第37話 7

 一分程度だろうか、動かかない二人にようやく触れたのはミアだった。



 「いつまでやってんのよ。早く始めるわよ」



 言われ、エリーは体を離す。最後に一つだけ笑顔を落とすと、女子グループの方へ帰っていった。



 「……ただ、状況はよくなっていません。問題はどうやって物語を終わらせて、映研に勝利するかです」



 改めて状況を整理するサラ。言われて、メンバーは台本に目を向けるとそれぞれが思考を巡らせた。



 「どっちもと言うのが難しいね。映研に勝とうとすれば、エリーが無茶をする羽目になるもの。その逆は、カントク以外のシナリオで勝てるかどうか……」



 しかし、もう誰も諦めていない。勘九郎は、彼らの表情を見て確信するとともに、心強く思った。



 既に夏は遠く、風は涼しく、少し勢いを増している。補修はしてあるが、それでも開いている隙間から風が吹き抜けて、台本のページを捲った。

 ホコリが目に入ったのか、勘九郎は一度目を擦ってもう一度下を向く。すると、ページは誰かが戻したようで、先に見ていた箇所へ戻っていた。



 その時、勘九郎に一つの閃き。



 「……シナリオを変えなくても、エリーがキスをせずにキスをしたという事実があればいいんだよな?」



 「何言ってんのカントク。壊れちゃったの?」



 否定しようとするウォズに人差し指をあてて、言葉を制する。立ち上がって顎に手をやると、勘九郎は部屋の中をぐるりと一周回った。



 「あれ、なんですか?」



 「カントクは、考え事をする時にいつもグルグルしているの。癖なんだと思うよ」



 クロエの言葉の後、足を止める。



 「エリー、ちょっとこっちへ」



 「なぁに?」



 呼ばれ、ひょこひょこ歩いて彼の元へ歩いていく。正面に立ってじっと顔を見つめると、エリーは数秒の後に「うぅ」と漏らして目を逸らした。



 「て、照れるよ。急になんなの……」



 しかし、遮るように言葉を重ねる。



 「目を閉じてくれ」



 「えぇ?こ、こんなトコロでデスカ?さっき仲直りしたばっかり……」



 「良いから早く」



 続けて言葉を遮られ、考える事をやめるとギュッと目を閉じる。それに続いて、勘九郎は少し長い瞬きをした。



 「あ……、あぁ!」



 その光景を見て、ウォズは立ち上がって指を指した。



 「そうか、その手があった!」



 意味が分からずに勘九郎とウォズを往復する視線たち。エリーは、「まだなの?」とずっと目を閉じている。



 「エロゲの主人公視点だ!」



 一体こいつは何を言っているんだと、メンバーは困惑の色を浮かべる。しかし、勘九郎にはそれがどういう意味なのか分かったようだ。



 「ねぇ、あたしたちにも分かるように説明してよ」



 ミアが立ち上がると、後に続いて全員が勘九郎の元へ。「もういいぞ」とエリーに声をかけると、勘九郎は胸のポケットから赤ペンを取り出した。



……ま、また弄ばれた。



 「今、ここにペンがあるだろ?それが一瞬目を離した後に向こうにあったら、どう思う?」



 「どうって、そっちに向かって投げたとしか……あっ」



 「なるほど、そういうことか!」



 言われ、続々と気がつくメンバーたち。勘九郎の目には、さっきまで欠けていた炎のようなエネルギーが宿っている。



 彼の案は、つまりキスをミゲルの視点で撮影しようという事だ。

 見つめあう二人をキスの直前まで定点で撮影し、事実の瞬間にシーンを切り替えてエリーにカメラを向ける。



 「そして、近づくカメラに向けて、エリーは目を閉じるワケだ」



 後はブラックアウトで空白を繋げば、キスのトリックは完成する。言わば、推理小説における信用できない語り部の応用、と言うわけだ。

 映画はシナリオだけではない。その意識を再確認した事によって、この案は生まれたと言ってもいいだろう。



 「つまり、客の視線を、客自身の思考へ逸らすんだ。まさに、妄想ディレクションと言うわけだな」



 聞いた瞬間、サラは今までの全ての会話を自分のメモ帳に書き始めた。その姿は、台本に心血を注ぐ勘九郎をトレースしたように熱狂的だ。



 「元々、ヒロインの個性と成長を見守る没入型のストーリーだ。見てる者もあまり違和感は無いはず。どうだ、行けると思うか?」



 勘九郎は、仲間に最後の判断を任せた。意味は、決定権の放棄ではなく手段の共有だ。それは、最大限に仲間たちを頼ったことを証明している。



 「これで負けても、悔いはないよ」



 ミゲルが賛同の手を伸ばし、勘九郎は握手を以て答えた。



 固く握り合うと、最初にそこへ手を乗せたのはミアだった。次にクロエが乗せ、ウォズとサラが後に続く。



 「エリー、後はお前だけだ」



 言って、彼女を待つ。答えは、もう決まっているようだ。



 「……任せて。私、きっとやり遂げて見せる」



 最後に手を乗せると、全員が笑った。青春の一ページ、嘗て彼には輝いて見えた思い出の瞬間は、今ここにあるのだ。



 「さぁ、クランクインだ」



 勘九郎の声に呼応し、全員が力強い返事を返した。風は、疑いう余地のない追い風だ。

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