第12話 開始 改訂版

暗く細い道を一人の学生服の少年がこっそりと覗いていた。

だが、彼が見つめる先には何もなくただゴミ箱が一つあるだけでそれ以外はこれと言ったものがない。

だが、彼にはその場所にこそ意味があった。

彼が追いかけていた二人、海とリーファがこの場所に入り込んだ後に姿が消えたのだ。

彼らが向かったのは、光の御子の主がいる光の御子達の城だと陸はレヴィに聞かされていた。

主人の名は、アビゲイル。

光の御子たちを統べる者で、光の御子になるための力を分け与えているものだ。

つまりは、海に力を与えてシャドウと戦わせている人物とも言える。


(そう考えると学生を戦場へと解き放つとんでもない奴だな。)


陸の中で背が高くて、性格キツめ、仕事のできる口の達者な女性の像を思い浮かべる。

近くで、どこから取り出したのか、テーブルとポット、カップを広げてティータイムを行なっていたレヴィに神室は問いかけた。


「どうすんの?」


これの問いにカップを口に運ぶ途中で止めて、目を細めつつ彼に視線を送る。


「何を?」

「いや、あの二人だよ。別段、関わりはそこまでなかったけど……見て見ぬ振りは出来ないよ。やっぱり。」

「難儀な性格…」


レヴィは細めた目をさらに深くして、憐れむような目で見つめる。

それこそ、可哀想なやつという蔑みにも見えなくもない。

確かに、彼女のいう通りなのかもしれない。

神室陸にとって、佐倉桔梗と深田つぼみはあくまで同じクラスメイトの知り合いでしかない。

そして、いくら前回倒したとは言ってもシャドウに殺されかけた身だ。

つまり、陸は今から殺されかけた相手からただの知り合いを助けようとしていた。

どこまでお人好しと言うべきか、果てまで中途半端に人を見捨てられない偽善者というべきか。

だが、陸にとっては知り合いの人でもその人が命に危機に晒されているのであれば自分のできる範囲で行動しようと考えの持ち主であった。


「でも、シャドウは屠るべき対象なのは確かね。」


レヴィは口につけたカップの端そりの部分を指でトントンと叩いていた。

呆れつつも、文脈から察するに探す手助けは貰えるようだ。

良かったと安堵したのか、陸はほっと息を吐いた。

まだ、陸は彼女に出会ったまだ一日目の途中だ。だが、それでも人々を救う光の御子と同じくらいのお人好しと評価していた。


「でも、その前に………彼らが出現するわ。隠れなさい。」

「……本当だ。」


彼女の言う通り、道のど真ん中に突然光源が現れた。

慌てて深く隠れる。

レヴィはいつのまにかティータイムセットを片付け消えていた。恐らく、例の懐中時計の中だろう。

海とリーファは神妙な面持ちで何かを話し合っている。見たところ二人の居場所を突き止めたという雰囲気はない。

寧ろ、深刻そうだ。


「二人を最後に見ていた人物……か。彼らの両親……駄目だ。確実に、家を出てから一時間は経っているはずだ。」

「彼女らと特に仲がいい子は他にいないの?」

「いつも、佐倉と深田は一緒に行動しているところしか知らないから…分からない。…くそッ…こんな身近なのに…。」


拳を固く、固く握りしめて指の爪が掌に食い込ませた。強く、痛いほどに自分にはこれくらいの罰があって然るべきだと言わんばかりに。

リーファは、そんな手の甲に筋が浮き上がるほど握りしめる海を落ち着かせるようにそっと彼の腕を握った。


「もしかしたら、学校の人で二人を最後に目撃した人がいるしれない。彼女らが通学中に襲われたとしたら学校の誰かが彼女達をギリギリ見ていたのかもしれないわ。今から、学校に帰ると厄介だけど。他の誰かに探すのをお願いしたらもしかしたら見つかるかも。」



そんな、二人の会話を陸は耳にする。

二人のことについて、何かは分かったらしいが、時間というものを考えているあたり時間制限が存在するようだ。

より、話の内容を知ろうとギリギリまで耳を近づける。


『なるほど。対象の記憶が無くなるまでに一定期間が必要なわけね。』


レヴィの声が頭に響く。

それが、二人を襲ったシャドウの能力なのだろう。

人を攫い、その対象の周りの人物の記憶を操作してその人物の記憶を消してしまう。

これが少女隠しの実体。

多少、何故二人組の少女だけが襲われているのかという疑念が浮かぶ。何某かの理由はあるのだろうが今はそれを考える必要はないだろう。


「でも、私たちの話を聞いてくれるかしら?」


リーファが顎に手を当てて、そんなことを呟いた。

電話した相手が二人の最後の目撃者だったら話は早いが、もし、忘れて居る人物だったら一々、対処が面倒且つ、変に時間がかかる。

また、そんな面倒くさいことを了承するような奇特な者は、そうはいないだろう。

リーファの問いに考え込む海だったが、何か思い立ったのかふと顔を上げた。


「今学校にいる………リクに聞いてみよう。彼なら、色々動いてくれるはずだ。」

(…………はいぃぃぃぃぃ!?)


自分の名前が話の内容から聞こえて、海を見るとスマホを取り出そうとしていた。

急いでその場からダッシュで距離を取る。

一応、学校に着いてからは消音モードにして居るがあそこで通話するのは流石に気付かれてしまう。レヴィには、存在が薄いやら気づかれにくいという話は聞かされてはいる。

しかし、気づかれない範囲というものがあるはずだ。もし、完全に存在が薄いというのなら毎日人に見捨てられた生活を送っているからである。だが、陸はそこまで不便な生活を送ってはいない。

つまりは、限度がある。

陸にはその範囲がわからない。

(てか、何で俺なの!!ぼっちだぞ!こっちは!?まぁ、都合がいいが…。)






(……そういえば、高校生になってリクに電話するの初めてじゃなかったっけ?)


今更になって電話番号を押す手が止まった。だが、今は緊急事態である。

固まった体を無理矢理押して、最後の数字を押す。


「…はぁ……はぁ……もしもし?」

「な、何で息切れしてるんだいリク?」


電話越しに聞こえる荒げた息に戸惑った。

今は休み時間のはずである。体育は彼の知る限りまだなはずだ。

……今は時間が惜しい。


「な、何でもないよ。それでなんかよう?」

「リクは佐倉と深田ってわかる?」

「あ!よかった。

(仕方ない。リクと彼女らの通学路で出会うはずがない。やはり、情報という点で友禅に聞いてくれるように頼もう。)

「そうか…じゃあ…………ん?」


改めて、リクの言葉を思い返した。

《お前は…知ってるんだな》

身体中の毛が総立ちした。


「リク!二人のこと覚えているのか!?」

「びっくりした!?なんだよ。」


なんで!?頭の中に多くの疑問が海の中に残るが覚えているのは奇跡だ。確かに、彼はどうしてかは知らないが色々な生徒の事情を知っているという話は皇から湊は聞かされていた。

それが、真莉経由であることは湊は知らない。

故に、彼はこの緊急事態にダメ元で陸へと連絡した。そして、その結果は彼にとって吉報だった。


「学校になかなか来ないから、どうしたのかって聞いたらみんなから誰それって言われるからよ。……もしかして、俺いじめられてる?てか、お前どこいんの?」

「最後に二人を見たのはどこ!!」


彼が知っているということは一時間前以内に彼女らの姿を見たことになる。話の途中で記憶をなくすということもありうる。湊は罪悪感を感じながらも話に割り込んで強引に聞き出した。


「え?どこも何も二人ともお前達を追いかけて行ったんだが…。」

「え?……わかった!ありがとう。」


すぐさま、電話を切ってリーファに告げる。何故、自分を追いかけていたのかという疑念は海の中に残る。しかし、それは後回しで大丈夫だろう。


「朝倒したシャドウまでの道のりだ!」

「は!?なんで!」

「分からない!でも、リクが見たと言ったんだ。」

「一応、アビゲイル様にも報告するね。」

「たのむ!」


再び駆け出す。

(あの距離なら追跡能力で二人の居場所を突き止めることができるかもしれない。)

微かな希望を抱きつつ、二人はもう一度シャドウと戦った場所へと向かった。





「とんでもない大根役者ね。」

「うっせい」


レヴィから聞いてもない演技の評価を聞かされて多少の苛立ちを覚えるが、実際嘘をつきなれて無いため言い返す言葉がない。


「……まだ、シャドウが殺してなかったら二人は助かるわ。追うわよ。今回のシャドウは能力持ちの上級で間違いないわ。欠片を光の御子たちから横取りする。スーツを着て…。」

「了解。」


宝石を構えた。これで2回目だから手順は完璧だった。


「……変身」


包まれる感覚と共に、与えられた知識で隠密スキルを発動させる。

ふと、視界に入ったオレンジ色のカーブミラーに隠密スキルがどうなって居るか確認する。

すると、鏡の中に入って居るはずなのに姿がなかった。胃が立ち上がるような高鳴りをグッと抑えて湊とリーファの後を追いかけた。

(現代ファンタジーっぽくなってきた!)






自分達が朝走っていたいた道を走る中、リーファが右手を出した。


「【光の導きよ、影の痕跡を追跡したまえ。】」


リーファの唇から唱えられた術によって光の光源が現れて当たりを漂い始めた。

彼女が行ったのはシャドウの追跡魔術である。

二人が襲われた場所をリクのお陰でほぼ特定することが出来て後はシャドウの痕跡を辿れば彼女らを救うことができる。

しかし、なんでまた二人が海とリーファにつけてきたか謎は残る。

(二人とも部活の大会が迫って居るからランニングしていたのかな?だとすると、すごい追い込みだ。)

大会で優勝したいという熱意を感じる。余計に彼女らをシャドウから助けてあげないと海は見当違いなことを思いながら、戦う意思を高めていた。


「海!見つけた。」


リーファの声で我に帰ると光源がリーファが指す場所に止まっていた。そこがシャドウがいた場所なのだろう。

しかし、妙だ。

追跡魔術はシャドウが半径数メートル以内に無いと止まらないはずだ。変な場所で止まるはずがない……。


「おかしい。」

「………」


途端、辺りが妙に静かになった気がした。

いや、いくらなんでも静かすぎる。

平日の住宅街は確かに静謐な場所ではあるがここまででは無い。

何より、鳥の羽ばたきも車の騒音も……草の擦り音もない。

まるで、嵐の静かさだった。


「GHAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」

「きゃあ!?」

「ぐぅ!?」


頭に直接響くような歪な爆音に思わず二人は耳を塞がとともに訪れた衝撃に壁に飛ばされた。咄嗟の判断で変身し、受け身を取る。


「ぐはっ!?」


壁に叩きつけられた勢いで激痛が走る。


「なん……なんだ」


おぼつかない意識の中で前を見ると真っ黒なアスファルトから飛び出したムカデのようなシャドウの姿があった。しかも、アスファルトを抉って飛び出して居るのではなく接地面が泥のように溶けて居る。地面に潜るというより溶けた泥の中にいるようだった。

悲鳴をあげる体を無理に起き上がらせて状況確認する。


「リーファ!?」


見回すと彼女もダメージを軽減する為に変身した姿だったが、少し遅れたらしく腹部から血が流れていて治療魔術を自分に欠けていた。


「へ、平気ッ。めちゃくちゃ痛いけど、なんとか動けそう。」

「無理はしないで。」


彼女の前に立ってシャドウに向かって取り出した剣を構える。


「おい……二人はどうした…。」


はらわたが煮えくりかえるほど苛立った声のままシャドウに詰問する。シャドウが首を傾げてこちらを覗く。


「フタ………フタリ……フタリグミ。……二、ニクラ……シ……シ。GHAAAAAA」


シャドウは歪な…汚らしい声で何かをぶつぶつと言っている。ふと、体を見ると長い胴体の間に人の顔を確認した。

一瞬でその正体がわかった。

桔梗とつぼみである。

急いで、魔術で二人の安否を確認する。


(……よかった。ひどく衰弱しているが生きている。)


流し目で、背後で治癒魔法を継続しているリーファを見る。どうも、直ぐには戦闘には参加できまい。


(出来るだけ、リーファからこのシャドウを離して戦わないと。)


決断すると魔力を剣に集中させてシャドウ向けて駆け出す。


「うぉぉぉぉらぁぁぁぁああ!!」

胴体には二人。

もしかしたら、他の被害者もいるかもしれない。自然と狙う場所は顔面と首元に定められた。


「久々のダブルヘッダー……だ!」

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