第7話 堂珍卓巳という男

 俺達の学校は、一学年が四クラスあり、一クラスが三十五人くらいだ。俺のクラスは一組で、夏目や設楽が一緒である。割と大人しめのクラスで、突出したスターのいないクラスだ。堂珍のクラスは三組で、堂珍というスターと、俺の命、あゆたんが一緒にいる。


 本当かウソか分からないが、先生達の間では三年の受け持ちになると、ある毎年の恒例行事が始まるらしい。運動会やクラスマッチ、中間や期末テストの点数などで、担任同士の間で勝負をしていると聞いた。

 最後の勝負が、この受験だ。


 受験で生徒が希望している高校に何人入れるのか、もしくはクラスで落ちる生徒が出る出ないでは採点方法が違うらしい。

 とにかく、生徒で勝負事をして遊んでいるのだ。


 もちろん勝ったクラスの担任には褒美が与えられ、来期、自分の希望のクラス、もしくは比較的楽なポジションにいられるように配慮ができるらしい。

 俺たちのクラスが問題もなく、比較的大人しいクラスなので、昨年、薫子先生が勝ち取ったクラスなのではないかと言われている。


 三年のクラスの担任は受験もあり、保護者にも気を使わなければならず、大変なのだが、それが教師の査定にも入るらしく、将来の教頭、校長への道筋にもなるとかで、やりたいがやりたくないのが本音である。


 そのクラスが比較的、手のかからないクラスなら嬉しい限りだろう。

 よって、俺達のクラスがまことしやかに言われているのは仕方ないけど、あの華奢な薫子先生にそんな打算が出来るのだろうか、疑問である。


 「なに和樹、三組に用でもあるんか?」


 ラッキーな事に、あゆたんと出くわした。お目目パッチリ、白い頬が少し上気していて今日も抜群に可愛い。


 「あゆたん、昨日振り。ちょと、堂珍と話したいんだけど、いる?」


 「あゆたん、言うな。堂珍か、珍しいな。何のようだ?」


 「愛結ちゃん、これは男同士の話なのだよ。本当は、このまま愛結ちゃんとお話ししていたいけど。」

 夏目が横から、へらへら言うのを、あゆたんがスルーする。


 (残念)


 「見て来てやる。ここで待ってろ。」

 あゆたんが三組の廊下脇の階段に、髪をなびかせながら歩いて行く。


 多分、廊下で待っている人と、階段に座って待ってる人がいるのだろう、あゆたんが階段の方へ消えると、

 「相変らず愛結ちゃん、可愛いよな。俺、あんな子からチョコもらいたい。」


 「それは、無い。あんまり気持ち悪い目で見るなよ。あゆたんが汚れる。」


 「何だと、お前も十分変態だろが。」


 「夏目ほどじゃない。」


 下らない会話をしていると、向こうから堂珍が歩いてきた。背が百八十センチ近くあり、手足も長くスラリとした体形をしている。

 バスケ部の主将をしていただけあり、細身だが、がっしりした印象がある。

 顔は、もちろんカッコイイ。爽やか系で、ニッコリ笑った顔が女子には崩れる程の破壊力があるらしい。

 廊下で待っている女子達が、ポーとした顔で、堂珍が歩いている姿を見ている。


 (男子から見ても、カッコイイのが悔しい)


 横には、あゆたんも並んで話しているのだが、さすがあゆたん、彼女からは堂珍にウットリするような気配は感じられない。


 (だからって、俺にも無いけど)


 微妙に凹みながら、二人が並んで歩いてくるのを見ていると、廊下に並んで待っていた女子から、

 「悔しいけど、お似合いだよね。」


 「さすがに、仕方ないって思っちゃうよね。」


 (俺は断じて認めん)


 心の中で拳を握りながら、目つきが鋭くなっていく。

 「堂珍、やっぱりかっこいいな。和樹の十倍、オーラがある。」


 (なぜ、俺と比較する)


 夏目を睨みつけると、

 「だって、俺だと一・五倍くらいだろ。お前の方が比較しやすいじゃん。」


 むむ、言い返したいが、微妙すぎて言い返せない。筋肉量だけなら、俺は完全に夏目に負けている。

 そう、男子にとって筋肉は非常に大事なのだ。


 「連れて来たぞ。」


 「エート、何?」


 女子からのお誘いではなく、待っていたのが俺等だったのが意外なのか、少しびっくりした顔をした。


 「ああ、私の幼馴染で、須藤 和樹、もう一人はその友達の、夏目 淳。顔くらいは知ってるだろ。」


 堂珍が軽く頷くと、

 「堂珍君、少し君と話があるんだけど、いいかい?愛結ちゃんは、外してほしいんだけど。」


 夏目が意外にどうどうと堂珍に言えたのには、少し驚いた。

 多分、あゆたんにいい恰好をしたかっただけとは思うけど。


 「分かった。どのみち私は、もうすぐ三者面談が始まる。何を話したいのかは知らんが、受験前なのを忘れるなよ。無理難題はするな。」


 あゆたんが俺達に念を押すと、教室の方へくるりと向きをかえ、歩いていった。


 (無理難題をするのです。何せ、こいつは年上キラー)


 心の中でニヤリとしながら、堂珍と人気のない方へ移動した。ちょうど、上階へと登る階段のお踊場が空いていたので、そこまで連れていき、俺と夏目が囲むように堂珍を挟んだ。

 しかし、壁にもたれているだけで、なぜこいつはこうも絵になるんだ。

 少し神様を恨みつつ、横の夏目を見ると、こいつも同じような事を考えているのか眉間に皺が寄っている。


 「で、何?彼女を取ったとかは止めてよ。俺のせいじゃないから。」

 今まで、そういった経緯があるのか、爽やかに言うも内容はディープだ。


 (マジ、羨ましい)


 「こほん、そんな事じゃない。今まで話した事はないが、君の元生徒会長としての人望と、バスケ部主将としての統率力を、ある事の為に力を貸してほしい。」

 堂珍は、少し興味を持ったのか、目がキラリと光った。


 「受験前なのだが、皆の息抜きの為に、あるゲームを開催したい。三年生のみの極秘ゲームだ。あんまり公にやると怒られるからな。秘密裏に、だけど学校には了解を得て無視をしてもらう。関与はしないが、了解したって感じだ。むろん怪我や成績が下がるようなゲームじゃない。バレンタインの三日前に、女子にはカードを配る。そのカードには自分の希望を書いてもらう。例えば、好きな男子のアドレスが欲しいとか、ツーショット写真がほしいとかだ。無記名で要望なしでもカードは有効になるので、参加したいだけの女子もゲームには参加できる。それを、学校内の限られた場所に隠してもらうか、入れたいクラスのカード箱に入れてもらう。もしくは、勝ってほしいクラスの男子に渡すか、それは自由だ。それをバレンタインの日までに多く集められたクラス男子が勝者だ。勝者のクラスは、参加した全女子からバレンタインチョコが貰える。但し、勝ったクラスの男子は、カードの内容からは除外される。カードに堂珍とデートがしたい要望があっても、勝者クラスだった場合は実行しなくてもいい。そして勝者のクラスに入れた女子のみ、内容が実行されるのだ。負けたクラスの男子は、勝者カードの内容を実行する。そしてこれはゲームだ。よって罰ゲームを設ける。四クラス中で、一番カードが集められなかったクラスには、ある任務をしてもらう。体育教師である鬼塚の毛を搾取してくる事。みんなだって日頃の恨みもあるはずだ。毛の少なくなった鬼塚の唯一の弱点を狙う。それで三年間の恨みを晴らす。そして結果発表、チョコ受け渡しと罰ゲームに関しては、受験の合格発表の日に行う。どうだ、三日間の男子バトル、してみないか?」


 夏目も良く考えたものだ。

 鬼塚とは、とにかく皆から嫌われている体育教師なのだ。すぐ怒鳴るし、嫌味を言うし、頭ごなしのゴリラみたいな奴だ。

 いつも黒いジャージを着ていて、大学時代にラグビーをしていたせいか、ガタイがよく迫力がある。

 女子にはセクハラまがいの事をすることもあり、男子には、弱音を吐いただけでもの凄い嫌味を言われるのだ。

 鬼塚の毛は縮れ毛で、太く特徴的だ。

 最近は少なくなり、本人はとても気にしている。

 罰ゲームにしては過酷なミッションだ。


 堂珍は、うーんと唸りながら、

 「要するに、モテる奴が勝つとは限らないって事だろ。カードを集め、勝者となれば、そいつは女子の希望から外れるクラスになる。よって、モテなくても勝てるゲームだし、勝てばチョコを大量にもらえ、まあ、一生自慢は出来るだろうな。」

 さすが堂珍、飲み込みが早い。


 「で、どっちが考えたの?どう思っても俺には良い条件って事でもないじゃん。受験とはいえ、バレンタインチョコは普通に貰えるし、ゲームは負けたら女子の言いなりにならなきゃいけない。俺は鬼塚に恨みはないし、怒られた事もない。受験の忙しい時期にやる必要ある?」


 さらりと言ってのけたが、自分が十分モテる事も、リスクを冒してまでやらないよと、軽くジャブを入れながら内容を退けてくるのが凄い。


 (出来る奴は違う。しかし俺達とて譲れんのだよ)


 「話はそれだけ?俺、もうそろそろ順番だから行っていいか?」

 軽くあしらわれそうになるのを、俺と夏目で通路を阻み、お互いに目と目で確認しあう。


 「何だよ。」

 不機嫌そうに俺達を睨むも、無理強いはしてこない。


 「どうしても、君の力が必要なのだよ。何せ人望があるし、女子ものってくる。使いたくは無かったが、仕方ない。堂珍君、君は薫子先生と付き合っているね。」


 テレビドラマの謎解きのように、一呼吸を置きながら大げさに言うも、堂珍の方が格上なのか、少し目を見開いただけで思案するように、

 「ふむ、脅してくるんだ。証拠はあるのか?」

 言葉だけでは動じない。

 さすが、元生徒会長というべきか。


 夏目がここぞと携帯を出し、まずは二人のツーショット写真を画面に出した。

 それを見た堂珍は、

 「先生とのツーショットなんて、誰でも撮れるだろ。お前達だって頼めば撮ってもらえる。」


 (むむ、手強い)


 夏目も少し思案しながら、仕方なくもう一枚の、チュー画像を出した。

 さすがに驚いたのか、余裕をかましていた堂珍が、夏目の携帯を取ると画像をじっくり見ている。


 「ふーん、これ、どうやって撮ったんだ。もしかして不法侵入?写真以外に部屋の様子が写ってんじゃん。お前等、これで脅したと思うなよ。反対にお前等の方がヤバイ事してんじゃん。ばら撒いてもいいけど、俺には影響ないぜ。何せ、俺は未成年だ。薫ちゃんは、免職になるかもしれないけど、お前等も不法侵入バレたらやばくない?受験、取消かもね。」


 なぬっ、心臓が飛び跳ねた。

 なんて奴だ、堂珍め、反対に俺達を脅すのかよ。

 横の夏目を見ると、今にも失神しそうだ。そりゃそうだろ、こっちがネタを持ってきたのに、反対に脅されるってないだろ。


 どうする、どうする、俺。

 一生懸命、頭をぐるぐるするも、自分に自信のない俺達。目の前のモテ男の余裕ありあり感に勝てそうな気がしない。

 でも、あゆたんとの高校生活を捨てるわけにはいかないのだ。


 「じゃあ、取引しよう。そうは言っても、堂珍だってバラされるのは嫌だろ。全中学生中の噂になるし、高校に行っても噂になるんだ。普通の高校生活にはならないだろ。俺達も受験はしたいし、薫子先生だって辞めてほしいわけじゃない。今までお世話になったんだからさ。堂珍の望みは何なんだ。俺達に出来るんなら叶える。その代わり、この企画を薫子先生に通してもらって学校に黙認してもらいたいのと、男子に流してのせてほしい。どうだ。」


 必死に冷静さを出しながら、考え考え話す。俺の中では、これ以上のベストは浮かばない。

 これ以上、堂珍を味方にする手段など思いつかない。


 (ウインウインって事で)


 堂珍も腕を胸の前で組み、思案するように壁に寄りかかりながら考えている。


 (のってくれ)


 夏目をチラリと見ると、眉間に皺が寄り、目が少し泳いでいる。

 これが失敗すれば、反対に堂珍に脅され、何を言われるか分からない。俺達が、さらし者になる可能性だってあるのだ。

 心臓がどきどきする。

 俺の学校生活で、一番緊張している。

 何せ断られ、学校に知れたら、身の破滅だ。


 (巨人の口車にのるんじゃなかった)


 今更のように思うが仕方ない。

 堂珍もさすがに三者面談の時間がせまっているのか、腕時計をチラリと見ながら小さく溜息を漏らした。


 「仕方ないか。だけど俺の要求がのめなかったら、この話は無しだ。そうだな、愛結ちゃんと一度デートがしたい。確か、お前、えっと須藤っていったか、幼馴染らしいじゃん。これを了承してくれるんなら、さっきの要求をのんでもいい。どうだ?」


 俺は、真っ青だ。


 「何で愛結ちゃん何だ。お前、薫子先生と付き合ってんだろ。」

 夏目が反論すると、

 「だって、どうせもう別れるだろ。高校行ってまで付き合うとか無いから。最初は大人の女性ってどんなんだろうって口説いてみたけど、もう十分だ。薫ちゃん、アレの要求が多いんだ。でも俺、受験生だし、生徒会長とかバスケの主将もやってただろう。塾もあるしさ、忙しかったんだよ。俺の狙ってるとこ知ってる?偏差値七十以上の進学校だぜ。高校生になったら、もっと忙しくなる。そりゃ、あの体は魅力的だけど、連れまわされるは無理だぜ。離れた場所のホテルとかに行かないといけないだろ。愛結ちゃんは、前から興味が合ったんだ。可愛いし、俺になびかない所なんて、自尊心をくすぐられる。別に付き合ってほしいってわけじゃない、デートがしたいって言ってるんだ。その後の事は、俺が何とかする。」


 俺の目の前には、多分、蜃気楼が立ち込めていたと思う。

 こいつは、いったい何を言っているんだ。

 モテる奴って、女子ならどうにでもなると思っているのか。

 この爽やか王子は、ただの悪魔だろ。


 俺が放心状態で、記憶が飛びそうだと言うのに、

 「分かった、どうにか了承させる。だから後は宜しく。薫子先生に了承させ、学校側が黙認してくれるのと、男子にはこちらも声をかけるが、堂珍にもお願いする。女子には君が参加だと拡散するから、話は合せておいてくれ。」


 堂珍は了解だ、そう目配せすると、俺達の前から立ち去って行った。

 俺はというと、思いっ切り蔑んだ目を夏目に向けた。


 「どういう事だ。あゆたんを巻込むのかよ。酷いじゃないか。俺等の友情なんて、そんなちっぽけなものなのか。俺は、ぜってー認めねーからな。絶対、嫌だからな。あゆたんが堂珍の毒牙にかかるなんて、想像しただけで、気が狂いそうだ。」


 夏目にまくし立てると、まあまあ、なだめるように俺の肩をポンポンと叩く。


 (何だよ、何だよ、俺はお前がどんな理由をつけようと認めねーからな)


 手をどかせるように肩を揺すると、夏目に近寄り、言い足りない文句を言ってやろうと口を開きかけると、


 「和樹、冷静に考えてみろ。さっき聞いただろう。あいつ、薫子先生と体の付き合いをしてるんだぜ。俺等なんて、キスさえ、下手したら、女子の一メートル内も入った事のない男子だぞ。それも薫子先生にたぶらかされたのかと思いきや、奴から口説いたとぬかした。大人女性を、お前、口説く自信あるか?俺は、まったく無い。」


 「何だよ、完全敗北を認めるのかよ。」


 「違う。さすがの俺も、ここまで差があるのかと実感して驚いたぜ。だからこそだ、モテ男をいい気にさしちゃいけない。女子との未知との遭遇をした事のない、いけてない男子なんて、ほぼだぜ。その、ほぼの力を思い知らせてやる。それに了解しておかないと、この計画が駄目になるだろ。愛結ちゃんの件は、どうせこれが終わった後だ。どうにでもなる。それより計画を練ろうぜ。どうしても、俺達のクラスが一番になる必要がある。巨人と設楽に合流しないと。そろそろ教室に戻ろうぜ。」


 キラリと光る夏目の目には、強い意志の力が感じられた。

 そうだ、俺達は成し遂げなければならない。

 中学最後の、逆襲だぜ。

 モテ男にばかり、いい思いはさせない。


 そして、あゆたんは、必ず俺が守る。

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