第5話「夢見る先は」
エイミとサキの協力もあり、アルドはトルテたちとその場で別れた。
男の子を連れてもと来た道を引き返すと、時空の穴が現れ、月影の森の最奥部に戻ることに成功。
バルオキー村の入り口で待っていた村人のもとへ男の子を無事に送り届けた後、アルドはエルジオン・シータ区画で一同と合流する。
サキとクーアが、エアポートでエイミが倒れた後、何があったのか説明したところだった。
トルテは駆けつけたアルドに向かって、深々と頭を下げた。
「アルド、本当に、ごめん。あれは、僕の早とちりだったみたいで……」
「いや、オレの方こそ、約束破っちゃってごめんな」
「それはいいんだ。きっと、わざとじゃないってわかるし」
力なく笑うトルテ。落ち込んでいることはまるわかりだ。
「早とちり、だったのか?」
「うん。多分……」
「……そっか。まぁ、何事もなくてよかったよ」と、トルテを元気づけるように微笑むアルド。
しかし、まだ疑問が残っている。
「ところで、サキたちの方の情報って、いったい何だったんだろうな?」
サキとクーアは顔を見合わせる。
「……これは、私たちの推測なんですけど」少し言いにくそうにトルテを見るサキ。
「僕が何か……?」
「トルテ。ここ数日のうちに、エアポートに行かなかった?」
「え?えっと……」
「行ったの?行かなかったの?」
「い、行きましたっ」背筋が伸び、思わず敬語が出る。
「いつ?」
クーアが身を乗り出す。トルテは取り調べを受けているような気分になり、一歩後退した。
「昨日と、おとといも……。
だけど、昨日は合成人間がいたから、すぐ引き返したよ」
クーアはため息を吐き、サキは眉根を寄せる。
「それね」
トルテは、てっきり一人で危険な場所であるエアポートに行ったことを責められると思ったが、どうやら違うようだ。
「『それ』って?」
「先程トルテさんたちを襲ったのは、その場にいた合成人間だと思われます」
「あるいは、その仲間か。その辺はわからないけど」
「どういうことだ?」と、アルド。
「あくまで憶測よ」と、クーアは前置きし、
「昨日、エアポートで合成人間たちが、何かをしていた。それを見たトルテはその場
から逃げて、でも、逃げるところを合成人間たちに見られていた」
「あっ、だから『目撃者』って……!?」気づくトルテ。
「そういうこと。そこで合成人間たちが何をしていたのかはわからないけど、少なく
とも、見られちゃまずいものだったんでしょうね」
「それがサキたちのところに届いた情報だったってことか?なんだか微妙に違う気も
するけど……」
情報は、『IDAスクールの生徒が合成人間たちと怪しげな取引をしていた』だった。少し印象が違う気がする。
「トルテが逃げ出す場面だけを見て、勘違いした人が通報した……?まぁ、なくはな
さそうね」と、エイミがうなずき、トルテは慌てる。
「だって、かなり距離があったのに」
「相手もトルテさんの顔を覚えていたみたいですし……。見ようによってはそんな風
に見えたのかもしれません」
「そんな……」
「言い方の問題かもしれないわ。人の情報に勘違いや思い込みが全くないって方が、
珍しいだろうし」
アルドたちが何か話し合っているのを遠くに聞きながら、トルテは考える。
クーアたちの推測が真実だったとしたら。
自分がエアポートに行ったことが、合成人間に襲われた原因なら。
エイミがいなかったら、自分は死んでいたかもしれない。
いや、それ以上に、エイミを傷つけ、クーアたちを危険にさらした。
アルドがいなかったら、クーアは……。
第一、怪しげな取引にIDAスクールの生徒が関与しているという情報がなければ、サキとクーアがエアポートに来ることもなかっただろう。
「(つまり。
夢を見て、それを真に受けた僕の行動が、皆を危険にさらした。
……そして、その夢すらも、勘違いだった)」
事の大きさと自分の過ちに、トルテは気が遠くなりかけた。
「……困ったわね。それが本当だとしたら、トルテはこれからも合成人間たちに狙わ
れるかもしれない」
エイミの言葉に、トルテは我に返る。
「そ、そうなの?」
「その取引っていうのが、どれくらいの規模だったかにもよるんでしょうけど……。
二体も襲ってきたんでしょ?一体は逃げたっていうし。危険性は高いと思うわ」
絶句するトルテ。
そんなに大事になるとは、露ほども思わなかった。
夢が現実にならないように。それだけを願っていたはずだった。
なのに、なぜ、こんなことになってしまったのだろう……。
「こんなことになるんなら、僕は……」
「ひとつ、わからないんだけど」と、クーアが手を挙げる。
「トルテはどうしてエアポートに行ったの?
二日も、いや、今日もいたから三日?それだけ通うって、何か用事があるからだと
思うんだけど」
「そ、それは……」
返答に詰まるトルテに、アルドはそっと声をかける。
「トルテ、話してみたらどうだ?きっと、この二人なら聞いてくれるよ」
ここまできて話さないことはできない、とトルテは腹をくくった。
「……うん」
トルテはサキとクーアに、予知夢のことを話した。クーアがアルドに殺されそうになったことまで、全部。
エアポートに通っていたのは、予知夢が現実になるのを警戒していたから。
今日は、昨日のこともあり出入り口を見張るだけにするつもりだったが、クーアたちを見かけ、あとをつけたことも。
全ては、アルドがクーアを殺すという勘違いが原因だったことも。
二人は、真剣な表情で、相槌すら打たずに聞いていた。
「……なるほど。予知夢、ですか」
どうやらサキとクーアはトルテの話を信じるらしい。
けれど、今のトルテにはそんなことを喜ぶ余裕もなかった。
「全部、僕のせいなんだ。僕が、余計なことをしなければ……」
うなだれるトルテ。アルドもエイミもサキも、かけるべき言葉が見つからない。
そんな中、クーアは納得しかねるように、ひとり考える。
「……全部っていうのは、違うんじゃない?」
その言葉に、一同の視線がクーアに集まる。
「え……?」
「だって、トルテが動いたおかげで、未来が変わったかもしれないでしょ?」
「でも……」
「本当に、アルドさんが私を殺してたかもしれないじゃない?」
「え!?」と、ぎょっとするアルドに、
「もちろん、そうなる理由があってのことでしょうけど」と、クーアはいたずらっぽく笑う。
クーアに正面から視線を向けられ、トルテは慌てて視線を逸らした。そんな様子に、ちょっと残念そうに微笑むクーア。当然、トルテは気づかない。
「知らなかった。トルテ、そんな能力もってたのね」
「能力なんて……」
「何度も見るってことは、そういう力をもってるってことよ」
「……そんな立派なものじゃない」
「能力は能力よ。それがどんなものでも。
プラスになるかマイナスになるかは、トルテ次第だけどね」
「僕次第……」苦手な言葉だ、とトルテはうつむく。
サキは少し悩み、口を開いた。
「……トルテさん。実は、私も、自分の力に怯えていました。
自分で望んだわけでも、制御できるわけでもなくて。
その力のせいで、友だちを傷つけてしまったこともありました」
トルテはゆっくりと顔を上げる。サキは、静かな表情をしていた。
自分の努力不足を認めたくなくて、つい、反論を口にしてしまう。
「でも、IDEAのメンバーってことは、サキさんもすごい人なんですよね?
……僕とは、違う」
「すごい人ではないです。たくさんの人に迷惑をかけましたし、ここまで来るのに
も、いろんな人に助けてもらいました。アルドさんにも」
「サキ……」
「トルテさんと私は、たしかに違うと思います。でも、それは、すごいとか、すごく
ないとかではなくて。
そもそも、私がIDEAに入ったのも、自分から志願してのことではないですし。
えっと、つまり……」サキは必死に言葉を探す。
「変われます。変わりたいと望めば」
静かに、けれど力強く言い切るサキに、アルドは内心驚いた。
言っていた通り、いろんな人に出会ったのだろう。いろんなことがあったのだろう。
サキの成長と苦労を思い、アルドは少し泣きそうになった。
しかし、当のトルテはサキから目を背けたまま。
「……そんなこと、言われても」
「簡単なことじゃないのは、トルテさんも知っていると思います。
こんなこと言っている私も、今、完璧に、自分が望んだ姿でいるわけではありませ
ん。失敗することも、落ち込むこともあります。
でも、少しずつでも、諦めなければ変われる、そう思うんです」
サキの言っていることはわかる。それでも、トルテはうなずけなかった。
そうですね、とすぐに前を向くことはできなかった。
自分の情けなさは、自分が一番知っている。サキの言う通り、容易には変われないことも。諦めなければ来るかもしれないいつかを信じて努力することが、どれだけ辛いかも。そして、努力の末に、改めて自分の不甲斐なさを実感した時、どれだけ絶望するかということも。
それが、どうしようもなく怖いのだ。
「……ねぇ、トルテ。私たちが最初に喋った時のこと、覚えてる?」
クーアの声に、トルテはいつの間にか深く下げていた顔を持ち上げる。
「クラスで自分だけ課題ができないって、泣いてたよね」
もちろん、忘れることができない記憶だ。だが、それはあくまで自分にとって、という話で、クーアにとっては違うと思っていたトルテは驚いた。
「覚えてたの……?」
「うん。私にとっても、忘れられないことだったから」
意味がわからず、トルテは首を傾げる。
「『困っている人を助ける人でありなさい。』昔からそう言われて育ってきたから、
トルテにも、よく考えもせずに声をかけたの。
……だけど、正直、逃げたくなった。先生が匙を投げた気持ちもわかるくらい、ト
ルテってば不器用だったんだよね。不器用なんて言葉じゃ足りないくらいだった。
私じゃ無理だって、三日目くらいで思ったよ。この課題は諦めて、何か他のところ
で頑張るしかないんじゃないかって。それからは、どうやってトルテを説得して、
先生に代わりの課題を出してもらえるよう頼むかってことばっかり考えてた」
そこまで思われていたとは知らなかったトルテは、静かに深いショックを受けた。
「でもね、言えなかった。プランはいくつか考えてたんだけど、どれも口に出すまで
はいかなかった。
だって、トルテは諦めなかったから。
何度も何度も挑戦して、失敗して、それでもくさらなかった。
私には何回も謝ってたけど、一度も『もうやめる』って言わなかったんだよ。
その時の気持ち、覚えてる?」
「……うん。覚えてるよ」
今でも鮮明に覚えている。
「(君に恥じないように、ただそれだけのために必死だった。
……それくらい、嬉しかった)」
「トルテが課題をクリアした時、私、すごく嬉しかったんだ。
諦めなければできるんだって、教えてくれたのは、君なんだよ?」
トルテは目頭が熱くなって、慌てて首を横に振った。
「そんなことっ……。僕は、一人じゃできなかった」
君がいたからできたんだ、という言葉は、声にならない。
泣き出しそうなトルテに、クーアは静かに問いかける。
「トルテ。君は、どうなりたい?」
ずっと、自分が嫌だった。
自分を嫌うばかりで、変えようとしないところが嫌だった。
やる前から諦めることなど当然で、そんな自分がどうしようもなく情けなかった。
でも、時折、ふと思う。
自分が、なんでもそつなくこなせるような人だったら、堂々と君の隣に立てたのだろうか、と。
笑い合ったり、相談されたり、背中を合わせて戦えるような未来が、あったのだろうか、と。
いつの間にか忘れていた、いや、自分で否定してしまっていた夢を、もう一度。
答えは、決まっていた。
「……僕は、強くなりたい」
顔を上げ、真っ直ぐな視線で告げるトルテに、クーアはうなずいた。
「うん。じゃあ、なろうよ」
「トルテならなれるさ」
「そうね。私も、できることがあれば協力するわ」アルドとエイミもうなずく。
「ありがとう」
トルテは礼を言った後、サキに対し頭を下げる。
「……あの、サキさん。さっきは、八つ当たりしてごめんなさい」
「いいえ。私は気にしていませんから」と、慌てて首を横に振るサキ。
「私にも、協力させてください。合成人間たちのことも、IDEAに報告して、皆で
対策を練りましょう。ね、クーア」
「えぇ。さすが、サキ」
「合成人間たちのこと、うっかり忘れるところだったな」
「大事にならないといいけどね」
「今から報告に戻るのか?」
「はい。あ、でも、エイミさんの病院にも行かないと」
「私は平気よ」
「ダメですよ、ちゃんと検査受けないと」
「なぁ、報告に行く時、オレもついて行っていいか?」
「え?どうなんだろう……?」
「アルドさんなら大丈夫。何度もIDEAに出入りされてるし、会長ともお知り合い
だから」
「そうなの!?アルドさんって、何者……?」
「ま、まぁ、とりあえずはエイミの検査だな。それからIDAスクールに行って、報
告。トルテも行くだろ?」
当然のことのように訊かれ、トルテは驚いたが、すぐにうなずいた。
「うんっ!」
いいのか、とはもう訊かない。
トルテの心に希望の灯がともる。
予知夢を見る力をコントロールできれば。
もっとうまく立ち回って、正夢を回避することができれば。
もしも、危険な目に遭った時、戦える力があれば。
急速に昂っていく感覚に、トルテは身震いした。
「トルテ」
呼ばれて顔を上げると、クーアは出会った頃とそっくりな笑顔を浮かべていた。
「一緒に頑張ろう!」
差し出された手を、トルテは見つめる。
遠い存在などではなかった。手を伸ばせば、触れられる距離にいた。
ずっと、いてくれたのだ。
「(今度は、僕の番)」
まだ君の助けになれる未来は遠いかもしれないけれど。
今出せる精一杯の勇気で、トルテはクーアの手をとる。
「……うん。ありがとう、クーア。ありがとう、皆!」
トルテはようやく、晴れやかな笑顔を浮かべた。
「なんなら、トルテもIDEAに入る?」
「えっ!?そんな気軽に……」
「君が思ってるほど厳しいところじゃないかもよ?」
「まぁ、気軽ではないですけど。先に入ってから学ぶのも、手段の一つではあります
ね」
「そうは言っても……。せ、せめて、もう少し強くなってから」
「身体的に?精神的に?」
「りょ、両方……」
「それなら私の出番ね。筋トレはメンタルも鍛えられるわよ。ね、アルド?」
「そうだな。鍛錬ならオレも一緒にやるよ」
一同は談笑しながら、病院を目指して歩いていく。
その輪の中で自然と笑えている自分に、トルテは少し嬉しくなった。
終
「夢見る先は」 @tolua
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