探偵はエルジオンにいる

藤白トオル

第一話 探偵

 AD1100年。汚染された大地を捨て、空に浮かぶ島へと人々が移住した時代。

 複数存在する浮島の中で最も人口が多く、繁栄の象徴ともいえる曙光都市エルジオンでは、娯楽のひとつとして映画が人気を博している。

 日々公開されるさまざまな冒険譚や、胸を打つ感動の物語。演劇リアルタイムから映像ムービーへ。技術の発達により、大衆にとって身近な表現媒体が変化しても、素晴らしい物語の価値は変わらない。


 エルジオン・ガンマ地区にある映画館シアターは、収容人数こそ少ないものの、最新作から隠れた名作まで幅広く上映しており、評判がいい。今し方エンドロールを迎え、老若男女問わず観客たちは満足そうな表情で施設をあとにしていく。


 室外に出て日光を浴び、双眸を細める人々の中から一体のアンドロイドが現れる。アンドロイドは、腰よりも長いピンク色のツインテールパーツをくるりと回し、背後を見やる。

 ソーシャル・ヘルパーとして活動しているアンドロイド・リィカは、最近映画を好んで観るようになった。人間でなくとも、人間の親しい友人であろうとする彼女にとって、上質な物語に触れるのは娯楽以上に意味があることだった。


 リィカは白・黒・ピンクを基調としたカラーリングに、リボンがあしらわれたドレッシーな装甲という、個性的なデザインが施されたアンドロイドである。現在エルジオン内で流通している汎用型とは異なり、彼女の製造には複雑な事情が絡むのだが、それは置いておくとして──彼女を追うように出てきた青年も、他の観客たちと同様に満足そうな笑みを浮かべていた。


 黒髪に深みのある碧眼、精悍な顔立ち。純朴そうな雰囲気の青年だが、ひときわ目を引くのが彼の装いだった。

 まるでミグランス朝を舞台にした歴史映画の登場人物の如く、エルジオンでは書物や博物館の展示物でしか目にできない、赤の外套ケープや武具を青いシャツの上に着用している。

 加えて、普段から一際目立つ大剣を腰に吊るして歩いていることから、エルジオンの市民には「本格的なコスプレをしている、凄腕のハンターらしい青年」として認識されつつあるが、本人は気にせず過ごしている。自分の格好はコスプレではないと主張したい気持ちはあるものの、下手に正体を勘ぐられるよりも都合がいいからだ。


 エルジオンに滞在するために必要な、シチズン・ナンバーを持たない者。AD300年から時空を超えてやってきた時の旅人──それがリィカの仲間である青年・アルドだった。


「アルドさん。先程のミステリーエイガ、とても面白かったデスネ!」

「ああ、すごくよかったよ。なんだか時間があっという間に過ぎた気がする」

「アルドさんもデスカ! 今回のエイガは、とても興味深かったデス。事件を追う冷静沈着な探偵──かっこよかったデス!」


 二人が観たのは、探偵小説を映像化したミステリー映画だった。原作はエルジオンにおいて古典かつ有名な小説。これまでも何度か映像化されているが、現在上映されている作品が最も評価されている。


 アルドはAD300年・王都ユニガンにある王立劇場で、探偵が活躍する演目に出演したがある。そのとき登場した紳士的な立ち振る舞いの名探偵と違い、映画の探偵はどこか斜に構えながらも、その心に熱いものを宿す男であった。

 かっこいい──リィカがそうした曖昧な感覚を感じ取れたのかは、アルドにはわからない。しかし彼女の反応を見て、少なくとも「いいもの」だと感じたらしい、ということは理解した。


「アルドさん。ワタシ、探偵になりマス!」

「……は?」

「探偵になりマス。そして、かっこよく事件を解決シマス、ノデ!」

「それって、ソーシャル・ヘルパーを辞めるってことか?」

「イイエ、兼任デス。人助けをするという点では、ソーシャル・ヘルパーと探偵に、さほど違いはありマセン!」

「そ、そうなのか……」


 リィカが突拍子のないことを言い出すのは初めてではない。人の役に立ちたいという気持ちが強く、共に旅をする中でさまざまな時代・土地で誰かのために働いてきた。

 今回も、彼女なりに考えてのことなのだろう。

 アルドはそう結論づけ、ひとまず頷いてみせたものの、やはり疑問が拭えずに思わず腕を組んでしまう。

 いきなり探偵になるといっても、どうやってなるものなのか。

 映画や演劇といった、いわゆる創作フィクションにおける役割に対する知識しか有していないアルドには、あまりピンときていない様子だ。


「探偵になるって言ってもなぁ。そもそも事件が起こらなきゃ、どうしようもないんじゃないか?」

「任せてクダサイ。EGPDのネットワークを傍受し現場に急行すれば、探偵の出番デス、ノデ!」


 やる気に満ちたリィカは、自信満々にツインテールパーツを回転させると、なにかを掴んだようにそれをぴたりと停止させる。

 リィカ曰く、集中しているときはこのパーツを回転させないと排熱が追いつかない、などと説明を受けたことがある。リィカの様子をアルドが見守っていると、突如リィカの双眸が鋭く光った。


「シータ地区内で事件発生……急行されたし! アルドさん、事件デス!」

「えっ!? 本当に事件が?」

「現在も繰り返し傍受しているノデ、間違いありマセン! さぁ、向かいまショウ!」



 アルドたちが現場──隣接する建築物のあいだに位置する、暗くて目立たない路地──に到着する。呼吸を整えて目を凝らすアルド。その眼前には、想像を絶する凄惨な光景が広がっていた。


 黄色いバリケードテープの先。かろうじて原型を留めた汎用アンドロイドが、壁にもたれたままうなだれ、機能停止していた。暗がりでも被害者がアンドロイドだとわかるのは、周囲に血痕が一切見当たらないからだ。

 アンドロイドの頭部、人工知能や記憶領域に該当する箇所が適確に貫かれ、胴体ボディーに内蔵されたコアや、駆動系を司る主要パーツまでことごとく砕かれている。こうも無惨な状態にされてしまっては、たとえ全て修理し復元したとしても、修理前とは別個体となってしまうだろう。

 すなわち、アンドロイドにとっての「死」とは、現在アルドたちが目にしている状況に他ならないのである。


「……なんということでショウ。アンドロイドが……コレは殺人。イエ、殺アンドロイド事件デス!」


 事件とは聞いていたものの、想定外の事件現場を目にしたアルドは、しばしその場に立ち尽くしてしまう。そして驚愕するリィカの声で我に返り、慌てて周囲を見渡した。

 治安維持を目的とする行政機関・EGPDの隊員が、バリケードテープ内を忙しなく行き来している。ひととおりの捜査は終えているのか、被害者であるアンドロイドを回収する準備をしているようだ。


「なぁ、ここでなにがあったんだ?」


 すぐ側にいたEGPDの隊員にアルドは声をかけた。振り返った相手は武装した鑑識担当で、道具ツールをしまいながら返答する。


「今朝、アンドロイドが破壊されたようなんだ。位置情報が偽装されていて発見が遅れたが、こいつは管理局所有のやつさ。税金で賄ってるのに、酷いことをするよ」

「容疑者の目星はついているノデショウカ?」

「それがなぁ……アンドロイドには事故や故障対応用に、ログを保存する装置が搭載されているだろ? それがキレイに抜き取られていて、手がかりが一切見つからないんだ」

「ナルホド。計画的犯行の可能性がありマス」

「ああ。同じような事件が三件目だし、そろそろCOAにでも任せちまいたいね」

「同じ? アンドロイドの被害者が、三体目ということデスカ? それは妙デス……」

「……ところで、おたくらは何者? 事件のこと聞いてどうしようっての?」


 隊員の声が強ばり、緊張が走る。統計上「犯人は現場に戻る可能性が高い」というデータがあるため、彼が二人を疑うのも無理はない。リィカはまだ話を訊きたそうだが、このままでは面倒なことになりかねないのをアルドは察し、すかさず彼女の腕を引っ張った。


「話なら署で……」

「邪魔して悪かった! なんでもないんだ。それじゃあ、これで」


 いぶかしげな視線を振り切り早足で現場から離れると、二人はそのまま道なりにシータ地区を歩く。そのあいだ、リィカは顎に手を当てたまま無言だったが、唐突に立ち止まる。アルドが振り向くと、リィカは双眸を発光させた。


「どうしたんだ?」

「この事件、ワタシが解決しマス!」

「えっ!? リィカが?」

「アルドさん。アンドロイドは大抵の場合、持ち主がいるのデス。人によっては、アンドロイドは家族だと言ってくれる方もいマス。もちろん、法律で壊してはいけないことになっていマスガ──ああも徹底的に壊されているのは、初めて見まシタ。被害に遭ったアンドロイドが可哀想デス!」

「……つまり、リィカは壊されたアンドロイドたちの、無念を晴らしたいんだな?」


 リィカの気持ちは理解できる。親しい間柄と言えなくとも、アンドロイドたちはリィカにとって同じ種族だ。

 アルドもかつて、自身が暮らす時代で大きな闘いを経験している。苛烈さが増す戦場で大勢の兵士が命を落とすのを目にし、彼らの分まで戦わなければならない──そう考えたことを思い出す。

 アルドは頷き、リィカに賛同の意を示した。


「わかった。俺も協力するよ。あんな風にアンドロイドを破壊するヤツのこと、放っておけないよな」

「アルドさん……ありがとうございマス! まだ近くに目撃者がいるかもしれマセン。捜しマショウ!」

「ああ、行こう!」


 シータ地区の通行人に、事件の目撃者がいるかもしれない。アルドたちは小さな望みを胸に聞き込みを行ったが、結果は芳しくなかった。

 アンドロイドの機能停止推定時刻から、発見まで数時間経過していたことと、現場が大通りから離れた場所なのが理由だ。アルドたちに声をかけられ、初めて事件を知ったという者のほうが多いくらいだ。

 二人はシータ地区全体を回ったのち、正門を抜けエルジオン・エアポートまで足を伸ばした。最初に見かけた現場作業員に話を訊いてみたが、怪しい人物の出入りはなかったという。


「うーん。結構回ったと思うけど、有力な手がかりはなさそうだな」

「そうデスね。……これは仮定デスガ、犯人は一般市民ではなく、行政機関など、エルジオン内部に通じている人物かもしれマセン」

「なるほど。だとしたら俺たちが思っている以上に、これは難しい事件なのかもしれないな……」

「すみません。あなた方、このような場所でなにをしているのですか?」


 見渡す限り蒼穹が広がるなか、人気のない場所にてアルドたちが思案していると、後ろから突然声をかけてくる者があった。流暢な電子音声に二人が振り向くと、一体のアンドロイドが立っている。事件現場で破壊されていたタイプと同じく、一般的な黒スーツ型装甲に身を包んでいる汎用アンドロイドだ。

 装飾部分のネクタイが青いのをアルドは初めて見たが、リィカは特に気にしていない。アンドロイド同士、通信で互いの製造IDと所属を確認すると、アンドロイドが会釈したのちに名乗り始める。


「私の名前はソナー。アンドロイド捜査官です。アンドロイド連続破壊事件を追っています」

「アンドロイドの捜査官!? すごいデス!」


 リィカは今日一番の興奮をみせ、拳をぐっと握る。その姿に苦笑しつつ、アルドもソナーに話しかける。


「俺はアルド。こっちは──」

「ワタシはリィカ。アンドロイド探偵デス! 実はワタシたちも、アンドロイド連続破壊事件を追っているのデス!」

「ほう? アンドロイドの探偵──異なる立場ではありますが、同じ事件の捜査しているのですね」


 意気揚々と「探偵」を名乗るリィカに対し、ソナーは感情を込めず、事実を確認するように話す。


「失礼ながら、この事件は素人であるあなた方の手に余るでしょう」

「えっ?」

「それにあなた方の行動次第では、犯人を刺激してしまうかもしれません。これ以上の捜査はやめていただきたい。危険です」

「シ、シカシ。私たちも事件を他人事ではナイと感じていマス、ノデ」

「警告はしましたよ、リィカさん、アルドさん。それでは、失礼」


 ソナーはそれだけ述べると、足早に去っていった。淡々とした物言いで一方的に切り上げられてしまい、もっと話を訊きたかったリィカは残念そうにしている。


「ソナーさん……事件解決のため、協力し合えたらと思ったのデスガ」

「ああ、そうだな。……リィカ、とにかく一回エルジオンに──」


 ソナーが言うことは正論だろうが、それでもリィカの気持ちを無下にはできない。

 アルドが気持ちを切り替え、今後の動きをリィカに提案しようとした刹那、不気味な風切り音が周囲に響き渡る。単眼モノアイのレンズを輝かせ、赤いドローンが三体飛んできたのだ。

 人間だけではなく、合成人間らも攻撃に用いる戦闘用ドローン。サソリの尾を彷彿とさせる部位は三叉に分かれ、鋭利な先端がアルドとリィカを捕捉している。


「なっ!? なんでこんなところにドローンが?」

「アルドさん、敵性勢力による攻勢を感知しマシタ! とにかく、やっつけマショウ!」


 アルドは腰の大剣とは別の剣を抜き、リィカはハンマーを構える。

 直後、ドローンがレーザーを照射し、アルドの腕を掠めていく。焼けるような痛みのあとに、裂けた袖のあいだから焦げた匂いと血が滲む。


「回復はお任せくだサイ!」


 リィカの機械式魔力回路が作動し、アルドの傷周りの細胞を急速活性化させて塞いだ。傷が消えたため、空気に触れることで生まれる痛みも霧散していく。


「助かった! よし、これで……!」


 アルドは眼前にいたドローンを逆袈裟がけに一体斬り上げた後、残りのドローン二体をまとめて斬り裂く。剣の軌跡が交錯し、描いた模様が十字を象る。複数の敵と交戦する際にアルドが用いる技だった。

 アルドが着地すると、ドローンたちがばちばちと火花を散らし、遅れて爆発した。破片の直撃を避けながら、アルドは周囲を見渡す。


「リィカ、大丈夫か?」

「ハイ、問題ありマセン。残機ゼロ、敵影ナシ。戦闘終了」

「でもびっくりしたな。戦闘用ドローンが襲ってくるなんて」

「……アルドさん!」

「うん?」

「もしやこれは、犯人の差し金なのデハ?」

「…………」


 リィカの言を受け、アルドは剣を納めながら考える。リィカはいまの襲撃を、犯人を追う者への捜査妨害である可能性としているが、さっき観た映画のようなことが、現実でも起こり得るのだろうか?

 ただし、映画に感化されたリィカの思い過ごしで済ませるには、ドローンの襲撃は穏やかではないのも事実。

 剣士として数々の敵と戦い培ってきた勘だろうか。アルドは、不思議とあのドローン──もしくは背後にいる何者か──から、殺気のような強い意思を感じ取っていた。


「アルドさん、少々お待ちくだサイ」

「どうしたんだ?」

「ドローンの部品パーツを回収しマス。事件の手がかりになるかもしれマセン、ノデ!」


 リィカは鎚を下ろし、ドローンの残骸を確認する。戦闘用にカスタマイズされたとはいえ、アルドの斬撃を受け爆発し、原型を留められなかったものが大半だった。それでも根気強く探していると、彼女が求めていた部品が奇跡的に見つかった。


「殺人……いや、殺アンドロイド事件か」


 奇妙な出来事に巻き込まれるのには慣れているけれど、今回は気を引き締めたほうがよさそうだ。

 金属が焦げて生まれた異臭を、冷たい風が流していく。アルドは眉をひそめながら、エルジオン行きのカーゴシップの到着を待った。

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