第三話 疑惑

 湿り気のある生ぬるい風がアルドの髪や頬を撫でる。雲行きを見るに、これから雨が降るかもしれない。


 現在、廃道ルート99は一般人による通行は禁止されており、EGPDのような行政機関、もしくはハンター業の者たちが時折足を踏み入れるくらいだ。基本的に人は立ち入らない、寂寥感が漂う場所だ。

 かつての公道に走る亀裂や、撤去されず放置された瓦礫を避けながら、アルドとリィカは進んでいく。彼らは旅の途中に何度かここを訪れていたが、今回はいつになく緊張感に包まれている。


「……なぁリィカ」

「ハイ」

「なんだろう……やけに静かじゃないか?」

「ハイ。シカシ敵性勢力が潜伏している可能性があり、随時索敵サーチしていマスガ、周辺には野良ネコしかイマセン」


 アルドも目視できる敵がいないか確認しているが、いつもならルート66を徘徊しているドローンや強敵FEARが、いまは一体も見当たらない。廃墟特有の深閑さが、不気味な雰囲気を増長させている。

 嵐の前の静けさかもしれないと、二人は不意打ちに備え、警戒を解かずに進んでいく。そうしてやけに長く感じる道を抜け、目的地の工業都市廃墟に辿り着いた。


 一息入れる時間も惜しく、アルドたちは歩みを止めず廃墟内へと進入を試みる。

 ところが、自動ドアが開くと一転、四足歩行型マシンが三体立ちはだかった。


「こいつ、いつもはここにいないやつじゃないか」

「アルドさん、まずはこの場ヲ切り抜けマショウ! 戦闘準備デス!」


 四足歩行型マシン・アリアンフロドはKMS社製警備用マシンで、アルドたちが知る限りではゼノ・ドメインに配備されている機体だ。現在対峙しているそれらは、高い知能を有する合成人間たちによりプログラムを書き換えられ、彼らのアジト用迎撃システムとして換装されたようだ。

 アリアンフロドは、搭載されたミサイルポッドより攻撃対象へ容赦なく鉛弾を浴びせる。弾の軌道さえ読めれば回避のしようもあるが、本当に厄介なのは機体の防御面だ。装甲は防衛特化仕様で弱点が少なく、アルドの斬撃やリィカのハンマーによる打撃では決定打に欠け、相性が悪い。

 リィカの回復と補助、そしてアルドの攻撃で地道にダメージを蓄積させ、なんとかアリアンフロドたちを撃退する。

 アルドは練度が高い剣士ではあるものの、この場に至るまで走り続けていたのもあり、脚に疲労の蓄積を覚える。アルドは呼吸を整えながら剣を収めた。


「くそっ。いつもより警備が厳重になったな」

「サーチモード。──センサーに動態反応アリ。この先にドローンが複数徘徊していマス」

「そうか……戦闘はなるべく避けていこう。体力を温存させたいし、途中で応援を呼ばれると厄介だ」

「了解しマシタ」


 廃棄された施設は必要最低限の電力で稼働しており、各所に設置されている大型ディスプレイは頻繁に点滅している。故障した機器や、剥き出しの配線から火花が散る音が反響する中、二人は警備用に配置されたドローンをやり過ごしながら進んでいく。


「リィカ、なんか変じゃないか?」

「ハイ。ここに来るまで、合成人間を一体も確認していマセン」

「そうなんだよな。いつもはもっといるはずなのに」

「合成人間たちが、なにかしらの計画を画策しているノデショウカ?」

「どうだろう。さっきソナーが話していたことと関係あるのか……奥まで確かめに行かないと」



 工業都市廃墟・最深部。エルジオンから廃道ルート99を通り、人の気配が一切ないこの廃墟を住処とする者が存在する。

 合成人間。KMS社によって生み出された、半有機生命体。すべて機械製のアンドロイドと比して明確に違うのは、人としての意志が存在する点だ。

 当初はそうした意志が人間の役に立つだろうと目されていたが、実際にはそうならなかった。彼らに与えられた意志は、支配者たる人間に叛逆する道を選んだのである。


 アルドたちも彼らと戦ったが、現在は合成人間たちの指導者であったガリアードのパートナー機・ヘレナと縁を結んでいる。

 穏健派であるヘレナがアルドたちと和解したことにより、武闘派の活動も散発的なものとなってはいる。それでも、合成人間という種族が抱えている人間への憎悪は根深い。

 よってソナーが唱える合成人間犯人説も、ありえない話ではないだろう。いまのアルドとリィカは、それを否定できる証拠を入手していない。


「サーチモード終了。アルドさん、やはり様子が変デスネ」

「ああ。静かすぎる。結局、合成人間もここまで見かけなかった。隠れてるにしても……ん?」


 炉内を駆け抜けていたアルドが見つけたのは、キャットウォークを歩いている男性型合成人間であった。しかし、様子がおかしい。

 アルドは剣士として、相手の戦闘意欲というものがわかる。合成人間は知覚能力が総じて高く、この廃墟内でいえば人間の存在を許さない。見つければすぐに襲いかかってくる。

 それが、視界に入ってもなお戦闘態勢に移行しない。それどころか、こちらを認識しているかどうかも怪しいところだ。


「アルドさん。どうやらアノ合成人間には戦闘意志がないようデス。聞き込みしてみまショウ!」

「あっ! リィカ!」


 返事も待たず、リィカは駆け出し、合成人間の元へと走っていく。アルドもそれを追いかけた。

 合成人間は目と鼻の先まで近づいてもなお、武器を構えようとしない。やはり様子がおかしい。


「なんだ人間。ここは我々の領域だ。勝手に入るな」

「ソレニしては、戦闘モードに移行する様子がありマセン。ナニかあったのデスカ?」


 合成人間は少し間を置いたが、やはり攻勢を見せない。とはいえ、アルドは緊張を解かなかった。現時点では不意打ちの可能性もある。


「……お前たちに説明する義理もないが、面倒だ。俺は移動中なんだよ」

「移動中? どういうことだ?」

「俺たちは定期的なメンテナンスを受けられない。人間と反目しているからな。だがそのままだとガタがきてしまう。だから何年かに一回、仲間同士で一斉に点検とメンテナンスを行うんだ」


 初めて耳にした情報に、アルドとリィカは目を合わせる。けれどこれで、廃道ルート99を空けるかわりに、工業都市廃墟内の警備が厳重になる理由に説明がつく。


「仲間同士で……合成人間なら、それも可能なのか」

「三交代制で、とにかく時間がかかるんでな。二週間前から始めて、明日ようやく終わるのさ。俺も今から別のヤツと交代して、メンテナンスを受けるんだ」

「チョット待ってクダサイ! デハ、合成人間はここ二週間は外に出てイナイのデスカ!?」


 合成人間は頷くと、話は終わりとばかりに背を向け、いつもより緩慢な動きで奥へ向かっていった。

 普段は敵対する者同士、言葉は少なかったが──その言葉に嘘はないだろうとアルドは感じていた。嘘と断じるには、あまりに真実味を帯びているし、事実として合成人間たちは先程の機体以外、姿を見せていない。

 しかし同時に、アルドたちが追ってきた手がかりが、ここで途切れてしまったことになる。


「ソナーさんノ推理ハ、外れていたのでショウカ?」

「そういうことになるのか……でも、ここに残っていても仕方がない。エルジオンに戻ろう」



 アルドたちは工業都市廃墟をあとにし、変わらず静寂を保つ廃道ルート99を難なく通り抜け、エルジオンに帰ってきた。ガンマ地区の様子は特に変わらず、一見すると平和な日常の一幕に思える。


「これからどうする? もう一度セバスちゃんに相談してみるか?」

「待ってクダサイ! EGPDの緊急無線を傍受──アルドさん、事件発生デス!」

「えっ!? それって、まさか」

「残念ながら、新たにアンドロイドの犠牲者が出てしまいマシタ。現場に向かいまショウ!」


 リィカが傍受した情報によると、今回も事件現場はシータ地区だった。先の現場と同じく、人目につきにくい通りだ。

 最初にアルドたちが見たときと違い、事件発生直後であるからか、到着した頃にはEGPD隊員だけではなく、野次馬がたくさん集まっていた。

 人混みをかき分け、バリケードテープへ近づこうともがく二人。すると、アルドの視界の端に動く影があった。


「ん? あれって……」

「アレハ……ソナーさんデスネ。EGPDの皆さんと、合流するのでショウカ?」


 ところが、リィカの予想に反してソナーは現場から走り去る。既に必要なやりとりは終えたということだろうか。


「あいつ、どこに行くんだろう? もしかして、工業都市廃墟に行くのかな」

「デスガ、合成人間たちは、いまは動けないノデ……そういえば、工業都市廃墟を捜査範囲に追加したとのことですが、他の捜査官にはお会いしませんデシタネ」

「そこの二人、ちょっといいかしら」


 不意に、凛とした声が二人に向けられた。声の主はバリケードテープの先より、アルドたちへと近づいてくる。

 アルドが視線を向けると、見知った顔に表情が和らぐ。眼前には、ワイシャツとタイトスカートの上にハーネスを装備し、クリーム色のダッフルコートを羽織る金髪碧眼の女性がいた。


「レンリじゃないか! もしかして、COAが呼ばれたのか?」

「ええ、EGPDから応援要請があってね。私が担当することになったの」


 テープを越えて側に来たのは、COA──エルジオン司政官直属の、司法組織に所属する捜査官・レンリだった。ローツインテールを肩の後ろへと流し、身だしなみを整えてつつ二人を見つめる。

 レンリはアルドの仲間の一人で、彼女の捜査をアルドも手伝ったことがある。「罪が適正に裁かれる世の中を目指している」と口にするレンリは、妙齢ながら正義感と責任感、そして有事の際には、自身の背丈ほどある戦斧バトルアクスを振るう剛腕を兼ね備えた、優秀な捜査官だ。


「アルドの仲間のアンドロイドって、あなたのことね? 初めまして、COA捜査官のレンリです」

「はじめマシテ、レンリ捜査官。ワタシはリィカ。アンドロイド探偵デス!」

「レンリでいいわ。それより……アンドロイド探偵?」


 レンリが首を傾げる。司法機関に所属している彼女が、探偵について知らないわけがない。けれども、リィカの発言に対し微妙な反応を示すレンリに、アルドは嫌な予感がした。


「バッジはある?」

「バッジ、デスカ?」

「エルジオンで探偵を名乗るなら、立場上ライセンスバッジを見せてもらわないと」

「エッ……」

「……まさか、勝手に名乗っていたの? そもそも、アンドロイドが探偵になるなんて前例自体ないけれど、無免許で探偵として捜査をするのは犯罪よ!」

「なっ、なんだって!」


 エルジオンの探偵って、免許が必要だったのか!

 目まぐるしく変化する状況に対応するので精一杯だったが、アルドが内心疑問に思っていたことの答えが、最悪のタイミングで開示されてしまった。

 リィカは慌てて謝罪し、アルドもそれに倣う。


「申し訳アリマセン! ソーシャル・ヘルパーと兼任すると決めた直後に事件が発生し、現場に向かったノデ……調べるのを失念してイマシタ」

「ごめんレンリ。俺も知らなくて……リィカは、逮捕されちゃうのか?」

「…………」


 レンリは腰に手を当て、険しい表情を浮かべながら二人を見据える。

 故意ではなかったと二人の反応からうかがえるが、このまま「はいそうですか」と放免するわけにはいかない。

 諸般の事情を鑑みたうえで判断を下すにあたり、レンリはリィカに確認しなければならないことがある。


「ひとつ聞かせて。リィカはあくまで、自分の意思で捜査をしていたのであって、誰かから依頼されたとか、金銭の授受は発生していないのね?」

「それはアリマセン。ワタシは探偵として、それ以前にいちアンドロイドとして、これ以上アンドロイドが被害に遭うのを、阻止したいと考えてイマス」


 即答。嘘偽りない言葉。

 アンドロイドは嘘をつかない。加えて、レンリが協力しようと思える青年が、共に事件を追いかけているという事実。

 悩んでいる時間はない。彼女の内にある天秤は、即座に結論を示した。


「はぁ……厳重注意は免れないけれど、いまは連続破壊事件を止めるためにも、信頼できる協力者が必要よ」

「それデハ……」

「二人とも、協力してくれる?」


 レンリのはからいと要望に断る理由はない。二人は大きく頷いてみせた。


「もちろんデス!」

「レンリ、ありがとう! 助かったよ」

「レンリさん、早急に現場周辺の監視カメラを確認してクダサイ! 犯人がシステムにクラッキングして、証拠を隠蔽してシマイマス!」

「わかった。じゃあ、私について来て。あなたたちがこれまで得た情報は、移動しながら聞かせてちょうだい」


 レンリ誘導の元、道中二人は捜査で得た情報全て明かした。特に合成人間の一斉点検とメンテナンスの件はレンリも初耳だったらしい。

 だがそれよりも、レンリには気がかりな点があった。


「ねぇ、あなたたちの話に出てくるアンドロイドのことなんだけれど」

「ソナーさんデスカ?」


 KMS社製汎用アンドロイド・呼称ソナー。エルジオン行政機関に所属するアンドロイド。製造IDと所属は初対面の折りにリィカが確認している。身元情報に問題は見受けられないのだが、レンリが知る情報と照らし合わせると、どうしても矛盾することがある。

 レンリはしばし沈黙した後、走行スピードは落とさないままそっと唇を開いた。


「確かにアンドロイドは優秀だし、捜査の手助けだってできるけれど──エルジオンに、単独で動けるアンドロイドの捜査官は存在しないわ」


 衝撃的の一言。アルドはもとより、リィカも驚きを隠せず、思わず足を止めてしまう。


「存在シナイ? 単独捜査の許可は降りないということデショウカ?」

「そうよ。彼らの役割はあくまで補助。捜査の主導権は、任務を命じられた人間の捜査官にあるの」

「えっ……じゃあソナーは、なんで一人で捜査しているんだ?」


 三人はそれぞれ顔を見合わせたが、求める答えは得られなかった。

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