第4話 帰り道と… 改訂版

「はぁー。」


体の魂が抜けてしまうほどの深いため息。

学校が終わって速攻帰宅したリクは自宅へと向かう帰路を一人寂しく歩いていた。

事実は小説よりも奇なりという言葉があるが今日ほどそれを実感した日はないだろう。

主にあの二人によって、陸はその実感を毎日更新されていきそうである。


(もう、疲れた。)


衝撃的な現場を見てしまった午後の授業は色々と気まずかった。右を見ると男子一人を華麗なる蹴りで吹き飛ばしたソラ。

恐怖で授業でふとした時に話す際、声が震えた。

単純に恐怖を感じた。

胃がキリキリと痛み、そっと手で押さえる。


(あの人いつの間にか、あんな剛力になっていたとは…)


確かに、小学生の頃から運動できないことをコンプレックスに感じていた節はあるにはあったが、それでも一朝一夕でどうこうと言う動きではなかった。

一方、左(つまりは、ウミ)の方では、なんか女の子同士牽制が行われていた。

三つの消しゴムがなぜが同時にウミとリクの間の足元に落ちた時に親切心で拾おうとしたら三人からの取るなよ?という凄みのある目で見られて、死刑宣告されるよな心地になった。

もし、その圧に気付かずに拾っていたら後で校舎裏に呼び出されていたのかもしれないと今になって恐怖し、再び胃が痛くなる。

押さえつけていた手をさらに強くする。

それにしても改めて自分の幼馴染は凄いなと半ば呆れた。

もし、これが小説ならば彼らが主人公だ。

ジャンル的にスポコンアニメのハーレム主人公だ。弱小野球部を甲子園に連れていってこの道中女の子とラブコメ的なもの。

まだ、一年生であるのに将来プロ入り確定だと周りから言われているあたり、安泰な人生が約束されている。

ソラは、少女漫画で知力と努力で成り上がっていく物語だろうか。

その道中、その性格に惚れたイケメンどもで逆ハーレムしてそう。てか、一人堕とした気がする。


(でも、変な面倒ごとに巻き込まれたら嫌だなぁ。)

勝手に、二人を物語の配役を考えてみている。正直、どれも駄作だろう何だってテンプレ過ぎて読者が飽きてしまう。


「五時かー。」


そんな妄想に飽きて、アナログ腕時計に目を向けた。

夕食は七時。課題もすでに授業中に終わらせており、今日の家事担当は母。時間は余分にあった。無論、明日の予習をするという選択もあったが勉強の気分では無い。


「……道草でも食うか。」


思い立ったら、吉日。いつもの道から逸れて、まずはコンビニへと向かう。

コンビニスイーツを3つ買おうと心に決める。

その道中、ふと、朝に女性を見た場所が視界に入った。

黄色い規制線が張り巡らされていたところだ。だが、すでにすべて回収されていて問題なく通れているが人の気配がまるで感じなかった。

その場所一帯が廃墟のような雰囲気だ。


「あぁ、忘れてたのに…。」


背中からゾワリとした感覚を覚える。だが、なんとなく気になる。


「……あそこの規制線があったところまで行ってみるか。」


さらに、方向を変更して恐る恐る女性が立っていた場所へと向かう。


「ん?」


そこはただの空き家だった。

素っ気ない結末に肩を落とす。何もないことが良いことだ。だが、あの非日常てきな出来事があった故に少しがっくりとなる。なんとなしに、その空き地を眺める。

割れたコンクリートの塊が転がっている。まるで、そこで時間が止まってしまったかのようだった。


リクが帰ろうと振り返った瞬間、空気が変わった。夕方だったはずの空は、一瞬にして黒に染まり、夜になっていた。星も月も見えない闇の中、遠くから金属がぶつかり合う音が響いてきた。


「……なにこれ?」


胸の奥がざわつく。



音の方へと歩を進める。

何故か歩みが止まらない。危険な雰囲気が漂う。本当ならば、すぐさまその場から離れていくのが正しい選択肢のはずだ。

音は大きく、より勢いを増して耳へと響く。

進めるたびに本能が危険信号を鳴らしているが、それは意味をなしてはいなかった。

身を寄せ、人様の家の壁から音の発信源へと目を向ける。



そこには信じがたい光景が広がっていた。意識が凍りつく。

真夜中の闇に浮かぶ少女。銀色に輝く長髪が月光のような光を帯び、手には体格に不釣り合いなほど大きな刀を握っている。その刀の刃先は、対峙する得体の知れない化け物に向けられていた。

二メートルはあるだろう体に、異様に大きな山羊の頭。血走った瞳と裂けた口元がこちらを睨みつけているようだった。少女の動きは速く、鋭い。化け物の繰り出す鋭い爪の一撃を紙一重でかわし、刀で反撃するたびに、金属音が辺りに響き渡る。

リクは、恐怖に体がすくんで動けなかった。ただ、そこで起きている戦いを目の当たりにし、足が地面に縫い付けられたようだった。

視覚では、追えない少女とバケモノの殺し合い。

どちらも、人間ではない。

バケモノはまだわかるとして、少女の動きは生物の動きではなかった。

殺気が頬に伝わってくる。

鼓動が激しい。

この場から、離れれなければならない。

だというのに体は、やはり動かない。

呼吸することもままならない。

恐らく数十メートルは離れているはずだ。


「あれ?あの人、朝の。」


ふと、少女の顔が見れた。その瞬間、金縛りにあった体が解けた。

だがその時、リクの足音に気づいた少女が一瞬動きを止めた。


「――っ!」


その隙を見逃すほど、化け物は愚かではなかった。巨体が拳を振り上げ、少女へと突き出す。その一撃を刀で受け止めた少女だったが、力の差は明らかだった。刀ごと吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。


「くっ……!」


少女は弱々しい声で何かを叫んだが、その言葉はリクの耳には届かなかった。化け物の視線がリクに向けられる。その瞬間、脳内が真っ白になった。


「逃げなさい……!」


ようやく少女の声が耳に入った。リクは恐怖に突き動かされるようにその場から駆け出した。だが、逃げながらも少女がどうなってしまうのかという思いが頭を離れない。


「このままじゃ……!」


リクは足を止めた。目の前には、倒れたコンクリートブロックが転がっている。三つほど手に取ると、その冷たい感触が恐怖を少しだけ和らげてくれるようだった。


「いくかッ……!」


震える足で再び戦場へと向かう。化け物はもう一度標的を少女に戻したのだろうととどめを刺さすために大きな爪を振り上げていた。その瞬間、リクは全力でコンクリートブロックを投げつけた。狙いは外れ頭ではなく首に当たったがそれでも十分な筈だ。


化け物の注意がリクに移る。


「へッざまぁ……!」


リクはつぶやきながら、怒り狂ったバケモノを挑発するように身振りで誘った。案の定、低い唸り声を上げながらリクに突進してきた。まるで重機が動き出したかのような地響きが足元に伝わる。

リクは全速力で住宅街を駆け抜ける。

まずい、まずい、まずい、まずい。

反射的に地面を蹴り上げて化け物から逃げ出す。

訳がわからない。

何故、助けようとしたのか挑発したのか。それよりも、あれだけ恐怖に飲まれていたのにこんなに身体が動けているのか。

ただ、今は逃げないと…確実に殺される。

心臓が爆速に胸を打つ。

息が上がっていることにも後ろも気にせず、唯ひたすら駆け抜ける。

馴染みのない道だが、走り抜ければいつか人がいるところに出れば……きっと助かるはずだといきなりの運動に驚く筋肉に叱咤するように走り続ける。

時々、悲鳴のような鋭い音がして足元に石の粒が当たる感触がある。瓦礫でも投げつけているのか、でも命中度はクソだ。

投げつけた瓦礫は粉塵を回せて俺を守るようにスモッグになった。

これなら…とリクは笑みを浮かべた。





「逃げろと言ったのに」


街路樹の影は月の光で濃く伸びている。

少女は幹に背を預け、細い肩が小刻みに震えている。浅く速い息遣いが闇夜の空に溶けていく。焦燥と疲労で膝は今にも崩れそうだったが、彼女は必死に踏みとどまっていた。


その時、物音がした。足音だ。控えめだが確実にこちらへ近づいてくる。少女は反射的に身構え、心臓が喉元で跳ねた。しかし、街灯に照らし出されたのは少年の影だった。


「……焦った〜。」

汗に濡れた前髪をかき上げながら、少年が彼女の前に立つ。白い吐息が荒く揺れ、片膝をついて肩で息をしている。


「……どうして。」

少女の声は少し掠れていた。喉を絞り出すような問いかけに、彼は顔を上げた。


「撒いてたんだよ、あいつを。」

短い言葉に込められた緊張感。それだけで、彼女は彼がどれほどまでに恐怖に囚われていたのか理解する。


「なんだったの、あれ?」

再び問い詰めるような声。リクの目には恐怖と怒りが混ざり、揺れている。

少女は少しだけ息を整えたあと、静かに答えた。

「あれは、シャドウよ。人の負の感情を糧にして化け物になったもの。あのなりだけど…元は人間よ」

「まじかよ……」


リクは眉を寄せ、唇を噛む。



「それで、どうして君を襲っていたの?てか、この空間はなんだ。」

「そうね……ここまで関わった訳だし教えなくてはならないわ。でも…」



遠くで何かが鳴いている。深い森の底、あるいは地平線の向こう、こちらからは決して辿り着けないどこか遠い場所から響いてくる音のようだ。それは風に乗り、断片的に耳へ届く。低く、湿った音。

いや、そう願いたいだけだ。

その音は、少しずつ輪郭を持ち始める。それは単なる自然音ではない。もっと人為的だ。

彼女が人間であると言っていたがリクには、なんとなく理解する。

それでも完全には理解できない。叫び声と呻き声、あるいは咆哮と溜息の中間のようなものが、夜の空気を撫でるように流れ込んでくる。

音は次第に近づき、周囲の空間に具体的な圧力を与え始める。木々のざわめきが静まり、微かに風が止む。その音には無言の力があった。何か巨大なものが、不可逆的にこちらへ向かってきている。どこにも逃げ場がないような気がした。

音は今やただ耳に聞こえるだけでなく、身体に直接届いてくる。胸郭に響き、足元の地面をわずかに揺らす。低音の波が、地表をなめるように広がっていく。

咆哮は、ただ音の範囲を広げるだけではない。そこには何かを探している意志が宿っていた。細い触手のように、見えない手が空気の中を這い回り、こちらを探っている。


少女は木に背を預けながら、無意識のうちに息を詰めていた。少しでも動けば、その音が即座に自分を捕らえるような気がした。そしてその時、咆哮の方向にちらりと視線を向けた瞬間、彼女は確信した――それは確実に彼女を目指しているのだ、と。



「ところで貴方は、戦える?」


少女は静かにそう言った。その言葉は、夜の空気の中に溶け込むように柔らかかったが、確実に彼の耳に届いた。

リクはその意味を思考する。

彼女を一瞥する。

血の匂いが空気の中に溶け込んでいた。それは鉄の味と湿気が混ざり合ったような感覚で、喉の奥に重くのしかかる。

銀髪が肩に張り付き、顔には血と埃がついている。彼女のドレスのような服はボロボロで、右足を庇っている。痛みで歪んだ表情。それでも、彼女は彼を見上げてきた。その目には疲労と何か強い意志が混在していた。

彼女の細く白い腕には、引き裂かれたような傷が多々あり、その腕で振るっていた体以上大きさがある刀。

それはまるで彼女自身の体重に負けそうなほど頼りなく見えた。彼女は戦ってきた。

そして、どうやらその戦いで体力のほとんどを使い果たしてしまったのかもしれない。

彼の頭に、まるで他人事のようにその言葉が浮かんだ。その瞬間、彼の背後から不気味な音が聞こえた。低く、湿った唸り声。振り返ると、闇の中から巨大な影がゆっくりと形をなしているのが見えた。

ここで逃げることもできる。彼はそう考えた。逃げて、何もかもなかったことにする。家に帰って、コンビニで買ったお茶を飲みながらテレビをつける。そしてこの出来事を「変な夢だった」と記憶の片隅に追いやる。それが普通の人間のすることだ。


だが、ちらりともう一度少女を見る。彼女はその場にしゃがみ込み、肩で息をしていた。目はまだ光を宿していたが、その身体にはもはや立ち上がる力が残っていないことが明らかだった。


彼女を置いていくことは簡単だ。逃げるための時間ならまだ少しだけある。しかし、彼はそこで不意に考えた。もし自分が彼女を見捨てたら、この場面は一生忘れられないのではないか?それはいつまでも心の中で腐り続け、何か大切な部分を食い尽くしてしまうのではないか?


「……あークソッ。」


彼は思わずそう呟いた。それは誰かに聞かせるための言葉ではなく、ただ自分に向けた吐き捨てだった。そして、足元に転がっていた鉄パイプを拾い上げた。その冷たい感触が、妙に現実感を伴って手のひらに伝わってくる。


彼は一歩前に出た。視界の隅で少女が驚いたように顔を上げるのが見えた。


「俺は普通の高校生だよ。」

彼は自分自身に言い聞かせるように呟いた。「普通の高校生だけど、少なくとも誰かを見捨てるような奴じゃない。」


そして彼は、鉄パイプを握りしめ、巨大な影に向かって歩き出した。背中に鋭い視線を感じたが、振り返ることはしなかった。ただ前を向き、冷たく湿った夜の空気を肺いっぱいに吸い込んだ。


次の瞬間、夜の静寂を切り裂く咆哮が遠くで鳴り響き、そのたびに彼の肩が微かに震えた。


「や、やってやるとも。」


彼は自分の声が少し上ずっているのを感じた。肩越しに少女を振り返ると、その目がまっすぐに自分を捉えているのがわかった。その瞳には、恐れと期待がないまぜになっていた。

彼は息を吸い込み、冷たい夜の空気を肺に押し込んだ。

少女は一瞬、目を見開いたが、すぐに小さく頷いた。二人の間にある緊張が、少しだけ緩むのがわかった。遠くで化け物の咆哮が再び響き渡る。


「そう。」

少女が言った。彼は一瞬だけ、ため息のような笑みを浮かべると、前を向き直った。


「じゃあ、貴方…私の下僕になりなさい。」



立ち上がり、彼女は細く小さな指でリクの顎を撫で顔を近づけて、うなじへと這わせる。

一瞬、首筋に生暖かい感触が伝わると鋭い痛みが走った。

化け物の姿が見えてきた。


「手始めに、目の前の敵を屠れ。」

「は?」


その瞬間、身体が動いた。

否、勝手に動いた。誰かに、操られるように、本能的に…。


「こい……ヒヒイロカネ。」


豪速で化け物の背後をとり、勝手に唇が動く。まるで、その武器を使い慣れているかのようだった。

少女の手にあった刀が水銀のように液体になったかと思うと一瞬でリクの手元にくる頃には大きな漆黒の太刀へと変貌した。

そのまま、陸は何者かに振り回されるように刀を閃かせ、化け物を実に涼やかな音で断ち切った。

真っ赤な血飛沫の上がる濡れた音が嫌に耳に残った。

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