第24話 勇気を出す 改訂版
「はぁ、とことんついてないなぁ。」
生徒が向かっていく方向を逆流するように神室は歩く。さながら、川上りする鮭だ。
せっかく、目立つ西園寺に接触することに成功した彼だったが、妹さんの件について話したのは良いものの、本人はこれから予定があるとか何やらで直接には受け取れないらしい。
代わりに神室が弁当を受け取る羽目になった。無論、対価としてエアグルーグの割引券を渡されている。
西園寺椿にはその旨は伝えている。丁度、車でコンビニの近くまで向かっている最中だという。
流石お嬢様と言ったところだろうか、そこら辺は格が違う。
その時に同時に友禅から『今暇?』とのライネが来ていた。
『現在、コンビニ向かってるからムリ』と予め速く返す。
絶対にめんどくさいこと違いない。
彼女のせいで神室は西園寺と接触するハメになり、そのおかげでシャドウ討伐の自衛官たちと共に戦うことになったりと散々だ。
一定期間の間は合わないでおこう。そう心に決心しているとコンビニの前に着いていた。
辺りを見る限り、西園寺椿の姿はない。左手にある腕時計を確認すると授業開始までまだある。寧ろ、今日が早過ぎた。
「ん?………え?」
王室御用達の馬車が現れた。
否、無論本当に馬を引き連れているわけではないがその車を見た時そんな事を思った。
それは、静粛という言葉が随分と似合うものだった。そこから、舞い降りたのは名の通り花のような少女。直ぐに、神室を見つけるとその少女は駆け寄ってきた。
「すいません。お手数おかけして…。兄が神室さんをなんだかパシリみたいに…」
車のドアから現れたのはやはり西園寺椿だった。
随分と目立つ雰囲気を出していた。
清楚なフリルの白を基調とした服にハーフアップに組み込まれた黒い髪はお嬢様という言葉が似合う。たかだか、弁当届けるだけなのにおしゃれをする必要があるのだろうかと思ってしまう。しかし、西園寺の名を背負う者は常に美しく凛々しくである。
それにしても、これが篠柿の実力かと素直に神室は思った。
(あの時は暗くてよく見えなかったが、椎名と同じくらいのなかなかの美少女だよな…。)
「いいよ気にしなくて……それよりあれから怪我はどう?」
「えぇ、おかげさまで。流石に学校はお休みさせてもらっていますが。」
「そっか。」
「あ、あとこれ弁当です。」
「ん。お預かりした。」
妹さんから渡されたのは、よく運動会で出てくるような漆の弁当箱だった。
異様に重かった。一体何入っているのだか、取り敢えず諭吉さんは必要な予感がする。
「それじゃあ、お大事に…。んじゃ。」
適当に挨拶をして、その場から離れる。あまり、話していると変な噂が立っては彼女の迷惑だろう。
篠柿女学園の女子生徒に弁当を渡された。この字面だけ見たら、一部男子生徒より異端審問を受けかねない。
「あ、その、まってください。」
呼び止められて、振り向くと視線をあっちこっちに彷徨わせながら近づいてきた。
「いや、その、助けてもらったこと……の、お返し…が、まだですので…その日程が合えば…また会えませんか?」
「いや、助けに来たのは俺だけど……聞いてないのか?」
「えぇ、光の御子という人達の方にももちろん感謝していますがそれでも貴方に助けてもらったのは事実です。」
無下に断ったところで、変にこれからも彼女に心残りがあっても後々面倒だろう。神室は彼女の申し出に快く受け取った。
「わかった。そっちで日にち教えて。」
「はい。その、これが私の連絡先です。」
彼女の連絡先を交換する。
友達四人のライネに西園寺椿の名前が入った。
これで五人目だ。
「それでは、私は…。」
少し、嬉しそうに彼女は高そうな車へと乗ると手を振りながらコンビニを後にした。
「流石だわ。篠柿女学園の生徒。口実をつけて男の子と簡単に連絡先を交換してあの笑顔。ありゃ、ガチ恋勢増えるわ。さーてと、がっこーがっこー。」
コンビニの駐車場を出て、早く戻ろう。モブはモブらしく地味に地味になくてはならないと自分に言い聞かせ…。
「ん?」
曲がり角でなんだか、草をかき分けるような音がした。なんか、タヌキでもいるのかと辺りを見廻す。だが、そんなものは見受けられない。
何度もあたりを眺めるもそれ以降何にも音は出なかった。
空耳だったかな。
◇
「………バレてない…よね。」
「そうみたいね…。」
「だね。」
神室の様子を覗き見していた湊達はひょっこりとモグラたたきのモグラのように草むらから顔を出して神室が去ったのを確認した。
神室がこちらに来た際になんだか不味いと思ってそのまま草むらに飛び込んだのだ。
「まさか…本当に真莉の言った通りに…。」
彼の横で絶望した表情を浮かべて、椎名が膝からがっくりと手が地面に落ちていた。
相当ショックだったのだろう。
それは、無論湊もだった。
「まさか、リクが知らないうちに僕らよりも親しい友達が出来ていっているだなんて…。」
「あれ?椎名さんってもしかして…」
その様子を見て、リーファが何か尋ねようとして湊に伺う。それに湊も察したように頷いた。
「まぁ、親友だと思っていた人に弁当を作ってもらえるくらい仲のいい親友がいたらなんだか少しショックだもんね。まさか、相手からはただの友達だったなんて僕も結構辛いよ。」
今回ばかりは椎名を揶揄うまいと湊は決めた。
僕たちは神室にとっては彼女より下のランクの親友だったんだと言い聞かせる。
「いやいや、それで片付けられるものでは無いよ。てか、そうだよね。海だもんね。わかるはずもないよね。」
湊の反応にがっくりとリーファは首を落とし、湊を残念な人を見る目を向ける。その目に気づくこともない。
「椎名。僕らも認めよう。彼にとって僕らの友達ランクは知らぬ間に下がってしまったんだ。」
ぽんぽんと湊は椎名の肩を手で何度も叩く。
これで慰めになっただろうと言いたげである。
「覚えていろ西園寺の妹。僕らは再び友達ランク上位に返り咲いてみせる。」
どこか、ズレた事を言い出す湊を横目に呆れつつ、リーファはザッと椎名の肩に置く湊の手を振り払うとそっと椎名のあたまを撫でた。
「その、ソラちゃん?元気出して、まだ確定したわけじゃないよ。諦めなければきっと報われる。私応援してるわ。あのバカの戯言は聞き流して。」
「そうね。まだ、まだ大丈夫よね?」
「ええ、乙女はこの程度でへこたれちゃだめよ。それこそ、行動!即断即決!!」
「あれ?もしかして、今僕バカって言われた?」
◇
無事、西園寺に妹から預かっていた弁当を渡すという任務を終えた神室は再び教室へと戻ってきた。
いつも通りにカバンから一時限目の授業の準備を始める。
「ねぇ。」
すると、隣から椎名から声をかけられた。
珍しいこともあるものだ。高校生になってからは彼女から話しかけられることは中々なかったが昨日といい……なんか、変なことに巻き込まれないか不安になる。
「な、なに?」
思わず身構える。まさか、昨日皆川から助けた貸しを返せとでも言うのだろうか。
「その、お昼……暇?」
彼女から放たれたその言葉は神室を震撼させた。
まず、辺りを見回して彼女の言葉が他の生徒に伝わっていないか確認する。
いつもの喧騒。
(………誰も聞いていない。)
ファンクラブは椎名に話しかけられた人物を見つけると、すぐに裁判を開いて尋問してくる。
「食堂に皇と行こうかなって……思ってるんだけど。」
「そう。私も同席するわ。」
「え?」
「なに?嫌なの?」
締め付けるようなドスの効いた声。
これで彼は詰んだ。逃れようはない。
「そういうわけじゃないけど。」
「それじゃ、四時限目終わったら食堂の……昨日食べたところでまってて。来なかったら…。」
「行きます。行きますから。」
不穏なワードが飛び出しかねなかったので早めに頷く。どうやら、今日は機嫌がより一層悪いらしい。
「ねぇ、ねぇ、カムロン?」
「………俺のこと?」
「そうそう。マカロンみたいで可愛いでしょ?」
振り向くと何やら面白いおもちゃでも見つけたように目がキラキラなリーファが本来ならば湊の席に座っていた。
この人は何考えてるのか、わからない。
「可愛いって…。」
「今日さ、西園寺くんと何か話してたけど仲良いの?」
(………昨日の件で、探りを入れてきたのか?)
まぁ、向こうからしたら俺は光の御子の正体を知るはずもないという感じだからそりゃ単刀直入で聞くのは自然だ。
さて、どうしたものかと神室は、悩んだ。変に嘘つく必要もないもののあくまで神室とリーファの関係は知り合いの知り合いである。当たり障りのない回答が一番だ。
「まぁ、昨日に友禅経由でな。」
「そう!私ね、あの人とほぼ同時に転校してきたじゃない?だから、友達になれないかなーって思ってるんだけどよかったら紹介してくれない?」
どうやら、西園寺に接触したかったらしい。ならばと神室は合点がいった。それに話の流れ的には変じゃ無い。寧ろ、断る方が怪しまれてしまう。
陽キャはこうやって友達の数を増やしていくんだろうな。ライネに登録された人が新しく登録された西園寺兄妹を含めて五人の神室にとってとても高い場所にいる人間である。
それにしても、紹介か…。ライネで放課後に呼び出すのもあれだしな。
「わかった。昼休み…知り合いとご飯食べるけど…あいつも呼ぶか。」
「いや!」
「え?」
突然、目立つくらいの大きな声を出して体がビクッとなった。
「その、放課後にしてもらえるといいな〜。」
なんでまたそんなことを昼休みに食べながら話した方が変に時間取らなくていいと思ったんだが、それは彼女にとって都合が悪かったようだ。
(は!!今日は冴えた!)
突然、そういうことねと眉を上げる。その姿に、変な説明をしなくても済んだわとリーファは肩を落とした。
「流石ね。湊と違って察しが……」
「そっか、お昼はリーファさんは湊と食べるから…ごめんね察せなくて」
「…………」
「あれ?」
「あの二人は苦労するわね…私も言えたもんじゃないけど……。まぁ、できたら放課後によろしく。」
「はぁ。」
突然、なんか残念な目を向けられた神室は呆然とその場に立ち尽くした。やはり、女心を読むのは男子には無理な者だったらしい。
「おうおう、って何ぼーっとしてんだ?」
暇を持て余しているのか皇がやってきて机に腰掛けると俺の顔を何か付いているのかじっと見ていた。
「いや、女って分からんなと…。」
「左様か。あ、そうそう。今日さ、お昼野球部のミーティングかなんかで遅れるから一緒に食べれんわ。」
「マジかよ!」
「うおっどうした。ぼっちくらいでわーわー言うやつじゃないだろ?」
「いや、まぁ、………そんな日もあるか…。」
「?」
神室の様子に皇は違和感を抱き顔を傾ける。まぁ、いつもならぼっちくらいへっちゃらだが今回はぼっちではないというのが問題なんだが、それを説明するのは中々に面倒臭いものだ。
「そういや、歴史の課題やった?」
「やったけど?」
すると、皇は仰々しく俺へ最敬礼をし、そして、いつものような言葉が紡がれた。
「見せてくんなませ?」
「はいはい。」
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