27話 刹那 改訂版
「白いなぁ。」
白で閉ざされたこのアビゲイルの世界にくるたびに彼は、シゲルはかけた椅子の背に体重を傾けてギシギシと音を立てる。
白い部屋というのは、汚れが目立ってしまうが故に住むとそればかりに目が行ってイライラが溜まっていく。また、光を反射してしまうために目に負担がかかるというがこの部屋はどうもその白のデメリットを感じることはなかった。
むしろ、温もりに満ちた安心感がある。
それが、アビゲイルの纏う魔力によるものかそれともこの世界の影響下は分からない。
その心地よさに、シゲルは目を瞑る。
「あの、シゲル?………シゲルさーん?おーい、聞こえてますぅーー?」
瞑ると同時に、向かいで紅茶をキメていたアビゲイルが、ひたすらシゲルの目の前で手を何度も振って起こさせようとしていた。
どうやら、シゲルがアビゲイルの話の途中で寝落ちしたらしい。
微睡む中でシゲルは、そもそもなぜ自分がこの部屋に居たのかを断片断片の記憶で思い出してきた。
確か、重要な話を共有したいと言うものだった。
だが、シゲルは今非常に眠かったのか、寝たふりをしようと目を閉じて睡魔の招き手を握ろうとしていた。
「zzzzz」
「いや、寝たふりとかいいですから。」
「いてぇ!?」
だが、そんな彼へとボスッとみぞおちに拳が入る。衝撃で眠気は飛び、椅子にかけられたニット帽を取り出して深く被る。
「なにしやがんだよ…たく」
「聞こえてますよ?」
「おっとと。」
ついつい溢してしまった言葉は、人との会話に適さない大きさに調整していたシゲルだったがどうやら本人に届いてしまっていたらしい。
「……何が目的なんですか?」
「何がですか?」
意外とダメージを受けていたのか、涙目で拳を冷やしながらアビゲイルは首を傾げた。
「僕のチームは何故、老者原へ向かわせなかったんです?無論、あのシャドウは並のシャドウに比べて随分と強い。だけどね、湊くんを育てるので有れば、あなたは向かわせていたはずです。信頼の厚い僕もそばに居ますので…。」
数分前にはこの場に湊くんたちの姿があった。昨日に引き続き、シャドウの話だ。
しかも、場所の名前の特定つき。
内容を知るとまさかのネットサイトからという。
いやはや、オカルトというのは侮れない。
夢想が現実となったか、はてまて、シャドウから生き延びたものが記したのか…。
「それ、自分で言います?」
ジト目でアビゲイルはシゲルを見つめる。
だが、その瞳の奥にはまんざらでもないというのがありありと伝わってくる。
「違うんですか?」
わざと眉を上げみると彼女はぷくりとほおを膨らませた。
「ふん!………まぁ、貴方の言う通りです通常であればあなた方を討伐へと向かわせていたでしょう。ですが、私の予想だ正しければ必ずその場にあの銀髪の少女が出現するはず。……貴方が向かったボーリング場では彼女は姿を現しませんでしたよね?」
確認するように彼女は私に同意を求めてきた。その声のニュアンスから真面目な話だと理解する。
銀髪の少女。
シゲルが、初めて彼女を見たのはあの工場だったか、多くの光の御子が犠牲になった。幹部クラスの討伐。あの場で彼女がシャドウと戦闘をしていたのを思い出した。
(あの爆発とともに死んだと思っていたのだが…。)
「シャドウの魔晶つまりはカケラを集めているのであればニクスを討伐にきたはずだ。」
そもそも、カケラとはアズラエルが与えた力の源。
彼が分け与えた力が大きければ大きいほどカケラも大きくなる。
だが、世に蔓延るシャドウの多くの持つカケラは極小だ。
しかし、幹部クラスとなるとそれなりに大きなカケラが考えられる。カケラを集めるのが目的で有ればニクスがいたところで出現してもおかしくないはず。
「ですが、彼らは姿をあらわしませんでした。代わりに来たのは新兵器を持ってきた特戦群の方々。」
紅茶の入ったカップを傾けて、含みのある言い方をする。
「まさか、彼女が日本政府と繋がっていると?」
「えぇ、ですが、可能性としては有ります。無論、まだ幹部と戦うのは時期ではないと判断して現れなかったとも、アズラエルの幹部と戦う気がないとも思えます。今回はそのことをはっきりさせるために彼女らを向かわせたのです。零の一員でもある彼女らに…。そして、彼女らが現れたら………シゲル。貴方の出番です。威力偵察をお願いします。」
アビゲイルは相手の実態について、確実にしたいのだろう。白か黒か、これを判断するのはなかなかに難しい。一応、これまでの情報を言えば湊くんを結果的に救ったところが見受けられたが、わざと助けた可能性も捨てきれない。
もし、その判断で彼らを味方と判断し彼を信用しすぎると最悪のシナリオが待っているかもしれない。
「………御意に。」
仰々しく、手を前にやってみせる。そして、ゆっくりとアビゲイルの世界から去った。
◇
「いい加減ッくたばりなさい!」
雷球を掲げ、真莉はシャドウ目掛けて雷を解き放つ。シャドウは大きな顔を左右に揺らして勢いをつけて雷球から逃れた。
勢いそのまま、線路の方へ進行方向を改め、そのまま這うように2人の周りを走りまくる。
随分と逃げるのが上手いシャドウだ。
普通のシャドウならば、彼女たちは5回は倒せてるはずだ。
遅れて雷球が着弾したのか、凄まじい音があたりを飲み込み耳がキーンとする。
「うーん。全然当たんないんだけど?」
「そうね。相手の……くるわ。」
天の忠告と同時に、シャドウが大きな口から真っ黒な魔力の塊を生成し始めた。
真莉は本を開いて防護魔術の展開を開始、彼女の前に半透明な円状の盾が出現。
途端、シャドウは黒い塊を解き放った。
「うわっ!?」
完全に展開しきっていなかった真莉は慌てて円状の盾を斜めにずらしてシャドウの攻撃をいなす。
爆音とともに砂煙が当たりを包み込む。
「ひぇー。危ない危ない。」
ようやく、落ち着いて見回すといなされた攻撃で駅は半壊していた。線路が地面が抉れているせいで空間が捻ってしまったように湾曲してしまっている。
「これは、確かに私たち案件ね。」
ゆっくりと真莉の隣へ貼っていた氷の壁を消滅させ、天がシャドウがいるであろう舞う砂煙の中を注意深く見ていた。
「なかなかやるわね。道理で、私たちが呼ばれたわけね。あいつじゃ、実力不足だもの。てか、また自衛隊のみなさんにお手数おかけしてしまった。」
「いいんじゃない?私のお父さん、自衛隊のこと仕事せずにお金もらえる楽な仕事って言うし。」
「こーら。そんなこと言わないの。毎回私たちの戦闘のあとの後片付けしてくれているのは彼らよ。それに自衛隊が楽な仕事って言えるのは平和の象徴だから。」
軽口を済ませているとシャドウがゆっくりと砂埃を振り払って大きな頭を震わせる。
「さて、どうする?」
天が横目に真莉を見と彼女は、既に次の技の準備に取り掛かり、周りには三つの魔法陣が展開していた。
「最高火力で速攻!!」
「あほね。」
呆れたように天が言うと真莉はにししと不敵な笑みを浮かべた。でも、彼女らしいし単純でいい。
床に手を触れてそのまま撫でると触れた箇所から氷の柱が複数出現し、一直線にシャドウを襲う。同時に、シャドウも先ほどと同じような黒い塊を解き放った。
瞬間、疾風が駆け巡った。
「な………!?」
初めに異変に気づいたのは天だった。
氷の柱とシャドウの攻撃が衝突しそうになったその刹那真っ黒な影が間に現れたかと思うと歪な音が響いた。
お互いを狙って放たれた攻撃は突如として進路を変更して天へと突き上がって弾ける。
金属が爆散するようなほどの音が撒き散り、
2人とシャドウの間に黒い影が蠢く。
(あれが杉山茂から通達があった黒いコートの男か……)
「…………」
大きな身長に、ペストを思い起こさせる嘴のついたマスク。
間違いない。
彼だ。
一瞬、私の方を見るとすぐに視線をシャドウへと移して銀色の流体を剣へと変形させるとシャドウとの戦闘が始まった。
「どうする?」
「あら、忘れた?アビゲイル様から各自判断とするっていったじゃない。お手並み拝見といきましょう。」
男は剣を肩に担いでゆっくりと距離を詰める。
先に動いたのはシャドウからだった。
見かけに合わない俊足で彼の周りを動きまくり、そのまま彼の胸元へ大きな口で食らいつくように飛び込んでいった。
しかし、彼は一切その場から動かず、タイミングを合わせて刀の峰を顔面に叩きつけて弾き返す。流石に怯んだのか、シャドウはそのまま受け身が出来ずにそのまま地面に叩きつけられた。
容赦という言葉はなかった。
「エグい。というか、人型だろうが容赦ないね。」
「えぇ、杉山からは話は聞かされていたけど……。本気だしても……どうかしら…。」
「五分五分な気はする。」
「そうね。」
◇
今回、レヴィによって飛ばされた場所にいたシャドウは、随分と人の形に似ている奴だった。
陸は、初めて出会ったシャドウに近い雰囲気を感じた。
(顔がクソでかいが…。でも、顔面から叩きつけたからけりはついた。)
マスク越しに、背後で戦闘をやめこちらの観察に徹していた天たちへ視線を向ける。
彼女らのおかげで随分と弱っていたから動きが大いに鈍かった。
完全にあの人らの獲物を横取りした感じだけどレヴィの命令だし仕方ないことだった。
だが、恐らく警戒をしているのだろう。
「貴方は……味方?それとも、敵?」
すっと、魔法陣を展開しつつ質問を口にする天たち。
もう、放つと決めたら一瞬にして俺はあれの串刺しとなるだろう。
避けなければの話だが…。
「随分と派手な挨拶だな。」
想像以上に物騒だ。牽制も込め、陸はいつでも戦闘が開始できるよう体制を整える。
「それは失礼。でも、私たちから見れば獲物を横取りされたのよ?」
「獲物?君ら光の御子はシャドウを狩って食べてでもいるのか?」
「そんなわけないでしょ!!」
「だったら、別に誰が倒そうが変わらんだろう。結果はいっしょ、討伐に成功した。……違うかね?」
「むむむ。」
適当にいなして、シャドウの元へ。もう、闇は消えて普通の女子高生の姿となっていた。その隣には随分と大きなカケラが見受けられた。
「これは…また、随分と………。」
カケラを上に掲げて眺める。
あの化け物のにしては随分と美しく大きな結晶だ。レヴィが何故こんなものを集めているのか分からないが重要なものなのだろう。
突然、足元で放たれた雷球が爆散する。無論、しっかりと調整されて体にあたるとしても砂やら石程度。
「それじゃ、敵ではないというのなら。少し、お縄について貰おうかしら。」
「……いや、なんで?」
思わず、ずっこけそうになるのを耐えつつ2人を二度見する。
肌を掠めるような感覚を覚え、目に見えないものが彼女らに集中していっているのが分かる。湊とちがってその規模は倍以上はあるだろう。
思わず唾を飲む。
魔力が増幅しているということなのだろうか。
「どちらでもない。俺の目的は……これは、お前たちの同胞に伝えた筈だったがな…。」
「シャドウの魔晶……つまりはカケラを集めているのでしょう。」
「なんだ、わかりきったことを聞いていたのか?」
「………カケラを回収して何をするつもり?」
「さぁ?」
「さぁって、何も考えずに集めているの!?」
「上司の命令ってやつだ。」
「上司?あぁ、あの銀髪の少女のことね。ここにはいないの?」
「それを知って何になる。」
「私たちは、知りたいの。あなたが敵となりうる存在か、それとも味方となりうる存在かを…。」
天は、見極めるようにじっと見据えた。
(これ、黙って彼女らに捕まるしか穏便にすまないのでは?)
「……さっきも言ったはずだ。俺はシャドウのカケラが目的。俺の邪魔をしなければ、それでいい。」
「なるほど、なるほど。」
突然の男の声に陸はすぐにヒヒイロカネを構えた。
ーー全然、存在がなかったのになんで!?
「おおっと……ちょっと待って待って。僕だよ僕、杉山さんですよ。……てか、あの《氷の女王》さん?氷の柱は収めてもらっていいですか?」
ボーリング場で湊といた奴だ。半壊した駅からやってきたのは杉山シゲルだった。なお、現在は椎名の氷の柱で貫けかけているのだが…。
その様子に思わず、陸は動きを止める。
(味方……だよねあなたの…。)
「なんだ、《雷電》か……。ごめんなさいね。」
彼女は味方だと確認すると氷の柱は粉々になっていった。だが、見る限り私怨があるように感じられた。
なぜって?舌打ちしてたからだ。
「……ほんと君ってやつは…。まぁ、いい。それより、君だ。えーっとジョン・ドゥ…でよろし?」
「話は終わった」
「まぁまぁ、そう言わず言わず〜。ひとつだけ、確認したいことがあるんだ。」
そうやって、軽いフットワークで徐々に陸へと距離を詰めていく。その姿に、思わず眉を顰める。あぁ、こいつ。俺の嫌いなタイプだとため息を吐く。
馬鹿なふりして、近づき揚げ足をとるような…能ある鷹は爪を隠すを貫くスタイル。
一番侮れない。
「なんだ?」
何があってもいいようにあたりに気を配る。
「へぇー、なんだかんだ聞いてくれるあたり、優しいんだね〜。………聞きたいことはひとつだけだ。日本政府とはどう言った関係で?」
思わぬ言葉に、一瞬だけ気を配る隙が生まれた。
何で、政府との関わりの話になった?
いや、考えれば分かることだ。
西園寺のアーマーを見て湊は驚いた顔をしていた。つまり、彼がいうようにサポートどうのこうの言っていたが、実際は光の御子陣営は日本政府とは一枚岩ではないのだろう。
それであのアーマーと陸が関係していると睨んだのだ。
このことをレヴィは知っているのだろうか…。陸は、背後でこちらを観察しているであろう主にこの情報は有益なのだろうと頭にメモしておく。
しかし、話ではレヴィは陸に光の御子のサポートとして第三者を演じろと言われて彼はそれに則った行動を行ったつもりなのだが、寧ろ敵として捉えられてる。
(おっかしいな。湊を助けたので好感度上がったと思ってたけど。)
どう反応すべきか、いや、正直に言うべきだ。
「………生憎、俺は国の犬ではない。……主人の下僕だ。」
「あぁ、《災厄の娘》のことか?」
災厄の娘?……何の話だ。
「…………もう、いいだろう。さらばだ。」
「あらら、お帰りの際はお気をつけて…。」
バイバーイとシゲルは気の抜けるような声を出す。半分彼に呆れつつ、背を向けて転移しようとした。一応、早めに術を発動させておこう。
瞬間、空間が突然揺れた。
スーツのおかげで鋭い感覚になっていたためあるはずもない場所に突然何かが現れたのを察知する。
銀色の刃を手にした。
白い甲冑姿の光の御子。
「ね?」
《雷電》だ。
体に紫電を纏わせる光の御子は一閃に俺の首を狙っていた。
ほら、こう言う奴だ。
だが、転移でも間に合う。
彼の刀がちょうど首元に当たろうとした瞬間転移が完了した。
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