第7話 朝と目撃 その1  改訂版

「やっぱ夢オチなんてのはないか……」


視界にあるのは、見慣れない天井。

そして、諦めた口調で陸は見慣れない水銀の物体を見て呟いた。

それが昨日の出来事が夢ではないことへの証明だった。

ふと、ヒヒイロカネくんってごはんいらないのかなというものがうかんだが、レヴィの話ではただの金属だというのでいらないのだろう。

昨日のことが夢であってほしいという陸の願いも虚しく今日が来た…来てしまったと言うべきだろう。


「ん…んっー」


体に残る睡魔や疲れを吹き飛ばすように伸びをする。

結局、彼の母親との会議でレヴィが神室の部屋を使うことになり、彼はというとリビングルームのソファの上で寝ていた。

体中がゴワゴワで首に痛みがある。

ソファは寝るとこではないことを改めて確認する。


「やっと起きたの…。」


レヴィがこちらを見下ろすように神室を覗く。少し、胸で顎のところが隠れて見えた。


(意外とあるのな…)


服装は、母から借りたのだろうか清楚な白いシャツに紺のロングスカートを身にまとっていた。

(どこにそんなもんしまっていたのだろうか)

見慣れない服装に眉を顰める。確実に、彼女の趣味ではない。


「うるさい、これが俺のいつもの起床時間だ。」

「朝ご飯を用意しなさい。」

(そういや、俺は彼女の従者になったんだったなぁ。)


その時ふと、頭の中に学校という単語が出てきた。彼は学生で今日は平日。だが、目の前のレヴィを見て嫌な予感がして背筋に汗が流れる。


「確認するけど、学校……ついてくる?」


恐る恐る、陸はレヴィに尋ねる。もし、彼女が一緒に学校へ行くなんて言うと面倒毎になるのは目に見えてわかる。


「当たり前でしょう。いつ、何があるか分かったものではないもの。」

「えぇ。」

「だから、これを持っていきなさい。」


突き出すようにレヴィは懐中時計を渡してきた。真ん中に宝石のようなものが見られて外側は模様が彫られていて随分と高そうだ。


「これは?」


問いにレヴィは自慢げに鼻息を荒くした。余程の自信作なのだろう。


「魔道具よ。こうやって使うの。」


突然、レヴィが視界から喪失した。


『そうして、こうして会話もできる。』


今度は頭に直接、レヴィの声が響いた。懐中時計の宝石を覗くとレヴィらしき人影が見える。

(なるほど、学校へはこれを持っていけばいいのか…。)

「よかったぁぁ。」


最悪の予想ではなかったことに安堵を覚えた。


「その反応は何?」

「いや、なんでもない。」

「?」







「取り敢えず、お願いだからあんまり目立つのやめてよ。」

「ふっふ、海ったら、恥ずかしがり屋さんなんだから♡」


レヴィが入った懐中時計を学生服の胸ポケットにしまって玄関を出るとその場には偶然にも、海と彼の腕に抱きつくリーファの姿があった。クソアマ空間すぎてヘドがでそうな気分になった。


『何あの、だらしない二人は』

『あれでも、俺の幼馴染なんだ。女難の相がエグいから、察してあげてくれ。』


レヴィが心底、鬱陶しいと言いそうな声色が頭の中に響いた。それに、陸は半ば同意するように苦笑いをするも少しは擁護した。

だが、擁護したところで関わり合いたいとはミジンコ一つも思っていない。そっと、扉を閉めようとその場から撤退しようとした。


「あ、リク!おはよう。」


こちらに気づいて、海が手を振た。

小さく肩を落として、閉める動作を止めた。


『おい、レヴィ…俺って存在が薄いのでは?』

『存在が薄いと言っても、何も透明になるわけではないって言ったでしょう。つまりは、注目が逸れるということ。この場面では、逸らすものがないから気付かれたのよ。』


レヴィの言い分に納得はいかないが、見つかったものは仕方がない。

彼には出来れば、そのままさっさと行ってくれれば良かったのにと感づかれないようにため息。

無視をするという選択肢は、十分にある。なんなら、数年に渡って無視をしていた。

だが、陸は昨日気の迷いで彼に反応して言葉を交わした。なんなら、一緒に学校にも行ってしまった。

ここまでして、無視はどうもダサい。

彼と少しくらい言葉を交わしたって、良いだろう。

別に自分の承認欲求のために彼と仲良くしていると思われないだろう。


「おう、おはよう。リーファさんも、どうも。」

「おはよう!ウミの親友。随分とお顔に疲労という文字が見えるほど、お疲れみたいだけど、どうしたの?」


何か見透かしたかのような彼女の口調に驚いた。顔に出るほど、疲れた顔してたのだろうかと洗面台で顔洗った時を思い出した。


(それなりに整えたと思っていたが…。)

「そうなのかリーファ。リク、大丈夫か?」

心配そうに湊が顔を覗く。

「いや、大丈夫だぞ。」

「そう、なら良いけど。」

「それにしても、朝からわざわざここに集合するって…リーファさんって家が近所なのか?」


その何気ない陸の問いに海がぎくっと固まり、リーファがニンマリと笑った。

その笑い方は、その言葉を待ってましたよと言わんばかり。

何というか、作戦が成功したと言った表情だ。

陸は、察した。

そして、彼女の言葉で物音がして、気付いたが二人の背後の電柱の影に桔梗とつぼみの姿を捉えた。

サングラスにマスクという古典的な変装だがそれぞれの髪型、そして、古宮高校の制服ですぐ分かった。

二人はそのことに気付いていない。

椿は掴む壁を握り潰さんとしていた。

少し、ヒビが入ったように見えた。


「あ、あの……」


動揺した様子で海が両手で待ってくれ話を聞いてくれと言いたげに静止のジェスチャーをしている。その様子にすべてを悟っていた陸はしょうがないなと肩を下げる。


「オーケー分かった皆まで言うな。取り敢えず、誰にも言わない事を約束する。」


海の言葉を遮る。

これ以上の面倒ごとはごめんである。

先程は、仲良くしてみようかなと思った陸は自分を恥じた。

思えば、男として海は嫉妬の対象である。


まず一つ、イケメンである。

ニつ、運動神経抜群である。

三つ、金髪美少女プラス二人の可愛い女性達に取り合いに巻き込まれている。


これは何も言わずにその場を去った方が良い気がするという判断。

あんなバレバレの隠れ方をしている二人とのエンカウントの場面を絶対に回避しなくてはならない。

そのために陸はそっと肩幅より少し腕を広げたくらいの場所に両指をアスファルトにつけて、前足側は膝を立てた。

少々、アスファルトで痛かったので浮かす。

そして、少し下がった場所に後ろ足の膝を伸ばして置いて、腰を上げて静止する……つまりは、クラウチングスタートの構えをした。


「その……なんだ。湊や…毎日いろいろ大変だと思うけど、頑張ってくれ。」

「り、リク?何を言ってるんだい?なぜ、クラウチングスタートを!?それに何か勘違いしている。話を聞いてくれ、確かに昨日リーファが変な事を言ったけどあれは言葉の綾で…」

「よせ、湊。漢がグダグダいうな。というか、俺を巻き込むな。追記、地獄に堕ちろ。」


最後に本心からの言葉を投げつけ、逃げ出すようにその場から最高の形で走り出そうとすると海に二の腕を掴まれた。

素早かった。

普通短距離に特化した人類が編み出した爆速的な瞬発力を発生させるクラウジングスタートが負けるとは、思っていなかったとばかりに目を見開く。


「頼むから、話聞いてッッ!?」

「ふざけんな。俺を修羅場に拘束する気か!?」


ふと、背後に目がいくとヒビが更に広がっていた。どうも、さっき見たよりも広がっているし、何故かつぼみも参戦していた。


(あぁ、まずい電柱の影の二人の目が据わってる。早く、この場から逃げたい。そうだ。レヴィの変な力でなんとかしてもらおう。)

『レヴィさん助けて?』


縋るようにレヴィに助けを求める。

『……終わったら、起こして。』

が、返ってきたのはあくび。彼女もこの面倒ごとに関わりたくないようだ。


「だから、違うんだって!?」


必死に海は陸の肩をつかんで揺さぶる。


「……一応、聞くだけ聞こう。」

「その、実はね。リーファさんのお父さんと僕のお父さんが長年の付き合いなんだ。」

「なる程なる程。」

「それで、まだ、引っ越しの途中なんだけど彼女の父に大きな仕事ができて、引っ越しが延期になってしまい、でも、リーファも学校に行かなくてはいけないから父さんがうちに来なさいって言っちゃって…だから、彼女の新居への引っ越しが終わるまでリーファだけ僕の家に泊まってるだけなんだ。」

(その、が非常に問題なんだが…。)


電柱の二人にも聞こえたのだろう。

ものすごい力でいつのまにか壁から、その近くの電柱を掴んでおりこちらにもひびがはいろうとしていた。もしかしたら、あれ以上壁を掴むと破壊してしまうと思ったのだろうか…だとしても電柱も破壊寸前まで追い込まれてはいるが…。

ずっとあのまま、監視を続けるつもりなのだろう。


(しかし、美少女と仲良く同じ家かー。羨ましい限りだな。)

『何を言ってるの?あなたも一緒じゃない?』

『………色々と違う。』


まず、ギャルゲーの主人公はヒロインの従者となることは無いはずだと陸はレヴィに直接言う気概はないので心の中で言い放つ。


「わ、分ってくれたか?」


相当焦って汗だらだらな海に免じて、今回ばかりは彼の言い分を信じよう。そうでもしないとずっと拘束させられる。

ふと、まじまじとみてくる海に違和感を覚えた。


「どうした?」

「制服破れてね?肩の方」

「ほんとだ。気付かなかった。」


制服の肩の部分がちょっぴり刃物で切ったように破れていた。

昨日のシャドウから攻撃されたときに切れたのだろう。

こうしてみるとギリギリだったのが窺える。

もし、あと数センチほどシャドウとの距離が近かったら、肉がえぐれていたに違いない。


「なにかあった?」


妙に神妙な顔で海は詰問でもするみたいに見つめてきた。

一瞬、昨日のことが喉元まででかかったが、彼を巻き込む訳にはいかないだろう。

ただでさえ、ハーレム空間にいるのに。


「何もないよ。たぶん、なんかに引っかけたんだ。それより、早く学校に行かないと遅れるぜ。」

「そうか?・・・分ったよ。」


なにか言いたげだったが海はすっと引いてくれた。陸は自分のことを心配してくれた彼に罪悪感を覚える。


「ん?」


突然、海が何かに反応した。リーファも同じく顔をしかめた。それはまるで陸が頭に直接聞こえる声に反応した時のようだった。


「ごめん、リク!!ちょっと、急用思い出したんだ。すまない、先に学校に行っててくれ。」

「お。おい!!」


とりつくしまもなく、二人はどこかへ行ってしまった。


「そう言えば、あの二人は・・・いないし」

ふと、見てみるとひび割れてる壁と電柱があるだけで誰もいなかった。あの二人についていったのだろう。騒がしかった空間が一気に静寂となった。


『緊急事態よ、神室陸。』


妙にピリついた声でレヴィが話しかけてきた。緊急事態という言葉に少し身を構える。

『どうした?』

『シャドウが出現したわ。あの二人が向かった方向に…』

「…………はい?」


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