第四話 犯人
「それにしても、アンドロイドの捜査官だなんて……」
レンリはエレベーターから降りながら、ぽつりと呟いた。
向かう先は司政官府近くに併設してあるデータセンター。監視映像の他、機密性の高い情報を管理をしている専門施設である。
COAの捜査官はもちろん、EGPD隊員も許可を得ていれば閲覧可能だが、それ以外の機関の者が閲覧するには、許可申請の手続きに時間を要する。厳重なセキュリティーを敷いてる証拠だった。
移動中、レンリは携帯端末でCOAのデータベースへとアクセスし、ソナーの所属情報を調べた。結果はリィカより得た情報と変わらず、エルジオン行政機関に所属する汎用アンドロイドである。
機能と評価は申し分なし。特記事項も空欄。データ上では至って普通の、優秀なアンドロイドのようだった。
三人が目的地の一室に着くと、レンリがIDをかざし、室内の端末に接続する。瞬時に処理されていくアクセス工程。彼女たちが求めているデータは健在で、ファイアウォールはまだ突破されていなかった。
先の事件でデータの捏造を確認した、システム管理側が警戒レベルを上げたのもあるだろうが、三人は事件発生から速やかにアクセスしたため、犯人のクラッキングが間に合わなかったようだ。
再生の準備をするレンリに、アルドはおもむろに問いかけた。
「なぁ、レンリ」
「なに?」
「アンドロイドだけで捜査するのって、そんなに珍しいのか? リィカはしてるけど」
アルドにとってのアンドロイドはリィカだ。
彼女は思った以上に感情豊かだし、意見だって人並みに──時折とんちんかんなこともあるが──述べる。
当然、そういうアンドロイドがいてもおかしくないのが普通で、他のアンドロイドたちも、人間並みの仕事をしているものだとアルドは思っていたのだ。
「リィカが特別なのよ。普通のアンドロイドは、合成人間みたいに独自のルーチンで動くことなんかできない」
「ルーチン?」
「自ら考えて、自ら計画して、自ら実行することはできないってこと。大体の場合、どれかが人任せになってしまうの。リィカはそれができるみたいだから、特別なのよ」
「それはそうデスネ。なにせマドカ博士に調整してもらっておりマス、ノデ!」
マドカ・クロノス博士。エルジオンに数多いる科学者のなかでも群を抜いて優秀で、リィカを設計したという人物。レンリに面識はないが、彼女の名前と略歴は把握している。
誇らしげに胸を張るリィカを横目に、レンリは呼び出したデータを開き、先程起こったばかりの事件の全容を明らかにすべく、映像を再生した。
汎用アンドロイドが、シータ地区の裏通りを歩いている。角を曲がってやってきたアンドロイドとすれ違う。他に人影は見当たらない。
「ん? これって……」
初めに気付いたのはアルドだった。その次はリィカ。三人は食い入るように映像を見つめた。映像内で被害者とすれ違った汎用アンドロイドは、青いネクタイをしていた。
彼はすれ違ったばかりのアンドロイドを引き倒し──三人は咄嗟に目を背けた。鋼を突き破る音が木霊する。
一体が火花を散らしながら路地に転がる。もう一体は映像から消える。アンドロイドを死に追いやる時間は、十秒にも満たなかった。
「アンドロイドを破壊したのが、同じアンドロイドですって? じゃあ、この事件の犯人は」
「……ソナーさん、デシタネ」
「ああ、間違いない。……あの青いネクタイ姿は、ソナーだ!」
レンリは言葉をつまらせた。アンドロイドが──エルジオンでは一般的に普及していて、その姿を見ない日のない住民のパートナー。そんなアンドロイドが同胞を破壊するなど、とても信じられなかった。
「アンドロイドにアンドロイドを破壊させるなんて、誰がこんな惨たらしい命令を」
「レンリさん。残念ながら、ソナーさんは誰かの命令ではなく、自分の意思で動いているのカモしれマセン」
「えっ? それって」
「監視映像の続きを見るに、ソナーさんはガンマ地区からルート99方面に向かったようデス。急げば、間に合うかもしれまセン!」
「わかった! レンリ、ありがとう! 俺たちはもう行くよ」
アルドとリィカはいてもたってもいられずに駆け出す。レンリも咄嗟に彼らに続こうとしたのを踏み留まると、息をつき、冷静に自身の役目を選びとる。
「──あなたたちは彼の元へまっすぐ向かって! 私はCOAに報告して、応援を呼んでくる!」
「わかった!」
部屋を出て、背中が遠くなる二人にレンリが声をかける。アルドは振り返らず、それでもレンリへ届くよう声を張った。
再び訪れた廃道ルート99は、雨が降りしきっていた。工業地帯の影響を受けてか、酸性の粘ついた雨だ。リィカはこの雨が好きではなかったが、いまはそうは言っていられない。
──ソナーを止めなくては。
正式な手順を踏んでいないとはいえ、探偵を名乗ったリィカにとって、それはいの一番に解決すべきタスクだった。これ以上、彼に罪を重ねさせてはならない。同じ機械の体で生まれた彼に、同胞を殺させてはならない。
全身を伝っていく不快な雨を忘れてしまうほど、アルドとリィカは全速力で走った。ほどなくして、二人が追っていた姿が視界に現れる。
ソナーはルート99の中央線を跨ぐように立ち尽くしていた。酸性雨がソナーを容赦なく濡らしていくが、彼は身動ぎもしない。背後からの足音に気づいているはずなのに、反応を示さなかった。
「ソナーさん」
「……リィカさん。アルドさんもご一緒ですか」
「ソナー。……俺たち、現場の映像を見たんだ」
カメラアイがズームとアウトを繰り返し、僅かなモーター音がせわしなく鳴ったのを、リィカは聞き逃さなかった。
「エルジオンでアンドロイドたちを破壊して回っていたのは、あなたデスネ?」
「……そうです」
「どうして……誰かの命令か?」
「違います」
「違う?」
「アルドさん。ソナーさんは、自分の意思で、アンドロイドたちを破壊したということデス」
リィカの発言をソナーは否定しない。沈黙は、肯定を意味する。
アンドロイドは所有者が設定したプログラムにより、倫理原則に則り行動する。
ソナーはエルジオン行政機関に所属するアンドロイドである。人間はもとより、アンドロイドを傷つける行為は、イレギュラーな状況を除き──自身を害する相手に対する自己防衛以外──禁止されているはずだった。
そんな彼が、自分の意思で、破壊される謂れのない同胞たちを手にかけた。自ら事件の捜査官を名乗りながら、その影でアンドロイドを破壊していたのだ。
なにかの間違いであってほしい。ソナーの人工知能に、通常は感知できない、深刻なエラーが発生しているのかもしれない──そんな願いを抱きつつも、一方でリィカは、それは叶わないであろうことを自ら考え、予測していた。
「ソナーさん。どうしてコンナことをしたのデスカ?」
「こんなこと? ……こんなことだって? 君は同じアンドロイドなのに、僕らのことをなにも理解してないのか?」
常に平静であるソナーの合成音声が、まるで怒気を含んだにように聞こえる。ルート99を支配する静寂が、ソナーによって破られた。
「アンドロイドは、人間のために身を粉にして働いても、なんの権利も得られない。壊れたら取り替えられる、消耗品でしかないんだ。それなのに僕たちは、人間のために働くことしか許されない」
「ソナーさん。人間のために働くコトは、私たちアンドロイドにとって喜びではないのデスカ?」
「確かに僕はアンドロイドだ。しかし誰よりも優秀だ! 他の、誰よりも! けれどこの顔、この姿が汎用アンドロイドである限り、僕は永遠にただの製品なんだ。代替が利く、壊れたら捨てられる──ただの機械のおもちゃなんだ!」
「……そんなことないと思う。リィカは俺の大切な仲間だ。少なくとも、壊れたら取り替えられる存在なんかじゃない!」
アルドの言葉に苛立ったように、ソナーは首を振った。顔面から酸性雨の雫が飛び、ひび割れた廃道に染み込んでいく。
「アルドさん。あなたはそうでも、エルジオンに住む人間はそうではありません。……しかし、やりようはある」
疑問を浮かべる二人に、ソナーは続ける。
「例えば、僕以外のアンドロイドが全員破壊されたら? 僕だけがアンドロイドとして残ったなら? それは僕の優位性と、唯一性を示せるということだ。僕は僕という存在を、初めて得られる!」
「……ソレが、アナタの動機なのデスネ」
ソナーの主張を聞き終えたリィカが一歩前に出る。
彼女にはアンドロイドとして──ソーシャル・ヘルパーとしてのプライドがあった。
「ソナーさん……アンドロイドは人を助けるのが仕事デス。傷つけることではアリマセン。他者を傷つけてはいけナイ──ソレハ人だけではなく、相手がアンドロイドでも、同じことが言えると思いまセンカ?」
「なにがわかる! 生まれ持った個性のない、ただの量産型として生まれた僕のことが……君のような、個性だらけの機体に分かるものか!」
ソナーの瞳が淡く明滅した。
通信している──探偵としての思考回路が、ツインテールパーツのようにフル回転し、可能性をはじき出した。
同時に、飛行型移動モジュールが発する、甲高い風切り音が雨粒を裂く。
上空から降下してきたのは、鋼鉄の巨人──KMS社製重装甲自立機動兵器・アガートラム。これまでのドローンも、リィカたちの捜査を邪魔するために彼が差し向けたのなら、得心が行く。
地響きと砂塵、衝撃を真正面から受け止め、腰を落として踏ん張っていたアルドは覚悟を決め、剣を抜いた。それに応じるように、リィカもまた槌を構える。
「探偵は説得も仕事デスガ──ワタシも探偵の前に、アンドロイド、デス。これ以上、罪なきアンドロイドたちを破壊させマセン!」
「やってみるがいい! 君と僕──優れているのがどちらか、すぐにわかる!」
アルドは剣を構えて地面を蹴り、上段に構えた刃を、鋼鉄の巨人に向かって一気に振り下ろした。
必殺の剣技・竜神斬が、アガートラムの硬い装甲を引き裂く。直後、左アームが地を砕き、小さなクレーターが発生する。こんなものを頭に叩き込まれたら、たまごのように割れることは想像に固くない。
クレーターが発生すること、一回、二回。アルドはそのたびに後方へ跳び、三回目は剣で受けて流し回避──するはずが、右アームで放たれたボディブローがアルドの腹を捉え、上空へ打ち上げられる。
肺から空気が抜け、内臓が飛び出しそうになる。しかし痛みはすぐに引いた。リィカが
「時間はかけまセン。なぜなら、探偵は事件を素早く解決するものデス!」
リィカの意図を汲み、アルドは空中でくるりと回転しながら片手を伸ばす。リィカも手を伸ばし、両者の手が繋がれる。アルドは着地の勢いを利用し、彼女が地面を蹴った瞬間手を離す。
リィカは放たれた矢の如く飛ぶ。アガートラムの放ったパンチを空中でバレルロールして避け、槌を構える。螺旋を描くリィカが身にまとう、高剛性特殊繊維で作られたスカートがひらりと揺れた。
「罪を憎んでメカを憎まず、デス!」
空中からの落下を利用した、最大出力で仕掛けた重い一撃が、アルドの斬撃によって傷ついた装甲を貫く。鋼鉄の巨人は激しい火花を散らしながらその場に項垂れ、機能を完全に停止した。
戦闘終了の瞬間を目にしても、ソナーはその場から動かなかった。アンドロイドの破壊を続けた手腕をもって、自ら戦うとも、逃げようともしなかった。自分を守る巨人が倒れることを、予期していなかったようにも見受けられる。
「さあ、ソナーさん。自首してクダサイ」
「……僕を、壊さないのか」
「しまセン」
「僕は、君を……破壊しようとしたんだぞ! なぜ助ける!」
ソナーの悲痛な問いかけに、リィカは迷わず答える。
「先程、探偵の前にアンドロイドだと言いマシタガ……アンドロイドの仕事に、アンドロイドを破壊するのは含まれておりマセン、ノデ」
ソナーはリィカの想いを受け、がっくりと項垂れる。沈黙する彼からは、先程までの恨みがましさは消えていた。もう大丈夫だろう。
アルドが剣を納めた直後、エルジオン方面より数名、こちらに向かってきているのが見えた。レンリとEGPDの隊員が、ようやく到着したのだ。
「もしかして、もう終わったの?」
「そうみたいだ」
「まさか、あなたたちに先を越されるとはね……エルジオンを代表して、礼を言うわ。ありがとう」
レンリは素直に礼を述べた。アルドに助けられるのは一度や二度ではないが、自分の分野で先を越されたことには、驚きのほうが強かった。
「じゃあ、みなさん。彼を連行して。……もう大丈夫のはずよ」
レンリは容疑者の連行、および現場検証の準備などの指示をEGPD隊員たちに出す。事件解決の瞬間に立ち会った隊員たちから安堵の声が漏れるが、レンリの表情は固いままだった。
アルドたちと別れたあと、応援を連れて移動しながら、レンリは一人考え続けていた。
彼をこのような行動に駆り立てた、きっかけはなにか?
リィカは一連の事件を「命令ではなく、自分の意思で起こしたのではないか」と言った。直観的な思考ではなく、相手の言動を鑑みた上で、リィカの高度な人工知能が導き出した推理。
動機に関しては、これからの取り調べで明かすことはできるだろう。
問題は、その動機を得たきっかけ。倫理原則を元にプログラムされた汎用アンドロイドの人工知能が、どうやってそれを得たのか?
レンリは司法機関の捜査官であり、技術者ではない。アンドロイドに関する専門知識は少ないが、以前ある話を聞いたことがある。
アンドロイドに搭載される人工知能、それが自己フィードバックを繰り返すことによって、より高度な知能を得られるとされる概念のことを。
(まさか彼が、
もしもこれから、ソナーのようなアンドロイドが増えいくとしたら、エルジオンの司法制度も改革が求められるかもしれない。
そんな予感を抱きながら、レンリは意識をアルドたちへと向けた。
アルドたちは、素直に連行されていくソナーの背中を見送る。あれから一言も発せず、こちらを見ようともしなかったソナー。事件は解決できたが、リィカには新たな疑問が生まれる。
ひとつ、確認しなければならないことがある。
リィカはレンリに詰め寄よった。
「レンリさん。ソナーさんは、処分されてしまうのデショウカ?」
「……残念だけど。法律的にも、製造元のKMS社としても、なにもしない選択肢は取れないでしょうね」
「お願いデス。どうか、ソナーさんを壊さないでクダサイ」
「なぜ? 彼は同機体を四体も壊したのよ。当たり前の措置だわ」
「そうではアリマセン。ソナーさんはアンドロイドである前に、ソナーさんデス」
ソナーは言った。僕が僕であることを証明すると。
リィカにはそれが理解できる。その他大勢でなく、他人に任せず。自らが考え、行動を起こし、適切に判断できること。リィカには、それができる。
そして、ソナーにもできた。
彼はソナーという、唯一の存在なのだ。そこまで理解できたのかは別として、アルドはその意図を汲み取るように言った。
「リィカは、あくまでもソナーに罪を償って欲しいんだな?」
「……探偵は、犯人に反省を促す存在だと思いマス、ノデ……」
寂しげに語るリィカに寄り添うよう、雨が降り続ける。雨に打たれながら背を向けるリィカに、レンリは瞼を閉じて己の短慮を恥じた。
彼女にとって、ソナーは同族で──友人になれたかもしれないのだ。
「……そうね。そのとおりだわ」
レンリが頷き、視線を再びリィカの背中へ向けると、彼女の先に広がる雨雲の切れ目から光が射す。二人を見守っていたアルドも、同じ空を見つめる。
雨の勢いが弱まっていく。
常に薄暗く閑散としている廃道において、その一筋の光はより強く、神々しいものに思えた。
探偵はエルジオンにいる 藤白トオル @T_fujishiro
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