第13話 カチコミ 改訂版

鼻に燻るのは、焼き焦げた匂い。

少年少女の目の前に立ちはだかるのは、巨大なムカデ型のシャドウ。

火花散る剣を構える海は一点にそのシャドウの腹部をみた。その瞳に映るのは、がくりと目を瞑ってうなだれている桔梗とつぼみの姿だ。

おそらく気絶しているのだろう胸部を見ると微かだが、上下しており呼吸しているのがわかった。

だが、このまま戦っていたら必ず彼女らは無事では済まない。


「なんとかして、二人をあそこから助けださなきゃ。」

「ごめん。時間かせぎしてくれて」


後ろから、いつもの元気な姿とはほど遠いリーファの姿があった。彼女の衣装は血やらで汚れて、所々破れてしまっており、白い肌が露わになった箇所もあった。

慌てて視線をシャドウの方に向ける。


「だ、大丈夫?」

「大丈夫…とは言いづらい。でも、無理ではないかんじ。」


あまり無理はさせられないな海は剣を構えつつ、状況を確認する。

ふと、魔力の流れを感じた。人払いの結界である。これ以上、一般市民をシャドウとの戦いに巻き込ませないよう光の御子の主人であるアビゲイルは常に光の御子がシャドウと戦闘に入ると結界を張るようにしていた。

そして、その結界が張られるときは大体思う存分戦いなさいという合図でもあり、この結界はシャドウを倒すまで張られ続ける。


「アビゲイル様は?」

「増援を送ってくれるそうよ。おそらく、あの子たちが来ると思うよ。一番近いし。」


リーファがあの子と発した途端、海は眉を顰めた。


(...が来るのか。少し、気が滅入る。強いということは認めてはいるがあいつに負けているというのがとてつもなく気に入らない。できるなら、来る前に片付けておきたいな…後で嫌みを言われる。)


思いっきりコンクリートを踏みしめて跳躍し、体の魔力を足に集中させてシャドウの長い胴体のかけあがっていく。

茂の追っているシャドウと同じであるのならば、他にも被害者がおり、シャドウの体内にまだいるのかもしれない。

うかつに攻撃は出来ない。

まずは、二人を救ってあげなくては話にならない。故に、最優先に二人の元へと向かった。


「うぉ!?」


作戦に気づいたのか、それとも単純に体を走る海を煩わしく思ったのか、シャドウが大きく唸って体をねじり、振り落とそうとする。

バランスを崩した湊は、落下しそうになった。


「だ、誰もいませんように!!」


もしあったたらごめんと割り切って剣をシャドウの体に突き立てて、必死にしがみつく。

途端、視界いっぱいに白が広がった。


「光の御子の一撃!!くらいなさぁぁぁッッッい!!!」

「なにしてるのぉぉぉぉ!!!」


リーファが少し小ぶりの魔方陣から二丁拳銃を出現させるとその銃口にこれまた小さな魔方陣を展開して光弾を放っていた。

あまりの乱暴ぶりに思わず海は叫ぶ。

だが、叫ぶだけでは光弾は止まらない。もう、どうにでもなれと迎撃の魔術を展開しようと空いていた左腕を突き出して魔方陣を展開する。

だが、迫ってきた光弾は迎撃距離範囲に入った途端に軌道が突如として変わった。

それに対して、目を点にしていると住宅の壁で仁王立ちして鼻息を吹かすリーファがドヤ顔で立っていた。


「心配しなくていいわよ!この攻撃には追尾能力があって顔面にしか当たんないようにしてるから!」


彼女の言うとおり、放った五条もの光弾は一閃ではなく曲がりくねりながらシャドウの頭めがけて爆散する。

完全追尾式の魔弾、さながら円卓の騎士たるトリスタン卿の弓のごとし、【無駄なしの銃】であろう。

光の御子になった時に、類稀なる身体能力と魔力の他に一つの特殊な力を与えられる。

それがリーファにおいては、あの攻撃なのだ。今まで、彼女と組んでいた彼であったがあの武器の話は一度もされなかった。てっきり、魔術だけに特化していると思っていた。

シャドウは狙いを自分の体に纏わりつく海を振り落とすことから、リーファに変更した。恐らく、シャドウのリーファへの危険度が上がったのだろう。彼女を覆いこむように体を大きく旋回してアスファルトへと潜り込んだ。彼女はそれをに気づいてその場から魔力を一気に放出してその場から撤退した。


「うわ!ムカデの顔面ぐろ!」

「言ってる場合!?」


シャドウはその場からいなくなったが逃げたという訳ではないようだ。まるで、海のイルカのようにアスファルトを潜ったり飛び出したりとして、その度にこちらの様子を伺っているようだった。

二人の周りを観察するようにして廻る。

確実に隙を狙っていた。

そんな中、変な違和感を海は感じ取っていた。

一人で攻撃していた時はそこまで積極的では無かった。

だが、自分とリーファが共に戦ってきた瞬間に動きが活発化したのだ。

二人づつという言葉が頭に浮かぶ。杉山が言っていた言葉である。

シャドウは人間の奥底に沈澱したドス黒い泥のような闇を引き摺り出すことで生まれる。

つまりは、彼は何某かの恨みを持っているのだ。

二人組というものに…。

そのために二人づつだと攻撃的になる習性があるのだろう。

隣にリーファが降り立つ。


「どうするの?」

「二人の救出優先だ。取り敢えず、あのシャドウは逃げることはしないみたいだ。」

「でも、どうやって助けるの?」

「そうだね……っ!来る!」

「!?」


シャドウがこちらの直線上に潜り込んだ。確実に二人を襲うつもりだ。

即座にその場から離れる。…だが、彼らのいた場所からはシャドウは現れなかった。代わりに前のアスファルトに大きな影が出た。

「しまった!?」

振り向くと仰け反るシャドウ。僕らのいた場所の先に飛び出した。横に飛んだのが誤りだった。てっきり、アスファルトの中に潜っている状態ならば外の様子は見れない。

咄嗟に剣をシャドウの顔面に剣を振り下ろしてシャドウの勢いをいなす。


「ぬぅぁぁぁぁ!」


横を通り抜ける胴体に剣を突き立てる。

シャドウが俺の存在を煩わしく思ったのか暴れ回っていた。

そして、アスファルトの潜り込もうと地面に突っ込む。

(これ大丈夫なのか!?たしかにシャドウは潜っていってたけど…。)

目の前にアスファルトが迫った。

瞬間身体中が強張ったがアスファルトを通り抜けて目の前に広がったのは闇だった。

何かのベールの中を進んでいるような感覚。

安堵で体が震える。


「ちびったかと思った…。」


きりかえて、しっかりと胴体を掴み、腹部の二人の場所へと向かう。

道中、短いトンネルを毎回通り抜けるように視界が太陽の光と闇で点滅する。シャドウが振り払おうと必死になっている。

だが、なんとか二人のいる場所へと辿り着くことができた。

二人の安否を確認する。よく見ると体にめり込むように埋まっていた。二人の口元に手を当てると微かに息をしているようだった。

(よかった。)

心の底から安堵する。最悪のシナリオは避けられた。

剣をシャドウ内に埋まる彼女らの体に触れないように剣を丁寧かつ迅速に差し込んで周りの肉ごとえぐり出す。

だが、思った以上にシャドウの体は硬かった。

途端に視界が明るくなり、暗くなることはなかった。どうやら、完全に外に飛び出したらしい。浮遊感も感じる。


「ウミ!そこから逃げて!!」


悲鳴に似たリーファの声がした。

振り向くとシャドウの尾がこちらへと凄まじい勢いで一直線に向かってきていた。

闇から飛び出したらしいシャドウは勢いをつけて、外へと飛び出して体を反らせて、尾を自分の体へと叩きつけようとしているのだ。

自傷覚悟の攻撃。

迫る衝撃に備えて、防御の魔術を発動させる。だが、どうやら間に合いそうもない。

剣の火力でその場から逃れることは可能かもしれないがそうすれば、二人を見殺しにしてしまう。

その時、湊は初めて光の御子のとなった日にアビゲイル様に言われたことを思い出した。



『湊海さん。去年だけでシャドウとの戦闘で亡くなった人の数は世界中で百数人ほどいるとされています。光の御子となることは其れ、すなわち常に危険と隣り合わせの生活になると思います。……ですから、後悔をしない選択をなさってくださいね…』



後悔のない選択。

生きてとある人ともう一度親友となるという彼の願いを達成する。

死んででも自分の友人を守る。

そんなもの一択だった。


(もし、僕が友人を見捨てたらそれこそ……彼に本当に嫌われてしまう!!!!)

「二人は……必ず助ける!!」



その瞬間……漆黒の斬撃が目の前を掠めた。



「!?」


遅れて、嵐のような風が横から押し寄せた。あまりの風圧にのけぞり、罪悪感を感じながら近くにいた桔梗に飛びつく。


「GHAAAAAAaaaaaa………」


シャドウが断末魔なのか咆哮が次第に弱々しくなっていった。


「のわぁ!!」


中々高く飛んでいたシャドウが力なくそのまま落下すると地震並みの揺れで思いっきりアスファルトに叩きつけられた。その衝撃で湊とちょうどその勢いで桔梗とつぼみが外に放り出された。


「イッタイ…あだっ!!」


四つん這いになって状況を確認していると突然、背中に大きな衝撃。その影響で変身が解ける。……とすぐに柔らかな感触を覚えた。

重い何かが二つほど落ちてきたのだ。

再び、アスファルトに体を叩きつけられる。


「な、なんなんだ。……って、佐倉!深田!」


上を見上げると二人の姿があった。奇跡的に放り出された3人は同じ場所に時間差で落下したのだ。つまり、さっきほど海を襲った柔らかな感触はお……いや、やめておこう。

視線を前に向けるとムカデ型のシャドウが倒れ伏していた。首を刈られて次第に闇の粒子へと変わろうとしていた。


ジャリ………。


何かの足音で正気に戻る。

ゆっくりと後方を覗くように見ると誰かが立っていた。

朝、海を電波塔の上から見ていたガスマスクをした黒いコートの男である。

そして、彼はまだ知らないがもう一度親友となろうとしている相手である神室陸その人であった。

その姿は顔を覆い隠していてどんな表情で覗いているのか全くわからない。


「た、助けてくれたのか…?」

「………」


返事はない。

(………恥ずかしがり屋なのだろうか)



「ありがとう。助かった。」

「…………」


黒いコートは僕の言葉にやはり何も返さなかったがゆっくりとその場から離れていった。


「まっ、待っ「海ィィィィ!」」


遮るような声の主はリーファだった。泣きそうな顔でこちらへと突っ込んで来た。


「大丈夫!?」

「うん、なんとか…」

「よ、よかっただぁぁ。」

「おいおい、綺麗な顔が台無しじゃないか…。」


リーファは子供のように顔をくしゃくしゃにして手を取って泣き出した。

(困ったなぁ、動けない。)

せめて上に乗る二人はのけてからにしてほしいかったが、まぁ、良いだろう。

取り敢えず、彼女が落ち着くまで待っているとしよう。そうして、諦めたように目を瞑って背中の柔らかい感触を忘れることに専念しようとした。


「ん、んん。あれ、なんでこんなところに……そうだ変な化け物に襲われて!!………ってなんで海が私の下にいるの?」

「ふぁ、どこここー」 


昏睡していた二人が次々と目を覚ます。


「取り敢えず、色々…説明するから取り敢えず降りてもらっていい?」




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