桃色の爆走娘

 その日は、学校で身体測定をする日でした。

 いつもハルは飛べない子向けの特別なメニューをこなしていたのですが。


「先生、お願いがあります。わたしもみんなと同じメニューをさせてください」


 ハルは先生にそうお願いしたのです。

 先生は驚いて、首を横に振りました。


「ハル、君は空を飛べないだろう。同じメニューなんて無茶だ」


 しかしハルは食い下がります。


「せめて五十メートル飛びをみんなと一緒にやらせてください」


 ハルの熱意に負けた先生は、五十メートル飛びに参加することを許可しました。

 意地悪な男の子たちはひそひそと話します。


「飛べないくせに、恥をかくだけだぜ」


 あの事件の後、男の子たちはこっぴどく叱られてハルと距離を置いていました。

 しかしこの突拍子もないようなハルの行動に驚き、そしてくすくすと笑っていました。


「ヘマしたらみんなで笑ってやろう」


 最近の元気なハルを見てあまり面白くないのです。

 男の子は数人の仲間と一緒に飛べないハルを笑ってやろうと誓いました。


「ハル、大丈夫なの」


 イチカが心配してハルに聞きます。

 しかしハルはにこりと笑って答えました。


「うん、大丈夫だからしっかり見てて」


 心配そうに見つめるイチカに手を振って、ハルは列に並びます。

 まもなくハルの出番です。一緒に走る生徒の中には同学年でも飛ぶのが一番速いハーピーがいました。

 男の子たちは大きく差をつけられて恥をかくだろうとくすくす笑っています。


「のろまのダチョウって言ってやる」


 男の子はそう悪い笑みを浮かべていました。

 ハーピーの生徒が並び、間もなくスタートの笛が鳴ります。


「位置について、ようい」


 鳴り響く笛の音と同時、生徒たちが一斉に飛び立ちます。

 ハルはグランドの地面を思い切り蹴り上げて走り始めました。

 そして全員、飛べないハーピーのハルに驚くことになるのです。


 ぴんと手翼を後ろに伸ばして走るハルは、何人かの生徒を一気に追い越して差をつけます。

 抜かされた生徒は度肝を抜かれたかのような表情をして、頑張って追い付こうとしました。

 しかしハルの走るスピードにはついていけず、疲れてふらふらになってしまう生徒も居ました。


 ゴールまであと十メートルのところで、ハルは一番早い生徒と競り合っています。

 生徒も負けるわけには行かないと全力で飛び、ハルもまた勢いよく地面を蹴り走りました。

 あと五メートル、四メートル、三メートル。


 一瞬、生徒が疲れてふらりと体勢を崩します。

 そのたった一瞬で、ハルは体一つ分の差をつけました。

 ハルはそのままゴールを走り抜け、さらに十メートル先で止まりました。


 生徒も先生も唖然として彼女を見ています。

 一番早い生徒も自分が負けたのが信じられない様子です。

 ハルの友達イチカも驚いていましたが。


「すごい、すごいよハル」


 と、思わず歓声を上げました。

 その歓声を皮切りに、拍手と喝采がへとへとになりながら戻るハルを出迎えます。

 男の子たちはもう何も言えず、ハルを認めるしかありませんでした。


「イチカ、わたしがんばったよ」


 ハルは友達のイチカににこりと笑って言いました。

 イチカはハルの手を握り、嬉しそうに笑い返します。


「うん、とってもすごいよハル。ハルは一番早いハーピーになったんだ」


 ハルはそんな誉め言葉に少し照れ臭くなり、頬をかきました。

 先生も生徒もあの意地悪な男の子も、もうハルを馬鹿にするものはいません。

 ハルはついにみんなから認められ、立派なハーピーになれたのです。


                  ◇


「お母さん、いってきます」


 ハルは今日も元気よく家から駆けだします。

 お母さんも元気になった我が子に安堵する一方、怪我をしないか心配ごとが一つ増えてしまいました。

 それでも楽しそうに笑う我が子を見ていると、嬉しい気持ちでいっぱいになるのです。


「ハルおはよう」


 通学途中、イチカがハルと合流します。


「イチカおはよう、あのねあのね、昨日こんなことがあったんだよ」


 ハルは内気な性格は何処へやら。おしゃべり好きの元気な女の子になりました。

 そんなハルの変化にイチカも喜び、ハルのお話を楽しそうに聞いています。

 二人の友情は更に深まって、もう親友とも呼べるほどになりました。


 ハーピニアの住民たちも、ハルをかわいそうなんて思う人はもう居ません。

 むしろ元気過ぎて困ってしまうくらいです。

 もう少し大人しくなってくれないかな、なんてボヤきも聞こえてくるほど。


 しかしそれでも、ハルを邪険に扱うものはもう誰もいません。

 こうしてハルはハーピニアの一員として、立派なハーピーの一人として、みんなから認められたのでした。

 桜の咲く春の季節。今日も元気に桜色のハーピーが大地を駆けぬけています。




 そして、十年と少しが経った頃。

 とある少年との出会いによって、ハルは大空を目指す大冒険をすることになるのですが。

 それはまた、別のお話です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

桃色爆走ハルピュイア前日譚 ─飛べないハーピーが最速の娘になったワケ─ 白頭イワシ @hakuto_iwashi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ