第28話 8

 それからしばらくして、彼女たちは部屋から出て来た。ワイワイと盛り上がる姿を廊下の端に座って眺めていた男子三人。「おまたせ」と目の前に止まった女子を見て。



 「ぶばっ!?」



 ウォズは鼻血を噴き出して倒れた。



 「みんな、よく似合ってるよ」



 「似合ってるのはいいんだけどさ」



 言って、エリーとクロエの胸を見るミア。



 「ズルくない?あたしの胸が来年こうなってるとは思えないんだけど」



 ツンツンとエリーの胸を突いて悪態を吐く。



 「でも、大きいと肩……」



 「その言い訳、人生で千回は聞いたわ。こっちは肩が凝りたいって話してるんだからやめてよ……」



 珍しい、ミアの泣き顔だった。それを見て「おぉ」と呟くと、勘九郎は彼女にスマホのカメラを向けたのだった。



 「ところで、カントクは何かないの?」



 エリーが訊く。



 「うむ。今日はせっかく休みにしたんだ。是非楽しんでくれ」



 「ダメだこいつ。早く、何とかしないと……」



 ガッカリした様子を全面に押し出す三人。一体どうしてこうなってしまったのかと考えていると。



 「冗談だ。みんな、ウチの役者なだけある。最高に綺麗だ」



 そう言って、着替えの済んだ部屋に戻って行ったのだった。



 「……なぁ、ウォズ」



 ミゲルに言われて、ムクりと立ち上がる。



 「あれがツンデレ?」



 「いや、あれはヒネデレだね」



 「へぇ、そう言うのもあるんだ」



 呟き、後を追って部屋に戻って行く二人。すれ違いざまに見たエリーの表情が、映像に映るどの瞬間よりもかわいいと彼らは思った。



 ……水着を持って来ていない勘九郎とウォズはビーチにレンタルのパラソルを立て、缶ジュースを飲みながら撮影の計画を立てていた。



 「……とまあ、撮影の順序はこんな所だ。後にスタジオでピンポイントの撮影もするが、大体はここで終わらせる」



 「廃墟かぁ。エリーちゃんとミアちゃんは大丈夫かな」



 「大丈夫じゃないかもしれんな。あそこ、今は閉鎖された精神病棟でな、結構な数のいわくが付いているんだ」



 「それ、僕も大分怖いんだけど。どうして言わなかったの?」



 「言ったら、撮影自体が中断しかねん。このシナリオは、必ず実現させたい」



 言われ、台本を捲るウォズ。



 「それにしても怖すぎるよ、これ。高校生が十八禁の映画作ってどうするのさ」



 「グロはないからそうはならん。まあ、念のためにあそこが何なのかは伏せておいてくれ」



 「悪い奴だなぁ」



 そんな会話を知る由もなく、ミゲルを含めた四人は波打ち際で水遊びをしていた。イケメン一人と美少女三人。傍から見れば、完全に正統派のハーレム系主人公だ。



 この辺りはいわゆる穴場的なスポットの為、地元の学生か休憩中のサーファーしかいない。だから、目立つ彼らでも話しかけられるような事は無く、好きなだけ遊び呆ける事が出来た。



 「やっ、カンちゃん」



 後ろから声を掛け、勘九郎の隣に腰を下ろす彼女。これはマズいと、ウォズは思った。

 


 「茉莉か、風呂の準備はいいのか?」



 「うん、もう終わった。相変わらず泳げないんだねぇ」



 「まあな。水はあまり好きじゃない」



 「分かってる。……それで、そっちの大きい彼も泳げないの?」



 急に話を振られて、慌ててしまうウォズ。浅く焼けた肌と緩い癖っ毛、相変わらず片腕だけ半纏を通している。



 「そ、そんなところです。ハイ」



 真っ直ぐで、真っ黒な瞳に吸い込まれそうな感覚。だが、彼はどうしてかこの目を知っている。……というか、いつも見ているような気が。



 「あ、カントクと同じなんだ」



 それどころか、この強引でやけに説得力のある性格も、少しベクトルを変えれば似ているんじゃないかと感じた。

 ただ、男の勘九郎と女の茉莉では緊張のワケが違う。照れて目線をそらした後に、ウォズは誤魔化すように適当な話題を振った。



 「ま、茉莉さんは大学生なんですか?」



 「違うよ。大学どころか、高校も通ってないんだ。13歳から、仕事でスポーツクライミングをしてる」



 話を掘り下げていくと、彼女がその道では有名な選手であることがわかった。基本的には海外で活動していて、この夏はたまたま実家に戻ってきたようだ。

 それを聞いて、ウォズは勘九郎の性格が遺伝的な物であると理解した。何か一つ、たった一つに打ち込む姿勢は、父親の先祖から受け継がれて来たものなのだろう。



 「ところで、あっちの金髪の子は彼女?」



 「いいや、俺が監督を務めるチームの役者だ。彼女に限った話じやをないが、みんななかなか素晴らしい演技をするんだよ」



 「ふぅん、前は引き籠もって映画見てるだけだったのに、作ることにしたんだ」



 「そんなところだ。まぁ、楽しくやってる」



 「そっか、なんか大人になったなぁ」



 どこかシンミリした表情で頭を撫でる茉莉。それがどうしてか自然なモノに見えたウォズは、一つの疑問を投げる事にした。

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