第36話 6
それから一週間、宿直室に集まるのは制作部の三人だけだった。クロエは、文化祭でも吹奏楽部の演奏があるため活動再開まで訪れず、また、役者の三人にはそれぞれの時間が長く必要だったからだ。
「文化祭まで後一ヶ月半、そろそろマズいね」
今回は、上映時間一時間を越える大作だ。これ以上時間を逃せば、さしものカントクとウォズでも当日に間に合わない可能性が出てくる。
「まだ諦めるようなタイミングではない。俺たちなら出来る」
こんな時でも、勘九郎は励ます言葉を止めない。だからウォズもサラも必死で代案を考えた。しかし、それでも勘九郎のシナリオと読み比べては自分の物を捨て去って、途方に暮れていた。
そんな時、ふいにサラが口を開いた。
「私、実はずっと気になってることが一つありまして」
言ってみろ、と視線を向ける。
「このシナリオ、その、今までと違う色で斬新と言いますか、あまりにも斬新過ぎるといいますか……。漠然と、カントクっぽくないなって思うんです」
訊くと、一度横を向いてから、少し首を傾げて小さく笑った。
「……これは、まだお前たちがいない頃、エリーと二人で考えたんだ。俺らしくないと言うのなら、理由はそれだろうな」
考えたという言葉は、果たして正しいのだろうか。
「しかし、参った。こうなったら、ストーリーの根幹から変えていくしかないかもしれんな」
「……それはダメなんでしょ?」
あっけらかんとした口調で言う勘九郎に、ウォズは少しだけ苛立ちを覚えた。
「何を言う。作品は完成して初めて作品なんだ。未完結の名作なんて、聴牌した役満みたいなものだ。人に披露する方が恥ずかしい」
「だったらもっと必死になって考えろよ!余裕をこいてる場合じゃないだろ!?それに、そんなことしたら映研との勝負にならないんだろ!?」
机を叩き、声を張り上げるウォズ。音に驚き、サラは小さく悲鳴を上げて部屋の隅に逃げ込んだ。どこか大人にも見えるその態度に、とうとう限界が来てしまったのだ。
「……エリーに聞いたのか?」
「そうだ。あの子は、今必死になって考えてる。どうすればいいのか、どうすればカントクが助かるのかって、本気で考えてるんだ!エリーちゃんだけじゃない、ミアちゃんやミゲルやクロエちゃんだって、みんなもうとっくにカントクと同じくらい本気でやってんだよ!」
「だから必死で考えてる!どうすれば納得できるシナリオに出来るかを……」
「足りてないんだよ!僕らを頼れよ!仲間なんじゃないのか!?カントクが言う仲間ってのは、カントクが守るだけのものなのかよ!?せっかく集まったのに、一週間も放置してどうすんだよ!みんなお前を待ってるんだぞ!?」
頼ると口では言いながら、自分の窮地は口にせず、挙句結局抱え込み、そして不安にさせまいとする。それが無性に悔しくて、だからウォズは肩を掴んで叫んだ。
「僕らの妄想ディレクションなんだろ?カントクが賭けた映画は、もうカントクだけのモノじゃないんだ!だから、全員で乗り越えようよ!リーダーが僕らを頼らなかったら、僕らは何を支えればいいんだ!そんなの、そんなの、寂しすぎるだろ……っ」
掴む力は抜け、ウォズは地面に手をついた。
葛藤。彼の言葉は、今までの生き方の全てをひっくり返す強烈なモノだ。
ずっと、一人だった。それが当たり前だと思っていた。だから自分には人よりも強いハートがあると自覚しているし、だから人に同じことをしてはならないと。
……だが、違った。仲間とは、そんな上辺でなぞったような関係ではなかったのだ。達成感や幸せを共有するように、挫折や不幸も共有するモノなのだ。自分の耐える痛みより、ウォズのこの姿を見る方がずっと辛かった。きっとウォズはもっと辛いのだと思うと、胸が張り裂けそうな思いを感じる。
「……エリー」
部屋に来たあの日、帰り際のエリーを見た時、心が痛むのを感じたのを思い出す。もしかして、あの時からその痛みにずっと耐えていたのか?エリーだけじゃない、他の奴らだって、ずっと。
「カントク……」
サラが言う。
「言ってくれたじゃないですか、私の力を貸してほしいって。だから、一緒に頑張りましょうよ」
そして、決意。暗い過去はガラスのように割れて、振り返ればそこに居るのは。
「……ウォズ、全員を集めてくれ」
「何を言うつもり?」
訊くと、彼は立ち上がってウォズに手を差し伸べた。
「弱音だ」
その言葉を聞いて、ウォズは勘九郎の手を掴んだ。
「……そ、そうだよ。それでいいんだよ。つーか、エリーちゃんとミゲルはカントクが呼んでよ」
生れて始めた感じた怒りだったから、冷めると恥ずかしくて仕方ない。しかし、映画製作はそれほどにウォズを夢中にさせてしまったのだ。本気で好きなのだから、本気で怒るのは当然の事だ。
勘九郎は、そんなウォズの言葉が、ただ嬉しかった。
× × ×
「……すまなかった。独りよがりだった、俺と山口の因縁にお前らを巻き込んでしまった。心から、悪かったと思っている」
そして、彼は全てを白状した。自分が映研を追放された事、今まで何度も迫害を受けていた事。夏休み前のあの日、何があったのかを。
「きっと、妄想ディレクションという絶大な力を手に入れて、無意識のうちに気が大きくなっていたんだと思う。そういう意味じゃ、俺は山口と何も変わらないな」
言って、頭を下げる。
「……バカね、最初っから言いなさいよ。本気で心配したんだから」
肩を軽く小突き、ミアは笑った。今にも泣き出しそうな表情だが、それが安心を示すモノであると分かった。
「怒らないのか」
「怒ってるわよ。でも、話してくれたから許すわ。言いたいことは、ウォズが全部言ってくれたから」
そう言って、もう一度肩を小突いた。
「それに、もう過激派は手を出してこないと思うよ」
隣のミゲルが、鍵の束から抜き出した一本を見せて笑う。
「鍵、置いて行っただろ?だから、金庫の中を見たんだ。本当、映画を撮ることしか考えてなかったんだね」
「どういう事だ?」
「気付かないの?あれだけ色んな弱みがあれば、誰もカントクに逆らおうなんて思わないよ」
初めて見る、ミゲルの演技より悪い顔。その隣で、ミアはが「こういうとこあるのよ」とクロエに小さく呟いた。
「……あのディスクに、そんな使い方が」
「いや、普通はまずはそれを考えると思いますよ」
思わず口を挟んでしまったサラと、それに釣られて笑うミゲル。
「でもね、持ち出したのはこれだけだよ。後は、口八丁に手八丁さ」
言いながら、ミゲルは胸元から一つ、黒い文字の書かれたディスクを取り出した。そのタイトルは。
「……決起集会」
それは、スタビライザーを買った日、頭上でずっと撮影していた映像だった。
「この一週間、何もしてなかった訳じゃない。役者組で手を回して、こいつで仲間を集めてたんだ。今この学園にいるのは、もうカントクの敵ばかりじゃない」
いち早く勘九郎の違和感に気付いていたミゲルは、ずっと機会を伺っていたのだ。一歩引いて、俯瞰視点でチームを見守る彼だったからこそ、チームに必要なモノが分かっていたのだ。
自分たちのリーダーは勘九郎であると、彼らは影ながら四人で証明し続けた。それが形となった事は、きっと疑いようもない。
「観客は、エンターテイメントを待ち望んでる。だから作ろう、俺たちの映画をさ」
そして、台本を手渡す。それを受け取った勘九郎は、言葉を噛み締めて「あぁ」とだけ呟いた。
「エリー、お前も……」
言い終わる前に、エリーは勘九郎に抱き着く。しがみ付いたと言ってもいいだろう。無言で胸に額を押し付けるその姿は、僅かに肩が震えていた。
「すまなかった」
それしか言葉が見つからず、回された手を解く事も出来ない。
「待ってたよ、カントク。今度は、みんなで頑張ろう?」
そして、見上げるエリーの顔を見た時、ようやくあの痛みの答えが分かった。
……俺は、
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