第27話 7
それから二人は映画を見て、雨が止んだ後にアパートを出た。小さい画面を二人で眺めたものだから、その間は磁石のように腕がくっついていた。
映画に集中するエリーと、体温に不覚にも心を奪われた勘九郎。いつもと役割が入れ替わったその時間は、また一つ勘九郎に素晴らしいアイデアを授けたのだった。
✕ ✕ ✕
来る約束の日。座頭市学園の最寄り駅に集まった妄想ディレクションは、電車を乗り継いで目的の田舎町へ辿り着いた。更にそこからバスに揺られる事三十分。舗装も甘くなってきた道の上に降り立つと、潮の香りが風に乗って届く。
「そろそろだ」
先頭を歩く勘九郎に着いて歩くメンバーたち。気分がいいのか、エリーはカントリーロードを原曲のジョン・デンバーのバージョンで歌っている。
「あんた、英語喋れたのね」
「私、そんなにバカに見えるかな……」
楽し気に笑う一行は、遂に旅館へ到着。入口付近の駐車場には、サーフボードを積んだライトバンと、何台かの大きなバイクが停まっていた。
階段を上り扉を開けて挨拶をすると、しばらくしてから片腕にだけ半纏を通した、短い黒い髪の女性が頭を掻きながら現れた。
「あ、すごい美人」
誰かが呟く。
「らっしゃーい。……あ、え?」
「よう。久しぶりだな、
「カンちゃん!」
突然叫ぶと、茉莉と呼ばれた女性は勘九郎に飛びついた。荷物を抱えていたせいで避けられなかったのか、黙ってその場に踏ん張って堪えて、ウキウキで腕に力を込める彼女に問いかけた。
「おばさんは?」
「お母さんは家空けてる!お父さんは釣り行ったよ!もう、三年以上連絡寄越さないで!心配してたんだから!」
出てきた時とは正反対の態度は、後ろで見ていたメンバーを混乱させた。その中でも、一際驚き頭を真っ白にした者が一人。
「あ、え、なに?えっ?そう言う感じ?」
「落ち着いて、多分カントクのいとこだよ」
あわあわとふためくエリーを、なんとか落ち着く様に説得するクロエ。しかし、それを見て面白がったのか。
「後ろの人たち、カンちゃんの友達?初めまして〜、カンちゃんのお嫁さんです〜」
「だぁ!?」
「エリー、それはおおよそ女子の発していい声ではないよ」
普段は傍観を決め込むミゲルが、思わずツッコミを入れてしまう。先ほどのカントリーロードで聞いた美声は、一体どこへ行ったのかと不安になったようだ。
「……そう言う事だったのね」
「な、何が?」
ひそひそと話すミアとウォズ。
「おかしいと思ったのよ。だって、あれだけエリーにアプローチ受けてるのに少しも反応しないのよ?最近はホモなんじゃないかと思ってたけど、理由はきっとこの人よ。カントクってば、子供の頃からこうして抱きつかれてたんだわ。道理でどんくさいワケよ」
「確かに。それなら納得できる」
因みに、勘九郎は彼女の手に触れた事はない。
「気にしないでくれ、茉莉はバカなんだ」
「お前が言うな」
ウォズの短い言葉の後、振り返って紹介に移る勘九郎。
「みんな、彼女が俺のいとこの篤田茉莉だ。歳は19」
「ほらね」と、小さく呟くミア。
「それで、こっちが俺の仲間たちだ」
訊くと、ミゲルから順に名前を名乗っていくメンバーたち。最後にエリーの番が回ってきたが、彼女は名前だけを呟くと、羨みを含んだ表情で茉莉の顔を見た。
「なに?」
「いえ、なにも」
そしてふてくされたように髪を触り、大きなため息を吐いたのだった。
案内されたのは、
「それじゃ、私はお風呂の準備するからここで。皆さんごゆっくり~」
手をヒラヒラと振って、廊下を歩いていく茉莉。見送って荷物を部屋の隅に置くと、勘九郎は鞄を探ってカメラと台本を取り出した。
「ほんとにいいところね」
広縁の椅子に座って、ミアが呟く。しかし、若者が住むにしてはいささか退屈な街であるだろう。故に、勘九郎は映画にハマったという訳だ。
「それでは、早速……」
「ちょっと待った」
へこたれていたエリーは、突然息を吹き返したかのようにピッと人差し指を立てて言葉を制する。
「撮影は明日からにして、今日は遊ぼうよ」
言われ、頭の上にはてなマークを浮かべる勘九郎。
「そうね。折角なら遊びたいわ」
「いや、ロケハンが……」
しかし、その声は届かない。
「ほら、海の家も出てるよ?私は焼きそばとイカ焼きが食べたい」
「あ、いいね。私も、かき氷とか食べたい」
「いいね!何味が好き?」
「えっと、ブルーハワイが好き」
「王道だね~。なんか頼んじゃうよね」
「実は、この先に廃墟の……」
「ウォズとミゲルさんも行くよね?」
「そうだね。少しは夏らしい事してもいいかもね」
「ぼ、僕はどっちでも」
「はい、決定!それじゃ、着替えるから男子は出て行ってください!」
言われて、背中を押され部屋の外に出る男子たち。「おかしくないか?」と状況を飲み込めていない勘九郎だったが。
「いや、流石にカントクが悪いよ」
「俺も、ここでエリーの言う事を聞かないって選択肢はないと思う」
そう諭されて、大人しく引き下がったのだった。
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