第4話「正夢」

エルジオン・エアポートの南端、アルドは男の子を人質にとったアベトスを追いかける。アベトスはその巨体のため、歩幅は大きいが俊敏性に欠ける。いくらもしないうちにアルドは追いついた。

「待て!」

アベトスは逃げ切れないと感じたのか、立ち止まってアルドを振り返った。

息切れが激しく、八つ当たり的な苛立ちをアルドにぶつける。

「お前っ、どこまで追って来るんだっ!」

「その子を返せ!」

「ふんっ。こいつがいればお前はオレに手出しできないんだろう?

 どころか、こいつを殺しちまえば、お前は周りに、なんて言われるだろうなぁ?」

「……オレのことはいい。だけど、その子には傷一つつけさせない!」

アルドは勢いよく剣を抜いたものの、動けない。

「フハハ!威勢だけか!」

愉快そうに下品な笑い声を響かせるアベトス。

「(くそっ……。こうなったら、イチかバチか……!)」

と、アルドが剣をおさめ、捨て身の作戦を実行に移そうとした、その時だった。

無数の氷の礫がアベトスを襲った。

アベトスは前のめりに倒れ、その拍子に男の子を放り出す。

アルドは間一髪で男の子を受け止めた。

「な、なんだ……!?」

見ると、アベトスの背後で、白制服に身を包んだ女子生徒が二人、身構えている。二人のうち一人は、アルドにも見覚えがあった。

「サキ!?」

ショートヘアの少女・サキはアベトスを警戒したまま、声を上げる。

「クーア!」

「了解っ!」

斧を手にした少女・クーアが駆け出し、アベトスに迫る。

「い、一対三とか、卑怯だぞ!」

「(お前が言うか!?)」と、アルドは心の中でツッコんだ。

その間に、クーアは斧を体の横に構えた姿勢でアベトスとの間合いを詰め、遠心力を加えた斬撃をくり出す。

「ぐわぁぁぁっ」

巨体が地に沈み、一瞬の静寂の後、アベトスは消え去った。

アルドは腕の中でまだ気絶している男の子の無事を確認すると、地面に寝かせ、少女に礼を言う。

「ありがとう。助かったよ」

「いいえ。その子も、怪我はない?」

「あぁ、気を失ってるだけみたいだ」

「そう、よかった。それにしても、この辺じゃ見ない魔物?だったわね……」

不思議そうに言う少女に、アルドは慌てる。

たしかに少女の言う通り、この辺りに魔物は出ない。出るとすれば合成人間をはじめとするロボット型のものが主流だ。

なんと返答しようか困っていたアルドのもとに、タイミングよくサキが到着する。

「アルドさん、大丈夫でしたか?」

「あぁ、助かったよ。白制服ってことは、IDEAの仕事中か?」

「はい。匿名の通報があって、調査に」

少女も魔物のことを考えることはやめ、顔を上げる。

「サキ、知り合い?」

「うん。紹介するね。こちら、アルドさん。何度も助けてもらって、すごくお世話に

 なってる人なの」と、クーアにアルドを紹介する。

「アルドだ。よろしくな」

「私はクーアよ。よろしくね。アルドさん」

「ん?クーア……?」

「どうしたの?」

「いや、どこかで聞いたような……」

記憶の引き出しを探ってみたが、結局思い出せず、アルドは諦めた。

「うーん、ダメだ。ところで、その調査は終わったのか?」

「それが、行き詰まってしまいまして……」

「どういう内容なんだ?」と、尋ねたアルドに、クーアが説明する。

「うちの生徒がエアポートで合成人間たちと怪しげな取引をしてる、って話だったん

 だけど、それらしいものは見つからないのよね」

「どのくらい信憑性がある情報かもわからないので、監視カメラの映像なども確認で

 きなくて……」

「とりあえず、こうして現地に来たものの、有力そうな証拠もなし。

 まぁ、アルドさんたちの助けにはなったみたいだから、徒労ではないけどね」

「本当に助かったよ。でも、それが事実なら大変だな」

「偽の情報だったのかもしれませんし、ただの見間違いだった可能性もあります。帰

 って会長に相談しようかと思っていたところです」

「そっか」

ふと、男の子が身じろぎをし、目を覚ました。アルドを見つけて上体を起こす。

「アルド兄ちゃん……?」

「お、気がついたか。痛いところはないか?」

「うん。ここは……?」

「大丈夫だ。すぐに帰るよ」

男の子を支え、アルドも立ち上がる。

と、アルドの格好を上から下まで眺めたクーアは首を傾げた。

「そう言えば、アルドさんって不思議な格好よね。その子も、街の子たちとはなんだ

 か少し雰囲気が違うし……」

「え?そ、それは……」再び慌てるアルド。

事情を知っているサキは、不自然に大きな声を出す。

「クーア、そろそろ戻ろうか!早く報告しないと」

「え?あ、そうね。じゃあ、」

ぐいぐい背中を押され、戸惑いつつも別れを告げようとするクーアだったが、別れの言葉は少年の悲痛な叫びにさえぎられた。

「エイミさん!?」


一同が声のした方を見ると、地面に倒れたエイミと、その傍らにしゃがむトルテ、そして、地に膝をついている一体の合成兵士がいた。

「エイミさんっ!だ、誰か……」

サキとクーア、アルドがすかさず駆けつける。男の子も一瞬どうするか迷い、遅れてついていく。

「トルテ!」振り向いたトルテは、二人の白制服のうしろにいたアルドを見て目を見開く。

「っ!アルド……!?」

「あっ!」と、アルドは今更、クーアの名前に聞き覚えがあったわけを思い出す。

「(しまった……!)」

内心焦るが、現状はどう見てもそれどころではない。

幸い、合成兵士は何らかの負傷を負っているようだが、いつ襲ってくるかわからない。

「何があったの?」と、クーア。

「…………」トルテは言い淀む。


              ×   ×


さかのぼること数十分前。シータ区画でエアポートへの出入り口を見張っていたトルテは、クーアたちがエアポートに向かうのを目撃する。

「クーア……!まさか、エアポートに……!?」

こうしちゃいられない、とあとをつけるトルテ。

その少し後で、

「あれは、トルテ……?」

一人で外に出て行くトルテを見かけたエイミも後を追い、エアポートへ。

トルテはしばらく調査をする二人を見守っていた。突然、二人が駆け出す。追いかけたトルテは前方の二人に見つからないよう距離をとって一連の、アルドたちを助ける流れを見ていた。

「(もう帰るみたいだし、僕の思い過ごしだったのかな)」と、安心し、二人に見つからないように帰ろうと思っていた矢先。

「お前、あの時の奴だな」

背後からの声に振り返ったトルテは、

「へ?……うわぁっ」と、仰天した。

すぐうしろに立ち塞がっていたのは、合成兵士だった。トルテはかろうじて立ってはいるが、足が地面に張り付いてしまったように動けない。

合成兵士は上機嫌に笑う。

「まさか自分から来るとは思わなかったぜ。ちょうどいい。これで終わりだ!」

合成兵士が振り上げた斧が、光を反射して輝く。トルテは死を覚悟した。

その時、すぐ目の前に人影が飛び込んできた。

突き飛ばされたトルテは数メートルうしろの地面に尻を打ち付け、痛みに顔を歪めながら先程まで自分が立っていた場所を見る。

そこには、見覚えのある少女が倒れていた。

「エイミさん!?」


              ×   ×


「ぼ、僕のせいで、エイミさんが……!」

結局、トルテはそれしか言えなかった。クーアたちをつけていたことは理由なしには説明できない。理由とはすなわち、予知夢のこと。まだそれを知らせる勇気はでない。

そうしているうちに、合成兵士が立ち上がった。

アルド、サキ、クーアの三人は倒れているエイミとトルテをかばうように合成兵士と相対する。

合成兵士は忌々しそうに低くうなった。

「お前ら、そいつの仲間か?」

「そうよ。あんたの目的は何?」

「そいつは目撃者だ。生かしておくわけにはいかねぇ!」

「目撃者……?」

事情が呑み込めず、戸惑うアルドたち。

しかし、どういうことかと問う間もなく、合成兵士は武器を振り上げる。

「仕方ねぇ。こうなったら全員まとめてやってやる!」

「来るぞっ!」

アルドの号令に、一同は臨戦態勢をとる。


              ×   ×   ×


戦闘の末、アルドたちはなんとか合成兵士を撃退した。

サキがエイミの傍にしゃがみ、体の具合を診る。その脇にクーアも付き添い、アルドとトルテ、男の子は心配そうに見守る。

「どうだ、サキ?」

サキはアルドを見上げ、笑顔でうなずく。

「気を失っているだけのようです。念のため、あとで病院で検査してもらいますね」

「頼むよ」

「はい」と、サキとクーアが立ち上がる。

唐突に、トルテは嫌な予感に襲われた。目の前の景色が、夢で見た光景と重なる。

考えるよりも先に、足が前へ動いていた。

その一拍後、わずかな物音がして、積まれたコンテナの陰から先程とは別の合成兵士が現れる。

合成兵士に一番近い位置にいたクーアは、コンテナの方に背を向けている。

「クーアっ!!」

クーアのもとへ走りながら、トルテは手を伸ばす。

その指の先で、トルテの視線を追うように背後を振り返ったクーアがようやく合成兵士の存在に気づいた時には、合成兵士の斧のような武器が振り上げられていた。

あと少し。あと、少し。


間に合わない……!


絶望的なまでの確信が、トルテの胸の内を占めた、

その直後。


刃と刃が激しくぶつかり合う甲高い音がした。

合成兵士の武器が弾き飛ばされ、宙を舞う。

相手の武器を弾き飛ばしたアルドは、重いしびれに歯を食いしばって耐える。

「くそっ」と、合成兵士は短く悪態をつき、即座に踵を返して逃走する。

大きいはずの姿は、アルドが追う間もなく、コンテナ群の中に消えた。


あたりが何事もなかったように静寂を取り戻す。アルドは剣をおさめ、クーアたちの方を振り向く。

「怪我はないか?」と、訊かれ、クーアは我に返った。

「あ、うん。ありがとう、アルドさん」

微笑むクーアと、安堵した表情でうなずき返すアルド。

トルテは中途半端な姿勢のまま、その光景を呆然と見ていた。

クーアとの距離は、あと一歩。

手を伸ばせば触れられるくらいの距離にいるはずなのに、トルテには二人との距離が果てしなく遠く感じられた。


僕じゃなかった。君を救うのは、僕じゃなかった。


アルドがトルテに視線を向け、口を開く。

が、アルドが何か言うより前にエイミが目を覚ました。

「ん……?」

「大丈夫ですか?」と、起き上がろうとするエイミをサキが支える。

アルドとクーア、トルテもそちらに視線を向けた。

「エイミ。大丈夫か?」

エイミはゆっくり立ち上がり、アルドを見て、目を丸くする。

「どうしてアルドがここに?」

「えっと、なんていうか、偶然に偶然が重なって……。それより、無事なのか?」

「えぇ。ただやられたりしないわよ」と、にっこり笑うエイミ。

ふと、こちらを見て立ち尽くしているトルテと目が合う。

「……あの、エイミさん」

トルテはエイミの前に行き、頭を下げた。

「ごめん。僕のせいで……」

「気にしないで。この通り、元気だし。それより、夢は?」

びくっと、トルテの肩が跳ね上がった。

「……それは、もう大丈夫」表情を見せまいとうつむいて言うトルテ。

焦ってクーアたちの前で訊いてしまったことに気づき、エイミは内心で自身の失敗を悔やんだ。

「そうなのか?」と、アルドは首を傾げる。

夢?と、事情を知らないサキとクーアも不思議そうだ。

「まぁ、ここじゃなんだし、シータ区画に戻ろう」

アルドの提案に、一同はうなずく。ただ一人、人質だった男の子を除いて。

「…………」

男の子に無言で袖を引かれ、アルドは慌てる。

「あっ。お、オレはこの子を送ってから行くから」

一同が笑みを零す中、トルテはずっとうつむいたままでいた。

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