とあるバーと奇妙な客たち

流水

思い出とメイド服

「いらっしゃい、久しぶりだね」

「はい、お久しぶりです。マスター」


 十数年ぶりに訪れたバーはあの頃と何一つ変わらず、記憶のままの姿であった。

 ここには俺の学生時代の思い出が多く詰まっている。

 たくさんの人と出会った。いつの間にか会わなくなった人もいて、今でも時々会う人もいて、運命の出会いと形容できるような出会いもあった。

 今でも、不思議な場所と言う以外に表す言葉が見つからない。


「今日はどうする?」

「今日は思い出話でもしたいですね、夜が明けるまで」

「ははは、いいでしょう。明日は臨時休業にでもしましょうかね」

「そんなこと口では言っても、ケロッとして次の日営業するんでしょ」

「そんなことは、あるかもしれませんね。それはともかく、お互い積もる話もあるでしょう。思い出話の始まりを祝して、何を飲まれますか?」


「そうだなぁ、ブランデー・フィックスかな」


 自分が注文する立場になったことに、少し違和感を感じながら僕はこの場にふさわしそうなものを注文した。...あとシェイクしてるのを見たい。

慣れた手つきでシェイカーを振るマスターを少し懐かしげに眺めながら、僕らは話し始めた。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 アルバイトというものに憧れを抱いたことがあった人は多いだろう。

 僕も高校進学に際して、バイトを始めたいと家族や友人に何度も言っていたの

だが、進学した高校の校則によりその夢は絶たれていた。


「バイト禁止っておかしいだろ。勉強に専念するためっていうなら、部活動も禁止にすべきじゃん」


 学校への愚痴は毎日止まるところを知らないが、僕もあきらめたわけではない。

 学校にはもちろん内緒でいろんなバイトを受けているのだが、通っている高校名を見て「バイト禁止だよね?」って言うんだよ。


「どいつもこいつも禁止禁止うるさいわァ! ルールなんてしょうもないものに縛られてんじゃねえよ!」

「兄貴うっさい!! 黙って永眠しろ、このバカ!!!!」

「はいッすいません! 姐さん!」

「キモイ、マジ死ね」


 隣の妹の部屋から怒声が飛んできた。

 妹は反抗期に突入中みたいで、なかなか兄へのあたりが強い。

 ま、僕はMっ気があるのでそこまで気にしないのだが。ただ注文を付けるとしたら、愛が足りない。持論だが、Mというものはただ暴言暴力に悦ぶものではなく愛のあるものに興奮を覚えるものなのだ。妹のものには愛が含まれていることには含まれているのだが、あまりに少ないと僕は常々不満を持っている。コ〇コーラの砂糖ぐらい多めに入れてほしいものだ。しかし、ほんとに時々「いつもごめん」としおらしく謝るものだから、注文を付けるのも気が引ける。そのインターバルを含めて飴と鞭であり、ご褒美なのだと僕は常々思っているわけなのだが etc..






「息子よッ! 晩飯である。神妙にして食卓へ降りてこい!」


 父のふざけた言葉で我に返った僕は、妹の部屋をノックして降りてくるよう合図すると、いい匂いのする食卓へ足を運んだ。


 我が家の食事は基本的に人によって生活リズムがあるため、決まった時間にそろって食べることは少ない。父が塾講師の仕事で、日付が変わってから帰るからというのが主な理由なのだが。だから父の休日にのみ全員がそろう。

 別にそうしようというルールがあるわけではないのだが、自然とそうなった。

 そんな週に一回の家族がそろった賑やかな食卓で、父が切り出した。


「ん、そういやバイトしたいって言ってたよな?」

「そうなんだよ、でも学校がうるさくてさ。しかもどこの面接行っても禁止でしょ、ってうるさいんだよ」

「毎日ホント兄貴の愚痴うるさい。落ち着きない、キモイ、ダサい、ウザい、家族として恥ずかしい。黙れないなら口を糸で縫っといてよ」

「悪口のオンパレード! ここぞとばかりに言うな!」

「ごめん、普段我慢してる分が」


 妹にはいろいろと迷惑をかけているようだ。

 ダイエット中だと言っていたし、明日はコンビニスイーツでも買ってやろうか。

 別に意地悪ではない。兄の優しさなのだ。嘘じゃないよ?


「諦めてないなら、お父さんが知ってる店を紹介しようか? なかなか面白いところだと思うんだが」

「いや、だから校則が…」

「―――――息子よ、ルールは破るものなのだ。心に刻め、わが家の家訓だ」

「親が子に言っていいものなのか。受け継がれてはいけない家訓だな」


 親としてどうなのかと思ってしまうが、少なくとも将来こんな人になりたいと思わせてくれるくらいには大好きな父なのだ。

 絶対口には出さんが。


 しかし面白い店とはどのような店か、興味がないはずもない。


「面白い店ってどんな店なの?」

「ん、ああ、それは後でな」

「まさかお父さん、いかがわしい店にこの子を働きに出すつもり!?」


 母の(おそらく) 過剰な心配か冗談か、少し糾弾するような声を上げる。

 いかがわしい店は年齢的に働けないだろうし、さすがにそんなことはないだろうと思い、僕は少し微笑ましい両親の痴話喧嘩に耳を傾けながら料理に箸をつけた。


「いかがわしい店か、それもありだな」

「いや無えよ! なにちょっと検討の余地残してんの!?」

「冗談」

「本気だったら絶縁だわ」


 父さんのいらない冗談のせいで無駄に時間が過ぎる。

 でも、こういう無意味な時間を大切にしているんだと、酔った時に父さんが話していた。いい父親だと思うし、尊敬もするが、冗談ばかりで話が進まないのはいかがなものか。


「話を戻すが、そこはバーみたいなものなんだがな。いろんな種類の酒があっていい店なんだよ。父さんの行きつけだ」

「バイト中に父さんと会うの嫌なんだけど」

「カクテルのこととか詳しく知っておくとかっこいいぞ」

「俺の言葉聴こえてない? 僕の声フィルターにかけられてる?」


 でも、確かにカクテルの名前ってかっこいいし、大人っぽいよな。

例えば、ほら、スクリュードライバーとか。それしか知らんけど。

なぜそれだけ、なんてことは言うな。女殺しの名を持つカクテルなぞ、英語よりも知っておくべきだと脳が察知したのだ。


 俺は少し物事に興味を持つと止まらないところがある。何をするにもそのことが頭をよぎってしまい、他のことに手がつかなくなる。つまり、もう俺の心は決まった。


「やりたいかな、そこのバイト」

「お! ノってきたか!」

「思い立ったが吉日よ。明日、学校の帰りにでも行ってらっしゃい」

「いや、明日になっちゃったら吉日じゃないし」

「ま、気楽にな」


 屁理屈をこねていても、頭の中は希望で満ち溢れていた。

 やっと、念願のバイトができる。無気力な毎日を送っていたが、明日からは違う。

 そう思うくらい、僕は舞い上がってしまっていた。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「来てしまった…」


 学校帰りの為、もう日は沈んでしまった。今いる場所は有名な夜の大人の街。

 もう少しすると一層いかがわしくなる通りだ。あちらこちらでキャッチの人が活動し始めている。

 制服だからかなり居心地が悪い。悪いことしているみたいな気分だ。


 学校が終わるころに父から店の住所が書かれたメッセージが届いていた。

 なんでも、リビングで住所を言うと母に、

「いつそんなところに行ったの?そこで何したの?そこにこの子を行かせる気?」

 となると思ったそうだ。歓楽街だし、言わんとすることはわかる。

 そのメッセージをスクショして、誰かとのチャットに貼った記憶は無きにしも非ず、といったところか。


 スマホがブルブルと震えて父からのHELPコールを知らせたが、無視して僕は路地裏に入った。うす暗く、秘密の穴場感の強い場所から、さらに階段を使って地下へと入る。

 あれだ、この高揚感は秘密基地を作っている時に似ている。


「し、失礼します」


 カランコロンと音を立てて木製の扉を開くと、中は雰囲気のいいカフェのような内装だった。全体的に木の内装で、カウンター席はもちろんのこと、テーブル席まである。

 でも、どことなく一見様いちげんさまお断り感が出ている印象を受けた。


「いらっしゃい、初めましてだね」

「あ、はい。ここでアルバイトをさ、せて……」


 声のした方向へ振り向くと、優しげな雰囲気の初老の男性とヤ〇ザな風貌の、人間10人は殺していそうな眼付きの男性が



















 フリフリのメイド服を着てこちらを見ていた。














 メイド服がだんだんと近づいてくる。それはかわいらしいメイド喫茶にいるような人ならどんなに良かったことか。

 来ている服は同じでも、僕は命の危険を感じていた。




 気づけば僕は、すでに暗くなった街へと駆け出していた。




 息も絶え絶えで、肺が張り裂けそうになりながら走る。夜の冷えた空気が、今は少し心地良く感じられた。

 いつこの夢が終わるのかと思いながらつぶやいた言葉は、どこまでも深く暗い空に消えていった。




 いきなり体が、前へ進むのをやめた。

何か壁にぶつかったかのような衝撃が体に走るが、酸欠でうまく回らない頭では何が起こったのか考えるとこもできず、狭まっていく視界に為す術もなかった。




 気を失う前に最後に見えたものは、メイド服の隙間から覗く分厚い胸筋と刺青だった。

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