GとGと、それから僕と

「おはよう、といってもまだ夜だけど」

「お、おはようございます」

「おう、やっと起きたか。といってもあれから20分くらいだが」


 目が覚めた僕は、まだぼんやりとした目をこすりながら、何とか返事をする。


 うん、見間違いじゃなかったみたいだ。あれを着た人に「ご主人様」と呼ばれたら、好きになること間違いなしと言われている、メイド服だ.。夢であってほしいという、僕の心からの願いは聞き届けられることはなかったようだ。


「あ、あの、今日はハロウィンですっけ?」

「ちげぇよ、言いたくなる気持ちはわかるけどよ。たとえハロウィンだとしても、こんなひらひらした服なんて御免だね」


 心底いやそうな顔をしながら、ヤ〇ザな見た目の人が答えてくれた。面倒だからヤ〇ザでいいや。違ったら謝ろう。

 とりあえず、(おそらく)マスターに質問を投げかけた。


「ここ、バーですよね? なんでメイド服着てるんですか?」

「ま、当然疑問だよね。隠すことでもないし言っちゃうと、これがうちの制服だよ」

「え゛」


 何でもないことのようにサラッと口から出てきた言葉だが、それは僕が今すぐ帰るには十分すぎる理由になる言葉だった。だって制服ってことは、これから僕が着るかもってことだろ?.........無~理無理無理無理!!!!!!!!!


「帰ります」

 ひらりと上に羽織ったパーカーを翻し、爽やかな顔で出口に向かう。うん、この選択は仕方ないのだ。しかし動けなかった。

 後ろからつかまれた肩がミシミシと悲鳴を上げたから。


「痛い痛い痛い痛いッ!!!」

「まあまあ、待ちたまえよ。制服といっても、これは昼の制服でね。 つまりうちは、昼にメイド喫茶、夜にバーをしてるんだよ」

「...つ、つまり昼に入れば、メイド服の女性に会えると!?」


「女性? 従業員はここの二人で全員だよ」




 つまり昼は、男がメイド服を着て接客してるらしい。 うん、想像しただけで地獄絵図だ。文化祭とかなら楽しめそうな気もするけど、知らないおじいさんとヤ〇ザがメイド服を着ててもなぁ。


「すいません、僕は夜以外シフト入れません」


 絶対無理。ま、まあ夜は普通のバーとして営業してるみたいだし、そっちなら何とか働けるかもな。ってか男のメイド服とか誰得だよ…。腐女子は悦ぶのかな? 男子高校生×ヤ〇ザとか… 


(アリだね)

(こいつ、脳内に直接……ってなんでそんなことできんだよ!!)


 マスターは何もしていないかのような涼しい顔をしている。そして少し考える仕草を見せ、ため息をついた。


「まあ仕方ないよね。うん、なるほど、夜は入れない、と」

「言ってないんですけど!?」


 神妙な顔して何言うかと思ったらこれだよ!今までの会話どこを切り取ったらそうなるんだ!都合いいところしか聞いてないどころじゃない、捏造してるじゃないか!


「昼に入って、メイド服で接客したいってよ」

「それも言ってないんですけど!? そろいもそろって僕のことなんだと思ってるんですか!」

「「かわいいオモチャ」」

「帰らせていただきます!!!!」


 本当にこのバーはどうなってるんだ!! いや楽しそうだけども!!

ここに入ると僕は間違いなく弄られ役になるだろう。まだ会ってすぐだけど、それでもはっきりわかる。僕は弄られ役になんてなりたくないんだ。




「それで、働く気はあるかい?」

「すいませんが、今回の件はなかったことに…」


 これは戦略的撤退だ。この仕事が嫌なことがあるわけでもないし、この人たちが悪い人だとも思わないけど、僕にだって理想のバイトというものがある。美人な女性にかこまれて、ラブコメみたいなバイトをするんだ…!!!


「いいのかい? このままだと君は数学の単位を落とすことになるよ?」

「…え?」

「中間テスト21点、先週の小テストでも不合格と。期末試験も期待はできそうにないねぇ。提出物は間に合わず、授業中も寝ている。高校一年にして絵にかいたような不真面目君だね」

「ち、ちがうんです。俺は悪くない、数学が悪いんです。あいつ、授業中俺に催眠術をかけてくるんです。………いや待てよ。なんで俺のテストの結果を知っている!!」



「...A SECRET MAKES A WOMAN, WOMAN (秘密は女を美しくする)」

「くっ、名言を引用しやがって…………いやあんたwomanじゃねえだろ!!」

「最近はジェンダーとか問題なんだよ? 見た目で判断しちゃいけないよ」

「そうですね、すみま「私は見た目も心も男だけどね」…なんだよ、ややこしいな!!」


 なんなんだここの連中は!マイペース過ぎんだろ!肝心なことは教えてくれないし、話が進まないんだが。こんなところでやっていける気がしない。


「まあ、たしかに数学の単位が危ういことは間違いないですが、ここで働くことと関係ないですよね?むしろ、働かない方が勉強時間も増えて単位も安泰...」

「君は社会をわかってないねぇ。できないことをできるようになるには時間が必要なんだよ。すぐには変わらない」


 当たり前のことを感慨深そうに、窓の外を眺めながらつぶやくマスターを見て僕はガクッと肩を落とした。そんな僕を見て、マスターの口角がくいっと上がる。


「そんな君に朗報だ。料理ってのはね、数学なんだよ。緻密な計算によって料理ってのは成り立っているんだ。盛り付けすらも数学だ。円周率、微分積分、関数。料理に関係のない数学なんてないんだ!つ・ま・り、料理を極めれば、数学を極めたも同然!!!」

「あったま悪い理由だなおい!!!!!」

「やってみればわかるよ。ということで、キミはホール担当だ」

「料理関係ないポジションじゃねぇか!!! いや、やるとも言ってないんですけど!」


 ホントに帰ろうかと出口の方を見ると、会話に入ってこなかったヤクザ風入れ墨系マッチョが出口を完全に封鎖していた。いや、バリケードまで作んなくてもいいよ。そんなところに張り切らなくても。


 まあ、僕に逃げ道がないことは最初から分かっていたんだ。ここは腹を決めるしかない。漢だろ、俺!客の女の子から大人気の、俺目当てで来るような店にしてやんよ!


「で、やんのか? お前は。さっさと決めろ。321ポンッ」

「やります」


 やけにカワイイヤクザの掛け声と同時に声を発する。これで逃げ道は絶った。やるしかないんだ。


「うん、いい返事だね」

「それで早速なんですけど、お二人の事はなんてお呼びすればいいですか?」


「そうだね、そっちのはゴミって呼んでいいよ」

「いや呼べるかい!」


 サラッといってるけどこのヤクザそんな扱いなの?もしかして見掛け倒しなのか?あ、めっちゃ睨まれた。絶対呼ぶな、呼んだら東京湾に沈めるって目が言ってる。


「そして私の事は『マスターG』と呼んでくれたまえ」

「G? なんかコードネームみたいでカッコいいですね! 」

「ゴキブリみてぇだろ?ハハハ―――――――――すいませんっした」


 ゴミ呼ばわりされた仕返しとばかりにマスターを弄ろうとしたヤクザは、ひとにらみされただけで捨て猫のようになってしまった。弱くないかこの人。


「君は明日はコンクリートと共に太平洋に出張をお望みかな?」

「だからほんっとすいません」

 

 この二人の上下関係ははっきりしているようだ。というか、マスターには逆らわないようにしよう。うん、そのほうが今後のためによさそうだ。


「と、まぁ社会のゴミは置いておいて、Gって言うのはね私のイニシャルなんだよ。だからマスターGと人には呼んでもらっているよ」

「親しい人なら名前で呼んでもらった方がいいんじゃないですか?」


「うん、まあそうなんだけどね。仕事柄本名はあまり、ね?」

「…バー以外にヤバい仕事でも?」


 このマスター、ヤバイ界隈の人だったんだ。本名を隠して生きなきゃいけないなんてどんな人なんだよ。そんな人と関わって俺大丈夫か?急に寒気がしてきた……


「いや、このバーしかやってないよ?」

「そうなんですか?」









「このバーにはいろんな人が来る。政界・財界・芸能界、裏社会の人間も入りびたる。もちろんバーの中では世の中に出せないような話も出てくるんだ。あまり本名はよろしくないだろう?」






「――――――――へ?」


 え?ここは、バー、だよな?


「そんなにビビらなくていいぜ?俺たちの仕事は極めてシンプル、言われた酒を提供すりゃいい、それだけだ。ほかのバーと何ら変わりゃしねぇ」

「一つだけ違うとすれば、ここでの話はもちろん他言無用。命が惜しいならね?」

「ドロドロの話も聞けるし、楽しい職場だぜ?この話逃しちゃもったいねぇ!!」


 ま、待ってくれ、え、どういう



「ここまで聞いたらやっぱなしは通用しねぇぜ。ようこそBarへ!!!」











 ――帰り道、夜風で熱くなった頭が冷えていくのを感じる。

見慣れた家路に、いままでの非現実的な会話が夢だったのではないかとさえ思ってしまう。怖い、でも楽しみにしている自分もいるのは事実だ。


もう逃げられないのだから、やるしかないんだ。


GとGと、それから僕の、奇妙なbarを



 

 

 


――――――――そういえば、このバイトを紹介した父は何者なんだろう?

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とあるバーと奇妙な客たち 流水 @OwL4869

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