんが彼に質問した。流石ね、我が同胞。

「ん?あー、気にしてなかったな……。でも、五……六人分で二千円も行ったないから別に気にしないでいいぞ?」

「二千円も行ってないんですか!?」

この世の終わりのような顔を彼女はした。

「いや、だいたいそんなもんだよ。魚と豆腐とかだし…。……ちなみに君は弁当のおかずには何を入れてるの?」

「え、Aランクのお肉の春巻き?とか…。」

部屋中が凍りついたかのように固まった。

そうだったわ。この子、すごくお金持ちでした。

え、Aランクのお肉を春巻き………お金の感覚が狂ってる。いや、彼女にとってすれば普通なのか。それよりも、私はAランクのお肉が近くのスーパーに売られているのを初めて知った。

存在していただなんて。

「……わぉ。」

リクはというと衝撃でアメリカンな反応しか取ることができなくなっていた。可愛い。

「ちょっ…、ちょっと……お肉屋さんでブランド肉買ってくる。」

「ちょっと!!ウミの好物はお魚ハンバーグでしょう!?」

「何勝手に作るもの変えようとしているのよ。」

目を泳がせて、財布を片手にリクが家を飛び出しそうになるのをリーファと佐倉さんが羽交い締めで止めた。

「ふざけんな!あのお嬢様にそんな安っぽい奴食わせられるか!!お前達の心意気は認めるが状況が状況だから察せ。くっ、金がねぇちょっと銀行に…。」

沼にハマったように動けなくなったリクは嫌々と抜け出そうと体を捻っていた。

まぁ、たしかにAランクのお肉のハンバーグを日常的に食べてる子にお魚ハンバーグ食べさせるのは少し…いや、大分キツイものはある。

それにしても、あの二人…勝手にリクに触れて…。

「ご、ごめんなさい。私、世間知らずで…。その大丈夫です!!そもそも、私は家庭料理ができる女性になりたいから三百円のハンバーグが作りたいんです!!」

椿ちゃんの言葉にリクは動きを止めて、がくり頷いた。

「わ、わかった。少し取り乱した。」

「いや、大分取り乱したたわよ。」

冷静な佐倉さんから指摘が入る。

「………さっき、説明したようにその人参を切り刻むよ。さぁ、ゴー。」

………それにしても、変ね。

彼の家に来たのは数年ぶりだけど…。なんだか、リクの匂いでもない良い匂いがするわ。

リクのお母さん、香水つけてるのかな?






盲点だった。

そういえば、父親が元防衛大臣とかいう大金持ちの家の子だもんな。そりゃ、高いものばっかり食ってるもんな。彼女に変な気を回させてしまった。

俺は全体を見れるところに立ちながらそれぞれまな板で人参を切る彼女らを一人一人見ていた。人それぞれ、向き不向きがあり、教え方がある。それを見極めるのも料理を教える立場の義務というやつだ。

リーファさんは……うん、まぁ、雑。あのままでは人参の塊がハンバーグから飛び出すことになる。

佐倉さんは、無駄に小さくしすぎだ。はじめての証拠。

深田さんは、何度か作ったことがあるのか手際がいい。

椎名は、……お前なんで料理教室に来たんだ?完璧じゃん。

妹さ「バンッッッッッ!?!!」ふぁ!?

そこには、断頭台よろしくのように包丁で人参を切る……というより斬り殺してる妹さんがいた。

あぁ、やっぱり安い魚がおきにめさないんだわ!!

だが、だからといって食材に当たるのは良くない!いや、まず彼女の機嫌を損ねた俺が悪いけど!

「あー、妹さん?」

「は、はい!」

「包丁はそんなに叩きつけなくても切れるよ。こうやってだな。」

彼女は家庭料理を作れる女性になりたいと言っていた。その心意気は絶対に嘘じゃないと思う。だから、せめて料理の技術だけでも手にして帰ってもらいたい。

そっと、彼女の背後に立って彼女の握る包丁を掴み丁寧な切り方を教える。

「んで、左手は猫の手みたいにして…。」

「ひゃっ、ふぁい!分かりました。」

何故か、顔を真っ赤にして頷く彼女だったが別に気にせず少し左手が猫の手じゃなくなってきていたのでそっと手を添えて直してあげる。

すると、目の前を包丁が通り過ぎた。

「え…。」

振り向くと包丁が壁に突き刺さっていた。

ガタガタと錆びついた人形の首を動かすぐらいにキリキリと音を立てて振り向くと満面の笑みをした椎名さん。

「ごめんなさい。手が……滑ったわ。」

色々、口に出したい言葉が多々あったがそれをいえば何かとんでもないことが起きかねないことを悟った俺は弱々しい声で「そっ、そうですかお気をつけてぇ〜」としか言えなかった。

我ながら、恥ずかしいったらありゃしない。

深田さんは戦々恐々としているが一人佐倉に至っては顎を摩っていた。

「おぉ、こっちも中々面白いわね。」

何が面白いだ。殺人事件一歩手前だぞ!?

「ところで、人参全て切ったけどこのあとは?」

リーファがキラキラとした瞳でゴロゴロの人参を見せる。この雰囲気でその態度取れるのマジで助かる。

救世主だ。後で、またクッキー作ってあげよ。

「っ、次は、混ぜる段階だ。切ったのをボールに入れてその豆腐とすり身を混ぜ込んでくれ」

「「はーい」」

よし、包丁を使う過程では万が一でも怪我とかしたらまずいから目を離さなかったけど食材を混ぜくるくらいは分かるだろうししっぱいしないだろう。今のうちに、洗濯物を直しておこう。

「んじゃ、粘り気ができたら教えてくれ。」

それだけ残すと、俺は洗濯機のある部屋へと向かった。

「……見られたないよなコレ。」

実は、彼女らは洗濯物は見られていないとは思うが少しでも横を向いていたら確実に視界に入ったはずだ。

そう、レヴィのちょっとアレな下着を…。

まぁ、見たところで俺の母へちょっと変なイメージを持たれるかもしれない。だが、彼女らと関わることは無いだろう。

それよりも、今一番気になるのはレヴィの方だ。あれから、俺の部屋の方から生活音のようなものは無く。

頑張って、じっとしてくれているのだろう。終わったら、アイス買ってやろう。

「いた。って、洗濯物そのままにしたたの?手伝おうか?」

背後から声がすると椎名が立っていた。

「あ、あぁ。いいよ。それより、料理の方は?」

「終わったわ。他の子達は結構苦戦してるみたいだけど…。」

「そ、そうか。」

色々と思考は巡ったが、今は緊急事態だと自分に言い聞かせて、そっと、彼女に見られないようにレヴィの下着を俺のポケットの深いところに入れる。

………触れた時思ったが妙に生ぬるい。まさかとは思うが、今履いてないのか?

変に顔が熱くなる。

「なんか、顔色悪いけど…何か手伝うことない?」

「だ、大丈夫だよ。それより苦戦してるなら、さっさと洗濯機のほうに持っていって教えてあげないと…。」

洗濯物をまとめあげて立ち上がる。すると、彼女は俺の持つものの半分を持ち上げた。

「ちょっ!」

「勝手にやってるだけだから。」

そういうと、先に洗濯機のある部屋へと進んでいく。良かった。背後に立たれるとポケットに変なのがあると勘違いさせられる。

「………そうかよ。」

「それにしても、リクの家は数年ぶりね。」

「あぁ、たしかにな。そんなになるのか…。」

「今度、また来ても良い?」

「別に来たところで何もないぞ?」

「それでも…。」

「そうか。」





「………」

「あらぁ。」

洗濯物をぶち込んだ後、リビングに戻ると惨劇とかしていた場に絶句した。

粘り気のある塊があちらこちらで無残な姿になっていた。

リーファの顔にもついている。

お前絶対なんかやったな?

「んで……なんでボールの混ぜ込むだけなのに床にべちゃー、壁にべちゃーってなるんだよ………。」

「「「も、申し訳ありませんでしたァァ」」」

すぐに、湊大好きクラブの皆さんがそれはなんとまぁ綺麗に平伏して座礼をつまりは、土下座をした。


ここで、土下座の作法を知りましょう。

①自分に非があったことを認めます。

②素早く二、三歩ほど後ろに後退りします。

③正座。

④大きな声で「申し訳ございませんでした。」という。

⑤言い終わる刹那に頭を下げ、地面から1センチの高さで固定。

⑥謝罪相手から赦しの御言葉を頂くまでキープ。

もし、謝罪相手の怒りが収まらないのならば、土下座キープで④から⑥をリトライ。

これで怒られても大丈夫。


「みんなも社会人になった時のことを考えてレッツトライ!」

「ちょっと、大丈夫?」

「いや、俺もいま、頭バグったわ。……何があったの?」

「その、早く混ぜたものが粘り気を持ったからこれなら簡単にハンバーグの形までいけるかなって……。思って…。」

どうしよう。予備の食材なんて買ってないぞ。困った。



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