第4話
酒場の扉を開いたアルドと最初に目を合わせたのは、モモだった。
「薬!」
「ハイ!」
短い指示に従って、アルドは老婆に手渡された薬をすぐにモモへと渡す。
それをてきぱきとスプーンの乗った皿に分け、モモは次々と患者に飲ませていった。
「あれ、ネネさんは……」
「お姉ちゃんは奥で寝かせたわ。術の使いすぎよ。治療する側が倒れてどうするのよ、もう」
「そっか……でもお姉さんのそういうところ、嫌いじゃないだろ?」
アルドの言葉に、モモの手が一瞬止まる。
ぎろり。そんな音がしそうな睨みに、アルドは思わず顔が引きつった。
「嫌いどころか、妬ましいぐらい尊敬してるわよ」
「……そっか」
好きだから、尊敬しているから。
だから負けたくない。心配なんてかけたくない。
彼女の強い反発は、強い好意の裏返しだった。
「私に、治癒の術の素質があれば、よかったのに」
「薬だって役に立つだろ。同じような術だったら、モモさんも倒れてたかも」
「……そうね、そういう意味では、薬師でよかったのかも。薬も届けてもらったり、人の手も借りられるものね」
一通り患者の治療が終わったのだろう、モモが顔を上げた。
やや疲れの色が見えるものの、倒れるほどではなさそうだった。
「さっき、オレの仲間たちも街に帰ってきたよ。みんな無事だった」
「あの暴君龍と水辺の悪魔を相手に……すごい……」
「すごいんだよ、オレの仲間。……でもさ」
本気の自慢で言った言葉に、アルドは言葉を続けた。
その先は、彼女の姉ネネと同じ気持ちを、クレルヴォが言葉にしてくれたもの。
「オレの仲間は強いよ。中にはオレよりよっぽど実績のある、腕のたつ戦士だっている。……それでも、戦いの中で別れると、心配になるんだよな」
「そりゃあ……戦いだもの、万が一がないとも限らないし」
「魔物との戦いは確かに危ないけど、日々の生活だって、大変だろ? ……だからこういう心配って、お姉さんのネネさんのと、同じなんじゃないかって」
一つの地に根差して生活するならなおのこと。
自分の生業を、生き方を、気持ちを一つの地に住まわせるなら、そこに住む人々と時に笑い合い、時に手敵対もするだろう。その関係を受け入れて、あるいは変えて生きていかねばならない。それは時に、魔物との戦いより苦心するものになる。
「旅人だったら、人と仲悪くなったら出ていけばいいんだろうけど、モモさんはおばあさんの治療院でやっていくつもりなんだろ? だったら、生活の中で、病気と戦ってる人……ってことにはならないかな」
「……だから、魔物との戦いみたいに、心配するってこと? そんなの私だって……」
小さく呟いたモモの言葉に、ガチャリとドアを開ける音が重なった。
ドアを開けたのは姉のネネ。青い顔をしているが、どうにか起き上がれるほどには回復したようだった。
「モモ……ありがとう、患者さんを診てくれて」
「お姉ちゃん……」
「私、ぜんぜんだめだね。モモの心配をしているような立場じゃなかったね」
「……っ心配なんて!」
姉の自分を卑下するような言葉に、モモは言葉を荒げた。
「どんどんしていいのよ! 私の方だって、お姉ちゃんのこといっぱいいっぱい心配してやるんだから」
「えっ……えっ……?」
いきなり吹っ切れたモモに、ネネは戸惑いの色を隠せない。
よかった、伝わった。とアルドは安堵して、小さく息を吐き出し、姉妹の仲直りの顛末を眺めることにした。
「よく考えたらそうよね。おばあちゃんなんか、最近は私たちに頼りきりのくせに、あれやこれやと余計なお世話みたいな心配いっぱいしてるじゃない?」
「そ、そうね……」
「あー、別に気にすることなかったわ。好きに心配していいわよ、お姉ちゃん。でも、私の方がいっぱい心配してやるんだからね」
ふふん、と勝ち誇ったように笑ったモモに、ネネも戸惑いを捨てて、満面の笑みを浮かべた。
「な、なら……ま、負けないわよ! 私だっていっぱいいっぱい心配するわ!」
「なにおう! それだったら私の方がいっぱいいっぱいいっぱいいっぱいよ!」
「えーとえーと……それじゃ私はいっぱいいっぱいいっぱいいっぱい!」
子どもの言い争いのようなそれに、アルドはとうとう耐え切れずに吹き出した。
「それ、さすがにキリなくないか?」
「そ、そうね……悪かったわね、ケンカに続いて気まずいところを見せて……」
「アルドさん、ありがとうございます。モモを無事に帰してくださって。……それに、なにかお話ししてくださったのかしら。さっき何か話が……」
「その話は終わったのよ、お姉ちゃん!」
これがこの姉妹の本来の関係なのだろう。遠慮なく言い合う姿に、アルドは安堵した。
きっと、この性格の違う姉妹はこの先も喧嘩や行き違いをしながら、共に歩んでいくのだろう。
その側にはおそらく祖母も一緒にいて、時にアルドのような人間に相談をしながら、見守っていくのだろう。
「はは、これで仲直り成功、かな?」
共に生きる家族の姿に、アルドは微笑んで、そうつぶやいた。
いつの間にかアルドの足元に戻っていたヴァルヲが、同意するようにニャア、と一つ鳴いた。
正反対姉妹と心配の行方 末野みのり @matsunomi_nori
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