第20話 嗜虐に満ちた魔 その2 改訂版

廃れたボーリング場をゆっくりとあたりを見渡しながら進んでいく二人の影。

足下の木の床は水シミがひどく一歩一歩の度にキイっと音が鳴る。

営業が終了して数年はそのままだったから、あたりの経年劣化が激しいが電気が通れば普通にゲームが出来そうだ。所々のガーターの溝にはボウルが残っていてリーファが拾うとピンのないゴールに転がした。

ゆっくりとしたストロークから床を走り始めた。はじめは、完全に右にずれて曲がっていたが突然回転が止まると急に正面に吸い込まれるように進んでいく。

無論、正面に行ったとしてもピンはない。だが、もしあったならば破裂するような音がしただろう。


「うむ!」


満足げにふんすっと鼻息をならした。どうやら、ご満悦のようだ。それにしてもボウルの動きが完全にプロのそれである。


「うっま...」


海はそんなリーファに若干引き気味に顔を引きつる。

彼自身も自分に才能があることを自覚しているがそれでも出来ないこともある。だが、リーファには出来ないことがないのではないかと思ってしまうほど器用だ。


「それにしても埃がすごいな。」


顔の前を手で仰ぐ。


「目がしみてきそう」


リーファが動き回ったおかげで散りたまった埃が舞いあがった。

被害者の人たちを救出して、お風呂を浴びたい衝動。だが、まずその被害者の姿が見えない。茂の話ではこの場所にいると言ってはいた。

情報が間違っているのではと疑いが出るが、どうもそう言うわけではない。


「うーん。見当たらないけど、ほんとにここがあのシャドウの巣なの?ただのボウリング場にしか見えないのだけど...だれかいませんかー。」


リーファが軽いフットワークでボウルが返ってくる機械に飛び乗って、穴をのぞき込んでいた。


「さすがに、そこにはいないでしょ。」


呆れたような視線を彼女に向ける。


「あら、勘のいいのね貴方。」


二人しかない空間から突如として女性の声がこだました。すぐさま、臨戦態勢となって獲物を構える。


「どなた?」


振り向くと壊れかけのプラスチック製の椅子に深く座り込んだ女性が一人。


「あぁ、私はアズラエル様が配下…ニクス。初めまして可愛いらしい光の御子…。」


アズラエルの配下。

その言葉に体が反応して警戒を最大限にあげた。

アズラエルには、11人もの幹部のような強力なシャドウが存在する。シャドウは心に秘めた欲望の蓋こじ開けることで歯止めがきかず暴走し化け物である。

だが、その中で偶発的に暴走せず理性を保つものがいる。

ソレが彼ら、幹部といわれるシャドウだ。

その強さは、光の御子の零が出動せざる終えない相手だ。

そのことをよく知っている二人は、背中を刺すような冷気を感じた。


「本来なら、歓迎して出迎える予定だったのだけれどタイミングが悪かったわね。いま、私は物凄く……虫の居所が悪いの。」


優しそうな声色から突然、冷酷な声色に変わると右手のひらから光の弾を作り出すとそのまま射出したかと思うと次の瞬間には湊の腹を穿っていた。


「ぐぅぉあ!?」

「海!?」


装甲越しの衝撃が内臓に響く。

同時に体が浮く感覚を覚え、すぐに背中に衝撃が走る。リーファの悲鳴のような絶叫と共に壁に貼り付けになった海のそばへと駆けた。


「大丈夫!?」

「がはっ!?……ギリギリなんとかッ…。」


吐き気と眩暈を感じるもなんとか意識は保っていられた。

肋骨がいくつかヒビが入ったのか…、息をするたびに激痛で締め付けられる。リーファからの治癒の魔術を施してくれたがあくまで急拵え。痛みは残るし、骨にひびも入ったままだ。

だが、戦える。

しかし、今の海とリーファでは、彼女に勝てそうにない。


「せめて、杉山さんが来てくれたら…。」

「呼んだかい?」

「え!?」


いつの間に、杉山さんが湊達の隣で腰を下ろしていた。


「変な匂いがしてね…。急いで来た。」

「二人は!?」

「取り敢えず、事後処理に来た特戦が現れたから彼らと戦うことにさせた。流石に、嫌な予感がしたからね。それに、二人はちゃんと戦えるみたいだしね。」


茂の話に安堵する。

いくら、幹部が現れたという緊急事態であってもまだ戦いなれていないはずの二人に任せるなど心配でしかなかった。

だが、同時に違和感を覚える。特戦が事後処理に来るにはいくら何でも早すぎる。

いつも、光の御子が立ち去ってから現れ、シャドウとの戦いの痕跡を消して、元通りにするのが彼らの使命。無論、残ったシャドウの殲滅などをすることもなくはない。

だが、彼らの戦闘能力なら先ほどの小型シャドウ程度なら十分なんとかするはずだ。


「全く、君たちはある意味運が凄いよね。幹部と遭遇するなんてまだ新人なのに…」

「悪運ですけどね。」

「違いない。戦えるか?正直、僕はこの戦闘では君たちを守れない。動きが鈍いようなら外の二人と合流してもらう。」

「行けます。」

「私も!」

「「指示を」」


力を振り絞り立ち上がる。剣を構えて焔を纏わせる。


「行くぞ、アズラエル幹部ニクス。その首……貰い受ける。」


茂が肩に乗せていた鞘をから抜く。その際にバチリと全身に電撃を纏った。

瞬間、息を呑む。

彼の変身を見るのはこれで二度目だ。

纏う電撃の淡い蒼でその姿を照らす。

全身を覆うのは純白の甲冑。身体中至る所に体を流れる血液のように赤い光が張り巡らせていた。


「ははッ凄い。」


圧倒するその気迫は絶大だ。彼が少しでも動くたびに何かの圧を体全体に受ける。


「ほう、女神の矛か…。よかろう、相手をしてやる。」


ニクスは組んだ足を外すとゆっくりと立ち上がると突然、体を捻るようにしてその場から離れた。


「そのまま、動かないでいてくれたら刈れたのになぁ。」


くぐもった声で杉山はつぶやく。途端に彼女が座っていた椅子が真っ二つに分かれて壊れた。いつのまに切断したのか。

これが、杉山の光の御子としての能力だった。


座標設定による空間転移。


光の御子は、シャドウが発生した際にアビゲイルの空間転移によって跳ぶことが出来る。その空間転移を彼は自由自在に使用できるのだ。無論、制限は存在する。

半径5キロ圏内である。



「女性に先制攻撃だなんて、大胆なことするのね?」

「僕は真の平等主義者だ。誰であろうが平等に対応するよ。二人とも、後方支援だけを頼む。」

「私も本気になろうかしら?」


ニクスはそういうと両手を広げて魔力を増幅させると彼女周りから泥が広がってそこからシャドウの群れが出現した。





一方、その頃。

廃ボーリング場の外にて


「なんで、西園寺くん……えーっと……クラスメイトといっしょにいるの!?」

「ちょっと、桔梗ちゃんそれは失礼だってッ!?」


陸と未来の顔を見て、心底驚いた顔の痴女で変態みたいな格好の二人組―佐倉と深田。

声を小さくしているけれど、変に身体能力が上がった陸の鼓膜に届いてしまっている。

無論、西園寺たちには聞こえていないので彼女たちには問題はない。

茂は、陸達を見るとさっさとボウリング場へと向かっていった。

恐らく、そこに海たちもいるのだろうなと思考する。


(てか、転校生の西園寺の名前は覚えてて、俺の名前さえ覚えてないってどういうことだコラ?席ばり近いぞ。どんだけ、湊にぞっこんなんだよ。発情期かしばくぞ…。)


思わず、不満を爆発する陸。

その額には、青筋がふたつほど浮かんでいる。

あまりあの二人とは、絡んだことはないがそれでも学校の授業などでなんどか言葉を交わしたくらいはある。であるのに、あの二人は陸の名前を忘れている用だった。


『貴方の存在の薄さからクラスメイトと分かってくれるだけよかったじゃない?』

『はぁ?』


ここで、神室陸がこのボウリングにやってきた経緯を話そう。

突然、未来がいまシャドウの反応があったというと流れるように陸を車に乗せた。

途中、顔を真っ黒な布で隠された自衛隊員が数名乗っていた自衛隊の装甲車両に乗せられて現在に至る。

陸上自衛隊特殊作戦群……所謂特戦として知られている日本の特殊部隊。

現在は政府とアビゲイルと共にシャドウを殲滅しているグループよ…とレヴィが教えてくれた。


『訳がわからない?大丈夫、わかってない。本当に帰りたい。録画してはいるが、早くドラマ観たい。』

『貴方、本当に何者?政府の人間とコンタクトできるようになるだなんて…。まぁ、私の目的を遂行しやすくなって、とても嬉しい偶然なのだけど。』


変に関心して、レヴィの声が響く。

陸は、好きでこんな事態になってないのであるが、持っているという事実には頷かなければならない。

それに、ふとボウリング場に視線を向けるとシャドウがこちらに迫ってきていた。

人いるから変身もできない。


「なにあれ?」


取り敢えず、知らないというテイで陸は話を進める。ここで、変に知っているとやっかいなことになる。


「あれがシャドウさ。第一小隊!対シャドウ兵器の使用を許可する!!」

「「了」」


彼の背後できっちりと整列していた彼らは小銃を構えるとシャドウへと一気にぶっ放した。

自衛隊が街のど真ん中で銃撃って大丈夫なのだろうかと目の前の状況にそんなことを考える。


「ところで西園寺。俺は何すんの?武器ないよ。帰っていい?」

「あぁ、そうだった。これを君に…。」


そう言って、拳銃を渡された。これだけと言わんばかりに眉をひそめて未来を見つめる。そして、シャドウの群れに目を向けた。どう考えても、数十体はいるよう思える。

足らないだろう。

あの自衛隊員みたいな小銃が欲しい。

それ以前に、一般人に銃渡すこと自体おかしな話である。


「それは、彼らが放っているのと同じくシャドウに攻撃を喰らわせられる弾が入っている。それで一緒に戦ってほしい。」

「……帰っていい?」 

「よし!いくぞ!!」


陸の声も届かず、いつからか持っていたスーツケースを地面に無作法に投げ捨てると足を大きく開けてスーツケースを思いっきり叩きつけた。

すると、スーツケースが変形してアーチを描いていく、アーチの中に入って両手を広げるとアーチだった鉄の塊が西園寺の体に纏わり付いたかと思うと一瞬で銀色のアーマ姿となった。

(……何それカッケェ。ア●ア●マンみてぇあとで着させてもらえないかなぁ。)

「貴方も光の御子だったの!?」


まるで海のような姿となった未来に桔梗とつぼみは驚いた顔を見せる。


「違うよ、これは日本の最新テクノロジーで作った対シャドウ装着型兵器…。さぁ、行こう!陸!!」

「ねぇ、人の話聞いてる?帰っていい?」

『流石、技術大国日本国というわけね。光の御子のスーツに似ているけれど魔力を一切感じられない。本当に技術だけであそこまでのものを作るとは…。』


彼女のいう通り海の変身した姿に似てはいるが、光の御子から感じられたような魔術的なものを感じられない。


「助太刀ありがとうございます!貴方は?」

「自分は陸上自衛隊特殊作戦群のものです。今回、シャドウ討伐のために参戦いたいました。」

(だめだ。俺の話聞こえてない…てか、聞いてないよね?いじめかちくしょう。)


取り敢えず、何もしないのは嫌なので銃を構えて、シャドウに対して撃ってみる。思ったより、振動は少なく銃弾も思ったように飛ぶ。

へぇ、こんなもんなのかと首をかしげた。

身体能力が上がったというのもあるのだろうか…。


「あの、貴方はその彼らとはなんというか温度差が凄いのですが…。」


か細い可愛らしい声でつぼみがこちらを覗き込んでいた。

(これが小動物系ヒロイン…その上目遣いで何人の男が尊死したことか…。)


「ただの通行人だ。巻き込まれてここにいる。」

「え?…通行…そうでしたか…。」


彼女の背後で何かが蠢くのを視界の端で捉えて拳銃を彼女に向けるような形で彼女の顔の横を撃った。


「ひゃっ!?」


自分を撃ちに来たとおもったのか両手で耳を塞ぎながら伏せる。が、すぐに陸の意図がわかったのか後ろのシャドウが絶命する様子を見た。


「す、すみま…」

「話すのはいいけど、辺りには目を配れよ…。たく、西園寺ぃー。背後からもシャドウ来てるから気をつけろよー。」

「何!?本当だ!小隊!二手に分かれろ!」

「「了」」

「助かった陸!」

「はいはい。」


もう、帰れないと分かると割り切って彼の隣に立つ。


「ところで、作戦目標は?」

「先ずは、周りのシャドウの殲滅。その後、ボウリング場内へ向かった光の御子の助太刀だ!」

「了」


彼の指示で頷いた自衛隊員たちが言っていたように呟くと拳銃を構えた。


「もう、やけくそジャァァァァァ。」

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