星の欠片は少年を殺す~無能な僕に君は囁く「お願い、最後に好きと言って」~

熊野吊行

Short story

 今日は野外演習の10日目だ、僕にとってこれほど気の重い日はこれから僕が費やす時間の中でもそうそう無いと思っている。僕はこれからみんなの前で自分の、自分でも嫌いな無能さを披露しなければならないのだから。


「おいっみんな見ろよ、今から半端物がお遊びをはじめるみたいだぞ」


 まだ何もしていないのにそんな言葉を投げつけられるほど僕の劣等ぶりは知れ渡っている。そんなに面白いものなのか、そんなに笑えるのなら僕も自分のことを笑ってやろうか。

 苦笑というみんなの笑いとは違う種類の笑みを顔に貼り付ける。


 帝都フィルマーブル学院、エルフのための学院だが僕はそのなかでも異質らしい、なぜなら母親が人間のハーフエルフだからだ。周りと違うというだけで浮いた存在になるようだ。

 そんな学院の中等部30名が笑いをこらえながら僕のことを見ている。というかすでに笑っているやつもいる。


「ではレヴィ・アンタレスさん、はじめてください」


 先生も僕には期待はしていない、そんな口ぶりだ。

 課題は離れた場所にあるわら人形に火をつける、それだけだ。集中する、距離は10、着火点は地面から2、火力は出せるだけ。


「我の声が届いているのなら今ここに顕現せよ、篝火イグニス!」


 ボッ

 火が点いた、成功だ……人形に点いていたのなら。


「アンタレスさん! どこを狙っているのですか、わざとなんてことはないですよね!」


 よりにもよって人形の近くに立つ先生の足下を燃やしてしまった。幸いなのは風に吹かれれば消えそうなほどの大きさだということだ。いや、幸いなのか?僕の全力であの火力だ、いくらなんでも小さすぎる。それに強めの風が吹いてあっさり消えているじゃないか。


「す、すいません! わざとじゃないです!」


 すぐに謝る、わざとなんかじゃないこれでも精一杯やったんだ。

 慌てながら頭を下げる姿が滑稽こっけいなのかみんなが一斉に笑い出す。


「あははは、わざとやったんじゃないのか、じゃないとそんな離れたところに点かないだろ」


 だれかがそんなことを言い出す。僕だって驚いているんだよ。


「先生、もう一度やらせてください」


 このままでは終われない、次ならできる。


「ダメです! まだやっていない方がいるのですよ、それにこれ以上あなたに割さく時間はありません!」


 どうやら僕の汚名を晴らす機会は次に持ち越されたらしい、肩を落としながらみんなと離れた場所にひとり座り込む。それにしてもさっきのはおかしい、あそこまで狙いがはずれるとは、学院に入って結構経つというのに一向に成長している気がしない。


「今日の演習はここまでです宿舎へ戻りなさい、それからアンタレスさん、人形を片付けるように」


 いつものことだ、こんな雑用は落ちこぼれがやる仕事さ。積み上げられた人形を倉庫へと運ぶべくさっそくとりかかる。


「レヴィ、手伝うよ」


 そんな優しい言葉が心に染みる。

 彼女はイリアナ・エイラス、成績トップにして名家エイラス家のご令嬢だ。さきほどの課題も着火点のみを正確に燃やし尽くしていた。

 性格は明るく誰にも優しい、名家育ちだから気品が漂ただよう、さらにブロンドのさらりとした髪に透き通ったきれいな目、男女問わず憧れの的だ。


「イリアナ……ごめん、僕ひとりで大丈夫だからみんなのところに行ってあげてよ」


「もう! 謝らないでっていつも言ってるでしょ、私が悪いことしているみたいじゃないの、それに今は自由時間で暇なの、ほら、さっさと片付けるわよ」


 そう言うとイリアナは人形を持ち上げる。

 みんなの人気者とみんなの笑いもの、なぜ僕らが親しそうにしているかというとそれは学院に入る前に遡る。

 僕と彼女の家は比較的近い場所にあって外で遊ぶ場所が同じだったのだ。名家と聞くとしつけが厳しく外で遊ぶことなんて禁止されていそうだが彼女の家は真逆の方針だった。自由に遊ばせ自分の興味を持ったことを飽きるまでさせていたらしい。その教育のおかげで今の彼女は人気者になったのだろう。


「ほら、ぼーっとしていないで運びなさいよ、私に全部させるつもり?」


 強い口調だが優しい笑顔を向けてくれる。その笑顔に僕はいつもドキッとさせられる。


「い、今やるよ」


 ふたりで片付けるが数が多い、片付け終わった時にはあたりは薄暗くなっていた。


「やっと終わったわね、早いとこ帰りましょうか」


 そう言うと彼女は首にさげていたペンダントを外し詠唱する。


永久とわに想い続けるというのなら我の想いに呼応せよ、アトラ


 詠唱し終わるとペンダントが光り出す。その明かりはあたりを優しく照らしてくれる。


「イリアナ、その魔法は? そんなの聞いたことないよ」


「心から大切に想っているものを媒体に光の精を宿す魔法よ、先生にお願いして予習していたの。これで怖くないわよ、あなた暗いところが怖いんでしょ」


 からかうように言ってくる。確かに暗いところは苦手だけど、そんな言い方しなくてもいいじゃないか。そう言ってやりたいが僕のために明かりを点けてくれたのでなにも言い返せない。

 それにしてもイリアナはすごいな、先生に頼み込んでまで新しい魔法を学ぶなんて、僕は基本の魔法すらままならないのに。


「さあ、帰りましょう、今日の夕食は豪華らしいわよ、なんでも学院から上質なお肉が届いたそうで先生たちが――キャッ!」


 イリアナが魅力的な話を聞かせてくれている時、黒い影がペンダントを奪い去っていった。


「待って! それは大事なものなの!」


 悲痛な呼び声もむなしく黒い影はみるみる遠ざかる。


「どうしよう、あれがないとわたし……ねえ、レヴィどうしよう」


 こんなに動揺しているイリアナは初めて見る、いつもの明るくみんなを楽しませてくれる面影はどこにもなかった。

 そんな彼女の姿を見て、いても立ってもいられなくなった僕は黒い影を追いかける。


「大丈夫、僕が取り返してくるから」


「レヴィ、ひとりじゃ危険よ! それにあなた怖いんじゃないの、私も行くわ!」


 ふたりで後を追いかけるがペンダントの明かりは森の奥へと消えていった。

 夜闇よるやみのなか風に揺れる木々は侵入者を拒む城壁のようだ。あまりの恐怖に立ち止まってしまうがこのままでは見失ってしまう、決死の覚悟で森へ入る。――その瞬間、地面が崩れ受け身もとれないまま転がり落ちていく。


「……ヴィ……レヴィ、起きて! レヴィ!」


 気がつくとイリアナの顔が至近距離にあった。どうやら落ちた衝撃で意識を失っていたみたいだ。それにしてもこんなに顔を近づけていたら恥ずかしいじゃないか。


「……イリアナ」


「レヴィ! 良かった、死んじゃったかと思ったじゃないの、バカ!」


 目を覚ますと彼女は僕の胸の上で泣き出した。


「大丈夫だよ、特に怪我もないから、だから泣き止――ッ! イリアナ、危ない!」


 痛む体を無理矢理動かしイリアナをかばうように飛びよける。


「ガルルルル」


 一頭の獣が襲いかかってきた、まずいこんな暗い中ではどこに逃げればいいかわからない。


『そこをどけ、小僧』


 逃げ道を探している時、頭上から声が聞こえ目の前に大きな獣が落ちてきた。その獣は僕たちを襲った相手をにらみつける。


『小物が、俺の森で好き勝手できると思っているのか、去れ』


 すると襲ってきた獣は震えながら逃げていった。

 雲の隙間から月明かりが差し込み、声の主を照らす。白い毛並みに鋭い爪、4本の足で凜々しく立つ姿は王者の風格がある。


『小僧ども、死にたくなければこの森を出ることだ』


 こちらを見るまなざしはどこか憂うれいを帯びていた。



 月明かりを反射させ白く輝く姿に言葉が出ない。


『この道を行けば出られる早く去れ、次から手助けはせぬぞ』


 語気を強く言い、この場から立ち去れとその目は訴えていた。


「待って! 私のペンダントが取られたの、この森のどこかにあると思うのだけど何か知らない?」


 相手の威圧感にたじろぐことなくイリアナは問いかける。


『それは宝賽鼠ゲムルバの仕業だな、奴らは光り輝くものを好み見つけては巣へと隠す。この森で探すことは不可能だ、あきらめろ』


 たしかにこの広大な森の中、小さなペンダントを探すのは困難だ。それにさきほどの獣がまた襲ってくるかもしれない、ここに留まれば今度こそ死んでしまう。


「イリアナ、彼の言うとおりこの森は危険だよ、早く出よう」


 イリアナの手をつかみ森を出ようとするが彼女は僕の手を振り払う。


「ダメよ! 探さないと、言ったでしょあれは心から大切に想っているものだって」


「そんなこと言ったって探し出すことなんて無理だよ、いくら大切だからって死んでしまったら意味がないんだよ、それにあんなものに命をかけるほどのものなの!?」


 バチン!

 ほほを叩かれた、遅れて痛みがくる。彼女の目からは涙がこぼれ落ちていた。


「あんなものなんて言わないで! あれは私の、私たちの……もういい! ひとりでも探しに行く!」


 そう言うと森の奥へと向かい出す。


「イリアナ! 本当に危ないよ、イリアナ!」


「我を追いしものに制約を、樹縛トゥリヘンデレ


 イリアナが詠唱すると地面からツタが伸び僕の体を絡め取る。


「な、なんだこれは! 動けない!」


 悲しみの表情をこちらに向け暗闇へ走り出す。それにしてもこんな魔法まで習得していたなんて、このままじゃイリアナが危険だ、追いかけなければ。身をよじりツタを剥がそうとするがびくともしない。そうこうしているうちに彼女の姿は見えなくなってしまった。


『相手を束縛する魔法だ、簡単にはけん、だが距離の制限がある、ある程度離れれば効果はなくなる』


 説明をしてくれるがそんな悠長なことを言っていられない、力を込めてツタを掴むがやはりどうすることもできない。


「ねえ、このツタを剥がしてよ、お願い」


 彼の力ならできるかもしれない、そう思い頼むがこれ以上干渉する気がないのか、動こうとはしない。


『俺は忠告した、だがそれを聞かなかったのは小娘自身だ、ならば責任は小娘にある』


 自分の無力さを思い知られてしまう。しばらくの沈黙の後、僕は彼に話しかける。


「さっきは助けてくれてありがとう、名前を教えてくれないかな」


『そんなものを聞いてどうする』


「助けてくれた相手の名前を忘れないためだよ、ダメかな?」


 彼の目を見つめる。


『……アッシュ・ガルムだ、特に覚えておく必要はない』


「ありがとう、アッシュ、もうひとつ聞きたいんだけど、どうしてこの森はこんなに静かなの? それに頂上に行くにつれて樹木が枯れているように見えるよ」


 森の入り口は木々が生い茂っていたけれど今いる場所の木々は朽ち果てている、生き物の気配もない、まるで森が死んでいるようだ。


『……昔の話だ、頂上に巨大な星の欠片が落ちてきた、それは森の養分を吸い取り始め木々は枯れ、生き物たちは次々と死んでいった。残ったのはすたれた環境にも適応したものだけだ。おまえたちを襲った奴は残った生き物を食い荒らしに森の外から来たものだ』


 星の欠片、それでこんなにもさびれていたのか。


「その欠片をどうにかできなかったの?」


 原因がわかっているのなら取り除くなり、破壊するなり方法がありそうなものだけれど。


『ある魔法士が森の現状を聞きつけ対策をほどこした、それは地中深くに封じることだった。だがそれは間違いだったと後になって気づいたのだ。欠片の力は強く完全には封印できていない、徐々にだが森の養分を吸っていった。』


 巨大な星の欠片を地中に封印するなんて地面を割るほどの強力な魔法なはずだ、そんな魔法を使いこなす魔法士ですら無理だったなんて、どのような欠片なのだろう。


『しばらくしてその魔法士から歳月をかけ、欠片をそらかえす方法を見つけたとのふみが届いた。しかし魔法士は病におかされそらかえすだけの力は持っていなかった。ふみの続きには自分の力を託した者が現れるとの予言めいた言葉と詠唱の言葉が記されていた』


 アッシュが森のかげを話してくれていた時、僕をとらえていたツタが崩れる。魔法の効果範囲外に行ったんだ。これでイリアナを追いかけられる。


「ありがとう、アッシュ、話を聞かせてくれて」


『行くのか』


「うん、このままイリアナを放っておけないよ」


『そうか、せいぜい死なぬことだ』


 僕の身を案じてくれるアッシュの優しさを感じながら僕も森の奥深くへ走り出す。

 足下はぬかるんでいて足跡が残されていた。これをたどれば追いつくはずだが結構時間が経ってしまった、森にはまだ獣がいる、無事でいてくれ。

 イリアナの無事を祈りながら探し出す。どこまで行ったんだ、足跡はさらに森の奥まで続いている。


「キャーー!」


 息を切らしながら走っているとイリアナの悲鳴が聞こえる。急いでイリアナの元へ駆かけつけると獣の群れに囲まれていた。


「イリアナ! イリアナー!」


「レヴィ! 来ちゃダメ!」


 そんなこと言ったって見過ごせるわけがないだろう、足下にある石を拾い投げつける。


「こっちだ! おまえたちのエサはここにあるぞ!」


 僕の呼び声に反応し一斉に襲いかかってくる。必死に避けるが数が多い、このままでは本当にこいつらのエサになってしまう。

 ぬかるみに足下を取られ体勢を崩す、その隙に一頭が腕に噛みつく。


「ぐっ! 腕が!」


 そのまま押し倒され首を噛みつかれそうになった時、火球が獣を吹き飛ばす。


鐵炎イグニラス!』


 その言葉とともにいくつもの火球が群れを蹴散けちらす。

 アッシュが助けに来てくれた。さらに火球を飛ばし獣の群れはどこかへ去って行った。


「アッシュ! 来てくれたんだ、ありがとう!」


『ふん、勘違いするな、わざわざ話を聞かせてやったことを無駄にしたくなかっただけだ』


 そっぽを向くがその言葉からは優しさが伝わってくる。アッシュははじめから僕たちのことを心配してくれていたんだ。そう思うとうれしくなってくる。


「レヴィ!」


 イリアナが血相を変えて走ってくる。


「ごめんなさい、私のせいで! どうしよう、腕が!」


 イリアナの言葉で腕の痛みを思い出す。この痛みだと骨が砕けているかもしれない。


『この程度なら問題ない、腕を出せ』


「アッシュ、治してくれるの?」


 どうやら怪我を治してくれるようだ。本当にアッシュは頼もしいな。


「アッシュ? アッシュってあのアッシュ・ガルムなの!?」


「イリアナ、アッシュを知っているの?」


「知っているも何も何百年も森をべる神獣じゃない!」


 神獣だって!神獣なんて誰も見たこともないようなそれこそ神のような存在じゃないか!まさかアッシュが神獣だったなんて。


『過去のことだ、今の俺にはそんな力はない、森が朽ち始めてからな、それよりさっさと腕を出せ』


 うながされるように腕を出す。


仁療サルス・セイン


 アッシュは唱えると傷口をなめ始める、すると血が止まり痛みも引いてきた。これが神獣の力なのか傷は完全に消えた。


『――ッ! 小僧、もしや混ざり物か! 家名はなんだ!』


 僕の血をなめて急に質問してくる。


「えっ、僕はアンタレスだよ、レヴィ・アンタレス」


『まさか託された者とはおまえのことか! 小僧、シーナの子だな』


 シーナは僕の母の名前だ。



  アッシュは母の名前を口にする。なぜ知っているのだろうか。


『そうか、彼女に子がいたとは』


 そう呟く彼の目はどこか遠くの景色を見ているようだった。


「アッシュ、僕のお母さんを知っているの?」


『知っているとも、小僧、シーナは今どうしている』


「お母さんなら死んじゃったよ、僕が生まれてすぐのことだから何も覚えていないけど」


 父とふたりで暮らしているが、父はあまり母のことを話したがらない、ただ母は優しく美しい人だったとよく聞かせてくれた。


『やはりあの体では無理だったか、よく聞け、さきほど話した魔法士、それはおまえの母、シーナのことだ』


「えっ! お母さんが!」


 強大な魔法を使いこなす魔法士だからエルフや他の種族と思っていたけど力の弱い人間の母だったなんて、人間で魔法士になるのなんてよほどの才能がないとなれないものだ。


『そしてふみにあった力を託した者、それはおそらくおまえのことだ』


「力を……でも僕にそんな力なんてないよ、学院でも成績は一番下だし、昼にはみんなの前で赤っ恥をかいたところさ」


 力や才能なんて一度も感じたことなんてない、それは自分がよくわかっている。


『そんなことはない、おまえは自分の内にあるものを見ようとしていないだけだ。あのシーナが何も残さぬまま死ぬとは思えん』


 神獣であるアッシュがそこまで母のことを認めているなんて、それほどすごい魔法士だったのか。


「ねえアッシュ、僕に託された力を使えば森を救えるのかな?」


『シーナが託したものがどれほどのものかはかれぬが、可能性はあるだろう。ふみに記されていた魔法だが、すでに森が枯れ力をなくしていた俺には使えなかった、他の魔法士が欠片をそらかえそうと試みたが動かすことすらできない。彼女の持つ力だけが唯一だった、だが今となっては無理だ、時間が足らぬ』


「なんでさ、僕に森を救えるだけの力があってそれを可能にできる魔法まである、アッシュだってこの森を守るために必死だったんじゃないのかい?」


 森のことを語ってくれた時の言葉からは森を大切に想っていることが伝わっていた。


『その魔法を使えるためには成熟した身体からだと精神がなければ詠唱者自身が耐えきれず最悪の場合死ぬ、だがおまえが魔法に耐えうるようになるころにはこの森は完全に朽ち果てるだろう』


 それじゃあこのまま森が死にゆくのをただ見ることしかできないのか、アッシュだってそんなことは望んでいないはずだ。


「そんなこと言っても見過ごせないよ、お母さんはすごい魔法士だったんだよね、その力を託されている僕だったら欠片を還かえしても死なないはずだよ」


 誰の役にも立てない無能だと思っていたけど僕にしかできないことがあるんだ、それはきっと僕がこの世界に生まれた理由だ。母の意思を継がなければ僕はこの先ずっと無能な半端者だ。


「ダメよ、レヴィ! いくらあなたの母親が優れた魔法士だったとしても私たちのような学院生ができることではないわ、あなたが死んでしまう、そうなったら私……」


 イリアナが僕の手を掴みそう訴えかける、見つめてくる目は僕を心配してくれている目だ。


「でもこのままだと森は助からない、それに森が枯れ始めてからアッシュは力を無くしているんだ、彼の命にも関わることなんだ、だからこそ僕が――ッ!」


 イリアナに僕の決意を示そうとしていた時、地面が揺れだす。


『これは! 欠片が急速に森の養分を吸い出している、なぜ今になって……まさか奴らが欠片に接触したのか!』


 何か思い当たることがあるのかアッシュが森の頂上を見上げる。


「アッシュ、何が起きているの? それに奴らってさっき僕たちを襲ってきた獣のこと?」


『そうだ、奴らの名は卑蝕狼カデルツァ・ウロス、群れをなして生き物を際限なく喰らい尽くす。奴らは魔力の強いものにかれ各地を渡り歩く、星の欠片の強大な力によってこの森に来たのだろう』


「それと欠片が動きだしたのとは何か関係があるの? 欠片は地中深くにあるんだよね、それだと近寄ることすらできないじゃないの?」


 いくら数が多いとしても地中深くまで掘り出すことはできないはずだ。


『長い年月をかけ養分を吸い続けた欠片は大きくなり、今では一部が地表に現れている。奴らは魔力を求め欠片に接触したが逆に取り込まれたのだろう。一度に多くの力を吸収した欠片は封印をこうとしている』


 このままだと森もアッシュも取り返しのつかないことになってしまう、その前に早くそらに還(かえ》さないと。


「僕に欠片をそらかえす魔法を教えてよ、急がないと君の命まで危ないよ!」


『馬鹿者が! こんなことにおまえの命をかけることはない、早く森を出ろ!』


「放っておけないよ! 君は僕たちを二度も助けてくれた、それなら僕も君を助ける! 僕を信じてくれ、僕のお母さんを信じた時のように」


 彼の目を見つめる。


『……俺の力が戻れば命を吹き込むことができるが可能性は低い、失敗すればどうすることもできない、その覚悟は本気のものだな?』


「この僕が誰かを救うことができるんだ、それだけで本気になる理由には十分だよ」


 イリアナの方を見る、彼女は涙を流していた。


「イリアナ……ごめん」


「なんでそんなこと言うのよ! なんでひとりで決めちゃうのよ! それに私との約束はどうするの!」


 約束って一体なんのことだ?

 思い出そうとするが何を約束したのか思い出せない。過去の記憶を探っているとまた地面が揺れ出す、さっきよりも大きい。


『小僧、背に乗れ、時間がない』


「わかった、急ごう」


 身をかがめるアッシュの背に乗る。


「レヴィ! 行かないで!」


 イリアナの呼び止める声を背に頂上を目指す。


『おそらく頂上付近にはまだ奴らがいるはずだ、俺が奴らの相手をしているうちに詠唱しろ、近づき過ぎるな、おまえまで取り込まれるぞ』


 背に乗りながら話を聞いていると頂上へ着いた。アッシュの言うとおり欠片を数十頭の獣が取り囲んでいる。


「ガァー!」


 こちらに気づき襲いかかってくる。


『小物どもが鬱陶うっとうしいぞ! 錐地アクトーラス!』


 アッシュが唱えるといくつもの鋭く尖った岩石が地面から突き出し、獣の動きを止める。しかし隙間から他の獣が向かってくる。


『数が多過ぎる、このままでは近寄れん』


 攻撃を避けるが欠片に近寄れない。


『俺がこいつらを遠くへ引き連れる、そのうちに行け、拒壁ラピス・カリウス!』


 アッシュが欠片と獣たちの間に土の壁を作り出す。壁には人ひとりが通れるだけの隙間が空いていた、僕はアッシュの背を降り走り出す。


「アッシュ! 欠片に着いたよ、どうすればいいの?」


『俺の詠唱に続け! 数多あまたそらよりそそぎこの地に眠るものよ、我の全てを捧げよう』


「あ、数多あまたそらよりそそぎこの地に眠るものよ、我の全てを捧げよう」


『生まれし記憶をいまだ持ち続けるのならば、今ここにかえさん』


「生まれし記憶をいまだ持ち続けるのならば、今ここにかえさん」


「『還天宙ウェルシタス・レティーレ!』」


 唱えると欠片からまばゆい光が雲を散らし天高く伸び、ゆっくりとそらに向け浮かび上がる。その影響で地面が揺れる。


 ドクン!

 胸が苦しい、息も浅くなり意識が薄れていく、これが魔法を使用した反動か。


『――ッ! 足下が崩れる、小僧! 小僧―!』


 土の壁が崩れアッシュの方に目をやると獣に取り付かれたまま崖下へと落ちてしまった。


「レヴィー!」


 かすむ目にイリアナが駆け寄ってくるのが見える。


 ごめん、イリアナ……。


 声に出せない言葉を投げかけそのまま意識が遠のいていく。



――――


 幼い頃の思い出。それは僕が記憶の片隅かたすみへと置き忘れていた、何も知らず世界の大きさに心躍こころおどらせていた僕たちの思い出。


「イリアナ、そんなところに登ったらパパに怒られちゃうよ」


「大丈夫だって、パパが少し無茶をするくらいが立派な大人になるって言っていたの」


 イリアナはの上から返事をする。少しって、これは少しとは言えないんじゃないかな、落ちたら怪我しちゃうよ。


「あれ見て、何か森の中で光っているわ」


「どこ? わかんないよ」


 指さす先を見るがそんなものは見えない。


「レヴィも登ってきて、そしたら見えるから」


「怖くて登れないよ、イリアナも早く降りなよ」


「しょうがないわね、それじゃああの森に行きましょう」


 から降りてきたイリアナは森へと歩き出す。


「子どもだけで森に行くなんて危ないよ、それにパパたちに遠くに行くなって言われたじゃないか」


 以前、夜遅くまで遊んで帰った時に怒られたのを思い出し呼び止める。


「それは私たちがもっと小さかった時でしょ、今なら大丈夫よ。それに何が光ってるのか見たらすぐに帰るから」


 僕の心配をよそに森へと向かう。


「何してるの、早く行くわよ」


「待ってよ!」


 足早に歩く彼女の背中を追いかける。

 その後も引き返そうと何度も説得してみるが大丈夫の一点張りで歩みを止めようとはしない。そのうち森へと着いてしまった。


「イリアナ、本当に帰ろうよ、それに光っていた場所がどこかわかるの?」


「そんなのわかるわよ、え~と、あそこよ! ……たぶん」


「今、たぶんって言ったよね!? どこにあるのかもわからないでここまで来たのかい!」


「大丈夫だって、近くに大きながあったからそれを目印に向かえば迷わないわ」


 何が大丈夫なのかわからないが自信満々に言い森へと入る。僕もいやいや森へ入るとそこはとても美しい場所だった。生えている木々はかわいらしいつぼみをつけ、風に揺れる度に心地よい葉音はおとを立てる。地面には青々とした草花が茂り、小動物たちが僕らを見ている。


「こんなにきれいな所があったなんて」


「私が行こうと思わなかったらこんな景色見られなかったわよ、もっと喜びなさい」


 なぜ自慢げにしているのか勝ち誇ったような顔をする。


「そうだね、この景色はこの先忘れることはないだろうね、それじゃあ帰ろうか」


「何言っているのよ、これからが本番じゃない」


 それとなく帰るよううながしてみたが効果はなかった。本当に場所がわかっているのか迷いなく奥へ進む。


「はぁはぁ、この辺り急な坂道になっているよ、ゆっくり行かなきゃ」


「この程度で息が上がるなんて、だらしないわね、ほら樹きが見えてきたわよ」


 視線を上げると大きながあった、確かにこの大きさなら遠くからでも見えるだろう。


「あったわ! あそこの岩が突き出しているところ、近くまで行きましょう」


「本当だ、結構光っているね、でもこの岩登れるの?」


 小さい子どもの体には少し大きいだけの岩でも断崖絶壁のように感じる。


「上からツタ伸びているわ、あれで登りましょう」


 イリアナはツタを掴み軽々と登る。


「レヴィ! すごいわよ! あなたも早く来なさい」


「今行くよ……怖いな」


 岩にはこけが生えていて足下が滑る、僕は慎重に登る。


「遅いわよ、ほら見て、お花よ、何かの魔力を秘めているのかとても光っているわ」


 そこには金色に輝く花が咲いていた。近くで見るとまぶしくて直視できない。


「ねえ、このお花持って帰らない? もしかしたら大発見になるかも」


 イリアナが花を摘み取ろうとしている。


「ダメだよ、むやみに取るなんて良くないよ、このお花だって一生懸命生きているんだから」


「そ、そうね、良くないわね、だったら落ちている花びらなら良いんじゃない」


 僕の言うことを素直に聞いてくれたのか、摘み取るのをやめる。


「これで目的は達成だね、遅くなる前に帰ろう」


 森の中を歩いているとイリアナが語り出す。


「決めたわ、将来、世界を回って新しいものを発見する旅に出る。レヴィも行かない? あなたと一緒ならきっと楽しい旅になるわ」


 僕を見つめる目はキラキラしている。さっきの花のようだ。


「僕は……何をしたいとか、これからどうなりたいとかわからないけど、君と一緒なら何かを見つけられそうだよ。だからその夢を手伝わせてくれないかな?」


「レヴィ……約束よ! この花びらは私たちの冒険の始まりね!」


 僕たちは約束を交わし森を後にする。


――――


 薄れゆく意識の中、思い出がよみがえる。なぜ大切な約束を忘れていたのか、きっと学院生活を送る中で僕自身に失望していったからだ。こんな僕では彼女とは一緒にはいられない、そう考えていたんだ。


「レヴィ! しっかりして、自分なら大丈夫って言ってたじゃない!」


 イリアナは僕を抱きかかえながら呼びかける。空を見ると欠片がのぼっていくのが見える。

 成功したんだ、やったよ、お母さん。


「イリ……アナ」


「レヴィ! 成功したのよ、だからあなたもしっかりしてよ!」


 イリアナの声は近いが今では彼女の顔が薄れる、視界がせばまっていく。


「イリアナ……ごめん、約束、守れそうにないや」


「謝らないでって……いつも言ってるでしょ! 何でそんなこと言うのよ! 私が欲しいのはそんな言葉じゃないの!」


 涙がほほに落ちてくる。


「ねえ、私たちいつも一緒だったでしょ、私いつもあなたのことを見ていたの、ずっと想っていたの! ずっと好きだったの! ……だからお願いよ、最後に好きと言って」


 イリアナが僕を抱きしめる。彼女の想いが伝わってくる。


「イリアナ……僕は……僕もずっと君が」


 これ以上声が出ない、力が抜けていく。


「レヴィ? 起きてよ、目を開けてよ、レヴィ!」


 先ほどまでの苦しみが無い、何も感じない。

 最後になって僕の想いを伝えられないなんて、ごめん。そんなこと言っていたらまた怒られちゃうかな。


「アオーー」


 遠吠えが聞こえてきた。その時まばゆい光に包まれ彼女のぬくもりを感じる。


「好きだよ」


 僕を強く抱きしめる彼女に伝える、最後に言えなかった言葉を。


「……えっ?」


 泣き顔を見せる彼女にもう一度伝える。


「好きだよ、僕もずっと、君のことが好きだ」


「レヴィ……レヴィ!」


 彼女が抱きしめてくる、僕も強く抱きしめる、もう二度と離れないようにと。


『間に合ったか』


 アッシュが崖下から登ってきた。


「アッシュ、助けてくれたんだね、ありがとう」


『森を救った恩人だ、当然のことだ。小僧、いや、レヴィ、こちらこそ礼を言う、ありがとう。それからイリアナ、これを』


 アッシュはイリアナにペンダントを渡す。


「ありがとう! 私の大切なものを見つけてくれて」


『森の瘴気しょうきが薄れた今、魔力の気配をたどり探し出すことなど容易よういだ』


「イリアナ、そのペンダントはあの時の」


「そうよ、ふたりで見つけた花びらが入っているわ」


 大切な思い出が詰まったものをあんなものなんて言ってしまうなんて、僕はなんてことをしてしまったんだ。


「レヴィ、謝らないで」


 僕の気持ちを察してイリアナが微笑みかける。


『森の外まで送ろう、レヴィ、動けるか?』


「大丈夫だよ。それよりこの森はどうなるの?」


『すぐには元に戻らないだろうが、いずれは以前のように生命いのちにあふれた森になるだろう。その時まで守り続ける』


「君に任せていたら安心だね」


 僕らはアッシュの背に乗り森を出る。


『レヴィよ、これからは無理をするな、おまえを大切に想っている人がいるのだからな』


「ありがとう、君も元気でね」


 アッシュは優しい表情を見せ森へと帰っていった。


「帰りましょう、夜が明けるわ」


 朝の光が地平線の向こうから見えるが辺りはまだ暗い。


永久とわに想い続けるというのなら我の想いに呼応せよ、アトラ


 イリアナはペンダントを光らせる。


「これだとまた取られちゃうかな」


 イリアナが心配そうにする。僕はペンダントを持つ彼女の手を握りしめる。


「大丈夫、これでもうなくすことはないよ、さあ帰ろう」


 僕たちは光の尾を伸ばしながら走り出す。朝日に消えゆく流れ星のように。

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