第二話 追跡
ドローンによる襲撃現場をあとにしたアルドとリィカは、正門を抜け、エルジオン・シータ地区へと向かう。捜査官のソナーに指摘されたとおり、犯罪捜査に関して素人である二人では、足で稼げる情報にも限界がある。
なら第三者の助力を求めよう──そんなときに頼れる心強い味方が彼らにはいる。
シータ地区の住宅地。規則的に並ぶ新築のハウス・ユニットの一つを訪ねると、二人を快く出迎える少女が現れた。
「どうしたの? なにかトラブル発生?」
「今日はセバスちゃんに、どうしてもご協力いただきたいことがありマス、デス!」
リィカが申し出るなり、なにかを期待している様子でピンク色のツインテール──リィカのメインカラーより落ち着いた色合いだ──を揺らし、セバスちゃんと呼ばれた少女は耳を傾けた。
アルドたちの仲間・エイミの友人でもある家主は、小柄な体躯にジャケット、ショートパンツといったカジュアルな服装も相まって、実年齢より幼く見える風貌だ。
しかしその瞳には、物事を冷静に見極め、判断できる理知的な光が備わっている。彼女は機械工学とバイオ光学に精通している天才的なエンジニアであり、その知識と技術にアルドたちは何度も助けられてきた。
アルドはこれまでの経緯をセバスちゃんに説明する。
アンドロイドが連続で破壊される事件が発生していることや、捜査に出向いたものの、戦闘用ドローンの襲撃に遭ったこと。そして現状、手がかりはなにひとつ得られていないことなど、一部始終を伝える。
「……コレが、迎撃したドローンから回収した
「ふうん……これから通信記録を復元して、手がかりになるかを知りたいわけね」
「セバスちゃん、なんとかできそうか?」
800年前の時代に生きるアルドにとって、リィカとセバスちゃんが口にする用語はオーバーテクノロジーであるため、理解が及ばないことが多い。
されどこれまでの経験から、セバスちゃんの知識と技術に関しては、信用に足る人物だということはわかる。
全幅の信頼を寄せるようなアルドの視線に、セバスちゃんはくすぐったさを覚えてしまう。
「とりあえず調べてみるから、ちょっと待っていてくれる?」
「ああ、わかった!」
「セバスちゃん、お願いしマス」
リィカから部品を受け取り、セバスちゃんは席を外す。アルドは腕を上げ体を伸ばすなどの柔軟を始め、リィカはネットワーク検索による情報収集に勤しむ。
「ねぇ、ちょっとこれを見てほしいんだけど」
ところが、作業部屋にこもったと思いきや、ものの数分で戻ってきたセバスちゃんにアルドは首を傾げる。セバスちゃんの手には小型の端末があり、そこから発せられるホログラムにはドローンが表示されている。
「あなたたちを襲ったのって、この赤いやつ?」
「ハイ。間違いありマセン」
「道理でね……残念だけど、捜査の参考にするのは諦めたほうがいいかも」
「えっ、どうしてだ?」
アルドの問いかけにセバスちゃんは肩をすくめた。
「このドローンは従来の汎用型に似てるけど、最近実装されたばかりの新型でね。しかも完全に
「そうなのか……機械のことで、セバスちゃんでもできないことってあるんだな」
「ちょっとアルド。あくまですぐにサルベージするのが難しいのであって、完全にお手上げってわけじゃないのよ?」
「シカシ、事件はこれで三件目デス。新たに被害が出る可能性がある以上、一刻も早く犯人を見つけ出したいノデ……」
「でしょ? だったら、もっと手っ取り早く証拠を見つけたらいいのよ」
「手っ取り早く?」
機械工学とバイオ光学の天才であるセバスちゃんには、もう一つの
彼女はAD1100年において、誰もが恩恵を受けているといっても過言ではないとされる巨大企業・KMS社会長の孫娘でもある。そんなセバスちゃんには、よくチェスの対戦をする間柄の友人がいた。頭脳明晰である彼女の相手になる人物──。
「司政官に話しておいてあげるから、街の監視カメラを確認したらいいんじゃない?」
「監視……かめら? ええと、確か映像が見れる機械のことだよな」
「そう。被害者の保険用装置は抜かれていたとしても、犯人が現場にいた事実は変えられないわ」
「ナルホド! 現場周辺の録画映像を辿れば、それらしき人物が映ってるかもしれマセン。探偵は、監視カメラを確認するモノ……忘れていマシタ!」
「探偵? ああ、リィカは探偵になったんだっけ」
「あのさ、探偵ってすぐになれるものなのか?」
「調べたことないけど、名乗ればなれるんじゃない? 相応の技術は必要だろうけど」
「さぁ、アルドさん! 善は急げ、デス!」
アルドとリィカはセバスちゃんに礼を述べ、足早に彼女の自宅から移動する。道中、セバスちゃんから話を聞いた司政官から、リィカに直接通信があった。街の治安維持に繋がる用件と認められ、その場で許可を得る。
司政官は五分後に会議を控えているとのことで、司政官室前に到着した二人は、命を受け待機していた汎用アンドロイド──ネクタイの色は赤い──により、フロア内の一室に案内された。
監視システムの担当官が離席しているため、案内役のアンドロイドが代わりに操作方法を説明する。リィカはEGPD隊員より得た情報、事件発生の推定時刻と場所を音声にて入力する。
音声認識システムにより画面が切り替わり、新たに複数の映像が出現する。さらにそこから三分遡る。事件の一部始終、被害者の犯人の動きを掴むためだ。
アンドロイドは誰が破壊したのか?
その全貌が明らかになる──はずだった。
四分割された画面の中で、被害者のアンドロイドがそれぞれ異なるアングルで映る。現場である路地には、目的地への
カメラのひとつが、ちょうど建築物のあいだの路地を真正面から捉えていた。アンドロイドが薄暗い路地に消えていき──次の瞬間、アンドロイドは既に破壊されていた。
「あれ……?」
画面を食い入るように見つめていたアルドの双眸が丸くなる。瞬きをしないよう注意していたはずなのに、決定的瞬間を捉えられなかった。
「スミマセン、映像の再検索をお願いしマス。被害者が路地に入った直後ヨリ」
「──該当ナシ。リィカ様ガ指定シタ時刻ノ保存データハ、消去サレテイル模様」
「消去? 消されたってことか!?」
「では、変更ログを見せてくだサイ!」
「──該当ナシ。変更ログ、オヨビ変更者ノIDモ、消去サレテイマス」
エラー音とともに、合成音声が淡々と現状を報告する。二人が到着する以前に、何者かが証拠となる映像を消去していたらしい。バックアップも事件発生時のみが消去されており、犯人の用意周到さがうかがえる。
彼らが目にした映像は、犯行直前と、犯行後の録画データを繋げたものに差し替えられていた。
「クラッキングニヨル、操作妨害ト推定。至急、担当官ニ報告シマス」
「了解しまシタ。アルドさん、現場百ペンと言いマス。もう一度、事件現場に行きマショウ! 犯人が戻っているかもしれマセン!」
「ああ、わかった!」
アルドたちは再びシータ地区の事件現場に向かったものの、到着した頃にはEGPD隊員やバリケードテープは全て消えていた。野次馬や通行人の姿も見当たらない。
アンドロイドが破壊された事件現場という事実が一切感じられない、無人の路地に戻っていた。
その後、二人は周辺で見かけた住民たちに声をかけるが、めぼしい情報は得られず、いよいよ捜査に行き詰まってしまう。
「はぁ。ここまで探して、なにもでてこないのはキツいな」
「ハイ……これは仮定デスガ、犯人は一般市民ではなく、エルジオン内部に通じている人物かもしれマセン」
「なるほど……でもそうか。映像ってやつが消されてたんだもんな」
どうしたものかと、アルドは偶然目についた街の全体マップを眺める。すると、彼の背後に接近する影があった。
いち早く気配を察知したリィカが振り向くと、そこにはアンドロイド捜査官のソナーがいる。歩き詰めで疲労感が拭えない二人に対し、ソナーは出会ったときと変わらない様子で佇んでいた。
「ソナーさん! 奇遇デスネ」
「リィカさん、アルドさん。今度はどうされました?」
「実は、先程ソナーさんと別れてからも、ワタシたちは独自に捜査を続けていマス。シカシ、正直手詰まり状態デス」
「どうやら、犯人に妨害されているみたいなんだ。ソナーはなにか掴めたか?」
「そうですか。……『犯人は現場に戻る』と言われているそうですが、今回の容疑者は既に、シータ地区から離れている可能性が高いです」
「エッ!?」
ソナーが口にした情報に、リィカは思わずのけぞってしまう。アルドも衝撃を受けたような錯覚に陥りながら、その情報の根拠を問う。
「なんでそう言えるんだ?」
「私は、あなた方よりも先に捜査しています。犯人のしわざと思わしき操作妨害は、こちらでも確認しております。その上で、エルジオンのネットワークを駆使した捜査に加え、現場周辺にて徹底的な聞き込みを続けたところ、不審者が廃道ルート99へ向かったとの情報を得ました」
「廃道ルート99……」
アルドは腕を組みながら確認する。
廃道ルート99。エルジオン・ガンマ地区より西に伸びる、かつてエルジオンの工業活動を一身に担っていたエリアへの主要道路。現在は名称のとおり廃止されている。
「廃道ルート99、並びに工業都市廃墟を捜査対象区域に追加しました。あのエリアを行き来する者たちで、今回の事件に関わっている可能性が高いのは……」
「──もしかして、合成人間?」
「はい。私はその可能性が非常に高いと推測します。容疑者が合成人間となれば、危険レベルがより高くなるでしょう。一般人を危険から遠ざけるのも、捜査官の義務と心得ます」
「……」
本当に、合成人間がアンドロイドを破壊したのだろうか?
アルドが疑問を口にするより早く、リィカが一歩前に出た。
「……ソナーさん。ご心配ありがとうございマス。デスガ、ワタシもアルドさんも、多少の荒事には対処可能デス、ノデ!」
「ああ。ソナーには悪いけど、俺たちは捜査を続けるよ。それに、少しでも早く事件を解決するには、人手は多いほうがいいんじゃないか?」
「……。とにかく、警告はしましたよ」
ソナーが会話を切り上げ、街の喧騒がアルドたちの耳に戻ってくる。アルドがそれとなく協力を申し出たが、彼は気にも留めず去ってしまった。
ソナーとのやりとりでは反論したが、彼の主張は正しいものだ。現に戦闘用ドローンに襲われたアルドは、自分たちがなにかしらの陰謀の一端に触れているのを自覚している。
それでも、彼らには手を引くという選択肢は存在しなかった。
「リィカ、これからどうする?」
「早急に廃道ルート99を抜け、工業都市廃墟へ向かいマショウ!」
リィカは即座に答え、拳を握りながら続ける。
「捜査官として活動しているソナーさんは、情報収集能力が非常に高く、推理にも説得力がありマス。デスガ、現時点で合成人間を犯人と決めつけるのは、時期尚早というモノ。ソナーさんが言っていた可能性が当たってイルか、確認すべきデス!」
「……そうだな。俺もリィカに賛成だ。十分注意しながら進もう」
二人は頷き合い、ガンマ地区へと駆け出す。そのまま廃道ルート99へと続くゲートを通過すると、曇天の空と廃墟が待ち受ける灰色の道へと足を踏み入れた。
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