第21話 嗜虐に満ちた魔 その3 改訂版
「すまないが、僕は彼女の相手で手一杯になる。彼女が出したあのシャドウの群れをたのむ!」
「「はい!」」
駆け出して行った杉山の背を横目に湊とリーファは辺りのシャドウへの警戒を強める。奴らは、来る前に戦っていたような一振りで消え去るような雑魚ではない。
それが二人を囲い込むように床の隙間からにょきっと這うように出てきた。その姿に思わずリーファの頬が引き攣っている。
二頭身の人型で目がなく大きな口のシャドウ。厭らしく口角を上げる仕草に寒気を覚える湊であったが、剣に魔力を与え焔を纏わせた。
「お前たち、その者たちを殺せぇ!!」
背後からニクスの声。
殺気を浴び、初めて体の産毛が逆立ちになった。
「これが、幹部レベル……。」
震える自分の声を自覚しつつ、目の前の有象無象のシャドウと対峙する。
「えぇ、思った以上におっかないわね。あの時戦ったシャドウとは比べ物にならない…。」
リーファを横目に見ると杖を持つ手が微かに震えていた。彼女を落ち着かせるように…いや、自分に落ち着かせるように湊は空いた左手で彼女の肩を叩く。
「やろう…。僕たちならやれる。」
「……ッ!…当たり前よね!」
迫り来るシャドウの群れに突撃していった。
◇
「仲良し二人組って感じかしら…?……うざったいわ!!」
ニクスが再び光の球を作り出す。狙いは杉山へというではなく、後ろの湊とリーファの二人組であった。
戦場においての鉄則だ。
弱いものから死んでいく…。
だが……。
「させねぇよ?」
刹那の間に杉山はニクスの前に現れた。
彼がアビゲイルより授けられた際に得られた力は、【空間転移】。
それを使ってニクスの間合いで抜刀の型に入っていた。
「はやい!?」
慌てたニクスは湊らに向けるはずだった光弾をゼロ距離で放つ。
光弾ごと、切り捨てようと抜刀するが当たる瞬間に弾け、無数の小さな光弾へとなり雨のように降り注いだ。
「!?」
それらのいくつかを刀で払い、空中で体をひねってかわす。
(流石だな、その臨機応変さと魔術の操作技術。間違いなく幹部だ……性根が腐ってる。)
再び、刀を鞘に納めて敵との距離を見定める。恐らく、先ほど見せたのはブラフだったのだろう。反応にしては、あまりに動くのが機敏すぎる。
「あら、私の必勝パターンだったのだけれど…流石は零レベルというところかしら…。」
随分と不機嫌そうにそう毒づくとあたりの風を操り始めた。余程、必勝パターンを回避したのが気に食わないようだ。これはまた随分とヒステリックな女性に出会ったなと杉山は自分の不運さに参った。
(全く、嫌われるよその性格は…本当に…。)
一度、呼吸をして改めて対峙する。
「お褒めいただき、ありがたき幸せ…ところでここは貴女おひとり?」
「えぇ、ここは私のプライベートスペースだったのよ。」
「なかなか、良いご趣味をお持ちだ。……ここに若い二人組ばかりを集めて何を?」
彼女の魔力の流動を鼻で嗅ぎ取る。どうやら、不可視の魔力の塊を操っているようだ。実に厄介極まりない。
「私は友情とやらが大っ嫌いなの…。特に二人の友情とか反吐が出るわ。……でもね、その二人の友情が壊れてゆく…その瞬間はとっても良い味がするのよ。甘い…甘ーい味がするの。それを感じたいの。」
危険な熱を頬に帯び、艶然と微笑む。なにか、思い出したのだろう舌で唇を舐めていた。
「おぉ、エロいエロい。でも、結構歳いってからなぁ。それはともかく………それは本当に…良いご趣味をお持ちだぁ。だが、別にその子たちの関係者の記憶を消すまでないでしょうよ。ここの結界があれば。」
「ふっふふ。わかっていないわね。甘味な味には熟成する時間が必要なのよ。じわりじわりと希望という餌を与えて肥させてからじっくりと精神を痛めつける。そして、二人組の片方を痛めつけることで追い込みをかけるの。お互いの友情が故にさらなる絶望を与える………なんて素晴らしい。その味を味わうために彼女らの存在を全員の記憶から消すのよ。外がうるさくなったら食事の邪魔でしかないもの。食べ物は美味しい物の方がより人生を豊かにしてくれるわ。……………だから、その瞬間を邪魔したお前たちは……今すぐ排除する!!」
「ほんっとにいいご趣味で!!」
怒りのこもった声と共に風で作り出した不可視の何かを杉山へと向けて投擲する。それに対して、真っ向から杉山は駆け出す。
その姿に思わず、ニクスは笑みをこぼす。
(バカめ、それでは避けられまい!!)
たが、杉山は空気の振動で見抜いて不可視の塊を跳躍し、これをかわした。
壁を駆けて刀に雷撃を纏わせる。
「【第八式・紫電】」
洗練された無駄のない挙動で刀を抜刀した途端、俺は座標をニクスの背後に確定させて、いつでも起動可能にしていた転移術を発動した。
「な!?」
驚愕の双眸が俺を見据える。
輝く閃光を纏う刀でその顔面を問答無用で切り裂く。
が、手応えがまるでなかった。まるで、煙を切るような感覚。
不可視の刃が掠っていたのか、今になって仮面の頬のあたりにヒビが入ったのを感じとった。
「逃げたか……卑怯者めが…」
う
あたりの結界の方も途切れたのを感じる。
恐らく、記憶の改竄の魔術も結界に入っているのだろう。少し、対魔術式をしていたにも関わらず記憶のノイズがあったが、それがなくなり鮮明に行方不明者の顔を完璧に想像することができた。
「まぁ、いい挨拶にはなったかな?」
だがまぁ、疲れた。
ふた、視線を湊らに向けると倒し終わったのかあたりの索敵を行なっていた。本当に、彼らは成長スピードが早いこと早いこと元からの身体能力が高いというのもあるがそれ以上に戦う意味を持っているという強さを持っている。
すぐに追い抜かれてしまいそうだなとこの成長を見届けるように口角を上げる。
◇
突然、ニクスが呼び出したシャドウが煙のように消えていってしまった。
杉山が倒したのだろうかと辺りの索敵を行なっていると背後から聞き馴染みの声がした。
「おーい。湊くーん。無事ー?」
「杉山さん!!」
随分と疲弊気味で杉山は変身を解いた。
どうやら、本当に倒したのだろうか。先ほどまで、恐れていた相手をこの短時間で倒したのかとより一層の彼との距離の差を知る。
無論、湊は杉山を倒すなどと言うことを考えてはいないがそれでも彼の強さに憧れていた。彼の力があれば、もっと自分は人々を救える。
そう確信しているのだ。
「倒したんですか!?」
「いんや、逃げられたよ。不利だと思ったんだろうね。賢い賢い。じゃあ、今日の任務は終了ー。帰って風呂入って寝よーね。」
「え!?で、でも、まだ捕まった一般人の救出は!?」
あまりにもトントン拍子でことが進みすぎて慌てる。つまるところ、拍子抜けだ。
「それは、彼らに任せよう。」
顎での後ろを指す。振り向くと武装したグループとまるで男性の光の御子のような鎧姿が1人。気づくと杉山は顔隠しの魔術をかけていた。
「あれは…自衛隊………。」
いつものように後片付けにきたのかという思いと、それにしても、早すぎるという疑念が浮かぶ。
これまでの光の御子として、活動してきた湊だったが、現場でばったり会うということは今までなかった。
「あれは何だ?光の御子……じゃないよね?」
「えぇ、魔力の流れも感じないし…。なんなの?」
「聞いた話では日本政府がシャドウを倒すために作った
こっそりと耳打ちをして杉山が西園寺が見に纏うアーマーの説明をした。
理由はシャドウとの戦闘を経験させるためだろう。
「でも、なぜ?僕らがいるのに…。」
そもそも、シャドウを倒すのが自分たち光の御子のするべきことだ。なのに何故、政府はわざわざそのようなものを作るのか…。
湊には、わけが分からなかった。そんな湊に杉山は穏やかな顔を浮かべた。
「それは、大人の事情というやつだ。」
「??」
意味ありげに顎を摩りながら、杉山はウインクを一つ。
「さぁ、後片付けを彼らに託して早く帰ろう。」
背中を押されて湊はボウリング場外へと向かっていった。扉の先には佐倉と深田が手を振って待ち構えている。その姿を見て、安堵する。
(よかった。)
杉山から大丈夫と言われていたが、こうして見るとほっとする。
「ん?」
その一瞬…自衛隊とすれ違いざまのその一瞬で湊は目を見開いた。
見覚えのある顔がそこにあった。
「え?」
突然、視界に入った情報に理解が及ばない。
何故?
何故、彼が自衛隊達と一緒にいるんだ?
「どうしたのウミ?」
「なんで……リクが?」
◇
「ヤッベ、思いっきり見られた。」
湊と目があってしまった神室はわざとらしくこのボウリング場の中を調べるようにして顔を背けた。
『そもそも、あの新人光の御子にバレていたのだから、どっちにしろ時間の問題よ。それに、正体を隠しているのは向こうも同じはず。いくら、政府と協力体制だといえお互いの身の上の情報は渡しあってはいないの。」
政府からしたら光の御子とかいう奴はシャドウとかいう化け物を倒す化け物みたいなものだ。警戒をしないはずがない。自らの力でコントロールできない限り、人はそれを恐れるものだ。
そして、警戒されている光の御子陣営は個人情報は隠すだろう。
実に難儀である。
「それもそうか。」
これで、思いっきり湊らとすれ違い顔を見られて焦っていた湊はただの政府の人間ということになるわけである。
(いや、良くねぇな。)
改めて、自分の状況を理解して、さらにややこしいことになっている。これから、光の御子である彼らは神室と少し距離を取られるなどのことがあるだろう。だが、それは神室にとっては願ったり叶ったりでもある。
「それにしても、貴方なかなかの精神を持っているわね。」
突然、今まで黙っていた自衛隊の1人が神室に話しかけてきた。意外にも声の主は女性だ。体長170センチある神室より背が高く。胸は装甲の出っ張りかと思ったが…まさか…。
そっと視線を地面に向ける。
「諦めただけですよ……。」
「ふふふ、いやー、初めは坊ちゃんが連れてきたおもちゃかと思ったけど、背後の敵に気付いたりなかなか、いい勘を持ってるじゃない?もーいい子いい子。」
馴れ馴れしく頭を撫でてくる。
だが、異様に安心感を覚える。これが母性か…。
「しっかし、救出なのに被害者がいないぞ。」
ヘルメットを外しながら、自衛官の1人があたりを見渡した。壮年の男で、頬の傷跡が歴戦の戦士のような風貌に見える。
「そうだね。恐らくどこかに囚われているとは思うけど…」
西園寺が頷く。アーマーの頭部が変形して顔だけを出した。
『レヴィ…』
『命令するな下僕。……地下に生命反応がある。』
『ありがとう。』
『ふん』
別段、命令をしたつもりはないがなんだかんだ教えてくれるあたりいい奴である。
「なんか、床が異様に響く気がするんだけど…。」
「そうか?」
取り敢えず、いきなり地下があるなんて不自然な事は出来ない。あの母性の塊お姉さんから勘がいいと評価を受けたので、これなら怪しまれずヒントを出せているだろうと判断した神室はそう告げると隊員がコンコンと床を叩いていた。
確かに、響きが普通の床ではない。
「まぁ、確かにへんちゃー変だな。」
「そうね、坊ちゃん。アーマーで床破壊して見て?」
「わかった。」
「へ?床破壊すんの?」
床を見ると床の木、結構腐ってるけど大丈夫かと不安になる。
言うと早く、アーマーの頭部が変形して完全武装になると右足を床に叩きつけた。そして、数秒の間時間が止まった。ミシミシッッと嫌な音がなる。
瞬間、床が全て抜けて浮遊感を覚えた。
「ほら言わんかっちゃなイィィィ。」
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